出版状況クロニクル47(2012年3月1日〜3月31日)
昨年の暮れに、映画館で40年ぶりに山下耕作監督の『総長賭博』を観て、様々に思い出されることがあり、10本ほどの一連の雑文を書いてしまった。ちなみに補足しておけば、この鶴田浩二主演の『総長賭博』は1960年代に全盛を極めた、所謂東映任侠映画の一本で、三島由紀夫によって、ギリシャ悲劇を彷彿させる名作として絶賛されたものである。
これらの任侠映画のヒーローは唐桟の着流しなどの姿で登場してくることに対し、アンチヒーローは洋服を着て、役人や政治家と組み、古い世界を改革し、利権を得ようとする近代主義者として現われる。ヒーローは義理と人情の反近代、アンチヒーローは法と経済の近代を象徴し、近代の論理からいえば、アンチヒーローが圧倒的に正しい。しかしスクリーンの中にあって、アンチヒーローは必ずヒーローによって倒されなければならない。
この構図を現在の出版業界、とりわけ紙と電子書籍の問題に当てはめてみる。私は紙の世界を擁護する古い出版の守り人である。そしてこれはフィクションではないし、私ももちろんヒーローではない。だが私も、彼らのように呟かなければならない。
ドスの代わりに
鉛筆一本
今日も書きます
出版状況クロニクル
1.日本出版インフラセンター(JPO)は経産省からの10億円の補助を受けた「コンテンツ緊急電子化事業」をスタートさせ、事業全体の方針を決定するパブリッシャーズフォーラム(有識者委員会)を発足させた。それは出版社、取次、書店、図書館など32団体に及ぶ。それらのメンバーを下記に示す。
学習書協会 | 全国出版協会 | 日本出版取次協会 | |
教育図書出版会 | 全国新聞社出版協議会 | 日本書籍出版協会 | |
教科書協会 | 大学出版部協会 | 日本書店商業組合連合会 | |
工学書協会 | 地方・小出版流通センター | 日本電子出版協会 | |
国語・国文学出版会 | デジタルコミック協議会 | 日本電子書籍出版社協会 | |
自然科学書協会 | 電子出版制作・流通協議会 | 日本図書館協会 | |
辞典協会 | 土木・建築書協会 | 日本洋書協会 | |
出版梓会 | 日本楽譜出版協会 | 版元ドットコム | |
出版文化産業振興財団 | 日本雑誌協会 | 法経会 | |
出版流通対策協議会 | 日本児童図書出版協会 | 歴史書懇話会 | |
人文会 | 日本出版クラブ |
[このプロジェクトに関しては本クロニクルでも既述してきたが、電子化の拡大と東北の被災地支援を目的とし、10億円の補助金で6万点の電子書籍を制作し、電子市場の活性化を図るとされる。
それに対して、これだけメンバーが揃ったのは、戦後の出版業界シーンにおいて初めてであり、官の主導と利権のおこぼれにあずかろうとする出版業界の構図があからさまに浮かび上がってくる。
書協のデータベース管理を担うJPOと経産省の関係も不透明であるし、このプロジェクトの周辺には出版デジタル機構やパブリッシングなども連動し、電子化事業プロジェクトを一気に押し進めようとする意図が明らかである。また官民ファンドの産業革新機構が最大の株主として、出版デジタル機構に150億円の出資をするとの報道もなされている。
しかし本クロニクルで繰り返しているように、電子化によってすべての問題が解決されるわけではなく、このような大政翼賛会的な動きは、日本だけで起きている出版危機を隠蔽し、ミスリードすることになる。それに戦前の国策取次会社日配の再現を彷彿させる。
これだけのメンバーが揃って話し合わなければならないのは10億円の利権の行方ではなく、自らの下にある出版危機についてであり、その問題について見ぬふりを決めこんだ電子化事業は、メーカーなどを利するにしても、出版業界に対し、何の寄与ももたらさないのは自明であろう]
2.経産省とJPOによる電子化事業の推進は、アマゾンのキンドルの上陸が迫りつつあることも反映されている。これまでキンドル上陸の情報は断片的だったが、最近になって角川GHDの前向きな交渉と契約締結などが伝えられ始めたこともあって、『日経MJ』(3/12)が「キンドルが迫る書籍流通改革」を特集している。それを要約する。
