出版状況クロニクル68(2013年12月1日〜12月31日)
13年は大きな事件は起きなかったにしても、出版業界は正念場を迎え、14年はあからさまな解体の時期として顕在化してくるであろう。
出版危機は本クロニクルで既述してきたように、日本特有の出版業界の歴史と構造に起因するもので、1990年代後半から露出し始め、それは不況という言葉ですまされない状況へと向かっていったのである。そしてこのような出版危機に見舞われているのは日本だけであることも、繰り返し指摘してきた。
90年代末において、すでに出版業界の危機は深刻化しようとしていたし、それはまず書店と取次に表われ、多くの書店と中小取次が消えていった。同じように出版社も危機に追いやられていたのだが、IT革命の恩恵に他ならないDTPの導入によって、製作費の驚くべきコストダウンが可能となり、そのことで出版社はサバイバルしてきたといっても過言ではない。もしそれが間に合わなければ、書店や取次よりも早く、多くの出版社が消えていたはずだ。
しかし逆にそのことによって、出版点数は増え、しかもそれらは文庫、新書だけでなく、ルーチン出版が大勢を占めるようになり、今日の出版物の粗製乱造の割合が高まっていったのである。この事実は古書市場にも反映され、現在のブックオフビジネスのピークアウトもその影響を受けていると見なすことができよう。
1.出版科学研究所による2013年1月から11月までの出版物推定販売金額を示す。
■2013年推定販売金額(単位:百万円) 月 推定販売
金額前年同月比
(%)書籍 前年同月比
(%)雑誌 前年同月比
(%)1 114,431 ▲4.0% 55,256 ▲1.9% 59,175 ▲6.0% 2 158,729 ▲5.4% 83,393 ▲3.6% 75,335 ▲7.3% 3 205,973 ▲3.6% 113,660 ▲0.2% 92,314 ▲7.4% 4 143,289 1.3% 65,810 1.7% 77,479 0.9% 5 118,334 0.0% 54,604 4.9% 63,730 ▲3.9% 6 137,441 ▲2.5% 60,573 0.5% 76,867 ▲4.8% 7 118,597 ▲2.5% 48,893 2.2% 69,704 ▲5.6% 8 127,663 ▲3.5% 52,942 ▲6.7% 74,721 ▲1.0% 9 151,827 ▲3.7% 75,990 ▲5.6% 75,838 ▲1.6% 10 138,952 ▲4.0% 61,754 ▲1.4% 77,198 ▲6.0% 11 127,446 ▲4.9% 54,962 ▲3.7% 72,484 ▲5.9% [11月までの推定販売金額は1兆5426億円で、前年比3.1%減である。この3.1%減をそのまま12年の1兆7398億円に当てはめれば、13年販売金額は1兆6859億円となるが、12月のマイナスが大きければ、それをさらに割りこむことになろう。
この1兆6000億円台の販売金額は1984年と同じで、失われた17年どころか、ついに30年前の数字に戻ってしまったのだ。しかも書籍、雑誌とも13年後半の売れ行き悪化はマイナス幅に顕著に表われ、それが14年に入っても続くことは確実だし、その後には消費税増税が待ち構えている。
最悪の場合、14年は1兆6000億円台にとどまらず、1兆5000億円台にまで落ちこんでしまうかもしれない。
周知のように、ピーク時の1996年は2兆6564億円だったのだから、何と1兆円が失われてしまったのである。この状況を出版危機とよばなければならないのは自明のことではないか]
2.3でふれる蔦屋の大型店出店に関連するので、99年からの書店数と坪数の推移を見ておく。書店数はアルメディア、坪数は講談社による。
■書店数と坪数の推移 年 書店数 坪数
(千坪)1999 22,296 1,390 2000 21,495 1,400 2001 20,939 1,384 2002 19,946 1,377 2003 19,179 1,381 2004 18,156 1,391 2005 17,839 1,403 2006 17,582 1,419 2007 17,098 1,435 2008 16,342 1,441 2009 15,765 1,434 2010 15,314 1,427 2011 15,061 1,418 2012 14,696 - [書店数の減少については本クロニクルで、これも繰り返し言及しているので、言うまでもないが、ここでは坪数にふれてみる。
この表からは外れているが、90年代初頭の坪数は80万坪台であるから、12年の数字は出されていないにしても、ほぼ1.7倍になっている。これを1店当たり坪数で割ると、99年は62坪、12年は96坪で、こちらは1.5倍である。つまりこの十数年において、総坪数はそれほど変化していないにしても、書店は減少の一途をたどるかたわらで、1店当たりの面積は増床を続けていることになる。
