出版・読書メモランダム

出版と近代出版文化史をめぐるブログ

出版状況クロニクル125(2018年9月1日~9月30日)

 18年8月の書籍雑誌推定販売金額は926億円で、前年比5.2%減。
 書籍は480億円で、同3.3%増。雑誌は446億円で、同12.8%減。
 雑誌の内訳は月刊誌が364億円で、同13.1%減、週刊誌は82億円で、同11.7%減。
 返品率は書籍が40.2%、雑誌が45.1%で、月刊誌は45.7%、週刊誌は42.4%。
 書籍の推定販売金額のプラスは7月の西日本豪雨により、広島、岡山、九州などの書店の返品入帖処理が8月になっても終わっていないことに起因している。
 出版輸送は運賃問題や人手不足に加え、西日本豪雨により、輸送遅延が長期化し、現在も続いているのである。それゆえに書籍は返品減となり、プラスになったわけで、その反動が必ず発生する。
 さらに9月は北海道胆振東部地震が起き、書店の被害とともに、北海道も返品や輸送遅延が生じていくであろう。このような災害状況の中で、これまで以上に露出してきたのは運送問題だとされている。出版輸送業界はまったく余裕がない状態で営まれてきたこともあり、今回のような立て続けの災害には対応できない現実に直面しているという。
 そのために新刊配本に関しても、雑誌が優先され、書籍のほうは大手出版社に新刊は受け入れられても、重版は配本できなくなっているようだ。
 それを背景にしてか、小出版社の新刊配本も当月のはずが、翌月にずれこむ事態となっているし、資金繰りにもダイレクトな影響が出始めている。また大量の返品が生じ、逆ザヤ状態となることも覚悟しなければならない出版状況を迎えていよう。
 今回のクロニクルは猛烈な台風24号襲来の中で、更新される。 
 


1.出版科学研究所による2018年8月までの書籍雑誌推定販売金額とマイナス金額を示す。

■2018年 推定販売金額
書籍雑誌合計金額(百万円)前年比
(%)
前年比金額(億円)
2018年
1〜8月計
854,746▲7.2▲658
1月92,974▲3.5▲33
2月125,162▲10.5▲147
3月162,585▲8.0▲140
4月101,854▲9.2▲102
5月84,623▲8.7▲80
6月102,952▲6.7▲74
7月91,980▲3.4▲32
8月92,617▲5.2▲50

 18年8月までの推定販売金額は8547億円で、前年比7.2%減、金額にして658億円のマイナスとなっている。
 この20年間の販売金額の推移と年毎のマイナス金額は本クロニクル118に掲載してあるので参照してほしいが、これまでの最大のマイナスは17年の1008億円である。9月からの返品の反動などを考慮すれば、さらなるマイナスも想定せざるをえない。
 このような出版状況の中で、18年の最後の四半期が進行していく。まさに奈落の底に沈んでいくような思いに捉われざるをえない。
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2.日本出版者協議会相談役である緑風出版の高須次郎が『出版ニュース』(9/中)に「出版はどうなるか」を寄稿している。彼は『再版/グーグル問題と流対協』(「出版人に聞く」シリーズ3)の著者である。
 この論稿は自社の書籍をめぐるアマゾンの電子書籍化の具体的な実例、2014年の著作権法改正の問題点、その見直しの必要性、電子書籍の再販に関わる失敗と出版危機、アマゾンのバックオーダー中止と直取引拡大戦略の成功、その影響を受けた日販決算の意味などに及んでいる。
 そして現在は「出版敗戦前夜」にあるとし、次のような結論に至る。

紙の市場規模の急速な縮小とアマゾンの躍進のなかで、問題は、大手取次店のダウンサイジングがうまくいくかどうかに懸かっている。仮にうまくいかなければ、大手取次店に莫大な売掛金をもつ出版社は、多くが資金繰りに詰まり、倒産・廃業の危機を迎えよう。まして「栗田出版販売再生スキーム」が適用されれば、膨大な返品を出版社は買うはめになり、さらに倒産・廃業に拍車がかかるといえる。

