出版状況クロニクル29(2010年9月1日〜9月30日)
『出版状況クロニクル2』 が刊行され、3ヵ月になるが、例によって書評はひとつも出ない。再販委託制問題に加えて、本クロニクルが大手新聞や総合誌などを批判していることも作用しているのだろう。
それでもこの連載を続けているのは、日本の出版業界の、世界に例を見ない10年を超える深刻な危機状況に対して、私以外に誰も絶えざる警鐘を鳴らさないからである。そしてまた日本出版史のみならず、戦後社会史として、出版敗戦の経緯と構造は鮮明に記録されなければならないからだ。
これまでも繰り返し言及してきたように、日本の出版物販売金額は、1996年の2兆6563億円をピークに落ち続け、2010年は1兆8500億円ほどと推測できる。この10数年で8000億円の出版物売上が失われたのである。つまり96年の3分の1近くの売上が消えてしまったことになる。
欧米のみならず、ロシア、中国、韓国などの出版業界と比べても、これは異常な事態であり、日本だけで起きている特殊な出版状況なのだ。欧米もネットとの競合で、書店は苦戦しているが、それでも書籍売上高はこの10年で微増、もしくは微減が続いていて、日本のようなドラスチックな状況にはない。
それゆえに現代の日本の状況を、出版敗戦以外に何と呼ぶことができるだろうか。この重層的にして構造的要因は本連載で書いてきたとおりだ。
1. 2010年の出版物販売金額だが、これも既述してきたように落ち続け、先の見えない状況のままに進んでいる。出版科学研究所のデータを示す 。
■2010年 推定販売金額
月 推定総販売金額 うち書籍 うち雑誌 (百万円) 前年比(%) (百万円) 前年比(%) (百万円) 前年比(%) 1 130,440 ▲6.5% 59,323 ▲7.5% 71,117 ▲5.7% 2 176,931 ▲2.7% 85,003 ▲1.9% 91,928 ▲3.3% 3 217,791 ▲1.2% 112,990 ▲1.5% 104,801 ▲0.8% 4 161,803 2.3% 70,896 0.5% 90,906 3.7% 5 126,226 ▲5.2% 55,682 ▲4.7% 70,544 ▲5.6% 6 147,388 ▲5.3% 60,168 ▲5.5% 87,220 ▲5.1% 7 139,205 ▲7.7% 54,763 ▲11.9% 84,442 ▲4.8% 8 135,104 ▲3.9% 53,261 ▲6.9% 81,843 ▲1.7%
[見られるように、書籍も雑誌も4月が前年をクリアしただけで、あとの月はすべてマイナスとなっている。9月から12月にかけても同様だろう。
09年の9月から12月にかけての販売金額は6555億円で、10年同期を5%減とすると、6227億円となる。したがって10年の販売金額は私の推測する1兆8500億円台と見なせるだろう。
だが最も問題なのは10年で下げ止まったわけではなく、これがさらに続いていくことなのだ]
2.出版物販売金額の10数年間に及ぶ落ちこみとパラレルに、ひたすら上昇していったのは返品率である。91年から09年までを示す。
■返品率推移
年 書籍 雑誌 (月刊誌) (週刊誌) 1991 32.4% 22.4% 24.8% 15.7% 1992 33.6% 22.1% 24.4% 15.4% 1993 33.6% 23.0% 25.5% 15.2% 1994 34.1% 24.3% 26.6% 16.7% 1995 35.5% 25.3% 27.9% 17.0% 1996 36.1% 27.1% 29.4% 19.3% 1997 39.3% 29.5% 32.2% 20.2% 1998 41.0% 29.2% 31.7% 20.9% 1999 39.9% 29.6% 32.1% 21.1% 2000 39.4% 28.9% 30.8% 22.4% 2001 39.1% 29.4% 31.3% 23.2% 2002 37.7% 29.4% 31.2% 23.2% 2003 38.8% 31.0% 32.8% 24.8% 2004 36.7% 31.7% 33.4% 25.8% 2005 38.7% 32.9% 34.4% 27.3% 2006 38.2% 34.5% 35.8% 29.4% 2007 39.4% 35.2% 36.7% 29.5% 2008 40.1% 36.5% 38.0% 31.1% 2009 40.6% 36.2% 37.6% 30.3%
