出版状況クロニクル71(2014年3月1日〜3月31日)
2月の出版物推定販売金額は1530億円で、前年比3.6%減、その内訳は書籍が810億円で同2.8%減、雑誌が720億円で同4.4%減。
返品率は1月よりは低くはなっているが、やはり前年を上回り、書籍は33.7%、雑誌は37.3%と高止まりし、下がる気配は見えない。
1 に1970年からの返品率推移を掲載しておいたが、70年代において、取次によれば、書籍返品率が30%前後であった頃も書籍は赤字で、低返品率と高回転率の雑誌によって流通は支えられているといわれていた。それが現在では雑誌のほうが高返品率となっており、それに半減してしまったともみなせる販売金額のことを考えれば、出版物流通がすでに双子の赤字になりかねない状況に入っているのではないだろうか。
3月は学参期ということもあって、年間で最も販売金額が高くなる月で、昨年は2059億円を計上している。だが7ヵ月連続3%以上のマイナスが続いていることからすれば、おそらく2000億円割れは必至であろう。
1.13年も含めた返品率の推移を示す。
■部門別返品率 年 書籍 雑誌 1970 30.0% 19.4% 1975 29.6% 19.2% 1980 33.5% 22.5% 1985 39.5% 24.6% 1990 34.0% 20.7% 1995 35.5% 25.3% 1996 36.1% 27.1% 1997 39.3% 29.5% 1998 41.0% 29.2% 1999 39.9% 29.6% 2000 39.4% 28.9% 2001 39.1% 29.4% 2002 37.7% 29.4% 2003 38.8% 31.0% 2004 36.7% 31.7% 2005 38.7% 32.9% 2006 38.2% 34.5% 2007 39.4% 35.2% 2008 40.1% 36.5% 2009 40.6% 36.2% 2010 39.0% 35.5% 2011 37.6% 36.1% 2012 37.8% 37.6% 2013 37.3% 38.8% [この表にそって書店市場をわけてみれば、70年代は商店街の中小書店、80年代は郊外店、90年代は複合店、今世紀に入ってからは大型複合店の時代と見なすことができる。
しかし時代の進行とともに返品率が上昇し、とりわけそれは雑誌に表われ、70年代の中小書店から大型複合店へと書店市場へ移行していくにつれ、何が起きていたのかを告げている。出版物売上の減少と返品率の上昇はまったくパラレルなのだ。
そうした果てに生じた13年の書籍と雑誌の返品率の逆転、14年1月の雑誌44.7%の異常な返品率は、雑誌にベースをおく日本の出版業界そのものが緊急事態状況にあることを如実に告げている。これは近代出版業界において初めて出来した返品状況なのだ。出版社だけでなく、取次もこの異常な高返品率に耐えられるのだろうか。
だがそのことをマスコミも業界紙も報道しない。そうしているうちに危機はさらに深まっていく]
2.いうまでもないが、1の雑誌にはコミックも含まれているので、コミックの売上推移も示しておく。
[全体の売上シェアはほとんど変わっていないが、『ワンピース』や『進撃の巨人』に見られるように、コミックによるベストセラー売上が、集英社や講談社の決算に対して決定的な役割を果たすようになっている。
■コミックス・コミック誌の推定販売金額 (単位:億円) 年 コミックス 前年比 コミック誌 前年比 コミックス
コミック誌合計前年比 出版総売上に
占めるコミックの
シェア(%)1997 2,421 ▲4.5% 3,279 ▲1.0% 5,700 ▲2.5% 21.6%
1998 2,473 2.1% 3,207 ▲2.2% 5,680 ▲0.4% 22.3%
1999 2,302 ▲7.0% 3,041 ▲5.2% 5,343 ▲5.9% 21.8%
2000 2,372 3.0% 2,861 ▲5.9% 5,233 ▲2.1% 21.8%
2001 2,480 4.6% 2,837 ▲0.8% 5,317 1.6% 22.9%
