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古本夜話1492 『四季』と『辻野久憲追悼特集』

 前回の『四季』は『日本近代文学大事典』第五巻「新聞・雑誌」に一ページに及ぶ解題があり、「『コギト』とともに昭和十年代の抒情詩復興の気運の中枢として重きをなした同人雑誌」とされている。

 そこでは戦後の第三次、四次までの言及をみているし、ここでは前回を補足することになってしまうが、続けて昭和九年から十九年にかけての第二次をたどってみる。『四季』の第一次、二次は近代文学館から復刻版が出されているが、これらは入手に至っていない。その代わりということにはならないけれど、昭和四十三年に冬至書房が「近代文芸復刻叢刊」として刊行した『「四季」追悼号』全四冊は手元にある。それは前回既述したように、昭和五十二年の冬至書房新社版で、解題は小川和佑によるものだ。

 

 それらは『辻野久憲追悼特集』(第三十一号、昭和十二年十一月号)、『中原中也追悼特輯』(第三十二号、同十二月号)、『立原道造追悼号』(第四十七号、同十四年五月号)、『萩原朔太郎追悼号』(第六十七号、同十七年九月号)で、すべてにふれられないので、最初の辻野に言及してみたい。彼は中原、立原、萩原たちのような著名な詩人ではないが、昭和十年代において、彼らに先行して「追悼特集」が組まれたことは、辻野のその時代の位相を浮かび上がらせているように思える。『近代出版史探索Ⅵ』1008、1015で辻野が『詩・現実』の同人、第一書房『ユリシイズ』の共訳者の一人であることにふれているように、同時代における優れた翻訳者であるだけでなく、リトルマガジンと詩の世界においても、中心的ポジションにあったことを想起させる。『日本近代文学大事典』の立項を引いてみる。

 (『辻野久憲追悼特集』) 

 辻野久憲 つじのひさのり 明治四二・五・二八~昭和一二・九・九(1909~1937)翻訳家、評論家。舞鶴の生れ。三高を経て、東京帝大文学部に学び、フランス文学を専攻した。在学中から「詩・現実」の同人となり、(中略)この雑誌の第二冊(昭五・九)から第五冊(昭六に伊藤整、永松定との共訳、ジョイスの『ユリシイズ』を連載し、当時の文壇に大きな影響を与えた。第一書房在職中、「セルパン」の編集長をつとめたり、萩原朔太郎の「水島」に覚え書きを付したりした。詩人との交渉は深く、第二次「四季」には同人として参加した。(後略)

 しかしここに示されている第一書房の『セルパン』編集長云々は『第一書房長谷川巳之吉』で確認してみると、長谷川、福田清人、三浦逸雄、春山行夫と編集が引きつがれていった事実は語られているけれど、辻野の名前は出てこない。私も「第一書房と『セルパン』」(『古雑誌探究』所収)を書いているので、そのことは承知している。この記述はおそらく昭和六年の『ユリシイズ』前編刊行と九年の後編の発禁処分が絡んでいるのではないかと察せられる。また『四季』の三好達治「故辻野久憲君略歴」によれば、昭和七年に第一書房に入り、九年に退くとある。それなのに第一書房での辻野の影は薄く、彼の仕事としては退社後の彼の編となっている『萩原朔太郎人生読本(春夏秋冬)』を見るに過ぎない。

古雑誌探究  

 同書はやはり萩原が「辻野久憲君を悼む」で挙げているもので、そこで彼が「全く一人でこつそり死んださうである」と書きつけている。それは第一書房のような華やかな出版社では報われなかった辻野のことを象徴している言のようにも思われる。それと対照的な辻野の訳業と出版社を挙げてみる。これも三好が列挙しているもので、ヴァレリー『詩の本質』(椎の木社)、リヴィエール『ランボオ』(山本書店)、モーリアック『ペルエイル家の人々』(作品社)、同『イエス伝』(野田書房)が刊行されているようだが、いずれも未見である。だがそれにしても、辻野は『四季』同人の最初の死者として追悼されたことによって、このように短い生涯が近代文学史、翻訳史に記憶されることになったと言えよう。前回の四季社の日下部雄一と異なり、それだけは辻野にあって僥倖だったと思うしかない。

(『ランボオ』)

 しかし私は四季社を始めとして、昭和前年の辻野の翻訳書を刊行した山本書店、作品社、野田書房などの出版物を入手していないことに加え、それらの少部数の高価な古書に関して門外漢でもあるので、ほとんど言及する立場にない。それでも『近代出版史探索Ⅲ』464で野田書房のことは取り上げているし、近代文学館の復刻の堀辰雄『風立ちぬ』は所持しているので、その巻末の「野田書房刊行書」を見てみると、『四季』の同人たちの著書や訳書が並んでいる。それらは堀辰雄の『美しい村』『狐の手套』『聖家族』、小林秀雄訳、ヴアレリー『テスト氏』、三好達治訳、フランシス・ジャム『夜の歌』、中原中也訳『ランボオ詩集』などの三十四冊である。この『風立ちぬ』限定版の刊行は昭和十三年で、その前年には支那事変が起きていたことになる。

   


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