[これもドラスチックな返品率の上昇だといってかまわないだろう。
20年間で書籍は32.4%から40.6%、雑誌は22.4%から36.2%であり、とりわけ雑誌の近年の返品の高止まりは雑誌不況を物語っている。
雑誌の内訳を見ると、月刊誌は24.8%から37.6%、週刊誌は15.7%から30.3%となっていて、週刊誌の返品率が倍になっているとわかる。雑誌返品率は60年代から90年代にかけて、10%後半から20%強の時代が続いていたが、週刊誌の凋落が数字に反映されていると思われる。
ただ書籍の返品率も限界を超えているが、雑誌の40%に迫りつつある返品率は異常だと判断するしかない。
ここから専門的な話に入る。書籍の場合、書店の構成比からすると、新刊3割、既刊7割とされてきた。だから新刊既刊の4割が返品となっていることになる。ところが雑誌の場合、コミックを別として、ほとんどが新刊であるから、新刊が4割近く返品されているのである。だからコミックの既刊注文を返品量から差し引けば、雑誌新刊は書籍を超える4割以上の返品に達している可能性が高い。
これは雑誌における異常な事態と考えるべきだ。書籍に関して、再販委託制が破綻していると指摘してきたが、雑誌も同様な状態になっているのではないだろうか。
要するにこの高返品率状況は、書籍も雑誌も現在の書店市場において、流通がミスマッチになっている現実をはっきり浮かび上がらせている。ここから導き出される結論は、再販委託制による近代出版流通システムの破綻であり、それに代わる現代出版流通システムへと転換しないかぎり、さらにまだ出版物販売金額は減少し続け、返品率も高まるばかりであろう]
3.1と2のような出版状況を背景に、書籍の新刊点数が減少し始めている。やはり10年度8月までの数字を示す。
■2010年 書籍・新刊点数
月 新刊点数 新刊推定発行部数 新刊推定発行金額 (点) 前年比(%) (万冊) 前年比(%) (百万円) 前年比(%) 1 5,345 ▲1.6% 2,983 8.1% 30,470 ▲4.3% 2 5,849 ▲4.6% 2,834 ▲9.0% 31,232 ▲11.4% 3 7,299 ▲2.7% 3,744 5.9 43,393 0.9% 4 7,581 1.0% 3,134 ▲9.2% 37,116 ▲6.9% 5 5,909 ▲9.3% 2,394 ▲15.6% 27,952 ▲15.5% 6 6,562 ▲6.2% 3,168 ▲2.3% 36,037 ▲4.0% 7 6,306 ▲5.4% 3,052 ▲9.5% 34,508 ▲9.4% 8 5,307 ▲9.3% 2,813 ▲7.8% 30,039 ▲8.5%
[91年に4万点を割っていた新刊点数は、09年には7万8千点に達していたが、10年はマイナス幅が大きくなり、8月までに5万点をわずかに超えたばかりだ。
発行部数と発行金額は新刊点数の減少により、こちらもかなりマイナスになっている。この徴候からすれば、10年は新刊点数などが大幅なマイナスとなり、これから減少していくターニングポイントの年であるのかもしれない。
これもまた飽和状態に達した書籍と書店市場のミスマッチの限界の露出だと見なすことができよう]
4.MARUZEN&ジュンク堂店の渋谷店が第1号店として東急百貨店内に開店したが、10月に広島店、郡山店と続き、12月下旬には最大の二千坪の大阪店を出店予定。
[丸善とジュンク堂は大日本印刷傘下に入ったことで、資金的後ろ盾を得て、これまでできなかった共同大型店の全国的出店に乗り出したのだろう。出版業界での売上高のさらなるシェアを獲得し、バイイングパワーをつけることで、出版社や取次に対する優位な立場を確保しようとしていると考えられる。
しかし現在の出版物販売金額が減少する中での両社による出店は、確実にその地域の書店の売上を奪い、共存共栄は望めない。両社は12年までにさらに大型店10店を予定していて、それが実現すれば、全国書店地図はさらに塗り変えられていく。その時、地場の書店は壊滅状態になってしまうかもしれない]
