出版・読書メモランダム

出版と近代出版文化史をめぐるブログ

出版状況クロニクル97(2016年5月1日〜5月31日)

出版状況クロニクル97(2016年5月1日〜5月31日)

16年4月の書籍雑誌の推定販売金額は1259億円で、前年比1.1%減 。
書籍は612億円で、同6.5%増、雑誌は647億円で、同7.4%減。
書籍の前年比増は、店頭売上は1%増であるけれど、石原慎太郎の『天才』(幻冬舎)60万部、『嫌われる勇気』(ダイヤモンド社)115万部、宮下奈都『羊と鋼の森』(文春)50万部などのヒットによるもので、それらが主たる要因である。しかしそれらは出回り部数、金額でもあり、その反動も留意しなければならない。
雑誌のうちの月刊誌は531億円で、同6.7%減、週刊誌は115億円で、10.5%減。書籍に比べ、雑誌は相変わらずの減が続いている。
返品率は書籍が34.1%、雑誌は42.6%。しかし2月に続いて4月も、書籍がヒット商品の貢献で返品率が改善されたこともあって、16年4月までの返品率が31.3%であることに対し、雑誌は41.0%という高返品率となっている。送品抑制もあってのことだから、雑誌の問題は月を追う毎に深刻化しているというべきだろう。

天才 嫌われる勇気 羊と鋼の森


1.『出版月報』(4月号)の「ムック市場2015」特集のデータを示す。

■ムック発行、販売データ
新刊点数平均価格販売金額返品率
(点)前年比(円)(億円)前年比(%)前年増減
19996,59911.5%9151,3201.9%43.5▲0.5%
20007,1758.7%9051,3240.3%41.22.3%
20017,6276.3%9311,320▲0.3%39.8▲1.4%
20027,537▲1.2%9321,260▲4.5%39.5▲0.3%
20037,9906.0%9191,232▲2.2%41.52.0%
20047,789▲2.5%9061,212▲1.6%42.30.8%
20057,8590.9%9311,164▲4.0%44.01.7%
20067,8840.3%9291,093▲6.1%45.01.0%
20078,0662.3%9201,046▲4.3%46.11.1%
20088,3373.4%9231,0621.5%46.0▲0.1%
20098,5112.1%9261,0912.7%45.8▲0.2%
20108,7622.9%9231,0980.6%45.4▲0.4%
20118,751▲0.1%9341,051▲4.3%46.00.6%
20129,0673.6%9131,045▲0.6%46.80.8%
20139,4724.5%8841,025▲1.9%48.01.2%
20149,336▲1.4%869972▲5.2%49.31.3%
20159,230▲1.1%864917▲5.7%52.63.3%
[ムックの15年推定販売金額は917億円で、前年比5.7%減となり、2年続けて1000億円を割りこみ、16年には900億円を下回ってしまうだろう。販売冊数も1億552万冊、同4.8%減で、こちらも同様に1億冊を割りこんでしまうのは確実である。

それ以上に問題なのは返品率が50%を超えてしまったことだ。書籍や雑誌全体の返品率をはるかに上回る52.6%という返品率は、もはやムック市場が生産、流通、販売において、利益を生み出す分野から脱落してしまったことを意味している。

週刊誌、月刊誌、コミックに加えて、このようなムックのマイナスと返品率は、雑誌の衰退と凋落を象徴しているといえよう。それが近代出版流通システムの解体を意味していることはいうまでもあるまい]

2.これも 1 とリンクしているので、続けておく。

 日販の前期連結売上高は6398億円、前年比3.2%減、単体売上高は5136億円、同4.6%減。単体売上高の内訳は書籍2475億円、同0.5%増、雑誌2434億円、同9.9%減、開発商品327億円、同0.7%増。

[この数字は日販懇話会でのものなので、最終的に確定していないとされるが、ついに大手取次において、雑誌が書籍を下回り、雑誌と書籍の売上が逆転してしまった事実を告知している。