ここにもうひとつのデータを加えれば、1970年代において、書店数は2万3千店、総坪数は31万坪だったので、それに比べれば、12年は4.5倍となっている。ちなみに販売額は76年に1兆円を超え、97年の2兆6563億円のピークまで増加していったのである。しかしその後は下がり続ける一方であった。
これらの売上高推移は98年以後の書店の減少、及びそれとは逆の総坪数の増加と1店当たりの増床が何であったかを物語って余りある。つまり書店坪数が増えれば増えるほど、売上高がマイナスになっていった事実を突きつけている。それはまた大型化したナショナルチェーンが地方の中小書店を駆逐していく歴史に他ならなかった。
しかし70年代に2万店近くを占めていた町の中小書店の多くは自社物件であり、家賃は発生しなかった。ところが80年代以後の郊外店化に伴い、書店もまた家賃を伴うようになった。そしてその後の複合店化、大型店化に伴い、そのコストは上がり続け、現在に至ったといえよう。
だがその一方で売上高は落ち続け、その下げ止まりはまったく見えないわけだから、過剰に大型店化した書店がこれからも維持できるかという段階へと入っていると思われる]
3.2で示した大型店がCCCの蔦屋書店で、MORIOKA TSUTAYA、函館蔦屋書店、イオンモール幕張新都心蔦屋書店がオープン。
[CCCの複合大型店の家賃とコストは、粗利益の高いレンタルによって支えられてきた。しかしその市場がゲオなどとの廉価レンタル競合に見舞われ、FCシステムの存続の問題となっていることを本クロニクルで既述してきた。それに加え、DVDレンタル市場は5年連続で減少し、12年は前年比6%マイナスの2389億円だったが、13年も一段と縮小と見られている。
さらに盛岡市内には今回の出店以前に、TSUTAYAが3店あったとされるので、1920坪のMORIOKA TSUTAYAとバッティングすることは必至だろうし、閉店へと追いやられるかもしれない。これをカニバリズム的出店、もしくはゼロサムゲームと本クロニクルではよんできた。
CCCは代官山蔦屋書店をモデルとした、これらと同様の100店出店するとしているが、それは不可能だと判断するしかない。レンタルの収益が下落している中で、カフェ事業や図書館事業などを展開しても、すぐに利益が上がるはずもなく、書店事業が中心にならざるをえない。しかし書店関係者であれば、誰もが知っているように、現在の出店状況において、新規開店がただちに利益を生むことはないし、モデルの代官山ですらも売上高は公表されていない。CCCにおける代官山が丸善の松丸本舗に相当するのではないかという疑念が拭えない。もし丸善が松丸本舗をモデルにして出店していたとすれば、その結果は記すまでもないだろう。
折しもCCCの取次MPDの中間決算が出されたが、売上高957億円、前年同期比2.8%減、経常純利益3億円、同8.7%減となっている。下半期にはこれらの大型店出店が反映されるが、それはどのようなものとなるのだろうか]
4.栃木県を中心にTSUTAYAを運営するビッグワンは、同県で書店を経営する鷗文社とその関連会社でブックオフを展開するビブリを買収した。それによってビッグワングループの売上高は83億円となる。その仲介は幻冬舎グループの幻冬舎総合財産コンサルティングによるものである。
[これもCCCのFCにおける再編の動きの一例で、今後も頻繁に起きていくだろう。ただこの買収によって、両社のFC事業の一環として、ともにTSUTAYAとブックオフのFCだったことが明らかになった。
CCCと日販とFCをめぐる関係は複雑で、日販の子会社精文館と積文館がCCCのFCであることはよく知られているが、今回出店したイオンモール幕張新都心の蔦屋書店も、首都圏でTSUTAYAを展開する日販子会社MeLTSによっている。
このような関係から推測して、CCCと日販とMPDのコラボは、今回の大型店の開店商品の支払い条件にも及んでいるはずで、それがなければ、このような出店はありえないと考えたほうがいい。しかしそのツケは必ずCCC本体のみならず、日販とMPDにも押し寄せてくるだろう]
5.取次の中間決算が出された。
日販は2733億円、前年同期比1.1%減、純利益は10億円で、同0.2%増の減収増益。
内訳は書籍が1216億円、同0.1%減、雑誌が1420億円、同2.5%減、開発商品157億円、同7.9%増。
6.トーハンは2343億円、7年ぶりに前年同期比2%増。純利益9億円、同32.4%減の増収減益。
内訳は書籍838億円、同4.5%減、雑誌1235億円、同2.9%減、MM商品268億円、同82.9%増。