5.その一方で、丸善、ジュンク堂も属するCHIグループは、丸善による日中間の電子コンテンツ流通におけるIT産業との提携、大日本印刷との電子書籍販売サイトの立ち上げ、大学や図書館との電子書籍ソリューションの事業準備などを進めている。
CHIグループのめざすハイブリッド型書店について、『新文化』(9/9)が「デジタル武装で“脱落店”、図るCHIグループ」と題し、ネット戦略統括責任者である服部達也執行委員にインタビューしている。それを要約してみる。
*来年までにリアル書籍と電子書籍、インターネットと店舗をシームレスに提供するプラットフォームをスタートさせる予定。 |
*DNPと連携し、電子書籍販売サイトを進化させ、10万タイトルを揃え、またbk1とも連携し、紙でも電子でも買えるようにしていく。 |
*顧客へのサービスとして、店頭在庫、ネット書店在庫、電子書籍、オンデマンドと、どのようなニーズにも応えられるようにする。 |
*それぞれの提携役割は、顧客との接点をハイブリッド化するのがCHIグループ、電子書籍サイトの開発がDNP、ネットワークシステムはNTTドコモが分担し、3社でユニークなサービスを実現。 |
*単に紙から電子へリプレイスするのではなく、トータルな書籍マーケットの拡大をめざす。 |
[このような理路整然と語られるハイブリッド型書店像の中に、おそらく「読者」はいない。
服部はこのインタビューで、「読者の消費傾向」云々の質問に対し、「読者の嗜好性」と言っているだけで、一貫して「顧客」へのサービスについて語っている。つまり彼の中にはコンピュータビジネスにおける「カスタマー」=「顧客」はあっても、多様な「読者」の像は描かれていないのだろう。
しかし服部がCHIグループ社長の小城武彦と同様に、CCCの出身であるとわかれば、納得がいくように思う。彼も自ら「カルチュア・コンビニエンス・クラブでインターネットを使って、どう店舗のシナジーを創出するかに取り組んでいた」と語っているからだ。
とすれば、小城や服部だけでなく、CHIグループでハイブリッド型書店を展開しようとしている主要メンバーは、「読者」を知ることがないCCCの人脈で固められてしまうのかもしれない]
6.そのCCCが中古事業を開始し、中古本買取・販売の「ecobooks」(エコブックス)をTSUTAYA横浜みなとみらい店にオープン。月商目標800万円、年内に10店、5年以内に200店舗展開予定。
[CCC=TSUTAYAはブックオフの株主であり、両社はフランチャイズを展開する盟友として歩んできた。また両社の棚や什器を担当したのは丸善であり、長くトリオを形成していた。
しかしDNPグループと出版社3社による買収も影響してか、ブックオフはCCCのTカードを離脱し、CCCは「イーブックオフ」を営むネットオフと資本・事業提携し、中古本参入を表明した。それがエコブックスということになるのだろう。
ブックオフは新刊へ、CCCは中古本へと参入し、新刊、古本も含めた新・古書店市場はバトル・ロワイヤル的状況を呈してきた。
「日本の古本屋」に加盟する全国の古本屋は2200店とされるので、エコブックスがTSUTAYA1400店舗に導入となれば、ブックオフと合わせて「日本の古本屋」を上回ってしまい、これも地方の古本屋を壊滅させてしまう可能性がある]
7.CCCの主たる事業であるDVDレンタルについて、『日経ビジネス』(8/30)が「100円戦争のその後」というレポートを掲載している。
これは「脱デフレの研究」として報告され、独自のDVDの「発掘商品」企画や「Tポイント」事業についての言及が半分以上を占めているが、ゲオとの「100円戦争」=映像・音楽レンタル業界の激しい「値下げ消耗戦」の実態が生々しく浮かび上がってくる。
[本クロニクルでも近隣のゲオとTSUTAYAの80円レンタル合戦を記しているが、これはゲオが昨年7月に「旧作100円キャンペーン」を始め、それまで200円〜300円のレンタル料が半額になってしまったことに端を発している。
それに対し、CCCは全社的な対策をとらなかったため、ゲオが客数を伸ばし、TSUTAYAは売上の減少を食い止められず、6月には映像レンタルで前年比15.2%のマイナスとなった。
それを受けて、株価も300円台を低迷し、最安値を記録し、フランチャイズオーナーからは「FC加盟料を払う意味がない」という苛立ちの声が上がっているようだ。