もちろんこれが単年度だけということも考えられるけれど、雑誌の9.9%減ということからすれば、続いていく可能性が高い。

本クロニクルで、出版社・取次・書店という近代出版流通システムは雑誌をベースとして構築され、それに書籍が相乗りするかたちで営まれてきたことを繰り返し述べてきた。ところがそれが逆となり、書籍をベースにして雑誌を支えていかなければならない状況に追いやられてしまったことになる。そして現在の再販委託制のもとで、それは取次にとって可能なのかという問題に直面してしまったのである。

この日販の決算については、来月もトーハンと並べて再びふれることになろうが、この雑誌と書籍の売上の逆転は、大手取次史にあっても、危機とターニングポイントの双方を象徴する事態と思われるので、先に記してみた]

3.セブン&アイHDの鈴木敏文会長が名誉顧問として残留すると伝えられる一方で、『FACTA』(6月号)が土屋直也「『親バカ』鈴木敏文の末路」をレポートし、『週刊東洋経済』(5/28)が特集「セブン再出発」を組んでいる。

週刊東洋経済
前回の本クロニクルでも書いているが、これらを読むと、セブン&アイのオムニチャンネルの行方は困難と見るしかない。前者によれば、アマゾンや楽天にまったく歯が立たず、11月の開始から2ヵ月経っても、ほとんど注文が入らなかったという。

2回続けてオムニチャンネルにふれたのは、トーハンがそれに寄り添い、いずれはセブン&アイグループに加わるのではないかという観測がなされていたからだ。

しかしそのトーハンとセブン&アイを結ぶ要の鈴木敏文が会長を退任し、トーハンも経営陣の交代が囁かれている。役員の鈴木敏文の処遇、トーハンとセブンイレブンとの関係もどうなるのであろうか]

4.紀伊國屋書店新宿南店が7月下旬に、6フロア1200坪のうち6階の洋書売場300坪を残し、事実上の撤退。

 同店は1996年10月に日本最大規模の書店として開店し、当初は1日の来店客数5万に、3000万円の売上があったとされる。

本クロニクル91のリードで、ナショナルチェーンの超大型店の閉店を伝えておいたが、これは紀伊國屋書店新宿南店のことであり、ようやく公表されたことになる。

仄聞するところによると、予算達成の30%ほどに売上が落ちこみ、賃貸契約を更新することができなかったという。なお次のテナントはニトリに決定している。

昨年のリブロ池袋店に続く大型店の撤退で、八重洲ブックセンター本店も建替えのため一時閉店予定とされているが、実質的に縮小となるのではないだろうか。それらの他にも大型店閉店の話が聞こえてくる。

いずれにしても、下げ止まることのない出版物売上の落ちこみは、大型店の維持が困難であることを露呈させ始めている]

5.CCCが大型複合施設「枚方T-SITE」を開店。

 地上8 階、地下1階の5314坪で、3階の400坪の枚方蔦屋書店、2階の200坪のDVD、CD、コミックのTSUTAYAがコアとなり、レストランや銀行などの43店が入る。

[CCCはこれを百貨店、もしくはライフスタイル提案型デパートメントのコンセプトで開店しているが、パルコ型というよりも、蔦屋書店とTSUTAYAをキーテナントとする、これまでない大型不動産プロジェクトと見なすべきだろう。

この「T-SITE」は代官山、湘南に続いて3店目になるけれど、コアとなる蔦屋書店などは赤字と見られ、レンタルのTSUTAYA事業にしても、かつてのような収益を上げることはありえない。

それゆえにCCCの「T-SITE」事業は、蔦屋書店とTSUTAYAのブランドを延命させ、それらのフランチャイズシステムを維持するためのものであり、これで打ち止めになるように思われる。

日販にしてもMPDにしても、これ以上はCCCと併走できなくなっているだろうし、それにまだ打つ手が残されているのだろうか]