7.日教販は通年決算で、売上高310億円、前年同期比6.6%減、純損失は1億6400万円で、3期連続赤字。
8.栗田出版は売上高371億円、前年比9.0%減、9期連続減収で、5500万円の赤字決算。
[日販、トーハンの中間売上高は微減、微増となっているが、それは開発商品、MM商品の増によってカバーされているもので、日販の雑誌減は36億円、トーハンの雑誌と書籍減はそれぞれ35億円、38億円である。したがって通年での両者の雑誌書籍マイナスの合計は200億円を超えると推測され、消費税増税後はさらに落ちこむことが確実であろう。
2と3と4を通じて、80年以後の書店状況を示し、出版物販売金額の推移から見ても、再販委託制と取次システムのバランスと機能が保たれていたのは90年代までであったことを提出しておいた。しかも70年代までは書店の倒産も閉店もほとんどなかったことも記しておこう。
今世紀に入り、書店数は減少し、大型ナショナルチェーンの寡占化が進むにつれ、取次の売上もマイナスとなっていったのである。日販だけでなく、取次全体にたとえてもいいが、CCCが成長し、大型ナショナルチェーン化するにつれ、逆に取次のトータルの売上も減少の道をたどってきたのである。
その原因はどこにあるのか。再販委託制に基づく取次システムは、中小書店をコアの取引先とすることで、利益を上げる構造となっていたからだ。なぜならば、その時代の大書店として君臨していた丸善や紀伊國屋は、取次にとって特販扱い、取引正味、返品入帳、歩戻しなど、中小書店とは異なるコストが生じ、取次にとって利益を生む構造となっていなかった。それゆえにこれらの大手書店の最終的粗利益は、出版社の報奨金も含めれば、30%を確保していたと考えられる。つまり取次の収支バランスとして多大の歩戻しが生じない中小書店が、皮肉なことに大書店を支えていたといっていい。
ところがその中小書店の大半が消えてしまい、丸善や紀伊國屋の他にも、ジュンク堂やCCCを始めとするナショナルチェーンのシェアも高まり、取次はコストの高い大書店を中心とする取引システムへと移行した。それは書店に対する売上歩戻しに明確に表われ、日販の前期は156億円、同じくトーハンは59億円であり、今期の両社の上半期利益に対し、いかに大きなものとなっているかがわかるであろう。
なお日教販の赤字は、家電量販店からの取引撤退によるコンピュータ書や雑誌売上の減少が大きな要因とされているが、これも取引コストの問題が絡んでいるのであろう。そういえば、栗田もヤマダ電機に帳合を開いたが、これらも同じ問題に直面しているはずだ。出版危機下における大阪屋、太洋社に続く日教販、栗田の赤字はかつての鈴木書店がたどった軌跡を彷彿させる]
9.このような大取中次状況の中で、小取次としての地方・小出版流通センターからの年末における発信(「同通信」No.1316所収)を紹介しておこう。
もう年末を迎えてしまいました。昨年春以降の急激な市場の縮小は現在も続いています。当センターの場合で言いますと、かつては扱いのトップであったトーハンへの出荷額が、日販の半分近くになり、アマゾンやネット書店への扱いで伸びていた大阪屋がやはり最盛期の半分以下となっています。TRC(図書館流通センター)やアマゾン、未来屋チェーンなどが取引き変更となった日販は、それなりに扱いは増えていますが、かつてのトーハンや大阪屋扱い分がイーブンに移行したわけでなく、低い伸びに留っています。日販の、2013年半期決算(4月から9月)を見ても前年比減という数字です。注文だけでやっている当社にはあてはまらないかもしれませんが、通常の版元の声として、返品抑制のために大手二社の取次がこの2年余実施している総量規制(配本規制)が、市場を極端に冷えこませているという批判の声が強くなっている年末です。 [ここでいわれている日販とトーハンの「総量規制(配本規制)」は緩和されるどころか、さらに強化されるのではないだろうか。中間決算に見られる日販とトーハンの書籍・雑誌の返品率は前者が34.1%と39.5%、後者が44.5%と40.6%で、トーハンの書籍返品率は余りにも高い。したがってトーハンの総量規制がさらに進んでいく。
だがそれにしても異常なのは、いずれも雑誌の40%前後の返品率であり、こちらに関してはムック、増刊号などの総量規制がより強化されるにちがいない]
10.書店の決算も発表された。
紀伊國屋書店の売上高は1071億円、前年比0.9%減、純利益5億円、同2.7%増の増収増益。
11.有隣堂は売上高501億円、前年比1.2%減、純利益2億円、同24.5%減の減収減益。
[日販やトーハンと同様の微減決算であるが、紀伊國屋は1144坪のグランフロント大阪店の出店、子会社売却益の計上などを考えれば、6期連続決算であるにしても、作っている感は否めない。
