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古本夜話1533 講談社『佐々木邦全集』と細木原青起の挿絵

 日本漫画会は円本漫画シリーズとジョイントしていただけでなく、その他の全集などともコラボレーションしていた。それは『近代出版史探索Ⅲ』484の『現代ユウモア全集』において、岡本一平、近藤浩一路、田中比左良、細木原青起、水島爾保布、池部鈞、麻生豊、吉岡鳥平たちによって八巻までが占められていることにも明らかであろう。

 桜の国地震の国 堺利彦集 (現代ユウモア全集2) (第二巻)

 たまたまその中には佐々木邦の一巻も含まれ、それがきっかけだったのかは判明していないけれど、やはり昭和五年の大日本雄弁会講談社の円本といっていい『佐々木邦全集』全十巻には彼らを含めた日本漫画会の主要なメンバーが挿絵を寄せている。そのうちの第八巻が手元にあり、これは函無し裸本だが、その装幀は田中比左良によるもので、彼は細木原青起とともにカラーの口絵も寄せている。この第八巻には次の六編が収録され、やはり挿絵が添えられているので、そのタイトルと漫画家名を挙げておこう。それらは長編『負けない男』(細木原青起)、以下短編「美人自叙伝」(田中比左良)、「大男の話」(谷脇素文)、「恐妻病者」(池田永治)、「駄弁家」(下川凹天)、「母校復興」(麻生豊)である。

 (『佐々木邦全集』)

 細木原のカラー口絵も巻頭の『負けない男』に寄せられたものなので、この作品を見てみる。その前に細木原は前回の「漫画講座」第四巻に「文芸作品の漫画化研究」を書き、「挿絵式による漫画化」なる一項目も提出していることもあり、それをトレースしておくべきだろう。『近代出版史探索Ⅶ』1369の岩田専太郎の挿絵観とも異なるものだ。

 挿画は内容を明細に説明したやり方が最も忠実といふ事になるのだが、それでは普通の挿絵としても取るべき道ではない。むかし北斎は馬琴の情死ものの挿絵を依頼され、その道行のところに、文章に無い弦月や破れ小屋や、狐を配して凄惨味を現はした。すると馬琴は『いらざるものを書き加へて情死気分を打ち壊して了つた。書き替へて呉れ』と憤慨したが、北斎は『俺はより以上情死気分を引き立てたつもりだから書き直さぬ』と主張し、互いに言ひ争ひ、遂に絶交までしたといふ話がある。味ふべき話では無からうか。(中略)北斎の奇智を応用し、漫画を創作するのである。(中略)
 それから挿画漫画は決して静的であつてはならない。必らず動作を必要とする。その動作も、(中略)心から動かす事を研究せねばならぬ。これは人なり動物なり動作を見詰め、其の核心を掴んで始めて成る至芸で、日本でも鳥羽僧正の作品の如きは大いに学んで好いだらうと思ふ。(後略)

 佐々木の『負けない男』はこの間の半分近くを占める長編であり、実際に挿絵は五十ページほどに掲載され、会話を中心として展開されていくので、この作品にはそれらが不可欠のようにも思えてくる。それは短い会話によって進行していくこともあって、ページの下半分の多くが空白となり、そこにはちょうど挿絵が納まって当然というような印象を与える。

 この作品は「就職難といつても、その頃は世の中が今日ほど行き詰まつてゐなかつた。未だゝゝ、大学即ち帝大の時代で、一手販売だつたから、贅澤さへ言はなければ、新学士は何処かにはけ口があつた」と始まっている。とすれば、小津安二郎の『大学は出たけれど』は昭和四年の映画なので、その時期にそれ以前の時代を想定し、書かれたと推測される。主人公の新学士堀尾君は同級生の半分以上の身の振り方が決まっているのに、面接に際し、議論したりして、しくじっていた。

大学は出たけれど(吹替・活弁版) [VHS]

 それは友人の間瀬君も同様だったが、一方で「絶世の美人」の女子大生と見合いし、養子に行くことになっていた。ところが堀尾君のほうも、友人の奥田君の妹の道子と結婚するつもりでいたし、彼女と間瀬君の相手は同じ家政科の同級生だった。それは「恋愛が今日ほど大衆化されてゐなかった。ロマンスといへば帝大生と女子大生の間に限られた」時代を表象させていたのかもしれない。また堀尾君と奥田君の実家は地方の資産家、間瀬君の養子は就職モラトリアムを保証する意味を有していたのである。

 そのような物語設定ゆえに、堀尾君と道子のロマンスが経糸、就職とサラリーマン生活が横糸となり、『負けない男』は挿絵とともに進行していくのだが、必然的に二人のシーンが最も多く描かれていくことになる。例えば、カラー口絵は海を見降ろすヴェランダのようなところにいる二人を描いている。それは奥田兄妹の実家にいるシーンで、晴れて家長からも「申分ないお婿さん」として認められ、「相思の二人は全く水いらずに語り合ふ機会があつた。一週間の時の間に過ぎた。八日目の午後、海を見晴らす二階の縁側で籐椅子に凭れてゐた時」の場面だとわかる。

 細木原は背景に青い海、松の緑、遠くの島の茶色の山肌を配し、和服姿の道子、浴衣を着て籐椅子にくつろぎ、鯛の絵を大きくあしらった打ち羽を手にした堀尾君を描いている。正面に道子がいて、堀尾君は彼女のほうを見て、二人の目が向き合っていることを伝えようとしているようだ。これが『負けない男』に表出している細木の「必らず動作を必要とする」挿画ということになろう。

 佐々木のユーモア小説に関してはすでに『近代出版史探索Ⅲ』485でふれていることを付記しておく。


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