*アマゾンの電子書籍サービスの開始が近づき、価格設定や取引条件をめぐって、出版社との綱引きが続いている。
*アマゾンの電子書籍コンテンツ制作代行会社によるキンドルサービス取次案内によれば、電子書籍は再販対象ではないが、著者、出版社の収入を確保するために、日本市場に合わせた価格設定を提示。
*それは出版社の希望小売価格に一定の料率を積算した金額を支払うシステムであろう。
*アマゾンと日本の出版社にあって、電子書籍の取次を担うのが4月に発足する出版デジタル機構ではないか。
*キンドル上陸に備え、紀伊國屋書店は今年中に電子書籍10万タイトルを揃え、また日書連もウェイズジャパンとタイアップし、マンガ閲覧専門電子書籍「イストリア」を発売。
[1と2を背景にして、スマートフォンなどの普及もあり、イーブックイニシアティブジャパンやパピレスといった電子書店の業績が好調で、電子書籍の市場拡大が喧伝されている。このような電子書籍をめぐる流れの中で、出版業界の流通販売の改革は先送りされ、今年も過ぎゆき、さらに出版危機は悪化していくだろう]
3.電子書籍の売上構造はどうなっているのだろうか。ある出版社から私の元に届けられた著作権利用料(印税)計算を引用する。それは次のようなものだ。
[なおこの電子書籍印税率が紙の本の2倍とされているのは、出版社が卸す電子書籍価格が紙の本の半額との想定により、紙の本に見合う印税額とするためである。
著作権利用料(印税)=電子書籍の「弊社売上金額」×紙の本の印税率×2.0
*一例として、紙の本の印税率が10%、電子出版の販売価格(税別)が1,000円で、1部当たりの弊社売上金額が500円とした場合、100部売れたとすると、
弊社売上金額:500円×100部=50,000円
著作権利用料(印税):50,000円×10%×2.0=10,000円(1部当たり100円)となります。
したがって、これをアマゾンのキンドルに応用した場合、単純に考えれば、出版社50%、アマゾン40%、著者10%の取り分ということになる。
しかしこれには著者による同意書が必要であり、私の場合、返事は保留とした。なぜならば、拙著は1万数千部発行され、まだ品切になっておらず、図書館にも多く在庫し、アマゾンのマーケットプレイスでも1円で入手できるからである。したがって著者として電子書籍化する必要がないと判断したからだ。
私のような売れない書き手の例は参考にならないかもしれないが、著者は自著の電子書籍化についても、現在の出版状況を考え、説明責任を負うべきで、これまで鳴り物入りで自著を電子書籍化した作家たちは、その経緯と結果について報告してほしいと思う]
4.昨年10月に初めての出版試みとして、単行本、ノベルス、文庫、電子書籍の4形態で、『ルー=ガルー2』を刊行した京極夏彦が、『新文化』(3/1)のインタビューに答えている。彼の主張は次の3点に尽きるだろう。
(単行本) | (ノベルス) | (文庫) |
*読者の好みの形態で購入できるようにすることが、一番ユーザーフレンドリーである。
*これまでの経験、実験から考えても、ハードカバー、ノベルス、文庫にはそれぞれ異なる読者層がいる。
*電子書籍については15点の出来で、どのように作るべきか、プレゼンテーションすべきなのかを誰もわかっていないが、何もしなければ前に進まない。
[しかしこのような実験的試みに関して、京極はそれぞれの部数、及びダウンロード数を公表していないために、実際の結果がはっきりと伝わってこない。このような実験であるからこそ、きちんと結果を公表することが、京極の義務であり、あえて同時に、三種類の同じ小説を流通販売することになる取次や書店現場に対して、説明責任を果たす必要があるのではないだろうか。
それもしないで、このような実験を重ねるのであれば、単なる自己中的プロパガンダ、パフォーマンスに終わってしまうであろう。そして電子書籍狂騒曲に寄り添い、喧伝し、その未来を謳っている著者や関係者たちは、自らの著作をそれこそ電子書籍だけで刊行し、その結果を出版業界にまず示すべきだ]