2002 2,482 0.1% 2,748 ▲3.1% 5,230 ▲1.6% 22.6%
2003 2,549 2.7% 2,611 ▲5.0% 5,160 ▲1.3% 23.2%
2004 2,498 ▲2.0% 2,549 ▲2.4% 5,047 ▲2.2% 22.5%
2005 2,602 4.2% 2,421 ▲5.0% 5,023 ▲0.5% 22.8%
2006 2,533 ▲2.7% 2,277 ▲5.9% 4,810 ▲4.2% 22.4%
2007 2,495 ▲1.5% 2,204 ▲3.2% 4,699 ▲2.3% 22.5%
2008 2,372 ▲4.9% 2,111 ▲4.2% 4,483 ▲4.6% 22.2%
2009 2,274 ▲4.1% 1,913 ▲9.4% 4,187 ▲6.6% 21.6%
2010 2,315 1.8% 1,776 ▲7.2% 4,091 ▲2.3% 21.8%
2011 2,253 ▲2.7% 1,650 ▲7.1% 3,903 ▲4.6% 21.6%
2012 2,202 ▲2.3% 1,564 ▲5.2% 3,766 ▲3.5% 21.6%
2013 2,231 1.3% 1,438 ▲8.0% 3,669 ▲2.6% 21.8%
しかしそのコミックスにしても、13年は2231億円と前年比1.3%増になっているが、これは2000万部売ったとされる『進撃の巨人』効果によるもので、このような大ヒットがなければ、たちまち前年割れしてしまうことになる。大手出版社の決算ばかりでなく、雑誌の売上も返品率もコミックの大ヒットに支えられ、まだ踏みとどまっているのだ。
ただコミックスにしても98年の新刊7596点に対し、この3年ほどは1万2000点を超えているので、新刊点数の増加によって売上が保たれていることも指摘しておくべきだろう。
それでもコミックスはまだ安定しているといいたくなるほどで、コミック誌のほうは98年期に比べ、半減してしまった。今年はさらに落ちこむことは確実で、下げ止まりはまったく見られない。
返品率に関してだが、コミックスは27.2%、コミックス誌は35.1%で、前者はそれほど上がっていないが、後者は98年は20.9%であったことからすれば、高止まりしたままで、さらに上がると考えられる。
その結果、コミックス、コミック誌合計売上も3669億円、同2.6%減で、これも98年の5680億円から2000億円もマイナスになっている。
このようなコミック状況の中で進行しているのは、立ち読み的電子コミック配信で、『日経MJ』(3/7)が「無料マンガ進撃の足音」と題し、レポートしている。 それによれば、主な無料マンガサービスとしては「マンガボックス」(DeNA)、「コミックウォーカー」(KADOKAWA)、「モアイ」(講談社)、「となりのヤングジャンプ」(集英社)、「フィーヤン・ネット」(祥伝社)、「ガンガンONLINE」(スクウェア・エニックス)が挙げられている。
スマホの普及とこのような「無料マンガ」の結びつきは、紙のコミックスやコミック誌に影響を及ぼさないはずもなく、さらなる凋落へと結びついていくだろう]
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3.『ユリイカ』 3月号が「特集・週刊少年サンデーの時代」を組んでいる。
[本クロニクル59でも『ユリイカ』増刊の「世界マンガ大系」を取り上げているが、先日も増刊の「荒木飛呂彦」を読んだばかりなので、あらためてそのバックナンバーを見ると、実に多くのマンガ家たちの特集が出されていたことにあらためて気づく。
それらの名前を挙げてみる。高野文子、水木しげる、西原理恵子、諸星大二郎、福本伸行、藤田和日郎、荒川弘、今日マチ子、大友克洋などで、『ユリイカ』の特集そのものが変わってしまったのである。
しかしその特集は今世紀に入ってから顕著であり、それがコミック売上の減少とパラレルで、衰退が始まってから書店や古本特集が雑誌に組まれるようになった現象と相似している。