 また「出版敗戦を打開する道はあるのか?」として、7つの提案が挙げられ、「もはや手遅れの感もするが、こうした課題のいくつかを実現できなければ、出版敗戦の日を迎えるしかない。そこには戦後復興はない」と結ばれている。

再版/グーグル問題と流対協  『新潮45』(8月号)(8月号) 『新潮45』(10月号)(10月号)

 この高須の「出版はどうなるか」は数字データや資料として、本クロニクルが参照され、また「出版敗戦」のタームが使われていることからわかるように、高須から見た現在地点での出版状況論に他ならない。
 しかし高須がいうところの7つの提案は、どれひとつとしてスムースに実現することはないだろう。なぜならば高須もいうように、「敗戦の原因は、(中略)ほとんど戦わずして落城の危機をまねいた出版業界、出版社団体や出版社内部」に起因しているからだ。本クロニクルの言葉に言い換えれば、長期にわたる正確な出版状況分析の不在と錯誤によっている。
 それにこのような出版状況が、日本出版者協議会に属する小出版社だけに出来しているのではなく、さらに広範なかたちで「出版敗戦」は大手出版社に押し寄せていることを認識すべきであろう。もちろんそれは大手取次、大手書店とも連鎖していることはいうまでもあるまい。これらの論稿を一冊にまとめた高須の『出版界の崩壊とアマゾン』は10月に論創社から刊行される。

 それから『出版ニュース』の同じ号に、『新潮45』(8月号)の「『LGBT』支援の度が過ぎる」に対して、8月20日付の「杉田水脈衆議院議員の発言に抗議する出版社代表82社の共同声明」も掲載されていることを付け加えておこう。
 『新潮45』10月号の特別企画「そんなにおかしいか『杉田水脈』論文」をめぐって、新潮社の佐藤信隆社長や文芸部門から批判が出され、マスコミで取り上げられているが、いち早く緑風出版の高須たちを呼びかけ人とする「共同声明」が出されていたことも知ってほしいからだ。

 その後、月末になって、論議もほとんどなされない前に、新潮社は『新潮45』の休刊を発表した。高須の「敗戦前夜」ではないけれど、この杉田の言説が、かつて大東亜戦争下における「産めよ増やせよ」の大スローガンに通じていることは指摘しておかなければならない。それへの注視もなされないままの休刊は、雑誌にとっても忌わしい記憶を残すだけであろう。『新潮45』の創刊は1982年だった。



3.ジュンク堂書店旭川店から返品リストとともに、次のような「改装のご案内」が届いた。

 2011年6月にオープンいたしましたジュンク堂旭川店は、開店以来お客様に大変ご好評を頂いて参りました。 
 しかし来る2018年9月、館の大規模なリニューアルにともない、デベロッパーより強い要請があり、現在の4階5階2フロア営業から5階1フロアのみへと、規模を大幅に縮小することが決定し改装する運びとなりましたのでご案内申し上げます。
 従来の1257坪から600坪と大幅な縮小となりますが、弊社がこれまで培ってきた経験を踏まえてレイアウトを見直し、読者のニーズにお応えし、地域の皆様に愛されるような店舗づくりにこれからも努力する所存でございます。
 急な話でたいへん申し訳ございませんが、今回の改装に伴いまして返品が発生いたします。
 甚だ勝手なお願いではございますが、出版社様におかれましては、商品の返送につきましてご了解とご協力を賜りますよう何卒お願い申し上げます。


 1フロア、600坪で店としては半分に縮小だが、書籍を中心として多くが返品され、それは在庫全部の3分の2ほどに及ぶのではないだろうか。すなわち出版社に大量の返品が逆流してくる。
 「デベロッパー」云々との文言が見えているけれども、もはや書店の大型店が売上マイナスと家賃負担に耐え切れず、リストラに向かっていく流れを象徴していよう。
 本クロニクル123で、三洋堂書店の300坪ほどのバラエティショップの閉店を既述しておいたが、毎月のように大型店の閉店が起きていて、それがまったく改善されない高返品率へとリンクしていることになろう。
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4.『朝日新聞』(8/26)の「朝日歌壇」に次のような一首が掲載されていた。

