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古本夜話1449 クロポトキン、第一インターナショナル、ゾラ「ルーゴン=マッカール叢書」

 クロポトキンは『ある革命家の思い出』に記されているように、一八七二年の初めての西ヨーロッパ旅行で、スイスに向かった。それは長きにわたって国際労働者協会=第一インターナショナルのことを確かめたいと思っていたからだ。それまで多くの成果をもたらした大運動と見なしていたが、協会の目的や傾向を具体的につかんでいなかったのである。

 

 そこではかつて共和主義者たちによって「共和国」が夢見られていたのである。前回は引用を省略し、要約してしまったので重なるところもあるけれど、やはりクロポトキンの言葉で語らせよう。

 当時の共和主義者たちは、「共和国」という言葉で、今日その名前で一般に通っている資本家の支配する民主組織とはまったく違うものを考えていた。彼らがヨーロッパ合衆国を口にしたとき(中略)、戦争の武器をすべて道具に代え、その道具を社会のあらゆる成員がみんなの福祉のために使う労働者の同胞組織を考えていたのである。彼らは刑法や政治的権利に関する平等の支配だけでなく、とくに経済的な平等を考えていたのである。民族主義者たちでさえも、それぞれ「若きイタリア」や「若きドイツ」や「若きハンガリー」が遠大で広範な農業改革や経済改革を率先して行う日のことを夢みていたのである。

 このクロポトキンの言に簡略な補足説明を加えれば、イギリスに端を発した産業革命は工業化社会へと向かい、それとパラレルに商業を活性化させ、都市化という現象を促した。さらにフランス市民革命も相乗し、新たな産業化に伴い、従来の王や貴族と異なるブルジョワジーが生み出され、新たな富の所有者となる。その一方で、その新たな社会経済状況に対応できなかった圧倒的多数の民衆は自らの労働力を売るしかないプロレタリアや小作農となって、都市や地方の底辺層を形成する。そうした階層分化はヨーロッパ諸国に共通して起きていた資本主義発展形態に他ならず、そこにフランス革命の理念としての「自由・平等・博愛」が重ねられ、様々に分断された民衆にとっての共通のスローガンとなっていたのである。

 そうしたヨーロッパ社会状況の中で、一八三四年にイギリスにおいて全国総連合労働者組合、四三年にフランスでフロラ・トリスタン夫人が労働者インターナショナルの必要性を訴え、『労働者同盟』という小冊子において国際的同盟組織の構想を提示した。それに共鳴した多くの人々が出現し、フランスは労働者インターナショナルの指導的位置を占めるようになる。またドイツ在外労働者は一八三六年に「正義同盟」という結社を設け、四〇年からはロンドンに本部を置き、「共産主義同盟」と改称され、四七年第一、二回大会が開かれ、その第二回大会で、マルクスとエンゲルスがその綱領起草委員に選ばれ、かくして『共産党宣言』が発表されるに至った。しかしこれらの運動はいずれも失敗に終わったのだが、第一インターナショナルが組織される前史を形成していたのである。このようなインターナショナル前史をめぐって、クロポトキンと同じロシア人としてゲルツェンも重要な人物で、長縄光男『ゲルツェンと1848年革命の人びと』(平凡社新書)にも触発されるところが多い。

 新書792ゲルツェンと1848年革命の人びと (平凡社新書)

 これらがクロポトキンの指摘する「一八四〇年から四八年のあいだに、ヨーロッパの労働者たちの胸には大きな希望が目ざめた」という社会状況だった。ところがフランスの二月革命と六月蜂起の失敗を始めとする四八年以後の二十年に及ぶ政治的精神的反動によって、こうした運動は破壊されてしまった。しかし「あらゆる労働者の国際的な同胞組織という思想だけは―生き残った」とされる。それゆえに一八六二年にロンドン万国博覧会に参加したフランス人労働者とイギリス人労働者が合流し、それにドイツ人労働者も加わったことで、各国労働者協同の必要性が唱えられ、「それはやがて全ヨーロッパにひろがって、数百万の労働者をまきこむこと」になり、六四年にはロンドンで第一回インターナショナル大会が開催されることになる。クロポトキンが一八七三年の時点で、「協会は発展の絶頂にあった」と述べているのはこのような事情と状況によっている。

 さらに八九年の第二インターナショナル、一九一九年の第三インターナショナル(コミンテルン)へと続いていくのだが、それは『近代出版史探索Ⅶ』1299などでもふれているので、ここでは言及しない。このようにインターナショナルの歴史をたどってきたのは、クロポトキンの同時代人であるゾラにしても、そうした時代の社会状況とインターナショナルの存在と無縁ではなかったからだ。

 「ルーゴン=マッカール叢書」の第一巻『ルーゴン家の誕生』が刊行されたのは一八七二年だが、『近代出版史探索』188で記述しておいたように、一八五一年のナポレオン三世によるクーデタから始まっている。そのために「叢書」の舞台は必然的にフランスの工業社会の隆盛に伴う都市化と消費社会化へと向かう第二帝政を背景とすることになる。とりわけだい十三巻の拙訳『ジェルミナール』『同Ⅵ』1180などで繰り返しふれてきているけれど、近代産業化社会における資本と労働の相剋、資本家と労働者の対立とストライキをテーマとしている。

ルーゴン家の誕生 (ルーゴン・マッカール叢書) ジェルミナール

 『ジェルミナール』の時代背景は一八六七年から六九年の間と推測され、第一インターナショナルパリ支部は六五年の設立である。ストライキに参加した主人公のエチエンヌはその後七一年のパリ・コミューンに加わり、流刑となったとされている。いってみれば、『ジェルミナール』には十九世紀前半からのヨーロッパ社会主義思想の潮流が凝縮して流れこみ、第一インターナショナルと連動しているといっていいし、その思想的コアはプルードンを経由した革命的なサンディカリズムにあるように思われるのだ。

 なお第一インターナショナルに関してはステークロフ『第一インターナショナル史』(第一部、第二部、内垣謙三訳、改造文庫、昭和八年)なども参照している。

(『第一インターナショナル史』)


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