週刊少年コミック誌のピークは90年代前半で、ジャンプ、マガジン、サンデー、チャンピォンの主要4誌で、毎週の発行部数が1000万部を突破している。それに50週をかければ5億冊で、13年のコミック誌推定販売部数は全部で4億4075万冊であるから、かつては4誌だけで13年の全誌を上回っていたことになる。そのようなコミック誌の黄金時代はもはや二度と訪れてこないのは自明だし、雑誌の問題と凋落が象徴されていよう]
4.大阪屋の社長に講談社の大竹深夫取締役が就任。講談社、集英社、小学館、DNP、楽天、新たにKADOKAWAが加わり、再生委員会、及びその下部組織としての実務者委員会も設置され、新生大阪屋をめざすとされる。
[しかしそのための検討プランは「ネットに負けない流通システム」「書店経営基盤の安定化につながる施策」「魅力的な店舗づくり」などで、「新生」どころか何のための出版社支援、社長交代なのか、まったく意味不明だといっていい。それにおそらくプランの結論が出るのに半年ぐらいかかってしまうだろう。
おまけに各社による増資は秋の臨時株主総会の議案とされているので、これも半年先の話になってしまう。増資が伝えられたのは昨年の6月で、早くも9ヵ月が経っている。それからまだいつになるのかはっきりしないことからすれば、「増資するする」詐欺のような印象を受けるし、各社は本当に大阪屋を支援し、再生する気があるのかも疑わしく思われても仕方がないような「再生」の幕開けである]
5.書協の14年度事業計画が発表された。そのうちの「調査・研究、普及事業に関する7 事項」を示す。
1 知的財産権の保護ならびに著作権利制度における出版者の権利の確立に取り組む。
2 消費税軽減税率の適用要望等出版に関する税務問題に対処する。
3 出版表現の自由を損う法的規制に反対する。
4 再販制度を維持し、流通改善を積極的に進めて、出版業界の活性化を図る。
5 出版物のデジタル化の進展に伴う環境の変化に対応する。
6 文字・活字文化の振興を図り、すべての国民がその恵沢を等しく享受できる環境の整備を推進する。
7 国際交流の推進を図る。
[何という官僚的な言葉の羅列、空疎なスローガンが並んでいることだろうか。
ここには出版業界の失われた18年に関する反省、目の前で起きている出版危機、現在のまっとうな状況分析に基づくビジョンなどはまったく見出せず、現実の出版業界を代表する団体の事業計画だと思われない。
書協は1989年の消費税導入問題で、内税式採用を主導し、書店における書籍の総返品、出版社におけるカバー取り替え、シール貼付、多くの絶版を生じさせ、多大な損害を与えたことをもはや忘れてしまったのだろうか。外税を選択すれば、それらの問題は何も生じなかったのに。
出版業界の4団体は書協、雑協、取協、日書連とされ、それぞれが書籍出版社、雑誌出版社、取次、書店を代表しているが、実質的に出版業界の窓口となり、諸官庁の意向を受け入れ、調整しているのは書協と見なせるであろう。いわば出版業界の内閣である書協=日本書籍出版協会は1957年に、平凡社の下中弥三郎を初代会長として、書籍出版社181社が参加し、出版事業の健全な発展と出版文化の向上をめざし、設立され、現在加入出版社は400社とされる。
つまり大手出版社を中心とし、現在の日本の出版社の1割強で構成されていることになる。しかしこれらの出版社は選挙によって選ばれたわけではなく、代議制によっていないにもかかわらず、永久政権と化し、すでに半世紀が経過している。
さらに出版は民に属し、許認可の事業ではないのに、必要以上に官と癒着しているように見える。
事業計画を見るかぎり、もはや出版事業の健全な発展と出版文化の向上の理念はとっくに失われ、スローガンにすぎなくなっていることは自明であろう]
6.JPO(日本出版インフラセンター)とJPIC(出版文化産業振興財団)が共同実施したFBF(フューチャー・ブックストア・フォーラム)の第3期最終会議が開かれ、書店での新刊文庫の責任販売、楽天の協力による客注迅速化実験などが報告された。最終報告は6月頃にまとめられるという。
[書協と諸官庁との関係からJPOやJPICが生まれ、FBFが経産省委託事業として実施されたことになる。それは電子書籍、ICタグプロジェクトも同様である。