 おおきくはしなくていいと祖父はいい 父もまもったちいさな書店 (東京都)高橋千絵

 これを読んでから、山口県と島根県を旅行してきた。主としてバスによる移動だったが、ロードサイドに書店を見かけたのは1店だけで、ホテルのある商店街には小書店が閉店したままで残されていた。
 翌朝、そのホテルで『山口新聞』(8/29)を読むと、周南市のツタヤ図書館の入館者が100万人を突破したとの報道がなされていた。本クロニクル119で、駅前ビルでのツタヤ図書館の開館による、地元老舗書店の閉店を伝えたばかりだ。
 ナショナルチェーンの大型書店の出店やCCCのツタヤ図書館の開館が、このような地方の書店が消えてしまった状況に反映されているだろうし、それが書店の半減という事実を裏づけていることになろう。
 先の一首で歌われている「父もまもったちいさな書店」は現在でも存続しているのだろうか。

 それに関して、鳥羽散歩という人が「詩歌句誌面」で次のような返歌を寄せているので、引いておこう。

 大きくはしなくていいと思ったが 私の代で潰れた書店

 旅行から帰った後、たまたま鈴木書店の元幹部と話す機会があり、取次にとっては中小書店が生命線で、大書店の場合はほとんど利益が出なかったという告白を聞いた。倒産してから、それを実感したという。これは大手取次にとっても中小書店が生命線だったことを告げていよう。
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5.ティーエス流通協同組合(TS)は9月30日で解散を決議。
 売上のピークは2005年の1億2000万円で、それ以後は会員や売上が減少し、負債が生じるようになったとされる。
 ブックスページワンの片岡隆理事長は「昨年の総会終了後、NET21や青年部などが声を上げてくれたが、事業としての実態は生まれ」ず、清算に取り組むことに決定したと説明している。

 TSに関しては『出版状況クロニクルⅤ』において、損失が組合出資金額を上回る債務超過に陥るので、解散の方向に進んでいくしかないように思われると記しておいたが、残念なことに本当にそのような事態になってしまった。出版社との直取引によるマージン確保が難しかったことになり、TS加盟の各書店の困難さも自ずと伝わってくる。
出版状況クロニクルⅤ



6.中央社の売上高は217億円、前年比4.6%減。当期純利益は8107万円、同30.7%減で減収減益の決算。
 その内訳は雑誌120億円、同6.9%減、書籍は82億円、同0.5%減。
 期中の新規店は8店(90坪)、閉店は18店(500坪)となり、名古屋・関西支店を廃止し、名阪支社に中部営業課と西部営業課を新設。

 『出版状況クロニクルⅣ』で、2010年代に中央社だけが取次として増収増益だったことにふれてきたが、その中央社にしても3年連続の減収減益の決算になってしまった。
 それはコミックも含めた雑誌の凋落、コラボしてきたアニメイトの売上の低迷、アニメイトがM&Aした書泉や芳林堂のその後の売上状況などが作用しているのだろう。
 これらの推移初めて『出版状況クロニクルⅤ』でたどっているが、海外展開などのアニメイト120店の現在はどうなっているのだろうか。期中の出店と閉店を見るかぎり、やはり店舗リストラの波が押し寄せているように思われるし、それは何よりもアニメイトが得意とするコミック特装版などの「特品等」が11億円、同8.6%減にもうかがわれる。中央社にとって、雑誌、書籍に告ぐ部門にして、その特色でもあったからだ。
 それを反映して、今期の中央社の決算も213億円、同1.1%減を売上目標としているが、さらなる減収減益は必至であろう。
出版状況クロニクルⅣ



7.学研HDは日本政策投資銀行と共同で、さいたま市の介護大手のメディカル・ケア・サービス(MCS)の全株式を取得。
 MCSは認知症患者グループホームを270棟運営し、売上高は265億円。
 学研HD傘下の学研ココファンはサービス付き高齢者向け住宅(サ高住)100棟を運営し、売上高は200億円。サ高住とグループホームの再編は初めての試みで、両社の複合開発にも進出するとされる。

 もはや学研は学参の出版社ではなく、塾などの教育事業と介護などの医療福祉事業をメインとする企業へと転身したと見なすべきだろう。
 ここに学研の介護事業を挿入したことに唐突な感を抱かれると思うが、トーハンの「事業領域の拡大」がこのような学研の動向と併走していると判断できるからだ。