この「値下げ合戦」はレンタルを兼ねる複合店が利益を上げるビジネスモデルではなくなったことを告げている。複合店の時代もやがて終わっていくのだろう]
8.アメリカのレンタル事業がネット配信と自動貸出機などの普及で苦境に陥っていることを本クロニクルでも言及してきたが、最大手のレンタルチェーンのブロックバスターが経営破綻に追いやられ、負債は10億ドル。
ブロックバスターは1985年設立で、ビデオの普及に伴い、急成長し、04年には北米、ヨーロッパなどで9000店を展開したが、現在は5600店に減少していた。
[これは店舗によるレンタルの時代の終焉を明らかに告げている。ブロックバスターの破綻の主要因は店舗維持費にあり、ネット配信、郵送、自動販売機の低コスト構造に敗れるしかなかったと思われる。日本も遅かれ早かれ、店舗レンタルの衰退を迎えることになろう]
9.『週刊ダイヤモンド』(9/11)が「フランチャイズの悲鳴」特集を組んでいる。そのリードは次のようなものだ。
フランチャイズチェーンビジネスが壁に当たっている。確立されたビジネスモデルを使い、ローリスクで企業ができる加盟店、代償として加盟店の利益の一部を徴収する本部。山分けしても満足できる利益が生まれているあいだは隠されていた相反の構図が、成長の頭打ちとともに浮き彫りになってきた。皺寄せを受ける弱い立場の加盟店が、悲痛の叫びを上げている。
[これは好企画であり、フランチャイズ本部ではなく、加盟店の側から見た「フランチャイズの悲鳴」にほぼ焦点が当てられているからだ。
その半分はコンビニ問題で、週刊誌の場合、コンビニ批判はタブーとされ、ここまでまとまって特集が組まれたことはなかったと思う。コンビニ依存度が低い経済誌だからできたのだろうが、一般の週刊誌では成立しえない特集である。
出版業界にとってもフランチャイズは『出版状況クロニクル』 (論創社)で、取次と書店の関係からセブン‐イレブンは構想されたのではないかと述べておいたが、それらのコンビニフランチャイズは最大の雑誌・コミック販売チェーンであり、90年代から近年にかけて5000億円を売り上げている。
またTSUTAYAもブックオフもフランチャイズによって増殖し、それは書店のナショナルチェーンも例外ではない。
この特集は08年度から初めてフランチャイズのチェーン数と店舗数が減少し始めていること、FCビジネスをめぐる訴訟や諍いの増加とレポート、FC市場の成熟と頭打ちの状態と曲がり角にきている事実を伝えている。
コンビニの売上に象徴されるように、出版業界もフランチャイズシステムによって成長してきたのである。しかしそのコンビニ売上も、同じく08年から4000億円を割りこんでしまい、10年は3000億円を下回る可能性もある。コンビニと雑誌の蜜月も曲がり角にきていることを告げていよう]
10.コミックレンタルの春うららかな書房が、新刊書店に対する中古コミックの販売を拡大すると同時に、再商品化も兼ねる福井の800万冊の物流倉庫をカンボジアのプノンペン経済特区へ移転する。
移転に伴い、現地で100人を雇用するが、人件費は日本に比べ20分の1で、輸入関税は免除される。
[春うららかな書房の福井の本社兼倉庫を見学しに行ったのは10年前のことだった。当時春うららかな書房はマンガ喫茶への卸しに力を注いでいたが、その後コミックレンタル卸しの大手となり、10年度の売上高は27億円に達している。
おそらく書店も、春うららかな書房のような専門中古コミック卸しと連動し、中古コミックの販売に参入するのも時間の問題だと思われる]
11.『日本古書通信』9月号に、神田の古本屋りぶる・りべろの川口秀彦による「新刊古書併売について」が掲載されている。これは平安堂などに古本を常設している当事者の川口の体験と意見なので、紹介してみる。
平安堂の場合、04年に『「今泉棚」とリブロの時代』 (論創社)の今泉正光が長野店店長となり、かつてのリブロの社員で古本屋になった市ヶ谷の麗文堂、さいたまの古書肆マルドロール、京都の書肆砂の書に、りぶる・りべろが加わり、05年に古書催事を開催したことがきっかけで、平安堂の古書棚常設がスタートした。
それから平安堂、田村書店、金高堂、勝木書店でブック・ビヨンド・アライアンス(BBA)という古書事業ネットが形成され、平安堂以外の3社1店舗にも、彼らの古書棚が常設されることになった。