そのうちのJPOの「緊デジ」は復興資金流用疑惑も指摘され、JPOは第三者委員会を設け、調査すると言明していたのにそれはまだ報告されていない。
だがこのような官製フォーラムは本当に「未来の書店」を造型できるのだろうか。出版はあくまで民に属するものであり、官とのせめぎ合いが出版の歴史ではなかっただろうか。
またJPICが主導する「朝の読書」は本当に読者を育てているといえるのだろうか。そのような「朝の読書」こそが逆に、読書離れの要因をもたらしているのではないだろうか。このような運動と出版物売上の減少がパラレルであるのは偶然のように思えない。
そして4、5、6 に共通しているのはこのような官僚的なニュアンスではないだろうか]
7.書協とは異なり、小出版社からなる日本出版者協議会の会長で、緑風出版の高須次郎が『出版ニュース』(3/下)に「アマゾンの値引きと再販制度」を寄稿し、そこでこれまで大手マスコミのみならず、業界紙も報道していなかったアマゾンの課税問題をレポートしているので、抽出してみる。
* 09年にシアトルのAmazon.comに対し、東京国税局が03年から05年分に対し、140億円の追徴課税を行なった。それに対し、日米当局の話し合いの結果、追徴課税を断念。
* 13年11月11日に民主党の有田芳生議員が以下の回答を求め、「出版物販売における海外事業者への課税に関する質問書」を提出。
1. 2010年Amazonに対する国税庁の140億円追徴課税断念の経緯と理由。
2. Amazon、アマゾンジャパン、アマゾンジャパンロジステクスの法人間の日本の出版物取引が輸出にあたるかどうかと、これら 3法人への課税状況。
3. Amazonは消費税込みの再販価格で読者に販売しているが、この場合消費税は我が国に納付されているか。
* これらの3項の質問に対し、政府は安倍内閣総理大臣答弁書として回答した。
「1〜3については個別、具体的な事柄であるので、答弁を差し控えたい。」
* 4 の質問は海外電子書籍インターネット配信に関してで、海外からの場合は課税されず、国内の場合は課税されることに関してだが、政府は検討中と回答。[これによって、アマゾンが日本において、税金も消費税も納付していないことが明らかになったといえよう。
それなのに書協の事業計画にはこのようなアマゾンへの抗議、言及、何らかの声明すらも上がっていないのはどうしたわけなのかそれはJPO、JPIC、経産省も同様で、この事実にふれずしての「フューチャー・ブックストア・フォーラム」など、何の問題解決にも至らないではないか]
8.やはり『出版ニュース』同号の「海外出版ニュース」で、ドイツ(伊藤暢章)、フランス(坪野和芳)、イギリス(笹本史子)における書店危機状況がレポートされている。これも要約してみる。
* ドイツ/ 都市型大書店網を抱えるフーゲンドゥーベルと、大中小さまざまな書店を所有するヴェルドビルトが、06年にドイツ書籍有限責任合資会社(DBH)を設立。それに各地の有力書店が参加し、ドイツ最大の書店網を築いた。しかし14年にヴェルドビルトが破産申請して脱退に至った。それは100%出資していたローマ・カトリック教会が資金援助を打ち切り、支払不能に追いやられたからで、店の半分がリストラ、もしくは売却された。
もうひとつの巨大書店網ターリア・グループも存亡の危機にあり、大資本へと発展してきた書店チェーンも終わりの時代を迎えている。* フランス/これは本クロニクルでも既述しているが、13年に大手チェーンヴィルジンが破産、メイン商品の音楽マーケット崩壊と本部主導運営の失敗とされる。続いて同じく52店を有するシャピトルも清算に追いやられ、店舗は出版社のガリマール社とアルバン・シェル社に分割買収された。
* イギリス/独立系書店は05年に1535店あったが、13年には987店と千店を割り込み、最大手チェーンウォーターストーンズも全盛期よりも300店近く減少している。ただそれでも26の独立系書店の開業があり、最悪の時期は過ぎたとされる。そのうちの一人は次のように語っている。