6.ブックオフの売上高は765億円、前年比3.0%増、営業損失5億3000万円、当期純損失5億2800万円。これは「本のBOOK OFF」から「何でもリユースのBOOK OFF」への変革コストが予想外に発生したことなどが原因。

 リユース店舗事業は売上高685億円、同8.4%増。これは新規出店とFC加盟企業からの事業譲渡などによる直営店舗数の増加による。

本クロニクル95で、ブックオフの赤字については既述しているけれど、それは予想の1億5000万円の3.5倍に及ぶもので、「本のBOOK OFF」はすでにピークアウトしたと考えられる。

出店にしても直営店8店、FC加盟店5店で、実質的閉店がそれぞれ9店、11店、またFCからの譲受店舗は10店であるので、もはや増加基調にはない。

それがより顕著なのは青山ブックセンターや流水書房などの新刊書店によるパッケージメディア事業で、売上高12億円、同78.0%減である。これは前年度にTSUTAYA事業を日販へ譲渡したことにもよっているが、出版物売上の凋落の影響をブックオフも受けているというべきだろう]

7.東京古書籍商業協同組合機関誌として『古書月報』が出されている。その原稿を頼まれたことから、『古書月報』16年2月号を送られ、そこにネット販売の「日本の古本屋」事業部の15年11、12月の会員数、書籍登録数、総受注金額が報告されていたで、それを示してみる。

 会員数、登録数はそれぞれ934店、625万点だが、受注金額は11月が2億4000万円、12月が2億1000万円である。そのうちのクレジット決済金額は両月とも1億100万円となっている。

[私も「日本の古本屋」を利用しているが、クレジット決済になってからとても便利になり、助かっている。実は近くの郵便局はATMが一台しかなく、近年は時として列ができるほどで、それが現在ではさらにエスカレートしてきているからだ。

私が古本に費やすお金などはわずかなものだが、それでも自身の支出額としては最も多い。その「日本の古本屋」のトータル売上はどのくらいなのかが、これでわかる。年間にして30億円弱ということになろうか。

で示したブックオフのオンライン事業は56億円とされている。これは古本だけでないと思われるが、「日本の古本屋」の倍近くになるし、これにアマゾンのマーケットプレイスを合わせると、その市場規模が浮かび上がってくるだろう。

日本の近代出版流通システムは出版社、取次、書店から形成されるが、それを支えてきたのは古書業界で、東京古書組合の歴史もまたちょうど1世紀に及ぼうとしている。そして同様にバトルロワイヤル状況の中にあるというべきか]

8.「発展途上国の明日を展望する分析情報誌」である『アジ研ワールド・トレンド』(5月号)が、何と特集「アジアの古本屋」を組んでいる。

[これはかつてなかったすばらしい特集である。アジア各国の古本屋の実態、研究者から見た古本屋の存在の意味、ネット時代における古本屋の位置づけが縦横に語られている。

それは韓国、中国、香港、モンゴル、インドネシア、タイ、ミャンマー、ベトナム、インド、トルコ、イラン・テヘラン、カザフスタン、ロシア、カンボジアなどに及ぶ見開き2ページの15本からなる特集で、37ページという充実ぶりは異彩を放っている。

それでいて本体価格は756円というお買得であるので、問い合わせたところ、定期購読以外は入手不可とのことだった。私は近くの大学図書館で同誌を知ったのだが、この特集が記事になったり、言及されたりしていることを寡聞にして知らない。だからここで書いてみた。

PDFで全文公開されているので、読まれることを願う]

9.『日本古書通信』(5月号)に折付桂子の「東日本大震災から五年―古書店と読者に聞く『復興』」が掲載されている。

 タイトルにあるように、震災から五年後の津波と原発事故を乗越えた古書店と被災地に暮らす読者を尋ねたレポートとなっている。

[私も「出版人に聞く」シリーズ6の佐藤周一『震災に負けない古書ふみくら』で、佐藤から東日本大震災の体験を聞いているが、彼は刊行後、ほどなくして亡くなってしまった。だが古書ふみくらは家族によって建て直され、現在も営業中であることが読者の口からも語られていて、よかったと思う。

