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古本夜話1416 吉田孤羊編著『啄木写真帖』

 前回、耕進社の既刊書リストを掲載したが、その中に吉田孤羊編『啄木研究文献』があり、私も二十年以上前に彼の編著『啄木写真帖』を入手していたことを思い出した。

啄木寫眞帖

 それは函入の桝形本で、昭和十一年に改造社からの刊行である。当時の啄木研究や詩人、作家論の出版に関して語るほどの資格はないけれど、この『啄木写真帖』は先駆的なビジュアル文学アルバムといっていいし、本探索でもしばしば参照している筑摩書房の「近代文学アルバム」シリーズの範となったように思われる。

 まず口絵写真として、啄木と郷里を同じくする五味清吉の描いた肖像がカラーで掲げられ、啄木の『ローマ字日記』をもじって、土岐義善麿が『HASHIGAKI』をローマ字で寄せている。続けて献辞を捧げられている金田一京助が「序」を記し、「吉田孤羊君の啄木写真帖が愈ゝ出来上るといふので校正刷を見せられた。超人的努力の二十年、真に驚嘆に値する業績である」と述べている。

 そうした金田一の言は啄木研究に限らず、まだ「写真帖」といったコンセプトの文学研究が出現する気配のなかった事実を告げているのだろう。それゆえにこそ、この「写真を以てしたところ石川啄木一代絵巻」は啄木と苦楽をともにした金田一にとって「魔法の書のやうな本」に他ならず、「写真帖として、一人の詩人を主題に、斯様に編纂されたこと」は「文学史料としても後代に定めし重んじられる文献となる」というオマージュを捧げている心情を了承してしまう。

 その内容を繰ってみれば、啄木の生涯が「故郷」「北海道漂泊」「東京」の三部仕立てでたどられ、二四一の地図、写真、スケッチ、作品、書簡などが図版として配置されている。「故郷」を見てみると、岩手県地図に続いて、啄木の故郷の玉山村と澁民村の地図が置かれ、ふたつの村の風景写真が並ぶ構成で、そのようにして啄木の生誕から始まっていく。私にとって興味深かったのは「北海道漂泊」のセクションで、啄木に関連する函館、札幌、小樽、釧路の写真や図版とともに、その「漂泊」がたどられ、わずか二年ほどだったにもかかわらず、彼の北海道時代の痕跡が多く残されていることに気づかされた。かつて『震災に負けない古書ふみくら』(「出版人に聞く」6)の佐藤周一が啄木の場合、故郷の岩手よりも、北海道のほうが人気も高く、研究も盛んだと語っていたことを思い出す。
 
震災に負けない古書ふみくら―出版人に聞く〈6〉 (出版人に聞く 6)

 「東京」のほうは、私も以前に「洋書店中西屋」(『書店の近代』所収)を書き、関川夏央・谷口ジロー『かの蒼空に』(『「坊ちゃん」の時代』第三部、双葉社)を援用し、そこに登場する啄木を取り上げている。彼はこの中西屋で、洋書のオスカー・ワイルド『芸術と道徳』を買い求めている。これは実話であり、『啄木写真帖』にも神田の中西屋は出ているのではないかと期待したが、残念ながらそれを見出だせなかった。この中西屋は大正九年に丸善に吸収されているので、もはや写真が残されていなかったからだとも考えられる。

書店の近代―本が輝いていた時代 (平凡社新書)  「坊っちゃん」の時代(第三部)

 それらのことはともかく、金田一に二十年に及ぶ「真に驚嘆に値する業績」といわしめた『啄木写真帖』編集者の吉田孤羊とはどのような人物なのか。意外なことに『日本近代文学大事典』に立項が見出された。

 吉田孤羊 よしだこよう 明治三五・三・一一~昭和四八・五・一六(1902~1973)新聞、雑誌記者、啄木研究家。盛岡生れ。本名徳治。福音英語中退。少年時代社会主義団体に加盟し、岩手毎日新聞、中央新聞学芸部長を経て、改造社に入社。その間に三種の啄木全集(改造社)を編集。昭和二十年帰郷。岩手県立図書館、盛岡市立図書館長を歴任。四二年度河北文化賞受賞。主著に『啄木を繞る人々』(昭和四・五、改造社)『啄木研究の先駆』。
(『啄木を繞る人々』)

 どのような経緯があって改造社に入社したかは不明だが、改造社の第一期の『石川啄木全集』全五巻は円本時代の昭和三年の刊行なので、おそらくこの全集の編集のためであり、『啄木写真帖』の奥付裏の『石川啄木全集』全六巻は第二期、それは『啄木写真帖』の資料収集も含め、昭和十三年の第三期全十巻へと引き継がれ、増補新編版へと結実していったと推測される。そしていずれにしても、戦後の啄木の全集や作品集はこの吉田の改造社版をベースにして企画編纂されていったのであろう。

 その奥付裏には改造文庫も含めた改造社の啄木の著作が並び、昭和に入ってからの啄木の人気が衰えていなかったことを伝えているし、そこには吉田の『啄木を繞る人々』、土岐善麿『啄木追懐』に加え、遠地輝武『石川啄木の研究』も並んでいる。遠地は耕進社の『近代日本詩の史的展望』の著者であり、啄木と吉田を通じて耕進社とも結びついたと思われる。

  


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