5.京極の版元にほかならぬ講談社の決算が発表された。売上高は1219億円で、前年比0.3%マイナスと16年連続減収だが、営業利益は2億円を計上。
以下に96年からの決算推移を示す。
年度 | 総売上高 | 前年比 | 雑誌 | 前年比 | 書籍 | 前年比 |
1996 | 203,071 | ▲0.1% | 135,050 | ▲2.8% | 40,785 | 1.2% |
1997 | 200,016 | ▲1.5% | 128,629 | ▲4.8% | 43,217 | 6.0% |
1998 | 197,336 | ▲1.3% | 131,548 | 2.3% | 37,252 | ▲13.8% |
1999 | 189,384 | ▲4.0% | 123,961 | ▲5.8% | 38,713 | 3.9% |
2000 | 179,784 | ▲5.1% | 116,937 | ▲5.7% | 35,495 | ▲8.3% |
2001 | 176,928 | ▲1.6% | 120,528 | 3.1% | 28,971 | ▲18.4% |
2002 | 171,287 | ▲3.2% | 114,929 | ▲4.6% | 29,164 | 0.7% |
2003 | 167,212 | ▲2.4% | 111,783 | ▲2.7% | 28,504 | ▲2.3% |
2004 | 159,827 | ▲4.4% | 104,947 | ▲6.1% | 28,989 | 1.7% |
2005 | 154,572 | ▲3.3% | 99,685 | ▲5.0% | 28,658 | ▲1.1% |
2006 | 145,570 | ▲5.8% | 90,830 | ▲8.9% | 29,950 | 4.5% |
2007 | 144,301 | ▲0.9% | 88,552 | ▲2.5% | 31,551 | 5.3% |
2008 | 135,058 | ▲6.4% | 83,003 | ▲6.3% | 29,064 | ▲7.9% |
2009 | 124,522 | ▲7.8% | 78,771 | ▲5.1% | 27,685 | ▲4.7% |
2010 | 122,340 | ▲1.8% | 78,757 | ▲0.0% | 26,602 | ▲3.9% |
2011 | 121,929 | ▲0.3% | 74,834 | ▲5.0% | 27,926 | 5.0% |
[昨年に続いて黒字となっているが、これは不動産収入26億円を売上高に組みこんだことによっている。なお表には省いたが、広告収入の落ちこみは、01年の189億年に対して、11年は81億円であり、雑誌と広告、書籍、いずれもが凋落していて、出版業界の危機が講談社にも反映されていることがはっきり決算推移に表われていることになる。
再販委託制の最大の恩恵をこうむってきた講談社にしても、この失われた十数年において、売上高はほぼ半減し、それは社員の高給やOBの年金にも及んでいくだろう]
6.新宿のジュンク堂が今月で閉店する。年商36億円とされる売上はどこに向かうのだろうか。
紀伊國屋書店の新宿2店は15億円の売り上げ増を見こむ一方で、人文書各社は大量返品の発生を危惧している。
たまたま みすず書房の10、11年の売上カード一覧表を送られ、そこにジュンク堂新宿店も掲載されているので、それらを含めて、第20位までを掲載する。
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[ジュンク堂新宿店のみならず、紀伊國屋の新宿本店と南店の3店を合わせると、10年が11553冊、11年9870冊であり、池袋や丸の内や神田に比べ、新宿が圧倒的に売っているとあらためてわかる。これが他の人文書版元の売れ行きとパラレルなのかは不明だが、20世紀後半と同様に21世紀に入っても、新宿はそれなりの文化的トポスとしてあり続けているのだろうか。
