本探索1407の山室静と耕進社の関係については『近代出版史探索Ⅱ』208、214で言及し、山室を通じて耕進社から矢野文夫訳『悪の華』が出版の運びとなったこと、及び山室たちのリトルマガジン『明治文学研究』が刊行されたことを既述しておいた。その際に、耕進社が須合慶治という小さな印刷所を兼ねた人物によって営まれていたことにもふれたけれど、耕進社の書籍は入手しておらず、この版元の出版物の全容は把握されていなかったし、その後もずっと古本屋で出合うこともなかった。
ところが最近になって所用で静岡に出かけ、あべの古書店にも立ち寄ったところ、耕進社の書籍を見出したのである。それはD・H・ロレンスの『翼のある蛇』下巻で、亀井常倉、大石達馬共訳、昭和十一年の刊行だった。四六判並製ながら、上巻からの通しページは九二四ページに及び、同時代に三笠書房から『翼ある蛇』(西村孝次訳)が出されているが、耕進社版のほうが本邦初訳ではないかと思われた。ただ亀井と大石の二人の訳者はプロフィルが判明せず、それ以後のロレンスの翻訳者の中にも見当たらない。
だが訳者の「下巻発行に序す」によれば、中村喜久夫の企画によって、昭和三年頃から『ロレンス全集』の翻訳が進められてきたが、それが頓挫したこともあり、最後に着手した『翼のある蛇』が刊行に至ったようだ。それは完結しなかったけれど、昭和十一年に三笠書房から『ロレンス全集』が刊行され始めたことによるのだろう。
( 三笠書房)
ちなみにそこで謝辞が捧げられているは中村の他に西脇教授、木下常太郎、耕進社の須合で、もちろん西脇教授は西脇順三郎のことであろう。中村と木下はその門下にあり、後者は『近代出版史探索Ⅲ』597で健文社のロレンスの『処女とジプシー』の訳者として挙げておいたように、中村の『ロレンス全集』は健文社の企画だったと思われる。しかし三笠書房に先を越されたために中止となってしまい、『翼のある蛇』だけが耕進社から刊行されたのではないだろうか。
これらのことも『翼のある蛇』を入手して判明したことだが、奥付を見ると、発行者の須合の住所が本郷区駒込動坂町、発行所の耕進社、印刷所の耕進社印刷部も同様で、耕進社の須合が印刷者も兼ねていたことを裏付けている。おそらく赤塚書房も同じ業態だったと推測される。どうしてこの装幀が川路柳虹によって担われていたのかも、巻末二ページに掲載されている既刊書リストを見て了解されるのである。それらを挙げてみる。例によって番号は便宜的に振ったものである。
1 | 二宮伊平 | 『少女行進曲』 |
2 | 平井房人 | 『宝塚花束』 |
3 | 諏訪三郎 | 『嵐の花』 |
4 | 三枝劉二 | 『石見風雲双紙』 |
5 | 山本夏彦訳 | 『少年探偵エミイル』 |
6 | 児童文学研究会編 | 『現代童話集』 |
7 | 山本和夫 | 『未完成交響楽』 |
8 | 清水ちとせ | 『抒情詩集 野の小径』 |
9 | 高瀬毅訳 | 『ジョセイン・ベーカーの秘恋』 |
10 | 田村隆治 | 『人間弘法物語』 |
11 | 松井好夫 | 『ボオドレエルの病理』 |
12 | 遠地輝武 | 『近代日本詩の史的展望』 |
13 | 佐伯郁郎 | 『詩集極圏』 |
14 | 矢野文夫訳 | 『悪の華』 |
15 | 松井好夫訳 | 『人工楽園』 |
16 | 式場隆三郎訳 | 『印象派画家の手紙』 |
17 | 川路柳虹 | 『詩学』 |
18 | 阪本越郎 | 『詩の周囲』 |
19 | 山室静訳 | 『アリエル(シエリイの生涯)』 |
20 | 太田咲太郎訳 | 『アンタレス(マルセル・アルラン小説集)』 |
21 | 加藤信也訳 | 『ニイチエ研究』 |
22 | 原田芳起 | 『日本小説史概説』 |
23 | 早稲田文学ロシア文学会編 | 『ロシア文学研究』 |
24 | 吉田孤羊編 | 『啄木研究文献』 |
25 | 明治文学談話会編 | 『明治文学研究(合本)』 |
26 | 山室静編 | 『クオタリイ日本文学』 |
27 | 冠松次郎 | 『破片岩』 |
28 | 小熊秀雄 | 『小熊秀雄詩集』 |
これらに『翼のある蛇』やその他のものも加えることができるだろうし、おそらく三十点以上の書籍が刊行されたことになる。ただ『翼のある蛇』の二人の訳者たちだけでなく、ここに並んでいる著者たちも半分くらいは初めて目にする人たちだ。それでも17の川路の名前を見て、ロレンスの訳書の装幀の所以がわかるのだが、その一方で、山本夏彦訳『少年探偵エミイル』に至っては、ここでしかお目にかかれないように思われる。また28の『小熊秀雄詩集』のことは『近代出版史探索Ⅱ』290で言及している。それに19、25、26などからは耕進社と山室の関係が深かったことが伝わってくる
それに加えて意外だったのは奥付に示された大売捌店で、東京は栗田書店、東京堂、北隆館、東海堂、大阪は盛文館、瞭文館、登美屋、名古屋は川瀬書店、京都は新生堂、広島は金正堂、久留米は菊竹金文堂、新潟は考古堂、横浜は有隣堂が挙げられている。これは雑誌というよりも、書籍の流通販売をメインとする取次の全国的配置で、いずれも書店を兼ねた地方取次を流通販売ルートとしていたことになる。
このような「大売捌店」=取次の選択と口座開設は耕進社が印刷所も兼業する単なる出版社だけだったのではなく、営業に通じたスタッフの存在、しかもプロレタリア雑誌や書籍の流通販売にも通じていた人物が介在していたことを浮かび上がらせている。そうでなければ、これだけの書籍点数を刊行することは難しかったであろう。耕進社の最後までは見届けていないけれど、『翼のある蛇』を見つけたことで、これらの事実を確認できただけでもよかったと思う。
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