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古本夜話1494 北園克衛と『薔薇・魔術・学説』

 第一書房における大正十四年の堀口内大学『月下の一群』の刊行、及び厚生閣の春山行夫による昭和三年の『詩と詩論』創刊は、日本の近代詩に多大な影響を及ぼし、多くの詩のリトルマガジンやエスプリ・ヌーヴォーに基づく詩を誕生させていった。

 堀口大学訳 月下の一群 1926年(大正15年)第一書房刊 函入り、背金箔押し革装、天金  

 それは拙稿「シェイクスピア・アンド・カンパニイ書店」(『ヨーロッパ本と書店の物語』所収)で見たように、同時代のフランスにおいても、『月下の一群』で二十二編の詩が翻訳されているポール・フォールを中心とする新たな詩運動が始まっていた。そしてシェイクスピア・アンド・カンパニイ書店をトポスとして、新たな欧米のリトルマガジンが常備され、フランス人だけでなく、アメリカ人の作家たちも集い、ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』が出版され、アンドレ・ブルトンたちのシュルレアリスム運動も胎動していったのである。

ヨーロッパ 本と書店の物語 (平凡社新書)

 そうしたフランスの新しい文学動向に寄り添うようにして、『月下の一群』は翻訳され、『詩と詩論』の創刊も同様であった。その寄稿者の竹中郁は実際にシェイクスピア・アンド・カンパニイ書店を訪れていたようだ。またこれも『近代出版史探索Ⅵ』1015で既述しているが、昭和六年に第一書房は『詩と詩論』のメンバーである伊藤整たちの翻訳『ユリシーズ』を刊行している。

 それはシュルレアリスムの影響のもとに創刊されたリトルマガジンも同じで、大正十二年には壺井繁治などのアナキズム系の『赤と黒』、翌年には小野十三郎の『ダムダム』も創刊に至っている。この二誌に関しては拙稿「南天堂と詩人たち」(『書店の近代』所収)で既述している。またその年には北園克衛『GE・GJMGJGAM・PRRR・GJMGEM』、村山知義『Mavo』、昭和二年には北園と富士原清一『薔薇・魔術・学説』、佐藤朔編集、日本最初のシュルレアリスムアンソロジー『馥郁タル火夫ヨ』、翌年にこのふたつのグループが合流して、超現実主義運動の機関誌『衣裳の太陽』が創刊される。

書店の近代: 本が輝いていた時代 (平凡社新書 184)  

 そしてやはり昭和三年には『詩と詩論』の創刊となる。それに併走して春山は「現代の芸術と批評叢書」も企画編集し、西脇順三郎『超現実主義詩論』、アンドレ・ブルトン、瀧口修造訳『超現実主義と絵画』も送り出すのである。この「叢書」に関しては拙稿「春山行夫と『詩と詩論』」(『古雑誌探究』所収)を参照されたい。

超現実主義詩論 (1954年)    古雑誌探究

 拙稿を書いた際には未見であった先の『薔薇・魔術・学説』はその後入手している。もちろん初版ではなく、昭和五十二年の西澤書店による復刻である。まずは『日本近代文学大事典』の解題を引いてみる。

 「薔薇・魔術・学説」ばらまじゅつがくせつ 詩雑誌。昭和二・一一~三・二。全四冊。編輯人橋本健吉(北園克衛)、発行人富士原清一。列社発行。「ゲエ・ギムギガム・プルルル・ギムゲム」「列」「文芸耽美」の合流による。日本における最初の超現実主義運動の機関誌。エリュアール、アラゴン、アルトーらを紹介。第三号には、北園克衛、上田敏雄、上田保の署名で、シュールレアリスム宣言が発表されている。イナガキ・タルホ、石野重造、小野敏、田中啓介、山田一彦らが参加した。

 復刻に寄せたられた北園の「『薔薇魔術学説』」の回想」によれば、『列』という同人誌を発行していた富士原と山田一彦がやってきた。そしてその雑誌を改題し、新たな内容の雑誌にしたいとの提案が出された。また一方で、シュルレアリストの上田敏雄も北園の同人誌『人間』に書いた短編小説を読み、訪ねてきて親しくなり、その弟の上田保とも行動をともにしていたのである。そこで北園は上田兄弟も同人に加えたこともあって、新しい雑誌『薔薇・魔術・学説』はシュルレアリスムの傾向を帯びることになった。先の解題の最後に引かれているイナガキ・タルホたちは『G・G・P・G』の同人で、創刊号にだけ寄稿し、退場している。それはシュルレアリスムと相入れなかったことによるのであろう。

 それもあって第二号からは純粋にシュルレアリストの雑誌として編集され、山田一彦と富士原清一と亜坂健吉=北園のシュルレアリスム的死、上田兄弟の詩と翻訳が掲載となった。そして四号には「我々はSURREALISMEに於ての芸術欲望の発達あるひは知覚能力の発達を謳歌した吾々に洗礼が来た」と始まる別刷りマニフェストが上田敏雄によって起草され、英訳されてパリのシュルレアリストたちに発送されたという。この別刷りマニフェストは復刻されておらず、前述の北園の「回想」に全文が掲載されている。

 『薔薇魔術学説』『薔薇・魔術・学説』はいずれも三十ページに充たない薄い雑誌で、四冊を刊行して、『馥郁タル火夫ヨ』と合流し、『衣裳の太陽』へと結実していくのだが、それは『近代出版史探索Ⅵ』1045などの日本におけるシュルレアリスムの動向とともに言及すべきだと思われる。上田敏雄や北園はやはり春山によって「現代の芸術と批評叢書」へと召喚され、上田は「詩集とポエジイ論」の『仮説の運動』、北園は「超現実主義の詩と散文」である『白のアルバム』を刊行している。それは『近代出版史探索Ⅵ』1028の安西冬衛『軍艦茉莉』に続くものだったのである。

 (『仮説の運動』) (『 白のアルバム』)  (『軍艦茉莉』)

 なお最近になって、『薔薇・魔術・学説』などに発表された『北園克衛1920年代実験小説集成20‘s』(加藤仁編、幻戯書房)が刊行された。

北園克衛1920年代実験小説集成 20′s


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