出版・読書メモランダム

出版と近代出版文化史をめぐるブログ

出版状況クロニクル183(2023年7月1日~7月31日)

23年6月の書籍雑誌推定販売金額は792億円で、前年比8.1%減。
書籍は420億円で、同4.7%減。
雑誌は371億円で、同11.7%減。
雑誌の内訳は月刊誌が313億円で、同11.1%減、週刊誌は58億円で、同15.0%減。
返品率は書籍が41.5%、雑誌が48.4%で、月刊誌は41.6%、週刊誌は48.4%。
いずれも40%を超える高返品率は2ヵ月連続で、月を追うごとに売上が落ちこみ、それが返品率の上昇へとリンクしているのだろう。
それだけでなく、売上の低迷による書店返品の増大、及び書店閉店で生じる返品量も重なっていると判断できよう。


1.出版科学研究所による23年上半期の出版物推定販売金額を示す。
 

■2023年上半期 推定販売金額
推定総販売金額書籍雑誌
(百万円)前年比(%)(百万円)前年比(%)(百万円)前年比(%)
2023年
1〜6月計
548,151▲8.0328,416▲6.9219,735▲9.7
1月77,673▲9.047,441▲7.030,232▲11.9
2月99,792▲7.663,424▲6.336,368▲9.7
3月137,162▲4.790,558▲4.146,604▲5.7
4月86,595▲12.848,350▲11.638,245▲14.2
5月67,725▲7.736,625▲10.031,101▲4.9
6月79,203▲8.142,019▲4.737,185▲11.7

 上半期の出版物推定販売金額は5481億円、前年比8.0%減、書籍は3284億円、同6.9%減、雑誌は2197億円、同9.7%減。
 これに高返品率を重ねれば、下半期は最悪の出版状況を招来しかねないところまできているように思われる。
 ちょうど1年前の本クロニクル171において、取次と書店は体力の限界にきていると指摘しておいたが、まさに正念場を迎えているといっても過言ではない。



2.『出版指標年報2023』が日本出版インフラセンター、書店マスタ管理センターによる、23年3月28日時点の書店総店舗数は1万1149店、前年比457店減、坪あり店舗数は8478店、同328店減というデータを報告している。

shuppankagaku.shop-pro.jp

 つまり実質的に書店は1万店どころか、8500店を下回っていることになり、1960年代の2万6000店の4分の1になってしまったことになる。
 しかも6月の書店閉店数は62店に及び、TSUTAYAの大型店7店の他に、西友の9店が目立つ。前者は複合型書店、後者はスーパー内書店がもはやビジネスモデルとしての限界状況にあることを告げている。こうした閉店状況はまだ続いていくことは必至で、年内には8000店を割りこんでしまうだろう。
 トップカルチャーが不採算の10~20店を閉店、八重洲BCの赤字1.9億円なども伝えられている。



3.名古屋のちくさ正文館が7月末で閉店。
 『中日新聞」を始めとして、多くの記事などが出されているが、出版業界の切実な声を代表するものとして、「地方・小出版流通センタ通信」(No.563)を引いておく。

「3月の通信で、鳥取の定有堂の閉店を伝えましたが、今度は、名古屋の老舗ちくさ正文館の閉店(7月末)を伝えることになるとは思いもよりませんでした。当センター発足以来、扱い出版物に注目し、数多く仕入れてくれていた書店です。人文書を中心とした品揃えには定評があり、全国に知れ渡っていました。1961年創業で、約400平方メートルの店内に6万冊の本が並んでいます。古田一晴店長の仕入れの眼が光り、研究者や文筆家にも一目置かれてきました。約20年前から売り上げが縮小、建物の老朽化、諸経費の高騰、コロナ禍による来店者減が追い討ちをかけ、閉店を決めたそうです。寂しく、残念です。」

 閉店に合わせて皮肉な偶然といえるかもしれないが、古田一晴『名古屋とちくさ正文館』(「出版人に聞く」11)は重版したばかりで、在庫がある。読んで頂ければ、古田とちくさ正文館閉店に際しての何よりの手向けとなろう。
名古屋とちくさ正文館―出版人に聞く〈11〉 (出版人に聞く 11)



4.日販グループで書店事業を担うブラス、リブロプラス、積文館書店、Y・spaceの4社は10月1日付で合併し、新たにNICリテールズを設立。
 同グループのいまじん白揚も含め、出版社やメーカーの仕入取引窓口は新会社に一本化されるが、各社の屋号は継承し、教科書販売と図書館業務は既存法人が存続して継承する。

