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古本夜話444 佐々木指月『変態魔街考』とアメリカ

『奇書』第一号に寄稿している人物は北野博美と藤澤衛彦の他に佐々木指月の名前もある。後の一人は「老人若返り法」なる翻訳の「訳者の序」を掲載している佐藤紅霞だが、こちらは本連載19で「佐藤紅霞と『世界性欲学辞典』」で書いているので、そちらを参照されたい。

ここで取り上げた佐々木指月は他ならぬ「変態文献叢書」の第一巻『変態魔街考』の著者である。『奇書』寄稿の「性的小話」はわずか二編の、文字通り「性的小話」なので、『変態魔街考』を読み、『奇書』の「編輯を了へて」にある「氏はアメリカの本場に半生を送つた」とされる佐々木の視座を浮かび上がらせるしかない。同書の中で彼が「魔街」と呼んでいるのは最後のキューバを除いて、すべてがアメリカの都市の「到るところに、その赤い燈火を掲げ」ている場所である。

佐々木はかつてのアメリカの都会は「ワイドオプンタウン」だったと述べ、この和本仕立ての鼇頭の部分において、これが「おツぴろげ」の意味で、「凡てのものは野蛮な状態からはじまる。それがどんな綺麗事に見せかけてあつても、結局女が本である」と説明し、次のような本文への注釈となっている。

 アメリカのあらゆる都会は、その建設の初めには必ず一度はワイドオプンだつたのである。ニューオルレアンスもさうだつた。ニューヨークもさうだつた。シカゴも、サンフランシスコも、シャトルも、みんなさうだつた。
 丁度それは東京の郊外を開くのに、先づ、みづてん芸者屋の街を建てるやうなものである。女が集まれば、男が集まる。金があつまる。労働者が集まる。資本家が集まる。

しかしその最後の頃になると、教会ができたりして「ワイドオプン」は閉じられてします。だがそれは表面的なことで、必ずどこの都会にも「秘密の魔街があつて、秘密の魔女がワイドオプンのダンスを踏み、秘密の酒を商つて、ワイドオプンの酒を売ること」にいそしんでいるのだ。この『変態魔街考』はそのようなアメリカの都会の報告書である。母性愛を売り物にして若い男の金を巻き上げる娼婦、貸間街に暗躍する女たち、地下室の賭博場と不良少女の存在、ビジネス街で展開される恋愛ビジネス、劇場にたむろする美人の群れ、同性愛倶楽部、金持ち息子をたらしこむ女医などが、佐々木自らが描いたアメリカンコミック的な挿絵とともに語られていく。アメリカの不気味な「魔街」を徘徊し、横断していく「魔性の女」たちの数々の物語がこの一冊につめこまれ、まさに同時代のアメリカの「変態魔街」のポートレートとなっている。

このようなアメリカの「変態魔街」レポートを著わした佐々木指月とはいかなる人物であるのか。前回も参照した神谷敏夫の『最新日本著作者辞典』を引いてみる。

 芸術家で文筆家である。明治十五年三月横浜市千若町に生れ、東京美術学校彫刻家を卒業した。同三十九年禅僧釈宗活に随ひ渡米し、桑港ハプキンス美術学校に入り研究した。ついで紐育市に在つて美術研究に従事し、大正九年八月に帰朝した。後著述に従ひ仏教を研究してゐたが、昭和三年八月再び渡米し今日に至った。(後略)

ちなみに『日本近代文学大事典』でも佐々木は立項されていた。それによって補足すれば、彼は伊勢の神官の息子で、高村光雲に師事し、窪田空穂の助力で詩集『郷愁』も刊行し、再渡米後、禅伝道に務めていたが、太平世戦争下に及んで、日章旗への発砲を拒否し、監禁され、昭和十九年に罹病で死んだとされている。
日本近代文学大事典

このふたつの紹介からすれば、佐々木は彫刻家、詩人兼著述家、禅伝道師ということになり、『変態魔街考』は昭和二年二度目に帰国の際に刊行した一冊なのだ。「変態文献叢書」は、「変態十二史」の明らかな梅原人脈と異なり、佐々木に示されるように、著者たちが新たに加わっている。第三巻『変態性格者雑考』の中村古峡は『変態心理』の主宰者で医師、第六巻『会本雑考』の封酔小史は尾崎久彌のペンネーム、第八巻『変態演劇雑考』の畑耕一は演劇評論家、追加第二巻『軟派珍書往来』の石川巌は神代種亮と『書物往来』を創刊し、『明治文化全集』の編集にも参加し、狩野享吉への春本の提供者、追加第三集『印度愛経文献考』 の泉芳蓂はインド哲学者であった。
『会本雑考』  『印度愛経文献考』

その他の巻の著者たちである松岡貞治、佐藤紅霞については本連載ですでに記述してきたので省略した。なお中村古峡は拙稿「大本教批判者としての中村古峡」(『古本探究3』所収)、畑耕一に関しては山口昌男の『「敗者」の精神史』(岩波現代文庫)を参照されたい。また山口の指摘によれば、畑は奎運社から『劇場壁談義』という本を出している。これも「松本泰と松本恵子」(『古本探究』所収)でふれておいたように、松本泰と恵子が営む出版社であるから、畑は松本夫妻ともつながっていたことになる。

『「敗者」の精神史』 古本探究3 古本探究

したがって梅原北明から始まった「変態十二史」は、竹内道之助たちが継承した「変態文献叢書」に至って、さらに著者たちの人脈が拡がり、佐々木指月のような人物までがそこに組みこまれることになっていったのだ。それらの詳らかな経緯と事情は明らかにされていない。

なお本連載15 に「変態十二史」と「変態文献叢書」の明細を掲載している。

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