 前回、本クロニクルで、「トーハンの課題と未来像」を取り上げ、グループ会社のトーハン・コンサルティングが実際に西新井に介護施設を建設中であることを既述しておいた。このパートナーは学研と考えてよかろう。
 そうした学研HDの、出版社から教育事業と介護事業への転身を範として、トーハンも介護事業も含めた不動産事業などの「事業の拡大」が構想されたのではないだろうか。
 しかし学研の転身にしても、古岡創業一族からの離脱、出版事業のドラスチックなリストラと改革、新たな事業ノウハウの蓄積など、一朝一夕になされたものではないし、それをトーハンが模倣できるとは思えない。
 それは介護事業にしても、不動産事業にしても、大いなる陥穽に満ちているし、コラボするゼネコンや官僚にしても、再販委託制に基づく出版社や書店を相手にするのとはまったく異なる相手であることを、冷静に自覚することから始めなければならない。だがそれはないものねだりであるかもしれない。



8.日販のグループ会社ダルトンは東京・武蔵村山市に、売場面積220坪で「DULTON FACTORY SERVICE MUSASHI-MURAYAMA」をオープン。
 郊外型大型店舗で倉庫を改装した7店目の直営店。
 創業以来、インテリア雑貨メーカーとして積み上げてきた商品群と空間創りのノウハウを投入した「人とモノを繋ぐ、日常彩るマーケット」とされる。

 これは前回のトーハンの近藤敏貴社長の言葉を借りれば、「事業領域の拡大」に属するのではなく、「カフェ、文具、雑貨は本を売るための取次事業」に当たるのかもしれないが、実際に見ていないので、判断を下せない。出版物はまったく売っていないのだろうか。
 しかしこのようなダルトンの展開にしても、本クロニクル121で引いておいた日販の平林社長がいう市場の要求に応じて商品やサービスを提供する「マーケットイン」の試みだとしても、「本業の回復」にただちに結び付くことはないだろう。
 7も含め、取次はどこに向かっているのか、それがどのような影響を出版社や書店にもたらすかを注視すべきであろう。



9.TSUTAYAは家具とホームセンターの島忠とFC契約し、家具と本を軸とする生活提案方店舗開発に着手。
 その第1号店として、島忠の「ホームズ新山下店」(横浜市中区)をリニューアルし、同店舗内にブック&カフェ「TSUTAYA BOOKSTORE 新山下店」を今冬に開店。
 島忠は家具とホームセンターの複合店舗を首都圏に59店を有し、今後「TSUTAYA BOOKSTORE」の展開を進める。

 これもCCC=TSUTAYAが行なってきた、他の物販やサービス業と本を結びつける試みであり、またしても委託制によって出版物が利用され、汚れて返品されるという悪循環が繰り返されていくだろう。
 日販にいわせれば、「マーケットイン」ということになろうが、日販にしても、CCC=TSUTAYAにしても、レンタルに代わるビジネスモデルとして成長させることは難しい。それに今期はFC店の問題が大きくせり上がり、日販へと逆流していくはずだ。
 代官山蔦屋書店や蔦屋家電も赤字だとされているし、やはりCCC=TSUTAYAはレンタルとFC事業を超えられないし、Tポイント事業にしても、すでに会社分割が想定されているのではないかと推測される。



10.大垣書店の決算は売上高112億8450万円、前年比3.5%増で、過去最高額となる見通し。
 その内訳は「CD/DVD」部門を除き、BOOK、文具、カフェ、カードBOXの4部門がプラスになったこと、出店に加え、イオンモール店や外商部門が好調であることなどが挙げられている。

 同時期に発表された三洋堂HDの第1四半期の連結決算は、売上高48億8400万円、前年比5.2%減で、書店部門は30億7000万円、同6.2%減である。
 複合店であることは大垣書店も三洋堂書店も共通していて、前者が後者と異なり、売上高を伸ばしているのは閉店がなく、出店攻勢を続けているからだと思われる。だが出版状況から考えると、その反動が生じることも推測できよう。