今回の熊本地震も古書店に関してはまだ伝わってこないが、書店のほうはほとんどが営業再開にこぎつけたようだ。日販は被災書店に4、5月分支払を1年間猶予するという支援策を講じ、被災品も全額入帳すると発表。またトーハンも、支払いについて一定の猶予を設ける金融支援を行なうとしている。出版社も全面的に協力すべきであろう]
震災に負けない古書ふみくら

10.『DAYS JAPAN』(6月号)が広瀬隆の緊急寄稿「超巨大活断層中央構造線が動き出した そのとき原発は耐えられるか」を掲載している。

 これは熊本大地震が近代史上初の中央構造線の巨大地震であることを、写真とチャートで示し、それが原発大事故の危険性とともにあることを知らしめている。

DAYS JAPAN
[ここで『DAYS JAPAN』を取り上げたのは『出版状況クロニクル3』でも言及したが、同誌の2011年1月号の特集が「浜岡原発は防げるか」で、その後すぐに東日本大震災と原発事故が起きたことになるからだ。

今回6月号の「編集部総力特集」という日本の活断層と原発稼働状況、そして30年以内の地震予測と南海トラフによる津波想定高を盛り込んだ地図を見ていると、日本のどこであっても、いつ大地震に襲われ、また原発事故にも遭遇する危険性から逃れられないことがよくわかる。

それを確認するためにも、同誌を読んでおくべきだろう]

11.実業之日本社が企業連合体シークエッジグループの傘下となる。

 シークエッジグループは投資会社としてスタートし、現在は実業部門にウエイトを置き、ファッション会社、ネット専業旅行代理店、ソフトウエア開発会社、現代アート会社、広告会社などを十数社有する。その中のフィスコは金融株式情報配信会社で、IRツール受託製作では日本有数のシェアを占めているし、上場企業を3社を擁しているとされる。

[これは『文化通信』(5/23)の「創業119年の老舗出版社実業之日本社 生き残りを賭け資金提携」と題する岩野裕一社長へのインタビューで明かされている。

岩野によれば、かつてのドル箱のガイドブックと漫画の両部門の収益が悪化し、多様な出版も弱みとなってしまった。10年前に銀座の本社ビルを手放して以来、様々な改革、人員リストラも行なってきたが、この数年厳しい業績が続き、オーナー一家も世襲は自分までにしたいと思っていたこと、出版業界の現在や当社の今後を考えれば、やはり単独でこの厳しい環境を乗り切ることは難しいと考えた上での判断である。

増田義一によって創業された実業之日本社は1906年に創刊した『婦人世界』に09年から委託制を導入し、それに他社もならい、それまでの買切制をパラダイムチェンジさせた。そして『日本少年』『少女の友』などの多くの雑誌を創刊し、実業之日本社時代を築いた。

それと併走していたのが講談社で、マス雑誌に基づく出版流通システムのコアとなったのは、実業之日本社と講談社に他ならなかった。そしてここにその一方の雄だった実業之日本社が他企業の傘下に入ったことは、出版業界の現在を象徴しているようである。

ただこの委託制導入の経緯と事情は、『実業之日本社七十年史』『同百年史』にもまったくふれられていない。例によって出版史は肝心なことは語っていないし、伝えてもいない。その事実は買切制から委託制という流通販売の一大転機にしても、密室の談合的なものによって決定されたことを伝えていよう。そのような事実は、日本の出版業界がそのようにして営まれてきたことを告げてもいる]

12.『サイゾー』(5月号)が特集「スキャンダルの社会学」を組み、有力週刊誌9誌の戦闘力分析、会員制情報誌の内実、女性記者たちの座談会、階級社会を表象する英国タブロイド分析などを収録している。