「本を売って金持ちになった人はいない。皆好きだからやっているんだ」と。[これらの三ヵ国の書店も、やはり主としてオンライン書店の台頭と家賃の上昇による影響を受け、このような事態へと追いやられているようだ。もちろん7 に記したアマゾンの税金を払わない多国籍企業特質とのバッテングも大きいことはいうまでもないだろう。ただ電子書籍については成長は止まり、成長予測の修正の段階に入っているとされる。
しかし同じ書店危機といってもドイツ、フランス、イギリスと日本の場合はまったく異なるものであり、日本の場合は「皆好きでもやっていけないんだ」という状況において、突出していると考えるべきだろう]
9.丸善CHI の決算が出され、売上高1633億円、前年比5.2%減、当期純利益9億円、同117.3%の減収増益。そのうちの店舗・ネット販売事業は積極的なスクラップ&ビルドによって売上高731億円、同7.0%減だが、8500万円の黒字化。
[本クロニクル70で、TSUTAYAと蔦屋書店が書籍・雑誌販売金額1130億円で、書店業界における丸善と紀伊國屋の両雄時代は過ぎ去ってしまったとも記しておいた。だが単店売上から再考してみる。
確かに店舗・ネット販売業における丸善の数字は、TSUTAYAの数字を大幅に下回っているが、丸善の店舗数は43店なので、一店あたりの売上は17億円である。これはもちろん面積比較は除外し、ネット売り上げも入っているので、厳密なものではないが、一応の目安とされたい。それに対し、TSUTAYAは742店の販売金額であり、一店あたりにすると1億5000万円、月商1250万円ということになる。とすれば逆に大型店舗の割には驚くほど売っておらず、単独では多くが利益を出していないとも考えられる。
つまりTSUTAYAの場合、書籍・雑誌店舗売上において、トップに立っているけれども、それはあくまでレンタルをコアとするフランチャイズシステム店舗網をトータルにした数字であり、グロスの数字は大きいにしても、単店売上はきわめて脆弱で、不安定なものだと断言していい。
要するにTSUTAYAのFC店舗網はレンタルを主とし、書籍・雑誌売上を従とするものであり、レンタル部門によって支えられている。それゆえに単店売上から見れば、書籍・雑誌のマーチャンダイジングはほとんど確立されておらず、取次による新刊とベストセラーの優先配本に多くを負っていて、固定客や読者ではなく、流動客や消費者が中心であり、客単価も低い。また客層にしても、週刊誌一冊の値段で、DVD4枚を借りることができるのであるから、どちらを優先されるかは考えてみるまでもないだろう。
したがってCCCとMPDによって構築されたFCによるTSUTAYAのナショナルチェーンにしても、レンタル事業が利益を上げることができなくなれば、その成立も不可能となってしまうことになる。
実際にゲオとのレンタル廉価合戦はそのように進行しているし、これからは何よりも複合大型店運営の限界が露出し、それは日販とMPDにも及んでくると思われる。
CCC= TSUTAYAは代官山蔦屋書店をモデルとする大型店の出店、図書館事業への進出、カフェ事業の立ち上げなどプロパガンダに余念がないが、それらはFCシステムやTカード事業の維持に向けられているのであって、あくまで書籍・雑誌を売ることを目的としているのではないと考えるべきだ。
ちなみに12年度における紀伊國屋とジュンク堂の単店売上は、それぞれ17億円、8億円である]
10.トーハン子会社で明屋書店の松山市石井店がセブン-イレブンを増設し、新業態1号店となる。
[これはトーハンと明屋とセブン-イレブンの関係からなるコラボレーションであり、集客力と相乗効果の目新しさによって、それらが続く限り、これから続いていくだろう。
とりわけ愛媛県においてはセブン-イレブン初出店という状況も絡んでいるので。
ただ「地方・小出版流通センター通信」No451によれば、この業態はまったく新しいものではなく、福山市のTSUTAYAが売上不振のために在庫を減らし、ファミリーマートを店内に導入し、相乗押下を上げた例が先行しているという。
しかしこうした複合業態から見えてくるのは、大型店舗と広い駐車場コストが書店やレンタルだけでは支えられず、さらなる新たな店舗導入によって、それらのコストをシェアする動向であろう]