11.集英社の売上高は1164億円、前年比0.9%減で、営業損失は9億6000万円の赤字。
 だが不動産収入などの営業外収益により、純利益は25億2500万円、同52.9%減で黒字決算。
 売上高内訳は雑誌が501億円、同13.0%減、そのうちの「雑誌」は249億円、同11.0%減、「コミックス」は251億円、同14.9%減。書籍は108億円、同2.7%減。その他の「web」「版権」などは461億円、同21.1%増。


12.光文社の売上高は217億円、前年比1.9%減で、経常・当期純利益ベースで2年連続の赤字。当期純損失は1億8700万円。
 売上高内訳は雑誌が71億円、同7.3%減、書籍が35億円、同4.2%増、広告69億円、同6.0%減。

 いうまでもないことかもしれないが、集英社は小学館に代表される一ツ橋グループ、光文社は講談社に象徴される音羽グループの有力出版社である。
 戦後の出版業界のメインシステムは一ツ橋と音羽グループの雑誌の大量生産、大手取次の大量流通、商店街の中小書店による大量販売によって形成され、営まれてきたといっていい。だが中小書店は退場してしまい、取次も危機の中であえいでいる。

 その結果としてもたらされた今回の集英社と光文社の赤字は、そのシステムの終焉を物語っているように見える。それに何よりも驚かされるのは雑誌の返品率で、集英社は32.9%、光文社は49.2%に及んでいる。こうした事実に対しての説明は不要だろうし、ブックオフならぬマガジンオフの現在を突きつけているように思える。

 なお小学館の3期連続赤字は本クロニクル122、講談社の決算は同118で既述しているので、必要なら参照されたい。
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13.『日経MJ』(9/3)が「消え始めた短冊状伝票」という記事を発信し、「スリップを発行しない出版社」リストを挙げているので、それを示す。

■スリップを発行しない出版社
出版社時期対象
KADOKAWA4月角川文庫など
岩崎書店7月すべての書籍
金の星社7月すべての書籍
フレーベル館8月すべての書籍
一迅社8月すべての書籍と漫画
竹書房8月すべての書籍と漫画

 この記事によれば、この1年間でリストを含む20社がスリップ廃止を決め、今後も1ヵ月に2~3社のペースで続くとされている。
 ひとえに書店現場での自動発注やオンライン化が整備され、スリップの重要性が薄れたことによっているが、スリップは長きにわたって、販売、注文、追加伝票とデータ作成資料、報奨金用として使用されてきた。その起源に関しては様々に伝えられているが、『出版事典』(出版ニュース社)によれば、戦後の1955年頃から広く普及するようになり、ほとんどの書籍の挿入されるようになったという。つまりスリップも戦後の出版流通システムの落とし子であり、それが消えていくことは11、12ではないけれど、戦後の出版流通システムの終わりを告げていることになるのだろう。
 また『本の雑誌』(9月号)も「特集スリップを救え!」を組んでいることを付記しておこう。

出版事典 本の雑誌



14.「地方・小出版流通センター通信」(No505)が、松村久の85歳の死を追悼している。彼はそれこそ、4の周南市駅前で古本屋のマツノ書店を営みながら、明治維新史を中心とする防長史資料280点余りの復刊と刊行に携わり、2007年には菊池寛賞を受賞している。
 そこには松村だけでなく、沖縄タイムス社出版部で『沖縄大百科事典』や『沖縄美術全集』を編集し、退職後も出版舎Mugenを立ち上げた上間常道の76歳の死も伝えられている。

 松村とは面識がなかったけれど、その出版記は『六時閉店』(マツノ書店)で読んでいるし、中村文孝『リブロが本屋であったころ』(「出版人に聞く」シリーズ4)にも登場してもらっている。だが申し訳ないことに、中村も私も版元名から松村でなく松野だと思いこんでいたので、松野と間違って記載してしまったことが本当に悔やまれる。
 上間のことは知らなかったが、前回取り上げた沖縄の同人誌『脈』に関係していたかもしれない。それらはともかく、このようにして、地方出版の時代も終わっていくのだろうか。
f:id:OdaMitsuo:20180926212922j:plain:h110 リブロが本屋であったころ



