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古本夜話655 世界文庫刊行会『世界聖典外纂』

近代にあって、新たなムーブメントやエコールの形成は必ず雑誌や書籍という出版物を伴って作動していく。それは欧米のみならず、日本でも同様で、これまた既述してきたように、新仏教運動も明治三十三年の『新仏教』創刊に結びつき、それに三十七年にスタートした『新公論』も併走していたと見なせるだろう。

もちろんこの二誌の他にも、いくつものリトルマガジンが簇生し、多くの書籍も刊行されていたし、本連載でもそれらにふれてきた。しかしそれらの中でも、新仏教運動の流れと人脈と出版企画が三位一体を織り成して刊行されたのは、本連載104で挙げた世界文庫刊行会の『世界聖典全集』だったと思われる。
世界聖典全集

その大正九年から十二年にかけて刊行された全三十巻に及び明細はそこで提出しておいたが、それが最も凝縮されたかたちで刊行されたのは、後輯第十五巻の『世界聖典外纂』であろう。この一冊は大正十二年五月に出されている。その「凡例」の言葉から、『世界聖典全集』『世界聖典外纂』の目的を拾うと、「広く古今に亘り、世界の諸聖界を網羅し、これを現代のわが国語に移すこと」を使命とすると同時に、「この機会に於て世界宗教の鳥瞰図を作る希望をもつて、本書世界聖典外纂は成つた」ことになる。

その「世界宗教の鳥瞰図」と寄稿者たちを、以下に示してみる。なお寄稿者の「文学博士」と「文学士」の肩書は外している。

1 「世界宗教概念」 /東京帝大教授高楠順次郎
2 「ボン教」 /京都帝大講師、大谷大学教授 寺本婉雅
3 「道教」 /小柳司気太
4 「「朝鮮の天道・侍天教 /幣原坦
5 「台湾の宗教」 /丸井圭次郎
6 「琉球の宗教」 /国学院大学教授 折口信夫
7 「印度六派哲学」 /東京帝大教授 木村泰賢
8 「印度教諸派」 /中野義照
9 「シク教」 /東北帝大教授 宇井伯壽
10 「プラーフマ・サマージ」 / 〃
11 「アリーヤ・サマージ」 / 〃
12 「神智学」 / 〃
13 「ユダヤ教」 /東京帝大助教授 石橋智信
14 「ミトライズム /東京帝大講師 荒木茂
15 「摩仁教」 / 〃
16 「スーフィーズム」 / 〃
17 「バハイ教」 /松宮治一郎
18 「基督教各派源流」 /立教大学教授 杉浦貞二郎
19 「景教」 /東京高等工業学校教授 佐伯好郎
20 「モルモン宗」 /東京帝大助教授 石橋智信
21 「クリスチャン・サイエンス」 / 〃
22 「印度の仏教」 /東京帝大教授 木村泰賢
23 「支那の仏教」 /東京帝大講師 常盤大定
24 「西蔵唎嘛教」 /京都帝大講師、大谷大学教授 寺本婉雅
25 「朝鮮の仏教」 /東京帝大講師 常盤大定
26「仏教各派源流」 /史料編纂官 鷲尾順敬
27 「主智教」 /鈴木宗忠
28 「スエデンボルグ」 /大谷大学教授 鈴木貞太郎
29 「フリーメーソンリー」 /川辺喜三郎
30 「シャマン教」 /オックスフォード大学ツァプリカ夫人
31 「倫理運動及び倫理教」 /井上哲次郎

これらの寄稿者たちの簡略なプロフィルを示しておこう。1の高楠に関しては本連載で繰り返し言及してきたし、31の井上も本連載558、6の折口は同46などで、28の鈴木は同247などでとりあげてきたので、ここでは省略する。7から12、22を担当している宇井、木村、中野はインド哲学、仏教学者で、高楠の弟子に当たる。2と24の寺本は『チベット大蔵経』を日本にもたらした大谷派仏教学者、23、25の常盤は中国仏教学者で東京大谷派講師、13、20、21の石橋はイスラエル宗教史専攻、19の佐伯は日本聖公会に所属する中国キリスト教史家、17の松宮は『世界聖典全集』の刊行者、4の幣原、5の丸井、14などの荒木、18の杉浦、29の川辺などに関しては後にふれるつもりである。不明の人たちも含め、それでもいえるのはこの『世界聖典外纂』が、高楠と東西本願寺系の新仏教運動関係の人脈から成立していることであろう。おそらくこのような人脈を通じて、折口は国学院の教授となり、前回の藤無染の代理のようなかたちで、ここに参加したのではないだろうか。

その小柳に関しては先にふれなかったが、彼は私がよく使っている『詳解漢和大字典』の著者で、共著者の服部宇之吉が『世界聖典全集』の顧問を務めていたことから、「道教」の寄稿者として、これも召喚されたのではないだろうか。この際だから、『世界聖典全集』前輯に掲げられていた「編輯顧問及訳者」の名前を示しておこう。服部は除く。

詳解漢和大字典

それらは井上哲次郎、宇野哲人、加藤玄智、木村鷹太郎、黒板勝美、佐伯定胤、坂本健一、杉浦貞二郎、菅原得成、鈴木重信、高木壬太郎、田中達、南条文雄、前田慧雲、村上専精、村川堅固である。彼らには言及しないけれど、小林康達の『七花八裂』(現代書館)の中で、杉村広太郎たちの新仏教運動を支持する人々の名前として、このうちの多くを見出すことができる。それは『世界聖典全集』が、そうした新仏教運動の結実のひとつのようにして刊行されたことを意味していよう。
七花八裂


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