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古本夜話1370 新潮社「挿絵の豊富な小説類」と角田喜久雄『妖棋伝』

 これは前回の岩田専太郎編『挿絵の描き方』の巻末広告で知ったのだが、同じ昭和十年代に新潮社から「挿絵の豊富な小説類」が刊行されていたのである。それらの挿絵は岩田のほかに、林唯一、富永謙太郎、小林秀恒、志村立美が担っていて、まさに新潮社も「挿絵文化」を推進していた出版元だったことを示唆しているし、そうした出版状況下において、併走するかたちで『挿絵の描き方』は企画編集されていたのである。まずはそれらの「挿絵の豊富な小説類」を挙げてみよう。

 

1 吉川英治 岩田専太郎画 『新編忠臣蔵』
2 大佛次郎 岩田専太郎画 『海の女』
3 横溝正史 岩田専太郎画 『夜光虫』
4 片岡鉄平 小林秀恒画 『風の女王』
5 小島政二郎 小林秀恒画 『清水次郎長』
6 小島政二郎 志村立美画 『人妻椿』
7 角田喜久雄 志村立美画 『妖棋伝』
8 中村武羅夫 富永謙太郎画 『女よなぜ泣くか』
9 獅子文六 宮本三郎画 『胡椒息子』
10 坪田譲治 小穴隆一画 『子供の四季』
11 片岡鉄兵 岩田専太郎画 『火の匂ふ唇』
12 尾崎士郎 中川一政画 『人生劇場(全二冊)』


    

 これらのうちの10の坪田譲治『子供の四季』は入手し、すでに拙稿「坪内譲治と馬込文士村」(『古本探究2』所収)で書影も示し、小穴隆一による装丁、挿画、造本にも言及して、この小説を論じている。それもあり、古本屋で実物を買い求めていても、再度論じる必然性はないので、ここでは7の角田喜久雄『妖棋伝』を取り上げてみたい。その書影は八木昇『大衆文芸図誌』(新人物往来社)で見ているし、十代の頃に角田のファンだったこともあって、『角田喜久雄全集』(全十三巻、講談社、昭和四十五年)を架蔵しているからだ。また原田裕『戦後の東都書房と講談社』(「出版人に聞く」14)において、角田の将棋フリークぶりを教えられ、それが作品にも反映されていたと知ったことにもよっている。

 (文化書院版)  戦後の講談社と東都書房 (出版人に聞く)

 この『妖棋伝』に関して、簡略なストーリー紹介をするつもりでいたが、たまたま『日本近代文学大事典』の角田の立項のところに、簡にして要を得た『妖棋伝』解題が見出されるので、そちらを引いてみる。

妖棋伝 ようきでん 長編小説。「日の出」昭和一〇・四~一一・六連載。昭和一一・七、新潮社刊。享保初年を背景に、関白秀次にまつわる将棋の名器「山彦」のうち、失われた銀将四枚のゆくえをめぐってさまざまな人物が入り乱れ、謎が謎をよぶ形で話が発展する。内大臣今出川伊季の側室を自称する仙珠院、南町奉行所与力赤地源太郎、武尊流縄術の武尊守人、謎の人物縄いたちなど登場人物も多く、昭和十年代の伝奇小説の代表作とされる。

 ちなみに『日の出』は新潮社が昭和七年に創刊した大衆文芸誌で、『妖棋伝』だけでなく、先のリストのうちの1の吉川英治『新編忠臣蔵』、3の横溝正史『夜光虫』なども『日の出』連載で、この雑誌は未見だが、新潮社の挿絵の牙城だったのではないかと考えられるし、それが「挿絵の豊富な小説類」シリーズへと結実していったのであろう。

(昭和8年)

 最初に『妖棋伝』を読んだのは春陽文庫だったと思うが、後に桃源社の「大ロマンの復活」シリーズとして、伝奇文学の代表作国枝史郎『神州纐纈城』、小栗虫太郎『黒死館殺人事件』などと並んで『妖棋伝』も刊行されている。それは「大ロマン」のイメージも新潮社の志村立美による挿絵の造型に一役かったに相違ない。だが残念ながら桃源社版にしても、『角田喜久雄全集』第一巻所収の『角田喜久雄全集』にしても、志村立美の挿絵は復元されていないので、書影だけでなく、新潮社の本体を見てみないと断言できないけれど、このような時代小説の美本が古書市場に出ることは少なく、これからも古本屋の店頭で出合う可能性は少ないだろう。

(春陽文庫)(桃源社)

 ただそうはいっても、平凡社の戦後版『名作挿絵全集』第五、六巻は「昭和戦前・時代小説篇」「同・現代小説篇」に当てられ、それらの挿絵画家たちの作品を見ることができる。「挿絵の豊富な小説類」の挿絵画家たちは勢揃いしているし、前者には『妖棋伝』は見えていないが、その代わりに林不忘、志村立美画『丹下左膳』が「挿絵傑作選」のひとつに選ばれ、『妖棋伝』の挿絵のほうも彷彿とさせてくれる。

名作挿絵全集〈第6巻〉昭和戦前・現代小説篇 (1980年)  

 それに加えて、渡辺圭二「聞き書」として、志村立美「私の挿絵五十年」も収録されている。志村の言によれば、美人画の山川秀峰門下で、昭和に入ってから博文館や講談社の挿絵の仕事が回ってくるようになった。そして挿絵を描いていた岩田専太郎や小林秀恒たちとの交流が始まり、三羽烏と称され、挿絵倶楽部(後の出版美術家連盟)の成立につながるという「大衆文学隆盛期の挿絵画家」環境が語られる。そして自らの挿絵の代表作として『丹下左膳』、先のリストの6の小島政二郎『人妻椿』を挙げているが、どうしてなのか、『妖棋伝』には及んでいない。それだけに先の解題にあった登場人物たちがどのように描かれたのか、想像をたくましくしてしまうのである。

 またあらためて『妖棋伝』を読み、複雑なストーリーと赤地源太郎や縄いたちのキャラクターにふれ、そこには明らかに『近代出版史探索Ⅲ』426の生田蝶介『島原大秘録』三部作の影響が感じられた。この三部作は未知谷によって復刊され、私はその第三巻『原城天帝旗』(平成八年)の解説を書いている。

原城天帝旗 (島原大秘録)

 なお角田のほうは『妖棋伝』の好評と映画化も相乗し、『髑髏銭』(春陽堂)『風雲将棋谷』(矢貴書店)が続き、伝奇時代小説の第一人者となっていくのである。

   


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