出版・読書メモランダム

出版と近代出版文化史をめぐるブログ

出版状況クロニクル101(2016年9月1日〜9月30日)

出版状況クロニクル101(2016年9月1日〜9月30日)


16年8月の書籍雑誌の推定販売金額は1042億円で、前年比4.7%減。
書籍は482億円で、同2.9%減、雑誌は559億円で、同6.2%減。
雑誌の内訳は月刊誌が450億円で、同7.7%減、週刊誌は109億円で、同0.1%増。
週刊誌がプラスとなるのは12年3月期以来のことで、4年半ぶりである。
これは返品率改善と送品稼働日の関係で、多くが一週分のプラスとなっているからだ。
トータルのマイナス幅は7月の5.7%減よりも回復しているけれど、返品率は書籍が44.5%、雑誌は42.7%と高止まりしたままで、書籍のほうはさらに上がっている。
書店売上は書籍が10%減、雑誌は7%減で、オリンピックの影響を受け、ある週は20%近い落ちこみを示したようで、取次も蒼ざめたと伝えられている。
その余波と書店の9月決算もあり、9月の数字はどうなるのだろうか。



1.戸田書店丸善ジュンク堂と業務提携し、仕入れ、物流、売上データ管理を一体化。それに伴い、取次は大阪屋栗田のままだが、丸善ジュンク堂を経由するかたちとなる。

 この業務提携は直営店17店、FC店15店の32店すべてに及ぶもので、人事交流や資本提携も視野に入れるとしている。


2.DNP文教堂グループホールディングスの株式の一部を日販へ譲渡することを決議。

 またDNP子会社の丸善ジュンク堂書店も、保有するすべての文教堂株式を日販に譲渡。

 DNPグループは文教堂株式の51.86%を保有していたが、そのうちの28.12%を日販に譲渡することにより、日販が筆頭株主となる。DNPは23.73%の保有となり、第2位株主。

 日販が取得した株式は合わせて393万株で、DNPグループからの譲渡価格は1株当たり422円、約17億円。


3.名古屋の鎌倉文庫トーハングループのらくだ書店に事業譲渡。

 鎌倉文庫は日販を取次とし、名古屋に5店、岡崎に1店を展開している創業60年の老舗書店だが、後継者問題と今後の営業方針に関する日販との協議が折り合わず、トーハンとの今回の合意に至る。取次もトーハン帖合となり、トーハンより代表取締役が派遣される予定。

 鎌倉文庫の宮川社長は最近まで東海日販会の代表世話人を務めていた。

[9月に入って立て続けに起きたこのような書店をめぐる状況は、いくつもの要因が重なり、露出してきたと見なせよう。

ひとつはいうまでもなく、雑誌の凋落による書店売上の大幅なマイナスである。鎌倉文庫は今世紀当初は15億円近い年商だったが、現在は半減してしまっているはずだ。

それから文教堂戸田書店本クロニクル99 を見てもらえばわかるが、「売上高ランキング」において、文教堂は売上高304億円、3億6900万円の赤字、戸田書店は売上高58億円、400万円の黒字だが、実質的に赤字と見ていい。

文教堂や戸田書店は1980年代の郊外店出店ブームに併走することで、多店舗展開やFC展開を図り、成長してきた。しかしこれも今世紀に入り、そうしたビジネスモデルがもはや時代状況に合わなくなってきたことは明白であり、多店舗、FC戦略によってチェーン網を維持できなくなってしまった。

しかしそれは大型店展開を積極的に進めてきた丸善ジュンク堂にしても同様で、このビジネスモデルにしても実際に利益が上がるシステムとは思われない。こちらも売上高759億円であるけれど、赤字は4億4200万円で、今回の戸田書店との業務提携は双方のビジネスモデルが劣化した赤字会社の連携のようにも見えてしまうことは否めない。

それに介在している取次の問題だが、やはり太洋社自主廃業スキームに絡んで芳林堂が自己破産し、その結果、太洋社も自己破産へと追いこまれたことがトラウマになったにちがいない。
本クロニクル9495で、「太洋社の自首廃業スキームは、これまでなかった取次からの書店の売掛金の精算というパンドラの箱を開けてしまったこと」、そこから太洋社が自己破産に至るプロセスをトレースしているので、ぜひ参照されたい。

今回もこの問題がそのコアにあるだろうし、戸田書店の場合、大阪屋栗田が丸善ジュンク堂というサブリースをかませたとも考えられる。

文教堂にしても、現在200店舗のうちの44店は日販だが、トーハン帳合の残りの全店が11月に日販へと変更されるという。文教堂の場合、200億円の売上を失うトーハンとの精算はどうなるのか。