11.『週刊読書人』(3/14)が島薗進(上智大教授)、金森修(東大教授)、小松美彦(武蔵野大教授)による鼎談「人文科学は滅びるのか?」を掲載し、「『科学批判学』の必要性と権力に対する歯止めとしての人文知、危機を前に学問は何ができるか」を問うている。それらを要約してみる。
* 日本の人文科学は二重の意味で危機に直面している。ひとつは国立大学が独立法人化されてから十年経ち、外在的な制約が多くなり、研究のしにくさが生じている制度的な危機。
もうひとつは人文科学内部での内容的、内実的な危機である。
* 現代のコンピュータや情報テクノロジーに携わる科学者、技術者の仕事は人類史を画する偉大な業績であるが、この派手な成功が間接的には人文科学や社会科学の危機にもつながっているのではないか。
* だがそのような科学技術自身が社会の支配体制・権力側の維持装置となる性質を持ってしまい、科学の古典的規範としての公益性が埋もれてしまっている。それゆえに批判する側も集団的知として科学を体系的に吟味し、公益性によって批判する「科学批判学」が必要となっている。
* 3・11以後、原発に関わる物理学者たちの事実の隠蔽と嘘が明らかになり、それは先端医療やバイオテクノロジーの世界と同じ構造である。
だから自然科学も人文科学もそういった嘘が隠された事実を抉り出さなければならないのに、それを実践している人は少なく、またマスメディアも伝えないという構造的問題となっている。
* コンピュータにせよ、バイオテクノロジーにせよ、あくまで科学技術であって、もちろんその必要性は認めるけれども、古典的な真理探究という意味での科学ではないことを忘れてはならない。
* だが原発をめぐる科学者たちの反応を見ていると、それがとても危ういもので、自然科学系の専門家は、政府に近い立場やお金の出てくるところの立場でものを考える傾向にあり、歯止めが効かない危機的状況を招いている。[これらは鼎談の前口上ともいうべきもので、続いて人文科学の危機が論じられていくのだが、この要約は長くなってしまうこともあり、ここで止める。興味ある読者、さらに知りたい読者は直接『週刊読書人』バックナンバーを読んでほしい。
ただ最後に一言付け加えておけば、出版危機の一方では人文科学の危機も深く進行し、両者はパラレルな関係にあるといっても過言ではないのだ]
12.ひつじ書房の松本功がFacebook で、私と本クロニクルが「いささか無責任」で、「後継者を育てる気がなく、ある意味破壊活動に走っているというようそ(ママ)もある」と発言している。
[私は松本の『ルネッサンスパブリツシャー宣言』(ひつじ書房、99年)しか読んでいないので、彼の現在のボジションはわからない。だがこの発言は本クロニクルに関する誤読と、現在の出版状況全体に関する視点の相違によるものであり、典型的な反感を代表していると見なせよう。それゆえに実名を挙げての発言であり、反論しておこう。
本クロニクルは一貫して大より小、勝者より敗者、官よりも民の立場から、またこれはよく理解されていないと思われるが、出版と出版業を分け、出版業界の歴史と構造、作者や読者の問題も含めた出版社、取次、書店の関係をもふまえ、論じられている。それゆえにイメージとしての出版社、取次、書店ではなく、全体的にして具体的なかたち、現在の等身大の姿を伝えようとしている。毎月その事実を検証するための資料やデータを掲載し、思いつきで記してもいないし、また噂や風聞によっているのではないことも示している。
それに加え、松本は読んでいないであろうが、本ブログの[古本夜話]はその戦前編、「出版人に聞く」シリーズは戦後編に相当し、そこには出版をめぐる理念とその継承の問題も含まれている。そして本クロニクルは現在編なのであり、私の本来のテーマである戦後社会論の一環として書かれている。それを具体的に挙げてみよう。松本は自著を書店の光景から始めているので、私も前回のクロニクルに示した書店の閉店を取り上げる。13年において、書店の閉店は619店である。その平均坪数は85坪とされる。ここには本や雑誌の特集に表出するサイトシーイング的書店像ではなく、書店業の現在が象徴され、出版業界の全体の姿すらも浮かび上がってくる。