そこで『出版状況クロニクル2』にもみすず書房の売上カード一覧表を掲載したことを思い出し、90年の数字を確認すると、紀伊國屋本店だけで8878冊を数え、11年の3店合計に近いとわかった。
新宿における売上は全体とすれば落ちておらず、3店に分散されたことになる。それならばジュンク堂の売上は紀伊國屋2店へと吸収されていくのだろうか。それとも消えてしまうのだろうか。来年の一覧表を確かめてみたい]
7.長野の平安堂が、県内の鉄鋼原料、建設資材などを手がける総合商社高沢産業の子会社化。平安堂の要請によって、高沢産業がその全株式を取得し、完全子会社とする。取得金額は明らかにされていない。
[昨年から平安堂は銀行管理になったと伝えられていたが、前社長の平野稔の死もあり、同県の優良企業の傘下に入る決定に至ったのであろう。
その一方で、日販の役員体制も発表され、MPD社長が吉川英作から清路泰宏へと移った。CCCのTSUTAYAは全国で1470店を数え、その大半がMPD帖合であるから、日販における旧勢力とMPD、CCCのバランスを保つことも課題となり始めているのではないだろうか。その意味で、平安堂がCCCではなく、高沢産業傘下入りしたことも象徴的なのかもしれない]
8.丸善CHI ホールディングスの第2期決算が発表された。売上高はジュンク堂、雄松堂書店が加わり、主要事業会社7社体制となったことで、1760億円、前年比52.7%増、営業利益は500万円と黒字を確保。しかし東日本大震災、丸善のシステムの再構築トラブル、丸善の希望退職募集実施などで、当期損失は31億円。
その一方で、店舗・ネット販売事業を見ると、ジュンク堂と12店の新規店が加わり、売上高は837億円、前年比142%と大幅増となったが、営業損失は7億円。
[DNPの資本を得て、その傘下に入り、丸善とジュンク堂のブランドで新規出店を重ねたにもかかわらず、利益が上がらない書店とネット事業の構造が、そのまま露出した決算ということになる。
要するに新たな資本を注入し、大型店を出店したところで、現在の再販委託制下の流通システムではどうにもならないという事実を突きつけている。最も取引条件に恵まれているはずの丸善ですらもそうなのだから、日書連加盟の地方書店が行き詰まってしまうのは無理もないことなのだ。つまり大から小に至るすべての書店が、速やかな改革がなければ、さらに苦しくなっていくことを、丸善CHI ホールディングスの第2期の決算は知らしめている]
9.山口県書店商業組合が日書連から脱退し、これで47都道府県からなる連合組織の一角が崩れたことになる。山口県の組合の脱退は組合員数39という組織率の低下、財政の困窮によるものとされる。
[日書連加盟書店数の推移は『出版状況クロニクル3』に収録しておいたが、山口県と同様の組織率の低下に見舞われているのは、秋田、山梨、鳥取、島根、徳島、高知、宮崎、沖縄であり、山口に続く県が必ず出てくるだろう。
今月はCCCのFCであるトップカルチャーの最大店舗2300坪の埼玉県久喜市の蔦屋書店フォレオ菖蒲店、4月はブックオフの関西地方最大の店舗が開店する。
CCCとブックオフばかりが栄え、日書連の加盟の書店は次々と閉店、廃業へと追いこまれてゆき、ついに日書連も解体されるところまで至ってしまったことを、山口県組合の脱退は物語っている]
10.出版科学研究所によれば、2011年の創刊誌は119点で、前年より9点増、休刊誌は158点で、58点減。
[休刊は昨年よりも減少したが、05年以来の、創刊数より休刊数が多い状況はそのまま続いている。
しかも創刊誌を見ると、その大半が週刊や隔週刊のDVD付き分冊百科、隔月刊や季刊のいつでも廃刊できるもので占められ、数年は刊行されるであろうと見なされる週刊や月刊誌はきわめて少ない。