だがこれらの問題の背後に見え隠れしているのは、日販にとってのCCC=TSUTAYA問題であろう。CCCが展開した複合店FCシステムにしても、儲かるビジネスモデルとしてはもはや成立していない。雑誌の凋落はこの複合店FCシステムを直撃しているはずだし、直営店ばかりでなく、その誰が見てもわかる在庫削減はそれをあからさまに伝えている。それにまた
『出版状況クロニクル4』によって、あまりにも低い1店当たりの雑誌と書籍売上高が公表されたことも作用してか、店舗数を公表しなくなっている。

またCCC=TSUTAYAのチェーン網はFCのタブーとされる、FCによるFCの出店によって成立している側面もあり、雑誌の凋落による売上のマイナスはもはやそうしたチェーン網の維持を困難にしていると思われる。

今年もあますところ3ヵ月となったが、何が起きてもおかしくない出版状況を迎えつつある。それを9月のこれらの書店状況は象徴している]
出版状況クロニクル4

4.3月15日に破産手続き開始決定を受けた太洋社の第1回債権者集会が9月20日に開かれた。

 管財人の説明によれば、債権届けがあった債権者は1280人、届出債権総額は約28億円。

 これに対し、土地などの財産換価、売掛債権回収などは約21億円で、弁済率が60%になるとの可能性を示唆。
 売掛債権は27億582万円に対し、最終的な回収は7億4500万円。その理由は「多くは相手が破産していたり、事実上廃業していたり、なかには連絡すらできないところもあり、回収できる額はこの程度」とされる。

 現在の売掛債権回収は7億3830万円、そのうちの6億7965万円は取引先書店、5089万円は取引先出版社からの買掛金赤残。

[端的にいってしまえば、売掛債権のほとんどは書店売掛金だったが、その7割以上が管財人のいう理由で回収できないと判断していいだろう。つまりすでに不良債権化していたのだ。それは出店の開店口座が必然的にもたらすもので、これも『出版状況クロニクル4』で詳述している。

太洋社の15年の売上高は171億円だったことを考えると、回収不能売掛金は結果的にその1割以上の20億円に達していたことにもなる。

当初の太洋社の自主廃業との発表はこの書店売掛金が回収できるという想定下で進められたものであり、それは取次としての取引先書店の現在分析と状況判断が間違っていたことを浮かび上がらせている。

それは太洋社だけの事実認識の間違いではあるまい。同じ構造の大手取次に共通するものだと考えられる。この事実は売上高の多寡を問わず、取次が追いやられている状況に他ならない。

今月の1、2、3 の書店をめぐる取次事情は、それがトーハンや日販や大阪屋栗田にも露呈していることを告げていよう]

5.JPOの「書店共有マスタ」にょれば、2016年8月期の登録書店数は1万4215店で、前年比3.3%減となり、この1年で455店が減少。

 1年間の新規出店は254店、閉店は740店で、このままいけば年内に1万4000店台を割ると予想される。

[15年の新規出店は227店、閉店は631店だから、閉店が加速しているとわかる。2001年から14年にかけての推移は『出版状況クロニクル4』に収録。

アルメディアの調査はまだ正式に発表されていないが、書店数はすでに1万3000店を下回ったと思われる。

「出版人に聞く」シリーズ〈18〉の野上暁『小学館の学年誌と児童書』の中で語られているように、1960年代の書店数は2万6000店と見なされ、そのような書店状況において「学年誌」も百万部を達成することが可能だったのである。それは『暮しの手帖』のような雑誌でも同様で、90万部を発行していた。

それがまさに半分になってしまったわけだから、雑誌が売れなくなるのは当然ということにもなろう]
小学館の学年誌と児童書 暮しの手帖

6.平安堂長野店が一時休業し、11月にながの東急シェルシェ館へ移転して新装開店。これに伴い、古書売場は営業を終了。

[「出版人に聞く」シリーズ〈1〉の今泉正光『「今泉棚」とリブロの時代』のインタビューをしたのは、平安堂長野店の喫茶室においてだった。

 それは今泉がすでに退職していた2010年春のことで、あれからもう6年が過ぎている。その間に平安堂は他産業に買収され、社長の平野稔も亡くなってしまった。
 そのような時代と寄り添うかたちで、「出版人に聞く」シリーズを刊行してきた。そうして時は去りながらも、あらためて何の改革もなされることなく、6年が経ってしまい、深刻な出版危機に至ったことを実感してしまう]
「今泉棚」とリブロの時代

7.「人文会ニュースNO.124に、「書店現場から」として、宍戸立夫が「三月書房の『現在はどこにあるか』についての二、三のこと」を寄せ、最初のところで次のように書いている。