619店ということは1日に2店には届かないにしても、それに近い。チェーン店であれ、単独店であれ、閉店は赤字と負債を抱えてのものに他ならず、経営者はその処理をどうするのだろうか、書店員たちは次の職場を見つけられるのだろうか。坪当たりの在庫が50万円とすれば、5千万円近い返品が生じ、取次を経て出版社へと戻ってくる。これにまつわる労力と経費は、書店のみならず、取次や出版にとっても多大なものであり、どうしてこのようなことが、ウィークデーには2店ずつ全国各地で起きているのか。
70年代まではほとんど書店の閉店は起きていなかったのであるが、それが80年代以後、多い年には千店を超え、トータルすれば、現在の書店の倍の3万店以上が消えてしまった。それとパラレルに出版物売上は実質的に半分になり、欧米と比較しても、日本だけで起きている出版危機を招来することになったのである。
こうした流通、販売に関する視点、そこで起きている出来事への注視、それらを出版の現在へと絶えずフィードバックさせるかたちで、本クロニクルは書かれている。どうしてそれが「無責任」ということになるのだろうか。
このような書店状況と出版危機に対して、書協や出版社や取のほうが「無責任」で、「後継者」も育てず、「破壊活動」を行なってきたようなものではないか。
この出版危機に対し、私はゾラの訳者でもあり、これをドレフュス事件のように見なしている。永井荷風は大逆事件をドレフュス事件に見立て、自らは沈黙を選び、それに多くの文学者たちが続いた。だが出版に関わる人々は目前で起きている出版危機に目を背けてはならないし、本気で「後継者を育てる」気があれば、発言すべきなのだ。松本もまた同著において、学術出版社の立場から、人が「知」というものを大事に思うのであれば、大学や学問に関して「本当は内実を知っておく責任があるのだ」と書き、その一方で、「私の予感は、学問も出版も読者も大学も、一度溶けて消えてしまうというものだ」とも述べている。今がまさにその時期なのかもしれないし、これは本クロニクルの「破壊活動」によって生じたものではないのである。
私が批判している電子書籍や取次問題についてだが、私も本クロニクルをネットで書いているし、単に否定しているわけではない。保存や研究においてデジタル化は必然であるし、それは否応なく進んでいかざるをえない。ただ大政翼賛会的な絵に描いたような電子出版業化の動向に対して、批判しているのだ。
それこそこれも松本のインターネットの世界の幕張メッセに向けられた言葉を引用しておこう。「大きな企業と役所の優れた人々が、計画した街が、どういうようにできあがってしまったのか。高度な都市設計の手法を用いて作られたに違いないのに、どうしてあんなに居心地の悪い空間ができてしまったのだろう。たぶん、それは大企業しかなく、赤提灯や屋台、露天商や小さなお店など、都市における『すきま』が、入り込めなかったからなのではないだろうか」]
13.35年間にわたって出され続けてきた社会思想、運動誌とも呼べる『インパクション』が年内で休刊。発行人の深田卓の語るところによれば、経済的負担もさることながら、「私は今年の夏には66歳になるが隔月刊誌の刊行は肉体的にも精神的にも本当にきつくなっている」ための休刊とされる。
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[インパクト出版会だけ例外ではなく、多くの出版社に後継者もなく、負債だけが残り、老いがしのびよっている。そうして雑誌も消えていくことになる。
だがインパクト出版会の12年の池田浩士の『石炭の文学史』は近年の収穫であった。私はゾラの炭鉱を舞台とする『ジェルミナール』の新訳者でもあるので、外国文学も含めた続編に期待したい。さらに長くインパクト出版会の出版活動が続けられますように]
14.3月は「出版人に聞く」シリーズ13として、塩澤実信『倶楽部雑誌探究』が刊行されたし、原田裕『戦後の講談社と東都書房』の編集も終えた。原田は88歳と出版業界の最長老なので、こちらも早く出さなければならない。
なお4月のインタビューは井家上隆幸『三一新書の時代』を予定している。
《既刊の「出版人に聞く」シリーズ》