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古本夜話1432 ゴルゴ13、外浦吾郎原作、さいとうたかを「毛沢東の遺言」

 前回、アグネス・スメトレーの高杉一郎訳『中国の歌ごえ』がもたらした広範な分野への影響にふれたが、それは著者や訳者も思いもかけなかったであろうコミックへも及んでいるのである。

   

 昭和五十六年にさいとう・たかをはゴルゴ13を主人公とする「毛沢東の遺言」(『毛沢東の遺言』所収、「ゴルゴ13」51、リイド社)を発表している。このストーリーを紹介しよう。舞台は北京から始まる。中国は文化大革命と四人組の追放を終え、近代化という資本主義への道を進み始めていた。その中で中国革命の巨星だった毛沢東、周恩来、朱徳たちが次々と没し、生存している数少ない指導者の一人が葉剣英であった。彼は病床にあって、弁公室(国方情報局)の幹部を呼び寄せ、毛沢東の遺言を語る。それは「もう一度小東郷に会ってみたい。小東郷を探せ……」という最後の言葉で、その遺言を実行するのは毛の戦友、同志だった自分の義務だと思っていると葉は述べる。

 一九四四年夏の北州河の戦闘において、葉はその指揮をとり、日本の広東軍を壊滅寸前まで追いつめ、白兵戦となっていた。その中でただ一人、三歳ぐらいの子供が銃を撃ち続けていたので、葉は殺さずに捕獲するように命じた。捕えられてきた子供に名前を聞くと、小東郷と名乗り、日本人の子だった。その子は生まれながらに身につけた不思議な力を感じさせ、毛のいる延安に連れていくと、毛はひどく興味を示し、「じつに不思議な子だ……」、ひょっとしたら、この子は万能の人間になれるかもしれないので、そのように育て、「そのためのあらゆる教育を施して」みることになった。

 そして、この小東郷は延安の八路軍基地で英才教育を受けることになり、賀竜が銃と馬術と格闘技のサバイバル技術を受け持ち、林彪が戦略や戦術理論と技術、陳伯達が語学と科学技術、周恩来は不屈の精神を教えた。小東郷は天才児で、それらのすべてを理し、戦闘機械にもなっていった。しかし藍蘋=後の江青夫人が毛の子供ではないかと疑い、その出生を探りにかかると、小東郷は消えてしまったのである。残されたのは小東郷の写真と彼が身につけていたドクロの紋章で、それは三十五年前のことだった。葉はそれらの小東郷の「記念品」を渡し、「毛沢東の遺言」を実行するように命令する。

 これはまだ「毛沢東の遺言」のイントロダクションにすぎないし、この続きは実際に読んでほしいので、ストーリーの紹介はここで止める。ただここまでの人物紹介で、小東郷という日本人の「天才児」の教育に携わった延安の革命家たちが登場していることを了承されるだろうし、『中国の歌ごえ』には陳伯達を除いて、全員が出てくる。葉剣英、賀竜、林彪、周恩来、朱徳、もちろん毛沢東も。スメドレーは『偉大なる道』(阿部知二訳、岩波文庫)という朱徳伝も著していることからすれば、『毛沢東の遺言』の実行を命じるのは葉剣英ではなく朱徳のほうがふさわしかったと思われる。しかし朱徳はすでに没していたので、葉がその役に当てはめられたのであろう。またこれはクロージングシーンにおいて明かされるのだが、賀竜もまた弁公室に同じ依頼をしていたのである。

  偉大なる道 上―朱徳の生涯とその時代 (岩波文庫 青 429-1)

 ところで小東郷のモデルはということになるけれど、それは『中国の歌ごえ』の扉写真にスメトレーと並んでいる少年、スメトレーが「私の中国人の息子」として一章を割いている少年ではないだろうか。この少年はスメドレーの世話や当番をする「小鬼」であり、彼は小東郷ならぬ沈国華という名前で、乞食をしていたが、貧乏人の軍隊があることを知り、ゲリラになりたいと思い、まずはその当番となったのだ。スメドレーは彼に勉強を教え、シラミの駆除をし、様々な世話をし、彼から「あんたは、僕のおとうさんで、おかあさんだ」といわれるようになった。スメドレーは彼を養子にまでしようとしたが、沈国華のほうは軍隊に残ることを望んだのである。

 さてこのさいとう・たかをの「毛沢東の遺言」の原作は外浦吾郎=後の船戸与一で、彼は『中国の歌ごえ』をベースにして、中国革命の中からゴルゴ13ルーツ譚を紡ぎ出してきたことになる。弁公室員はいう。ロシア革命と中国での日本による超高度東洋種族創出所という「20世紀の暗闇の歴史が、ゴルゴ13という殺人機械を生み出したんだとは思われませんか!?」と。それに重なって、アグネス・スメドレーを父母とする沈国華が小東郷へとイメージが転換させられる。それがまさに現代史といいたげに。

 これらの外浦によるゴルゴ13原作と現代史の交錯に関しては拙著『船戸与一と叛史のクロニクル』(青弓社)で、その全作を挙げて言及している。船戸もすでに鬼籍に入ってしまったが、若き日の『中国の歌ごえ』との出会いもあって、中国を舞台とする『流砂の塔』(朝日新聞社、平成十年)も成立しているように思われてならない。

船戸与一と叛史のクロニクル   流沙の塔〈上〉


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