サイゾー
[かなり充実した内容で、それなりに楽しませてもらった。

とりわけ興味深かったのは「会員制情報誌を支えるカネと人脈」で、『選択』『FACTA』『THEMIS』の3誌が取り上げられ、そのうちの『選択』と『FACTA』は定期購読しているからだ。

『選択』は公称6万部で年間7億2000万円、『FACTA』は同2万部で、同2億8800万円の売上高となる。

これらは取次を経由せず、書店でも売られていないので、そのまま出版社の売上となり、しかも年間購読料は一括先払いであり、さらに広告料も加わる。それでいて、専属記者はおらず、新聞記者などに高い原稿料を払って書かせるので、人件費コストは低くてもすむ。

かつて新潮社が同様の情報誌『フォーサイト』を創刊させたが、廃刊になってしまったのは、ひとえに人件費のコストが高かったゆえで、これらの3誌が続いているのはそうした外注システムを採用しているからであろう。

このような会員制情報誌は出版社系雑誌ができない企業批判もできるし、もっと増えてくれれば、雑誌が活性化するのではないかと思うのだが、読者層を考えれば、これらの3誌がリミットであり、これ以上の参入は難しいのかもしれない]

13.『出版ニュース』(5/下)に「世界の出版統計」が掲載されている。欧米の現在の出版状況をラフスケッチしておく。

* アメリカ /14年出版社総売上高は279億ドルで、前年比4.6%増。総販売部数は前年を1億部上回る27億部。
電子書籍売上高は33億ドルで、前年比3.8%増。販売部数も0.2%増で、5億部。
販路別売上高は書店販売高が14年になって増加に転じ、前年比3.2%増の38億ドル。販売冊数も5億5400万部から5億7700万部と4.1%増。
* イギリス /14年出版社総売上高は33億ポンドで、前年比2%減。
そのうちのフィジカル書籍(印刷本)売上高は27億5000ポンドで、同11%減だが、デジタル書籍は17%増の5億6000万ポンドとなり、総売上高の17%を占めるに至った。
* ドイツ /14年ドイツ書籍販売業者総売上高は93億2200万ユーロで、前年比2.2%減。
書店売上高は45億8300万ユーロで、前年比1.2%減だが、市場全体の減少率より低かったので、シェアは前年の48.6%から49.2%へと上昇。
* フランス /14年出版社総売上高は26億5200万ユーロで、前年比1.3%減。販売部数は4億2179万部で、やはり同1.2%減。
デジタル書籍売上高は前年の1億500万ユーロから1億6140万ユーロとなり、出版社総売上高の4.1%から6.4%を占めるに至った。

[これも毎年確認していることだが、欧米の出版業界が日本と異なり、微増、微減で推移していることが了承されるだろう。これまでのデータは『出版状況クロニクル4』に収録されているので、必要ならば参照してほしい。

なお『出版ニュース』はロシア、中国、台湾、韓国のレポートも掲載されているが、本クロニクルにおいて、当初から欧米との比較にしぼっているので、それらを省略している。こちらも必要であれば、同誌に目を通してほしい]

14.仲俣暁生の「マガジン航」(5/1)が「『出版不況論』をめぐる議論の混乱について」を発信している。これは前回の本クロニクル96−14の林智彦「だれが『本』を殺しているのか 統計から見る『出版不況論のゆくえ』」批判に対する「再批判」を謳っている。

 その要旨は次のように要約してかまわないだろう。

 本クロニクルの功績は認めるけれど、林のいう「電子書籍+雑誌扱いコミック+紙の書籍」からなる総合書籍市場説は正しい。それに対して本クロニクルが「テクニカルなところ」から発する「出鱈目な言説」という「批判はまったく噛み合っていない」し、「議論の混乱」を生じさせている。