有隣堂も内訳は書籍や雑誌も2%近い減で、カタログ商品その他の増で、売上が保たれているとわかる。
これらの書店も消費税増税以後の売上減は確実であろうし、来期の決算はどうなっているだろうか]
12.双葉社は01年創刊の20代向けファッション誌『JILLE(ジル)』10年創刊ギャルファッション誌『EDGE STYLE(エッジスタイル)』を休刊し、30代向けストリートファッション誌『FIGUE(フィグ)』を不定期刊とする。各誌とも発行部数は9万部前後だが、販売状況はよくなく、消費税増税による買い控えもふまえての判断だとされる。
[女性ファッション誌は双葉社プロパーのものではないので、潔く休刊や不定期刊とする判断が下せたと考えられるが、そうでなければ、3誌に及ぶ女性ファッション誌をまとめて切ることはできなかったであろう。
10月に双葉社出身で、『週刊大衆』編集長を10年にわたって務めた塩澤実信にインタビューしたばかりなので、あらためて双葉社のDNAを想起させた。
なお取次が雑誌の総量規制に乗り出せば、さらに休廃刊が続出する時代を迎えるかもしれない]
13.JPO,日販やトーハンの取次、紀伊國屋などの書店、楽天やソニーといった電子書店15社がアマゾンに対抗する連合体「電子書籍販売推進コンソーシアム」を設立し、紀伊國屋の他に三省堂、有隣堂、今井書店などのリアル書店での電子書籍販売の実証実験に取り組む。
その他にも未来屋の電子書籍ストア「mibon」が現在の8万タイトルに加え、KADOKAWA電子書籍1万点の配信を、イオングループと連携して開始。
三省堂は電子書籍ストア「ブックライブ」23万タイトルを揃え、店頭での購入が可能。
文教堂は雑誌の購入者に雑誌と同じ内容の電子データを付与するサービス「空飛ぶ本棚」を始めた。
[これらは12月に報道された電子書籍をめぐる動向である。本クロニクルで、出版危機の回避と出版物売上の回復を、電子書籍に求めることの不合理性といかがわしさについて、繰り返し言及してきたが、来年もそれは続いていくのだろう。そしてそのかたわらで、出版危機はさらに進行し、バニシングポイントへと向かうかもしれないのに。
近代出版流通システムが大手出版社のマス雑誌と大手取次を中心にして構築されたことは確かであるにしても、電子書籍によって出版社・取次・書店からなる現代出版流通システムが成就することは不可能であろう]
14.木村俊介のインタビュー集『善き書店員』(ミシマ社)が刊行された。
[これは木村の言を引けば、書店の「さまざまな現場で、いま、割りきれない思いを抱えながら働いている書店員のかたがたにじかにうかがった『記憶』」であり、「彼らが実際にやってきたこと、見てきたこと、そしてそれらへの個人的な思い」を6人に「長く深く」インタビューした一冊である。
そうして浮かび上がってくるのは、本を読者に届ける仕事に自覚的にたずさわっている書店員の日常であり、それが本にまつわるひとつの隠されたドラマのようにも思えてくる。そこからはマスコミに露出しているカリスマ書店員やコンシェルジュと称される人たちの華やかさとは無縁な書店の現在がひそやかに伝わってくる。
電子書籍推進論者たちはこのような書店員の声に耳を傾けるべきであるのに、おそらく読んでもそれを理解できないにちがいない。
私はこの『善き書店員』というタイトルと内容から、ふとドイツ映画『善き人のためのソナタ』を思い浮かべた]
15.年末の贈り物のようにして、『芸術新潮』(1月号)の「つげ義春特集」が出された。
[近年の『芸術新潮』は2年に1本くらいの感じで、コミック特集を組んできたが、最も充実した一冊に仕上がっている。
折しもまったく偶然ながら、今月古本屋で、1975年に北冬書房から出されたつげ義春新作集『夢の散歩』を見つけ、購入したばかりであった。これは大判の箱入りで、その箱表紙にはつげのすばらしいカラー原画が用いられている。
特集のインタビューで、つげがこの「夢の散歩」に対する愛着を語っているのだが、このカラー表紙こそ、その「夢の散歩」の原画なのである。
実はこれも他ならぬ、つげと関係の深い北冬書房の高野慎三に、数年前から「出版人に聞く」シリーズへの登場を依頼しているけれど、いまだもって引き受けてもらえない。これを機会にもう一度頼んでみることにしよう。
なお年末でもあり、この際だからビジュアル本の今年の収穫として、渡部雄吉写真集『張り込み日記』(rosin books)を挙げておきたい]
16.「出版人に聞く」シリーズとして何冊目になるのか、まだ決まっていないが、塩澤実信『倶楽部雑誌とは何であったのか』の編集を終えた。これは飯田豊一『「奇譚クラブ」から「裏窓」へ』と並んで、これまで言及されてこなかった出版史、文学史である。意外に早く出せるかもしれないので、ご期待下さい。
《既刊の「出版人に聞く」シリーズ》