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古本夜話491 東都書房、『忍法小説全集』、『日本推理小説大系』

小山勝清の『それからの武蔵』東都書房版全六巻を所持していると前回書いておいた。その巻末広告に昭和三十九年五月刊行開始とある『忍法小説全集』が掲載されていた。十八巻のラインナップを示す。
 

1 柴田錬三郎 『赤い影法師』
2 司馬遼太郎 梟の城
3 富田常雄 『猿飛佐助』
4 池波正太郎 『夜の戦士』
5 角田喜久雄 『悪霊の城』
6 村山知義 『忍びの者』
7 島田一男 『競艶八犬伝
8 白石一郎 『鷹ノ羽の城』
9 山田風太郎 伊賀忍法帖
10 柴田錬三郎 『南国群狼伝』
11 司馬遼太郎 『風の武士』
12 中田耕治 『異聞霧隠才蔵
13 秋永芳郎 『阿波三国志
14 大塚雅春 『女体忍法』
15 童門冬二 『忍法京洛秘帖』
16 柴田錬三郎 『異常の門』
17 中田耕治 『異聞猿飛佐助』
18 司馬遼太郎 『上方武士道』

これらの作家と作品に触れる前に、東都書房について記しておくべきだろう。東都書房講談社の別働隊として、新たな出版領域の開拓を図る目的で、昭和三十一年に『永井荷風選集』全五巻、三角寛『山窩奇談』全三巻を処女出版として発足した。

永井荷風選集(『永井荷風選集』第5巻) 山窩奇談

昭和六十年刊行の社史『講談社七十年史戦後編』によれば、東都書房の設立の隠れた動機と促進の役割を果たしたのは、昭和二十九年から翌年にかけて四十五冊を出版した『講談全集』で、この編集担当は審議室だった。『講談全集』は戦後の新生講談社にふさわしくない企画とされ、社内では歓迎されていなかった。それは『講談全集』が昭和初年の円本時代の同全集の焼き直しであったからだ。そのために戦前からのベテラン社員が集う総務局審議室のメンバーに担当が回された。ところが『講談全集』は予想以上の大成功を収め、またリライト経費だけで印税も発生しなかったので、一億円以上の利益をもたらした。この事実から考えると、まだ昭和三十年前後は講談の時代が続いていたとわかる。

この審議室が企画室と改められ、東都書房設立に際して担当部局として独立し、その中に東都書房は置かれることになった。そして様々なジャンルの出版物を刊行していくことになるのだが、昭和五十年まで続いたと見られる東都書房の全出版目録は残されておらず、また東都書房のベストセラーとして無名の新人の原田康子の小説『挽歌』、児童文学の石森延男『コタンの口笛』を刊行した版元として、戦後出版史に記載されているだけだろう。『それからの武蔵』の奥付発行者は高橋清之で、彼が『挽歌』を高く評価し、出版を推進したのだった。
 コタンの口笛

しかし「忍法小説集」の作家や作品からもわかるように、『講談倶楽部』の系譜につながる時代小説を出版していたし、これは昭和三十七年に休刊した『講談倶楽部』の作家たちを引き継ぐものだった。また講談社山岡荘八の『徳川家康』や『山田風太郎忍法集』のベストセラー化に対応していたのだろう。昭和三十九年度の講談社書籍売上の十七%が両者で占められていたという。その意味において、講談社の戦後も、戦前の『講談全集』と『講談倶楽部』のコンテンツと作家たちによっていたのである。そしてその時代を象徴するように、司馬遼太郎池波正太郎も当時は「忍法小説」の書き手とも目されていたし、そのような地平から司馬も池波も、後年の「国民作家」的ポジションに到達したことになる。

だがそれらの時代小説はともかく、東都書房が最も力を入れたのはミステリーの分野ではなかっただろうか。それは光文社のカッパ・ノベルスの社会派推理小説東京創元社の推理文庫や早川書房のポケットミステリに代表的な翻訳の台頭に抗する試みであったように映る。昭和三十六年に創刊された新書版の東都ミステリーは明らかにカッパ・ノベルスに対抗して創刊されたと考えられ、三十九年までに全五十三冊を刊行している。それらの作品はすべて新作長編で、多くの新人作家を輩出させた異色の推理小説叢書といえよう。これは各種の推理小説辞典類にもそれは掲載されていないが、拙稿「東都書房と東都ミステリ」(『文庫、新書の海を泳ぐ』(編書房)でリストアップしておいたので、興味ある読者は参照されたい。
文庫、新書の海を泳ぐ

この東都ミステリだけでなく、その他にも『日本推理小説大系』全十六巻、『現代長篇推理小説全集』全十六巻、『世界推理小説大系』全二十五巻を刊行している。これらの中で最も懐かしいのは『日本推理小説大系』で、菊判の真っ黒な箱入りで、箱の上の部分に白いラインがのれんのようにかぶさっていて、推理小説の全集類として最も印象に残るものであり、それは今でも変わっていない。
日本推理小説大系(『日本推理小説大系』第2巻)(『現代長篇推理小説全集』第1巻)(『世界推理小説大系』第17巻)

どういう経緯があってなのか詳細を思い出せないのだが、小学校の頃、江戸川乱歩に夢中になっていたことを知った幼馴染が、家に乱歩があるからといって持ってきたくれたのだ。それが『日本推理小説大系』の箱入りの乱歩の一冊だったのである。彼の家の誰かが購入したものなのだろうか。確か新しい感じはしなかったので、古本だったのかもしれない。そして私は初めて少年向きでない乱歩を読むことになったのだ。あの三段組の活字が詰まった乱歩集をどこまで理解したのかは心許ないが、かなりの時間をかけて一冊を読み終え、おぼろげながらここには知らなかった新しい世界があると思った。今になって考えれば、この読書が児童書との訣れを告げるきっかけになったように思われる。

この一文は五、六年前に書かれたものだが、二〇一四年になって、東都書房の主たる編集者だった原田裕へのインタビュー『戦後の講談社と東都書房』を刊行することができた。それゆえに内容が重なってしまうけれど、本連載にも収録しておく。

戦後の講談社と東都書房

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