  「新聞社をはじめ一般世間」では「マンガ本(コミックス)」を「書籍」だと思っているし、「マンガ本(コミックス)」を「雑誌」とみなすのは「素朴な思い違い」である。その「思い違い」によって、「出版不況」言説が流布してきたことが問題なのだ。

  また林の本意について、「出版の未来は暗いのか、明るいのか。明るいと思えるには、いや、明るくするにはどうしたらいいのか、ウェブであれ、電子書籍であれ、現実に存在している出版の回路を勘定に入れて考えれば、けっして未来は暗くない。林さんの『出版不況論』批判の中心はそこにある」。それゆえに本クロニクルのいうところの「出版危機」は「一種の終末待望論」として多くの人に受け取られているし、そこで使われている「出版統計にまつわる業界用語の特殊な使い方の存在が、正確な現状認識を妨げてきた」とされる。

  そして何よりも「『出版 publication』とは創作物や意見を公に表明する行為、それを支援する仕組みすべてのことだ」と仲俣は定義している。

[この仲俣の論は「再批判」の体をなしていない。

「新聞社をはじめ一般世間」とは、朝日新聞社の林と息子の考えを言い換えただけで、何の論拠にもなっていない。それに「新聞社をはじめ」としているが、新聞社も出版報道は出版科学研究所データによっているし、新聞社が揃って公式にコミックを書籍と見なしているとも聞いていない。「一般世間」にしても、出版物全体を「本」とするのが大半を占めるだろうし、それらの区別を意識していないだろう。

要するに林にしても仲俣にしても、電子書籍論者としての功名心から、手前勝手な素人言説を述べているだけで、そこには「テクニカルなところ」も視点も欠如している。この「テクニカル」とは仲俣が使っている用語だが、私は「専門の、専門的な」と解釈し、引用している。
それに出版物販売金額がこの20年で1兆円が失われたことは厳然たる事実であり、その過程でコミックを雑誌とし、書籍に分類しなかったことによる「出版不況」言説は、これまで流布などしてこなかった。

それゆえに素人言説の思いつきと、「テクニカルな」「長期的な分析」の側にある本クロニクルが、「まったく噛み合っていない」のは当たり前だが、「議論の混乱」などは起きていない。同じく「出版統計にまつわる業界用語の特殊な使い方の存在が、正確な現状認識を妨げてきた」こともない。ただ仲俣がそういっているだけだ。

彼は本クロニクルに関しても表面だけを読み、誤読に誤読を重ね、そこにある生産、流通、販売の専門的、歴史的関係と構造、それにまつわる経済問題を把握できていないからだ。

まず私はこれまで「出版 publication」について書いてきたのではなく、一貫して「出版業 publishing」を論じてきたのだ。仲俣がそれもわかっていないのは最初から承知していたが、ずっとそうだったとあらためて認識したことになる。

仲俣がかつて編集者や編集長も務め、永江朗も編集委員だった『本とコンピュータ』こそは、その「出版」と「出版業」の混同を最後まで自覚していなかった。それだけでなく、編集と出版、紙の本と電子書籍、日本と外国の出版と出版業、専門家と素人などをも混同させ、現在に至るまでの「議論の混乱」の発祥といっていい。

それは1997年から2005年にかけて、本誌、別冊合わせて32冊に及び、仲俣は、「出版不況論壇」と自分はまったく関係ないようによそおっているが、そこで形成され始めたのである。またNHKテレビの「クローズアップ現代」にまで出て「出版不況論」を展開していたのは、仲俣自身ではないか。私も『本とコンピュータ』に出たり、書いたりしているが、そのような当時の「出版不況論」を代表する佐野眞一の『だれが本を殺すのか』を、2003年秋号(第2期9号)で批判している。それを示す。


 本書は一般読者に対して出版不況の現在を解説する啓蒙書、あるいは出版ビジネス書といってさしつかえなく、出版業界についての専門書、オリジナルな研究書ではありえない。

 ところが残念なことに、異例の売れ行きも相乗してか、数多くの書評はことごとく本書を専門書であるかのように論じ、紹介していた。著者も書評者たちも出版業界の内部の人間か、身近な存在であるにもかかわらず、出版業界についての歴史的構造、分析の視点を全く持っていない。