その一方で、休刊誌状況は半数近くが月刊誌である。それらの中には『おおきなポケット』(福音館)、『CAR BOY』(八重洲出版)、『マガジン・ウォー』(サン出版)、『JTB携帯時刻表』(JTBパブリッシング)、『たまひよ こっこクラブ』(ベネッセ)、『月刊消費者』(日本消費者協会)、『ザ・ベストMAGAZINE』(ベストセラーズ)、『ぱふ』(雑草社)、『ゲームジャパン』(ホビージャパン)、『現代のエスプリ』『日本の美術』(いずれもぎょうせい)、『MISTY』(実日)といったポピュラーで長く出されていたものも含まれている。
これらの創刊、休刊状況から考えても、雑誌市場に顕著なのは、05年以後、コアとなる月刊誌の休刊が続き、それに代わる月刊誌は育っておらず、かろうじて分冊百科とブランド付録つきムックなどで、そのマイナスが埋められているということになろう。
かつて雑誌は書籍と異なり、出版社や書店にとっても、定期的収入をもたらすことで、経営の安定につながるとされていたが、その雑誌もかつての神話を失いつつある]
11.出版社や書店の大きな倒産は起きていないが、製本所や印刷会社の破産が相次いでいる。
文京区の丸山製本所、同区の松井印刷、港区の技報堂、静岡市の長田文化堂で、丸山製本所は1935年の創業、印刷所はいずれも出版物を手がけていた。
[最近、ある印刷会社の苦境を知らされた。それはマス雑誌の受注が売上の半分を占める状態になっていたのだが、それを大手印刷会社にとられて、たちまち売上が半減してしまい、回復の見こみがないとの話であった。
出版業界の危機を背景に、印刷や製本も仕事が減り、そこで厳しい仕事の奪い合いが起き、中小が退場に追いやられるという、書店と同じ現象が起きているのであろう。
しかも出版業界の危機が続く限り、製本や印刷の危機も同様に続いていくことになる]
12.吉本隆明が死んだ。
[私たちは否応なく吉本の影響を受けざるを得なかった世代である。
慧眼な読者はとっくにお見通しであろうが、私の『出版社と書店はいかにして消えていくか』などの対話形式は、吉本の『試行』における「情況への発言」の「主客問答」を応用したものであり、この「出版状況クロニクル」の「状況」もそこからとられている。
ここでは吉本を追悼する意味で、出版者としての吉本について述べておこう。吉本は基本的に小出版社とともに歩んできた著者であるかたわらで、一貫してリトルマガジン『試行』を主宰刊行する出版者であり続けた。それは60年代から90年代の長きにわたり、彼はそのことを通じて、出版業界の動向を見つめていたといっていい。
84年の埴谷雄高との所謂「コム・デ・ギャルソン事件」は出版に転化して考えれば、自著の文庫化をめぐる可否を問う論争と見なせるし、96年には『学校・宗教・家族の病理』(深夜叢書社)を、再販制に異議を提出するかたちで、低正味買切で刊行している。
これらのふたつの事柄だけを挙げても、吉本が著者として本を書き、それが出版され、流通し、売られていくというプロセスに関して、常に真摯に向き合っていたことが理解されるだろう。本クロニクルも、その吉本の視座を継承していきたいと思う]
13.待ちかねていたニコラス・シャクソンの『タックスヘイブンの闇』(藤井清美訳、朝日新聞出版)がようやく刊行された。
[スティーグ・ラーソンの『ミレニアム』で、ヒロインにしてハッカーのリスベットは、「企業の帳簿がでっち上げられる場所」ケイマン諸島の秘密口座に隠されていた金を奪うことに成功する。オリンパスやAIJ は、ケイマン諸島のタックスヘイブンの世界を通じ、巨大な不良債権を飛ばしたり、莫大な損失を生じさせたりしながら、それらを隠しつづけてきた。
アマゾンは日本で最大の書籍ネット販売業者へと成長したにもかかわらず、日本において税金を払っておらず、その後の経緯は伝えられていないが、おそらく現在もそうであろうと思われる。
多国籍企業とグローバリゼーションとタックスヘイブンの関係は、どのようなものなのか。そのブラックボックスが初めて開けられ、アメリカ、EU、日本などの財政赤字と金融危機の一方で、巨額に蓄積された資産の存在が明らかにされていく。
