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古本夜話1448 クロポトキン、高杉一郎訳『ある革命家の手記』

 高杉一郎の訳業として、クロポトキンの『ある革命家の思い出』を忘れるわけにはいかない。これは昭和三十七年に平凡社から刊行された『世界教養全集』26に収録されたもので、その後『ある革命家の手記』と改題され、五十四年には岩波文庫の本となっている。

   

 私が所持する同巻は昭和四十四年十版で、R・グレーブス『アラビアのロレンス』(小野忍訳)が併録され、三十七年のディヴィッド・リーン監督、ピーター・オトール主演『アラビアのロレンス』の公開をふまえても、このような全集としての版の重ね方は信じられない思いを促す。『ある革命家の思い出』にしても、『アラビアのロレンス』にしても、そうした「教養」を必要とする時代だったことを示しているのだろうか。

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 それに加えて、「月報」に掲載されていた大沢正道の「クロポトキンの葬式」も忘れ難い。一九二一年二月のクロポトキンの死に際し、ボリシェヴィキ政府からの国葬の申し出を拒否し、アナキストを主とする葬儀委員会によって行われた葬儀には黒旗がひるがえり、多くの人々が連なり、それはボリシェヴィキ独裁に対する最後の大デモンストレーションであったという。

 それらはともかく、今回あらためて岩波文庫版『ある革命家の手記』を読み、これが高杉の『極光のかげに』をくぐりぬけた深い視座に基づく翻訳だと実感したし、それは平凡社版の『ある革命家の思い出』を読んだときには思い至らなかったものである。そうした事柄を含め、言及していくととめどがなくなってしまうので、本探索と関連する事柄にしぼりたい。本来であれば、クロポトキンと『近代出版史探索Ⅶ』1289の『エマ・ゴールドマン自伝』、及び二人の交流、第一次世界大戦に関する意見の相違にふれるべきかもしれないが、ここでは彼をゾラと「ルーゴン=マッカール叢書」の同時代人として考えてみたい。

   エマ・ゴールドマン自伝〈上〉 エマ・ゴールドマン自伝〈下〉

 ちなみにクロポトキンは一八四二年、ゾラは四〇年生まれで、没年こそ一九二一年と〇二年とかなり異なるけれど、後者は事故死であり、存命であれば、前者と同じほどの寿命を保ったとも思われるし、ともに革命家、小説家として同時代を生きていたのである。

 一八七二年にクロポトキン初めての西ヨーロッパの旅にのぼり、サンクト・ペテルブルグから汽車でドイツを抜け、スイスへ入った。当時のチューリッヒはロシアの男女学生であふれ、大学の近くにはロシア人街までが形成されていた。彼がスイスにやってきたのは国際労働者協会(第一インターナショナル)のことを調べるためだったし、第四部「サンクト・ペテルブルグ―」で次のように述べている。

 当時、協会は発展の絶頂にあった。一八四〇年から四八年の間に、ヨーロッパの労働者たちの胸には大きな希望が目ざめた。この時期にあらゆる党人脈の社会主義者たち――キリスト教社会主義者、国家社会主義者、フーリエ主義者、サン・シモン主義者、オーウェン主義者など――が流布した社会主義文献の量がどんなに膨大なものであったか、いまになってはじめて私たちにもわかる。また、この運動がいかに深いものであるのかということもいまになってはじめて理解できる。私たちの世代が同時代の思想の産物だと考えていたものの大半は、じつはこの期間にすでに大きな浸透力をもって発展され主張されていたものなのである。

 それらは資本家の支配する民主組織とはまったく異なる「共和国」、刑法、政治的権利に関する平等だけでなく、戦争の武器をすべて道具に代え、それらを社会全員の福祉のために使う経済的平等も内包した労働者同盟組織、民族主義者たちにとっても遠大で広範な経済、農業改革が夢見られていた。ところがクロポトキンの記述によれば、次の二十年間にヨーロッパで起きた政治的精神的反動によって、この運動は壊滅状態となり、それらの文献とその事業、経済革命と世界同胞組織の原則も忘れ去られてしまった。

 それらの動向に関してクロポトキンを補足し、フランスの例を見てみる。一八四九年におけるパリの六月蜂起の失敗と五一年のクーデタによる第二帝政の始まり、それに対して六二年のロンドン万国博覧会をきっかけにして、六五年にインターナショナルのフランス支部が設立され、再び数百万の労働者を巻きこむ大運動が始まっていった。

 しかしナポレオン三世の第二帝政はインターナショナルを迫害し始め、それに対し、労働者はストライキで応じ、国家と資本に抗する労働者の連帯と団結の宣言へと結びつき、大きな運動の発端となっていく。だがそこに起きたのが七〇年から七一にかけての普仏戦争とパリコミューンで、その運動は挫折させられ、ヨーロッパ全体を軍国主義の時代へと追いやってしまった。これがクロポトキンの見解であるといっていい。

 実はゾラの『ルーゴン家の誕生』は「ルーゴン=マッカール叢書」は第一巻で、一八七〇年に幕開けとなり、『パスカル博士』を第二十巻として閉じられるのは九三年である。その第十三巻『ジェルミナール』はインターナショナルをコアとする炭鉱ストライキ、第十九巻『壊滅』はまさに普仏戦争とパリコミューンを描き、クロポトキンの指摘する同時代のフランスの動向と連動していることになる。

ルーゴン家の誕生 (ルーゴン・マッカール叢書)   パスカル博士 (ルーゴン=マッカール叢書) (『パスカル博士』) ジェルミナール 壊滅 (ルーゴン・マッカール叢書)

 それだけではないので、もう一回、クロポトキンとゾラに関して続けたい。
 なお『ある革命家の思い出』は平凡社ライブラリー版としても近年刊行されている。

 ある革命家の思い出 上(全2巻) (平凡社ライブラリー)  ある革命家の思い出 下 (全2巻) (平凡社ライブラリー)


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