川口の証言によれば、先頃古書併売を始めた有隣堂も川口の助言から、平安堂を訪ね、そこからスタートしたようだ。またフタバ図書の古書担当者は今泉のリブロ時代の部下だという。
[新刊書店の「古書併売」はTSUTAYAの参入や春うららかな書房の中古本コミックもあり、これからはボーダーレスな様相を呈していくかもしれない。
しかしこの始まりにおいても、リブロ時代の人脈が交差していることは興味深い。川口が古本屋になったのもリブロ人脈との出会いによっている。詳しくは『「今泉棚」とリブロの時代』 を参照してほしい。
さてここで、最近私が古書併売から拾った思いがけない拾いもの本のことを書いておきたい。たまたま時間つぶしに入った書店で、洋書のワゴンセールが開かれていた。これらは疲れた本と定価から、古書併売と考えていいだろう。期待もせずに何気なく目を走らせると、そこにAlice L,Hutchison, Kenneth Anger (Black Dog Publishing 2004)が一冊あった。
これはそれこそリブロポートから出されていた『ハリウッド・バビロン』 の著者ケネス・アンガーの全フィルモグラフィを収めた研究書で、その映像のもたらす妖しげな魅力に目を奪われてしまった。私はこのブログの[ゾラからハードボイルドへ]で、ケネス・アンガーに言及し、彼のカルト的映画の実態を知りたいと思っていたばかりなのだ。うってつけの一冊を手に入れたことになる。
YOHANのバーゲンシールによれば、定価は4200円とあるが、7割引の1260円であった。アマゾンに対抗するためにも、洋書の古書併売も常設する書店が出現することを望んで止まない]
12.ミステリー専門店の深夜プラス1が自主廃業を選び、29年の営業に幕が引かれた。
[『本の雑誌』と『このミステリーがすごい!』が連動して盛り上げた冒険小説と海外ミステリーの時代も終わったのだろう。
その氷河期のような業態を、扶桑社文庫のマイクル・コナリーなどの翻訳者である古沢嘉通が『本の雑誌』10月号の「どうにもならなかったか」で語っている。彼によれば、翻訳収入は05年の1300万円をピークに、06年、07年は7、800万円、09年には300万円前後となり、実質的に赤字になってしまったという。
それはリーマンショックを境にして、既刊本の増刷がなくなったことが主たる原因で、共働きでなければ、住宅のローンも払えなくなり、路頭に迷っていたと告白し、「これは私だけの特殊な状況ではない」とも書いている。
これを版元の扶桑社海外ミステリーに当てはめれば、新刊だけしか売れない状況になっていることは明白で、海外ミステリーの翻訳も前途がどうなるのか危ぶまれる段階に入ってきている。古沢ではないが、5年後はどうなっているだろうか]
13.理工書の老舗出版社の工業調査会が自己破産。負債は5億7000万円。
1953年創業で、『機械と工具』などの月刊誌の他に、理工系専門書を発行し、91年には売上高20億円だったが、04年以降10億円を割りこみ、09年には7億円弱まで落ちこんでいた。
[工業調査会は老舗の理工書ゆえに取次正味も高く、全盛期には100人近い社員を有し、大阪支社までかまえていた。総じて医学書ほどではないにしても、理工書の世界もまずは盤石とされていたが、そのような時代もやはり終わろうとしているのだろう。
工業調査会の事業停止に伴い、取次が返品可能は10点との通知を書店に出したと伝えられている。まだ詳細は不明だが、またしても大量の返品不能品が発生する可能性がある]
14.主婦の友社の売上高は139億円で、当期利益は4億8000万円で、3年連続の赤字から黒字に転換。
[しかし前年比で、売上高は30億円減少の20%減と、出版物は厳しくなっていくばかりの状況が透けて見える。婦人誌の時代も終わって久しいが、その後の婦人誌出版社も漂流を続け、まだ取りつく島を見出していないように思える]
15.太洋社の売上高は400億円で、5年連続減収、前年比4.4%減。営業利益は前年比99.4%減の66万円で、1億3800万円の赤字となったが、船橋流通センターを京成電鉄へ売却したことで、純利益9億円を確保した。
[文真堂チェーンのトーハンへの帖合変更が大きく影響し、また帖合先の中小書店の営業不振も相乗しているのだろう。
