出版・読書メモランダム

出版と近代出版文化史をめぐるブログ

11 メイランの出現

  

◆過去の「謎の作者佐藤吉郎と『黒流』」の記事
1 東北書房と『黒流』
2 アメリカ密入国と雄飛会
3 メキシコ上陸とローザとの出会い
4 先行する物語としての『黒流』
5 支那人と吸血鬼団
6 白人種の女の典型ロツドマン未亡人
7 カリフォルニアにおける日本人の女
8 阿片中毒となるアメリカ人女性たち
9 黒人との合流
10 ローザとハリウッド


11 メイランの出現
第十二章の「恩師」において、荒木は雄飛会長の大海の渡米を迎えるためにサンフランシスコに戻っていた。東や小山と波止場で待っていると、日本の太洋丸が入港してきた。久し振りに再会した大海はまず荒木に今日に至るまで春子の行方がわからないと伝えた。荒木もまた吸血鬼団の組織とその活動のすべてを告白した。大海は荒木の事業に驚嘆し、讃辞を与えようとしたが、自らの立場もあり、「君の前途には、或る大悲劇が控へて居る! 君はその悲劇の前に怯(ひる)まず直進せねならないと云ふ事だ!」と静かに言った。大海は荒木を雄飛会の後継者にするつもりでいたが、それを断念せざるを得なかったのだ。

第十三章の「奇遇」に入ると、新しい年が訪れ、コロラド河口の農園には罌粟の花が咲き乱れ、六月には阿片の採集時期を迎えた。メキシコ人労働者による採集、団員たちの製造、支那人が操る飛行機での大量密輸、自動車での国境からの密輸も行なわれ、八月には第二回目の種蒔きが始まった。農園には労働者キャンプの他に、荒木や吸血鬼団員のための住居が建てられた。

そこに九月になってローザ母娘が飛行機でやってきた。二人は密告され、阿片密売の容疑で刑事に拘引され、保釈金を積んだまま逃げてきたのだ。ローザはこの「農園の女王」として暮らし始め、農閑期を迎え、荒木と飛行機で南メキシコへの旅に出た。そして章題にあるように、偶然に剛島と再会したのである。彼は五年間にわたってブラジル、ボリビア、ペルー、コロンビアを放浪し、パナマを経てメキシコにたどり着いたところだった。荒木は剛島を農園に連れ帰ると、剛島は彼を「雄飛会が生み出した空前絶後の偉才だ」と賞讃した。年の暮れを迎え、荒木はサンフランシスコ本部に出かける必要があり、剛島とローザが同行することになった。

ここでようやく最終章の「霹靂(へきれき)」を迎えることになる。サンフランシスコの対岸にあるオークランド波止場に東洋航路の貨物船(カーゴボート)が碇泊していた。その船から秘かに大きなトランクが運び出され、モーターボートに積みこまれた。ボートが海岸に着くと自動車が待ち受け、トランクを乗せて支那賭博街に入り、ある建物の地下室に持ちこまれた。太った老人がトランクを開けると、その中から「支那服を着た年頃二十二三の青褪(あおざ)めた女」が出てきた。阿片中毒の女で、上海からやってきたらしかった。その建物は阿片窟だった。

翌日そこに一人の支那人が入ってきた。それはトンワングだった。老人は彼に昨夜の女を売りつけようとした。トンワングは女に魅せられ、五万ドルで買うことに決めた。その女はメイランと名乗り、彼は吸血鬼団の本部に彼女を連れ帰り、自分の妻とした。

その五六日後、メイランとお花が阿片を吸い、向い合って話していた。メイランは天草生まれで、小さい時に支那に行ったと説明し、日本語ができる理由を説明した。自分から望んでアメリカにきた事情をお花に、「いい人でもアメリカに居るつての」と聞かれ、メイランは肯定も否定もしなかったが、「彼女の顔は処女の様な輝きを、その瞬間に見せた」。ここはどんなところかというメイランの問いに、お花は答える。『黒流』という物語の大団円を予感させ、荒木という「英雄」の姿を浮き上がらせているので、それを要約してみよう。

吸血鬼団といって、阿片の密売団よ。でも金儲け専門ではなく、大理想を持っているのよ。それを今から話してあげるわ。団長は美男子であるばかりでなく、腕前も金も備えてまったく申し分がないの。今は国境の農園に行っているの。二、三日すればやってくるわ。私がここに来たのも団長に引きつけられたからよ。団長の身体には美人が鬼に血を吸われている刺青がしてあって、それを見たら、ほとんどの女は参ってしまうわ。どんな女だって、あんな立派な男を見たら、一度でいいから接吻してもらいたいと思うでしょうよ。サンフランシスコ社交界の花形の女たちが揃って団長を熱烈に愛している。でも団長は女のために目的を忘れることはない。だからすてきなのよ。団長を崇拝している団員は黒人を含めて五百人にもなるし、その目的はアメリカの富豪階級をすべて堕落させてしまうことなの。わかっているだろうけど、わたしもあなたと同じ商売をしてきたのよ。若いうちは好きな人を持つべきだわ。

メイランもお花の熱のこもった話を受けて語り出す。でも好きな人は一生にただ一人しかいないものだと思うわ。本当に恋した男と別れることになったら、死んだほうが幸福よ。生きていたって、死んだと同じよ。お花さん、私の話を聞いて。例えば、二人とも愛し合っているのに、不可抗力な悪魔の手によって、二人は生木を割くように離されてしまう。今でも二人の愛する心に変わりはないけど、どこにどうしているのか、二人ともわからないのよ。そんな場合は他の男を恋する気には絶対になれないわ。それに女はその男に許してもらえる身体ではないのよ。汚辱と汚毒にまみれているんだもの。もう私なんか生きる屍なのよ。

お花も言う。ねえ、メイランさん。あなたのその淋しい心も団長が帰ってきて、あの力強い演説をするのを聞けば、強い希望となって輝くわ。団長の理想は遠大で、有色人種の結合を説く立派な志士だから。それに日本人なのよ。

それを聞き、メイランが団長の名前を尋ねようとすると、トンワングが帰ってきて、彼女を呼んだので、二人の会話はそこで途切れてしまった。

次回へ続く。