 前回の本クロニクルで、日販の小売り事業の営業赤字が1億5800万円だと既述しておいたが、4社の書店事業と仕入取引窓口の一本化によって、少しでも正味を改善しようとする試みであろう。
 しかしそのかたわらで、不採算店は増え続けるだろうし、店舗リストラは避けられず、その閉店に伴うコストは多大なものとなってしまうだろう。
 それでいて、教科書販売は既存法人が存続して担うということになり、これも奇妙な会社分割のかたちであり、各都道府県の教科書取次会社との関係はどうなっていくのだろうか。



5.CCCの第38期決算は703億600万円、前年同期比2.1%減、営業利益は前期比2倍の13億2200万円、経常利益は13億4700万円、(同46.1%減)。特別利益は216億300万円、特別損失123億9800万円、当期純利益は105億3600万円で、2期連続100億円を超えた。
 連結売上高は1086億7700万円、同40.3%減、営業利益は11億4200万円、同23.3%増の減収増益。特別損失は216億7400万円、純損失は129億9600万円、前期は98億3600万円の黒字。

 これは『文化通信』(7/4)の記事に基づくが、このようにCCCが決算を公表したのは初めてではないだろうか。
 この決算データに象徴されるように、CCCとその周辺が喧しい。前回の本クロニクルで、CCCと三井住友フィナンシャルグループの「Vポイント」、CCC、紀伊國屋、日販の新たな取次別会社設立発表、CCCの最大のFCトップカルチャーの日販からトーハンへの帳合変更を伝えている。
 今月もCCCはU-NEXTと提携し、動画配信なども利用できるサービス「TSUTAYAプレミアNEXT」を開始し、その子会社カルチュア・エンタテインメントは雑誌『季刊エス』『SS(スモールエス)』をパイインターナショナルに事業譲渡し、また学研HDと資本業務提携契約を締結している。
 CCC=TSUTAYA、日販とMPDはどこに向かっているのか。
 その後MPDはFC事業と卸事業を統合した新たな共同事業会社カルチュア・エクスペリエンスと社名変更し、10月1日に始動と発表した。 



6.書協の会員社の近刊情報誌「これから出る本」は12月下期号で休刊。
 22年度は23回発行し、合計掲載点数は2955点、のべ出版社数947社、1号あたり平均販売部数は8万1000部で、掲載点数と販売点数の長期的減少に歯止めがかからなかった。

 正直にいって、まだ出ていたのかという感慨しか浮かばない。
 1976年の創刊であるから、よくぞ半世紀も続いたというべきだろう。



7.『読売新聞オンライン』(6/26)によれば、北九州市の市立若松図書館の指定管理者である日本施設協会が、22年度の貸出冊数を水増し、不正に2万冊増やしていた。
 他の市立図書館管理者の選にもれたことが原因で、危機感から不正を行なったという 。

 本クロニクル181で、図書館個人貸出数が21年の5.4億冊に対し、22年は6.2億冊と回復していることにふれておいた。20年は6.5億冊だったのである。
 若松図書館のような不正貸出冊数の増加による回復とは思えないにしても、実際に多くの図書館で、そうした改竄が行なわれれば、確かに数字は変わってしまうだろう。
 『私たちが図書館について知っている二、三の事柄』では日本施設協会を挙げていないけれど、全国的に見るならば、それこそ私たちが知らない指定管理者も多く存在していると考えられる。
 



8.『FACTA』(8月号)が井坂公明「『夕刊廃止』へ舵切った日経新聞」を発信している。

facta.co.jp

 新聞の夕刊廃止に関しては、本クロニクル177で、『静岡新聞』が3月末での夕刊廃止を伝えておいた。同紙はセット購読だが、朝、夕刊ともに50万部を超え、地方誌では唯一の存在ではないかとされていた。それが購読料3300円のままで夕刊を廃止したところ、どうなったのかを記しておきたい。
 私は『朝日新聞』をとっているのだが、郵便と重なるので、新聞配達のバイクとよく出会う。すると『静岡新聞』の夕刊廃止以来、夕刊の配達部数が月を追うごとに少なくなり、現在ではバイクのカゴの夕刊がかつての5分の1以下に減ってしまった。いやそれ以上かもしれない。そのために配達時間が30以上早くなってきている。
 そこで注視してみると、近隣で夕刊をとっているのは私だけになってしまったようなのだ。隣人も『静岡新聞』をとっていたけれど、夕刊廃止に伴い、この際だから止めてしまったとのことで、どうもそれが周囲でも連鎖して起きたようなのである。だから県全体で考えれば、朝刊も同様に減少したはずだ。
 また別のところで、新聞配達の人の収入が急速に減り、他にもアルバイトをしないとやっていけないとの声も聞こえてきた。
 これは地方紙『静岡新聞』夕刊廃止がもたらした卑近な例だが、全国紙の場合はどうなるのだろうか。