國弘晴睦社長の決算説明における「新たな出版流通の構築や新商材開発、“人財”育成による自己改革を掲げてきたが、社内には具体的な戦略もない。日々の仕事をこなすだけで、クリエイティブな仕事ができていない」との言は、太洋社のみならず、出版業界全体に向けて発せられたもののように思えてならない]
16.本クロニクル28で、アメリカの最大手書店チェーンのバーンズ・アンド・ノーブルの危機を伝えてきたが、10年5月から7月期の最終損益は、前期の1200万ドルの黒字から6200万ドルの赤字となった。電子書籍リーダーの「ヌック」の営業費用と大株主の投資ファンドとの訴訟費用がかさんだゆえとされるが、1株当たり最終損益も赤字となる模様。
[この危機を受け、旗艦店でもありシンボルだったニューヨークのアッパー・ウェストの66丁目店は閉店に追いやられるようだ。かつての書店と異なるカフェの併設はここから始まったといってよく、日本の書店の大型化などもバーンズ・アンド・ノーブルを範としている。
アメリカの書店不況は日本とは異なるとはいえ、ヨーロッパの書店も含めて、サバイバルの時代にはいっていることは間違いないだろう]
17.『週刊ヤングジャンプ』(10/7・10/14)の連載である本宮ひろ志『新サラリーマン金太郎』が「出版社編」に突入している。
金太郎は出版不況で赤字に陥っている総合出版社の快童社の品川常務から呼ばれ、快童社の内情を打ち明けられる。品川は入社以来、『少年アタック』一本でやってきて、数々のヒットを飛ばし、快童社のほとんどの利益を叩き出してきた。だから『少年アタック』を快童社から独立させ、アジアのディズニーをめざすべきだと金太郎に告白する。快童社社長就任を引き受けた金太郎は、それを認め、品川をアタック社の社長にすえることを約束する。
そして金太郎は全社員を集めた新社長就任に際しての挨拶と会社の報告において、『少年アタック』の分離独立、22の雑誌のうちの12誌の休刊、『少年アタック』なき後に払える年俸150万円、電子出版へ主戦場を移すことを宣言し、次のように言う。
「出版業の行く末はない……流されるんじゃねえ、戦うんだ……そして生き残るんだ。」ところが社員からは何の反応もなく、空気も入らないのである。金太郎は呟く。「こうなったら、とことん暴走してやる。」
[これが大体のストーリーだが、『少年アタック』と快童社が『少年ジャンプ』と集英社をモデルにしているのは明らかである。
現在の出版状況と併走する物語であるゆえに、どのように「とことん暴走」し、リアルな展開になるのかを期待したい。これは「天然まんが家」本宮ひろ志の直感に発する出版危機への表明であり、他の作家や著者に先駆けた表現の試みであるように思われるからだ]
18.9月半ばに紀伊國屋書店の松原治会長他が取締役会で解任されたという情報が駆け巡った。だがその後、報道はなく、真偽もネット上にも流れず、未確認のままであった。しかし9月27日付の『文化通信』に小さな記事がようやく掲載されたので、それを示す。
紀伊國屋書店は9月13日の取締役会で、松原治代表取締役会長兼CEOと乙津富男取締役副会長、鎌田芳蔵、西口孔太郎の両常務取締役の退任と、武藤和男理事東京営業本部長を取締役に、松原真樹角川グループホールディングス取締役を社外取締役に新任する役員人事を内定した。11月29日の定時株主総会で正式決定する。
[何が起き、このような4人の取締役の解任に至ったのだろうか。次期会長と社長の名前も掲載されていないのは不審きわまりない。紀伊國屋書店も再編の波に本格的に巻きこまれていく予兆を感じさせる。
『だれが「本」を殺すのか』 の中で松原を「閣下」とあがめた佐野眞一は、この真相をレポートすべきだろう]
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出版状況クロニクル28(2010年8月1日〜8月31日) |
出版状況クロニクル27(2010年7月1日〜7月31日) |
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出版状況クロニクル25(2010年5月1日〜5月31日) |
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