出版業界はここ二十年来売上の減少が続いていて、うちの店のような個人経営の小書店は、この間にその八割以上が閉店されたのではないでしょうか。

うちの店が何とかつぶれずに続いているのは、土地建物が自前で、家族以外の従業員がゼロであること、そして、どこにも借金がないことが主な理由ですが、

インターネットとの相性がよかったことと、うちの店のある商店街が、今世紀に入ってから上向きであることも大きいようです。

 それは80年代に大型店の「スキマ狙いに転向し」、雑誌バックナンバー、マイナーな版元の本、在庫僅少本の仕入れを増やし、自主流通本も扱うことで、「大型書店よりも密度の濃い品揃えが可能となり、固定客の確保と、以前にはまったくなかった通信販売につながった。」

 それに、会社整理となったペヨトル工房本、八木書店からの小沢書店やリブロポートの特価本が加わり、90年代末からはインターネット通販も売上に貢献した。しかしその「スキマ」をアマゾンなどが埋めるようになり、2000年代の半ば過ぎからは売上が落ち始め、現在は90年半ばの4割減という状況である。

 それは常連客の大きな部分を占める団塊の世代が退職期を迎えたこともこたえている。そして次のように結ばれている。

 「これからの見通しですが、いまだ下げ止まらない出版業界の売上はどこまで落ちたら底につくのか、あるいはいつまで持ちこたえられるのかはまったく不明です」し、「はてさてどうなることでしょう」と。

[この吉本隆明の書名とゴダールの映画をもじったタイトルの一文は、80年代から2000年代にかけて、「個人経営の小書店」が追いやられた状況、そうした中でのサバイバル事情が忌憚なく語られている。

しかしこのような営業努力と自主的選書と仕入れと販売、三月書房の位置する商店街が上向きであること、常連客が多いことを考えても、90年代半ばの売上の4割減というのはリアル過ぎる。雑誌とコミックで売り上げの半分が占められる書店の場合は、ほぼ壊滅状態になってしまったことが了解されるであろう。

またしても「出版人に聞く」シリーズになってしまうが、〈19〉の宮下和夫『弓立社という出版思想』はささやかながらでも三月書房の売上に貢献したであろうか]
弓立社という出版思想

8.『ニューズウィーク日本版』(9/13)に「デジタル化に立ち向かう異色の古本屋の挑戦」として「ザ・ラスト・ブックストア」が紹介されている。

 「最後の本屋」という名のこの店はダウンタウンのスラム街近くに店を構える古本屋。今や全米屈指の独立系書店として、シアトルやマンハッタンの定評ある書店と肩を並べる。いつかはロサンゼルスの文芸復興の象徴になるかもしれない。

 銀行が入っていた古いビルの広大な1階フロアと2階の一部に25万冊の本が並び、倉庫には20万冊の在庫があり、80%が古本である。

 品揃えに加え、風変りな雰囲気は最高で、広々とした空間には荘厳さも漂う。

 創業者のジョッシュ・スペンサーが創業したのは、全米でデジタル化の波が従来型の書店を閉店に追いこんでいた頃で、「最後の本屋」というのは滅びゆく運命と再生への意味がこめられている。

ニューズウィーク日本版
で三月書房が商店街との共存を語っていたように、「最後の本屋」もロサンゼルスという街を抜きにして語れないようだ。現在のロサンゼルスは本をめぐるコミュニティが多くの著者や読者を含めて成立しているようで、それがこの「ザ・ラスト・ブックストア」の背景にあるのだろう。

実際に行かなくてもその雰囲気だけは掲載写真からもうかがわれるので、ぜひ見られたい]

9.ブックオフの2017年第1四半期(16年4〜6月)は売上高198億円で、前年比12%増だが、営業利益は4.6億円の赤字。

 その主たる要因は中古本の不振で、売上は前年比4.8%減、買い取りも同5.0%減となっている。

[ブックオフの前年度の赤字に関しては、本クロニクル9597で既述しているけれど、まさにブックオフにおいても「ブックオフ」化が進んでいるということになろう。

この赤字状態が続くことになれば、ブックオフもまたFCシステムによって成立しているわけだから、フランチャイズチェーンを維持することが困難になってくるだろうし、その兆候は
本クロニクル97でふれたように、すべてに顕著になってきたといえるだろう。

前回のクロニクルで、ヴィレッジヴァンガードの赤字も伝え、ヴィレヴァンだけでなく、新古本産業にしても、レンタル複合店にしても、ビジネスモデルとしての寿命の限界を露出し始めているのではないかと書いておいた。それが同時進行的に現実化していると見なすしかない状況を迎えつつある]