本書を読むと、凡百のミステリーが色褪せてくるし、究極の経済ミステリーと呼ぶことに躊躇しない。ぜひご一読あれ]
14.『週刊ポスト』(3/30)に「『美熟女』の研究」と題する16ページの大特集が組まれ、1万円通販写真集の富士出版の社長の告白が掲載され、年1、2冊の刊行で、会社は順調に営まれているようだ。
[これを読んで、かつて『いける本・いけない本』(2000年01号、発行ムダの会・発売トランスビュー)に、富士出版に関する言及があったことを思い出した。
富士出版は『週刊新潮』にずっと1ページ広告を出し、『上流夫人』『三十路の女』『白き乳房』といった「熟女コレクション」を刊行している版元である。どういう経緯があってか、『朝日新聞』の日曜読書欄にも長きにわたって広告が出され、ひときわ目立っていた。
『いける本・いけない本』の「K」なる人物もそれに魅せられ、書店にもアマゾンにもないその一冊を注文するに及び、その体験記を次のように書き出している。
「どうも気になる。こんなタイトルの本が、格調高いはずの紙面に登場してもいいのだろうか。しかもほとんど毎週である。いやでも目につく。気がかりである。見たい。」
そしてついに「モデルは素人らしく、何となく初々しい 」写真集の入手に及んだのである。またそこには『いちふじ』なる、読者と富士出版を結ぶ会報誌も同梱され、それは「何と18号を数え、編集後記を信用すれば、編集部員は5人もいる!」のだ。
まさに何とも心温まる話ではないか。考えてみれば、ポルノグラフィの通販こそは、日本の近代出版の王道でもあった。そしてここから「熟女」という言葉も生まれたのかと了解する。今度「K」に見せてもらうことにしよう。富士出版にさらなる繁栄あれ!]
15.マガジンハウスの『ブルータス』(3/1)が特集「マンガが好きで好きでたまらない」、新潮社の『芸術新潮』(4月号)が大特集「大友克洋の衝撃」と続けてコミック特集を組んでいる。またあとを追うように、『ブルータス』(4/15)も大友克洋を特集している。
[本クロニクルでも繰り返し言及してきたように、日本の出版業界は欧米の書籍からなる世界と異なり、雑誌、コミック、書籍によって形成された特異な業界でもある。そのことによって、コミックという日本ならではの文化が成長し、現在に至っているのだ。
これらの特集をのぞくだけでも、戦後の貸本マンガから始まった世界がいかに成長し、成熟し、すばらしく多様な表現世界へと至り着いたのかをうかがうことができる。とりわけ大友に関しては、80年代のふたつのことを思い出した。ひとつは弓立社の宮下和夫の話で、彼は小浜逸郎の『太宰治の場所』の装丁を、まだ著名でなかった大友に依頼し、その際の、大友は会っている人物の背後の姿を自在に描けるというエピソードを教えられた。もうひとつはかつて一緒に仕事をしていた建築家が、設計図やパースにおいて、大友の『童夢』の影響を受けたというので、ちょうどその頃出版された『童夢』の大型豪華本を、友人と私がプレゼントすることにしたのである。
このふたつのエピソードはいずれも80年頃のもので、まだ大友は『AKIRA』の連載を始めておらず、30年前のことであった。それからのコミックの成長と進化に対して、大友の影響がとてつもなく大きいことを考えると、感慨深い。
私も本ブログで、それらを考察する意味も含め、「ブルーコミックス論」を連載している。よろしければ、のぞいてみて下さい]
[f:id:OdaMitsuo:20120328174758j:image:h110]『太宰治の場所』
16.コミックに言及したのは、「出版人に聞く」シリーズの高野肇の『貸本屋、古本屋、高野書店』の主たるテーマが貸本屋と貸本マンガであることにも起因している。こちらも編集を終えたので、早いうちにお届けしたいと思う。なお若き日の夢枕獏がこの貸本屋の常連で、彼の物語の起源はここにあったのかもしれないのである。
拙著『出版状況クロニクル3』は3月中旬にようやく刊行された。
なお「出版人に聞く」シリーズは、小泉孝一の『鈴木書店の成長と衰退』が先に刊行予定である。
《既刊の「出版人に聞く」シリーズ》