 何よりも“出版敗戦”の要因は歴史の中に潜んでいるのであり、彼らはそれを直視することなく出版を論じている。それゆえに出版の危機の本質と真実を隠蔽してしまっている。本書をめぐる騒ぎとその反響は出版業界の思考停止を何よりも物語るものであり、そのことを知らしめた笑劇としての記念的な一冊である。

だれが本を殺すのか 本とコンピュータ 出版業界の危機と社会構造  

 佐野だけでなく、私は再販委託制、ブックオフ、公共図書館、CCC=TSUTAYAを批判してきたし、出版業界にまつわる「出鱈目な発言」「出鱈目な言説」に対して、常に批判してきた。今回の『出版状況クロニクル4』の中でも、電子書籍狂騒曲、JPOと「緊デジ」、大手出版社と書協、取次の再建スキームなどを一貫して批判してきた。しかしそれらの出版危機をめぐる言説はすべて単独でなされている。しかもそれは先述したように、出版業の危機をめぐるものであり、出版と出版業を分けて論じている。ただ出版業危機と表記しないのは、言葉として成熟していないこと、また原則的には出版の中に出版業も含まれるべきだが、日本の近代出版に限れば、現実的には出版が出版業の中に包括されてしまうという事実もあるからだ。それでも『出版状況クロニクル』に先行する『出版業界の危機と社会構造』においては、タイトルに出版業という言葉をダイレクトに使っている。

仲俣はそれらの専門的、歴史的ディテールを理解しておらず、林の言説に関して「出版の未来」を「明るくする」「けっして未来は暗くない」とするための提言だと主張している。しかしこれは単に、これからは林のいう「電子書籍+雑誌コミック+紙の書籍」からなる総合書籍市場説を採用すれば、「それはポスト『近代出版流通システム』の時代にふさわしい仕組み」になるといっているに等しいし、それこそ「議論の混乱」を招くものであろう。それは粉飾でしかないからだ。

それに仲俣のいう「紙も電子も含めた『出版状況』」にしても、トータルしても前年を下回るものであり、それは『出版指標年報2016年版』の「紙の市場+電子出版」の図表に示されたとおりである。これは林の棒グラフ使用言説に対する批判のように出されているが、まさにシンプルな「紙も電子も含めた『出版状況』」に他ならないし、「出版業」のデータなのだ。


これがどのような行方をたどるのか断言できないにしても、電子出版が成長すればするほど、紙の市場は縮小するであろうし、それが出版業=近代出版流通システムをさらに危機に追いやるだろう。またこれも先述したように、日本の出版は出版業に包括されていることからすれば、出版そのものの概念が変わっていかざるをえない。そのような岐路に、日本の出版業界はさしかかっていると見るべきで、仲俣の支持する総合書籍市場が「ポスト『近代流通システム』の時代にふさわしい仕組み」だとは考えられない。

仲俣は反論があるならば、今回のように一夜漬けで書くのではなく、せめて『出版状況クロニクル4』を読んでから記すべきだ。「まえがき」で述べているように、本クロニクルの「目的は現在における正確な出版状況分析、それに基づく将来的ビジョンとその帰結の行方」であり、『本とコンピュータ』や出版と出版業を分けていることも書かれているし、決して「一種の終末待望論」ではないからだ]

15.『出版状況クロニクル4』は5月20日に出された。700ページを超える大部なものになってしまったが、どれほどの読者を得られるだろうか。

 それも出版業界の現在をめぐるひとつのメルクマールと見なすことができるからだ。

出版状況クロニクル4

 今月の論創社HPの連載「本を読む」4は〈コミック、民俗学、異神論〉です。よろしければ、のぞいて下さい。

以下次号に続く。