9.『世界』(8月号)で、最後の編集長渡部薫が「『週刊朝日』のカーテンコール」を語っている。 
 渡部によれば、編集長に就いた2021年4月時点で、「収益悪化の構造はすでに限界」であり、「刷れば刷るほど赤字」の状態に陥っていたという。

世界 2023年8月号

 前回の本クロニクルでも、『週刊朝日』休刊にふれているが、この渡部の言を凋落してしまった雑誌状況に当てはめてみれば、「収益悪化の構造はすでに限界」に達し、「刷れば刷るほど赤字」の雑誌も多くあると推測できよう。
 そのことに関連して、渡部の別の言も引いてみる。
「メディアの終焉は、そこで働く契約スタッフにとって職場の消滅ということだ。週刊朝日では「常駐フリー」と呼ばれる業務委託契約記者一三人とも契約を打ち切った。三〇年以上、携わったデザイナーも、DTPも、校閲にも、大きな犠牲を強いた。私も出来得る限りの伝手(つて)を頼ったが、芳しい結果につなげられなかった(後略)」
 そういうことなのだ。現在の出版業界において、ひとつの雑誌の終わりは多くの難民にも似た存在を派生させてしまうし、次なる雑誌を見つけることが困難になっている。
 それは出版社のみならず、取次や書店においても同様であるのだ。



10.書店で『昭和40年男』(8月号)が特集「俺たちの読書」、『クロワッサン』が特別編集「すてきな読書」であるのを見つけ、購入してきた。

昭和40年男 2023年8月号 Vol.80  クロワッサン特別編集 大人の知的好奇心を刺激する すてきな読書。 (MAGAZINE HOUSE MOOK)

 私は『昭和40年男』を初めて買ったが、「Born in 1965」ではないけれど、昭和40年代を学生として過ごしているので、このような切り口の読書特集もあることを教えられた。
 好企画だと思うし、これは本クロニクル178で既述しておいたが、『昭和40年男』がヘリテージに継承され、の『週刊朝日』と異なり、休刊にならなくてよかった。
 この特集には編集者たちのそうした思いも反映されているはずだ。またここに出てくる『人間の証明』の森村誠一の死も伝わってきた。

 『クロワッサン』のほうで読んでいたのはラーラ・プレスコット『あの本は読まれているか』(吉沢康子訳、創元推理文庫)の一冊だけで、この特集分野における不明を恥じるしかない。
 そういえば、『あの本は読まれているか』はパステルナークの『ドクトル・ジヴァゴ』のことなので、DVDは観てみようと思っているうちにすでに半年が経ってしまった。
 そのようにして、老いの時間は過ぎていくのだろう。

あの本は読まれているか (創元推理文庫 Mフ 39-1)  ドクトル・ジヴァゴ (『ドクトル・ジヴァゴ』) ドクトル・ジバゴ アニバーサリーエディション [WB COLLECTION][AmazonDVDコレクション] [DVD]



11.岩田書院から『図書目録』と共に、「創立30周年記念謝恩セール本体価格の2割引+税」の案内が届いた。 
 そこには「新刊ニュース裏だより」(2023・06)も添えられ、次のように記されていた。

 現在の在庫総冊数は76,000冊。毎月の倉庫代だけでも30万円。このほか、取次店への出荷と、個人直送や、新刊の献本発送まで倉庫会社に依託しているので、その経費も含めると、毎月50~60万円になります。
 年間の売上げが1億円以上あったときは、この経費はそれほどの負担ではなかったのですが、いまは年間売上げが5000万円以下になっているので、かなりの負担になっています。そこで、この際、一気に在庫を減らしたい。事情をご理解ください。