15.『FACTA』(10月号)が細野祐二の「会計スキャン」として「RIZAPグループ―損失先送り経営」を掲載している。
 ライザップは上場9会社を持ち、前期も23社を企業買収しているが、その当期利益は大半が「負ののれん」によって占められているというものだ。これは専門的論稿にして、「ライザップへの質問と回答」などの掲載もあることから、実際に読んでもらうしかない。
 それは次のように結ばれている。

 「負ののれん」が当期純利益の大半を占めるライザップの財務諸表は会社の財務状況と経営成績を適正に表示しておらず、その利用は危険極まりない。


 『出版状況クロニクルⅣ』で、ライザップによる日本文芸社、本クロニクル118で、CD/DVDショップのワンダーコーポレーションの買収を取り上げてきているが、これらも同様の「損実先送り経営」の一環なのであろうか。
 やはり本クロニクル122で、大阪屋栗田を買収した楽天に関しても、細野が「非上場株で『膨らし粉』経営」だと指摘していることにふれているが、トーハン、日販の書店買収、CCC=TSUTAYAの出版社買収なども、同じような危惧を孕んでいるのではないだろうか。
 いずれも非上場ゆえに詳細に分析されていないけれど、取次を通さない直販誌『FACTA』と細野に、それらの「会計スキャン」を期待したいところだ。



16.『ジャーナリズム』(9月号)が「先の見えない時代 読み解くカギは読書にある!」として、「現在地を知る100冊」特集を組んでいる。

ジャーナリズム 沖縄の市場〈マチグヮー〉文化誌

 「現在地を知る」とのタイトル名は卓抜で、それに見合う多くの未読の本を教えられた。
 読んでいるのは多くなく、与那原恵の「『今』照らす古琉球以来の歴史―現在の沖縄問題を理解するための10冊」では、小松かおり『沖縄の市場〈マチグヮー〉文化誌』(ボーダーインク)だけだった。
 これから気になる本は読んでいきたいと思うが、『ジャーナリズム』で恒例のように挙げられていた出版に関する「現在地」が見当らないことに気づいた。何か事情でもあるのだろうか。
 その代わりといっていいのか、川本裕司「接続遮断は通史の秘密を侵害か 大規模漢詩の指摘、運用拡大も」が寄せられていた。この「サイトブロッキング」、コミックの海賊版サイトの問題に関して、本クロニクル120、121などでもふれ、その「通信の秘密」を侵害する「超法規処置」に疑問を表してきた。川本文は、政府の知的戦略本部の検討会議において、法制化強行を危惧する複数委員の批判と、それに対する反論が繰り広げられ、決議に至らなかったプロセスと事情を報告している。これは詳細レポートであるので、ぜひ読んでほしいし、その論議の行方を見守りたいと思う。
 「サイトブロッキング」問題は、「表現の自由」や「知る権利」と合わせ鏡になっているからだ。



17.前田雅之『書物と権力』(吉川弘文館)を読了した。

書物と権力

 今回、繰り返しふれてきた戦後出版システムの終わりではないけれど、実用、趣味、娯楽ではなく、教養を身につけるための読書、自分の中身を高めるための読書も、1990年代に終焉したと前田は述べている。それは明治末期から1980年代までは確かに存在していた。
 その起源は、中世における権門体制(院・天皇―公家・武家・寺家)を相互につなぐ文化的要素が中世エリート公共圏で、同時に「古典的公共圏」を形成していた。それが近代まで続き、「教養のコンセプト」となっていたのである。
 「古典的公共圏」の成立とは、古典、和歌を抜きにしての人間関係は考えられず、それゆえに書物と権力の問題がせり上がり、サブタイトルにある「中世文化の政治学」がオーバーラップしていく。そして「書物・知」をめぐる権力のネットワークが描かれ、あらためて中世における書物の位相を教示してくれる。
 だがそのような「書物・知」をめぐる教養的読書は20世紀において終焉し、今世紀を迎え、インターネットに置き換えられたということになるのだろうか。



18.今月の論創社HP「本を読む」㉜は「森一祐、綜合社、集英社『世界の文学』」です。