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古本夜話556 厨川白村『近代文学十講』

前回の宮島新三郎と同様に、大正時代の英文学者、文芸評論家だった厨川白村も四十三歳で早逝している。それは鎌倉での関東大震災時の津波にさらわれたことによる死だった。

厨川も残念なことに谷沢永一『大正期の文芸評論』で取り上げられていないし、やはり忘れ去られてしまった文学者ともいえるかもしれない。それでも宮島と異なるのは、本連載284で述べておいたが、その遺作『十字街頭を往く』のベストセラー化に示されているように、知名度も高く、人気のある評論家だったと考えられる。
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とりわけ厨川は『近代の恋愛観』(改造社、大正十年)で自由恋愛を唱え、青年層に大きな影響を与えたとされ、その一編は『大正思想集2』(『近代日本思想体系』34所収、筑摩書房)にも収録されている。またその死後に『厨川白村集』が同刊行会、続けて円本時代にも『厨川白村全集』が改造社からと、二度にわたって出版されたことも、読者層が保たれていたことを示していよう。後者の六巻本のうちの五冊を古本屋の均一台から拾っているけれど、各巻の内容は文学論、英文学論、恋愛論などのいずれもが充実したもので、彼の人気がそのジャーナリスト的センスと該博な知識と歯切れのいい記述にあったことをうかがわせている。
厨川白村全集(『厨川白村全集』)

厨川は明治十三年京都に生まれ、三高を経て東京帝大英文科に進み、小泉八雲、夏目漱石、上田敏について学び、四〇年には三高教授となっている。そして京大講師も兼ね、十九世紀と世紀末の英文学を論じ、やけどが原因で左脚を切断することになるのだが、大正五年には京大助教授となり、欧米近代文学の紹介と文学による文明批評的解説とで名声を高めたとされる。その代表的な一冊が『近代文学十講』であり、これは『日本近代文学大事典』の厨川の立項のところでも、その解題が掲載されているので、それを引いてみる。
近代文学十講

 [近代文学十講]きんだいぶんがくじゅつこう 評論集。明治四五・三・大日本図書刊。三高の課外講義を集めたもの。西欧の近代文芸思潮の推移とその社会的背景を、自然主義の発達からはじめ印象主義、神秘主義、象徴主義、芸術至上主義の特質を解説したもの。啓蒙的とはいえこの種のてびきがなかったため、情緒的理解にすぎる欠陥はあっても、時代の傾向に合致して歓迎された。

この『近代文学十講』の大日本図書版を入手している。それは大正二年の訂正縮刷版の同十三年第八十八版であるから、大正時代を通じてのロングセラーになっていたことを告げている。

この厨川のデビューを飾った代表作を一読すると、彼が英仏独に通じた読み巧者で、同時代における西洋文学の体系的紹介者として、大いなる役割を果たしたのではないかと思われてくる。実際にこの『近代文学十講』は前回の宮島の著書の範となったはずだし、本連載181「加藤武雄と『近代思想十六講』」でふれた大正時代の新潮社の「思想文芸講話叢書」も同様であろう。また京都からの発信であるから、明治版『構造と力』と見なしてもいい。それゆえに日本の近代文学や文芸評論にも多大な影響を与えると同時に、様々な西洋文学知識のタネ本であったと考えても間違いないはずだ。

何とここではすでに「アルテユル・ラムボオ」の「母音」の第一行目の「Aは黒、Eは白、Iは赤、Vは緑、Oは蒼」が原文とともに紹介されている。ただし原文は欠落があり、訳文のアルファベットの「V」は「U」の誤植であり(73ページ)、これはもう一度引用されているが(569ページ)、そこでは直っている。これも少しばかり注釈を加えておけば、この「母音」(『詩集』所収、鈴木信太郎訳、『ランボー全集』1、人文書院)は、昭和五年に小林秀雄訳でランボーの『地獄の季節』(白水社、現在は岩波文庫)が出され、その「言葉の錬金術」に組みこまれた一説として、よく知られるようになる。だがそれは『近代文学十講』での紹介から二十年後のことだったのである。その事実を考えれば、かなり先駆けた紹介だったとわかる。

ランボー全集地獄の季節

それはランボーばかりでなく、他の文学作品に関しても同様で、ゾラと自然主義にも多くのページが割かれている。私はゾラの訳者であり、本連載193で「大正時代における『ルーゴン=マッカール叢書』の翻訳」を書いているが、それらの翻訳刊行も大正十年代からなので、これも厨川がいち早いゾラの「ルーゴン=マッカール叢書」の紹介者であり、これらの翻訳のいくつかにしても、厨川の著作における言及がきっかけとなったのかもしれないのである。

厨川はゾラの自然主義が生理学と遺伝子のクロード・ベルナールや文芸批評家テーヌの影響を受けたもので、「人生の自然現象を科学的に研究せむとする文芸」であり、それが「ルーゴン=マッカール叢書」だとする。これは一八七一年の第一巻『ルウゴン家の運命』に始まり、九三年の第二十巻『パスカル博士』によって完成するものであり、次のような色彩の「叢書」だと述べている。
ルーゴン家の誕生(第一巻、『ルーゴン家の誕生』) パスカル博士 (『パスカル博士)

 即ちもとから病的遺伝を持つてゐる一家の人が種々の境遇や事件や周囲(ミリウ)の中におかれて、そこに発生する様々な現象を描いたる一篇の科学的進化史で(中略)、社会各方面の事実がそのなかに描かれてゐる。即ち政治、宗教、商工、青物魚市、酒店、取引所、鉄道生活、鉱山、何でも彼でも現代社会のあらゆる方面にわたつて、醜穢悲惨な事実が忌憚なく精細に描き出されている。

そしてその代表作として、原タイトル、英訳名を添え、第七巻『酒店』(『居酒屋』)、第九巻『ナナ』、第一三巻『陽春』(『ジェルミナール』)、第十四巻『製作』(『制作』)、第十九巻『滅落』(『壊滅』)を挙げている。カッコ内は現翻訳タイトルを示す。この最後の『滅落』に関して、「二人の兵卒の身の上話を中心にして、普仏戦争の事を書いたものだ。戦場の光景は云ふに及ばず、傷病兵や捕虜の苦悶、殊に攻囲中の巴里城内の惨憺(さんたん)たる有様が驚くべき程精緻に描かれてゐる」と評している。
居酒屋 ナナ ジェルミナール 制作 壊滅


実はこの『滅落』=『壊滅』の翻訳は他ならぬ私が携わっており、それは『ナナ』『ジェルミナール』も同様であり、計らずも厨川が「叢書」の五つの代表作として挙げたうちの三つを、これも『近代文学十講』からほぼ一世紀後に、私が翻訳を手がけることになったのである。これも奇妙な巡り合わせのように思われてならない。

しかしこのゾラの「ルーゴン=マッカール叢書」などへの言及から考えると、厨川は英仏米の同時代の概説書や文学史に通じていたことは確実だが、これらを実際に読んでいたかは疑問である。とりわけ『壊滅』は普仏戦争とパリ・コミューンに通じていないと読むことが困難な大長編でもあるからだ。だがそれはないものねだりかもしれず、ゾラに限らず、明治末において、これほど広範にして、しかもよくまとまった近代西洋文学解説書を出しただけでも、大いなる業績だと顕彰すべきであろう。

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