 岩田書院は1993年に創業し、「ひとり出版社」ならではの歴史、民俗書を中心として、2023年6月時点で、トータルして1161点を刊行している。
 あらためて目録を繰ってみると、こういう言い方は適切ではないけれど、岩田書院がなければ上梓できなかったであろう多くの研究書、史資料を目にする。
 とりわけ地方の歴史、民俗研究者にとって、岩田書院は頼りになる版元であっただろうし、私の知人たちも実際に世話になっている。
 だがその岩田博も23年に「人生で初めて入院・手術」とあり、「次のセールは、岩田書院の廃業時期になるかもしれない。それは、いつ?」ともらしていることも付記しておこう。



12. 駒場の河野書店から暑中見舞代わりにと、明治古典会『七夕古書大入札会』目録を恵送された。

 その1の「文学作品」は近代文学の初版が勢揃いし、目の保養をさせてくれる。それはともかく意外だったのは3の「漫画・アニメ」で、明治古典会でも、これらが不可欠の分野になってきているのだろう。
 これは最近の古本屋の光景だったが、筑摩書房の『明治文学全集』の多くが50円均一で売られていたことに対し、通常のコミックのほうは100円となっていたことにはいささか驚かされた。
 だがそれが現在における出版物の事実なのだ。
明治文學全集 1 明治開化期文學集(一)



13.坂本龍一追悼特集が『新潮』『芸術新潮』『キネマ旬報』などで組まれている。

新潮2023年08月号  芸術新潮 2023年5月号  キネマ旬報 2023年6月下旬号 No.1924

 しかし誰も坂本が出版社を立ち上げていたことにはふれていないので、そのことを書いておく。
 坂本は1984年に本本堂という出版社を興し、冬樹社を発売元とし、高橋悠治との共著『長電話』やカセットブックを刊行し、本格的な出版活動にも乗り出すつもりでいたようだ。
 そのための出版企画、刊行予定書目として、『本本堂未刊行図書目録』(「週刊本」シリーズ、朝日出版社)も出されたのだが、実現に至らなかった。その未刊行本リストは80年代を象徴している。興味があれば、そちらを見てほしい。

長電話



14.平凡出版(現マガジンハウス)の木滑良久が93歳で亡くなった。
 彼は『週刊平凡』『平凡パンチ』『an・an』などの編集長を務め、『POPEYE』や『BRUTUS』を創刊している。

 前回の本クロニクルで、『アンアン』創刊号に携わって椎根和の『49冊のアンアン』に言及したが、平凡出版こそは戦後の高度成長期とともに歩んだ雑誌出版社であり、自由でアナーキーなひとつの「想像の共同体」だったようにも思える。
 木滑や椎根はその体現的な存在であった。
 たまたま木滑とほぼ時を同じくして、義母が96歳で亡くなり、その遺品の書籍に混じって『週刊平凡』最終号(1987年10月6日号)があり、もらってきた。
 義母は木滑と同世代ではあるが、『週刊平凡』を愛読していたとは思えない。だがこの雑誌はその時代を共有するものだったと考えられる。
 このようにして、かつての「国民雑誌」の時代も終わっていくのであろう。

49冊のアンアン  



15. 新聞の訃報記事で、漫画家、タツノコプロ元社長の九里一平の83歳の死を知った。

 ミラン・クンデラの死について書くつもりでいたが、ここでは久里にふれておきたい。おそらく私しか書かないと思われるからだ。
 九里のことは小学生の頃に読んだだけで、ずっと失念していたのだが、川内康範原作『アラーの使者』の漫画家だったのである。
 それを確認したのは2010年に刊行された『アラーの使者(完全版)』(「マンガショップシリーズ」359、パンローリング発売)によってだった。
 なぜこの『アラーの使者』に注視したかというと、川内こそは戦前のスメラ学塾の通俗的な後継者であり、それがタイトルに象徴されているからだ。ちょうど五味康祐が日本浪曼派の後継者だったように。 それゆえに漫画であったにしても、19550年代における川内と九里のコンビはそれなりの時代的意味が秘められていたのではないだろうか。
 だがこの頃、「マンガショップシリーズ」を書店で見かけない。どうなったのであろうか。

アラーの使者〔完全版〕 (マンガショップシリーズ 359)



16. 『新版 図書館逍遥』は7月上旬発売。
新版 図書館逍遙
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『近代出版史探索Ⅶ』は編集中。

 論創社HP「本を読む」〈90〉は「桜田昌一『ぼくは劇画の仕掛人だった』」です。
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