10.集英社の決算が出された。売上高は1229億円、前年比0.7%増。

 売上高内訳は書籍129億円、同14.9%減、雑誌683億円、同4.5%減、そのうちの一般雑誌が315億円、同6.3%減、コミックが367億円、同2.8%減。

 「その他」部門が318億円、同27.8%増。そのうちのweb 部門が121億円、同48%増。


11.光文社の決算も出された。売上高は237億円で、前年比0.2%増。

 売上高内訳は雑誌88億円、同3.7%減、書籍36億円、同9.2%増、「その他」21億円、同40.8%増。

[集英社は増収増益、光文社は減収増益決算ではあるが、両者ともそれは「その他」部門、つまりdマガジンなどの雑誌配信収入、電子書籍などの売上増によって、かろうじて増収を果たしたにすぎない。

光文社の書籍増収はレシピ本や文庫本のヒットによっているが、それが今年も続く保証はない。

とすれば唯一の伸びが期待できる電子雑誌、電子書籍に力を入れるしかない。かくして雑誌と書籍はさらに落ちこんでいく]

12.講談社の『群像』10月号が創刊70周年記念号として、過去に掲載された名作短編53作品を掲載する一方で、電子版の配信を始めた。

群像 新潮 文学界

『群像』だけでなく、『新潮』『文学界』などの所謂文芸誌の行方が問われている。
『群像』同号は7千部を発行しているようだが、通常号はそれよりも少ないし、『新潮』『文学界』も同様であろう。
文芸誌は永遠の赤字雑誌でありながら、出版社のアイデンティティとして発行され、それは文壇形成と新人輩出、そこから発生するベストセラーによって、その存在を許容されてきた。

しかしもはや限界にきていることは誰もが承知しているし、電子版がその延命の手立てだとは思われない]

13.アマゾンの電子書籍定額読み放題サービス「キンドルアンリミテッド」が、人気のあるコミックや写真集などをラインナップから外し始めている。

 その理由として、アマゾン側から「想定以上のダウンロードがあり、出版社に支払う予算が不足した」「このままではビジネスの継続が困難」という説明があったとされている。

[前回の本クロニクルでも、「キンドルアンリミテッド」にふれ、「数百社」に及ぶ参加出版社の一端を示しておいた。

こうした事態を受け、大手出版社はすべての引き揚げを検討しているとアマゾンに通告したという。これが「キンドルアンリミテッド」の頓挫となるのかは、もう少し追跡してみなければわからない。

なおマクロミルのアンケート調査によれば、「キンドルアンリミテッド」などの読み放題サービス利用経験者は9%、その1位と2位はコミック69%、雑誌が36%、また読み放題サービスを知っている人は49%である]

14.月刊『サーフィンライフ』などのマリンスポーツやファッション関連の出版物を刊行してきたマリン企画が破産手続きに入る。

 マリン企画は1971年に設立され、96年には売上高30億円を計上していたが、その後、編集、製作部門を別法人化したこともあり、2015年には2億円にまで落ちていた。

 関連会社と合わせて、負債は6億円。

サーフィンライフ
[本クロニクルでも、趣味の共同体を表象する雑誌の休刊に何度もふれてきた。だが近年この分野に顕著になっているのは、その雑誌の休刊だけにとどまらず、それらを発行してきた出版社そのものが破産し、消滅してしまうという事態である。

近代の趣味の終焉ということになるのだろうか]

15.『日本古書通信』(9月号)で、近代文学研究者の大屋幸世の死を知った。彼は『蒐書日誌』(皓星社)、『大屋幸世叢刊』(日本古書通信社)の著者であった。

蒐書日誌 蒐書日誌 (『大屋幸世叢刊』1、『 日本近代文学小径』)
[大屋の死にふれたのは、彼が研究のかたわらで、「古本フェチ」を自称する収集家だったからだ。私見からすれば、研究者は論文を書く以上に古本を求め、購入するべきだと考えているのだが、彼はその一人であった。

そのような近代文学研究者の系譜があり、彼らは必ず『日本古書通信』の寄稿者だった。古本を常に買っている研究者はそうでない研究者に比べ、文彩が異なっている。

具体的に名前を挙げれば、紅野敏郎、谷澤永一、曽根博義、大屋幸世であり、彼らは近年相次いで鬼籍に入ってしまったことになる。そうして古本を買い、論文を書く研究者の系譜も、趣味の世界がそうであるように、次第に途絶えていくのかもしれない。

なおこの『日本古書通信』で、元トランスビューの中島廣の「一身にして二世を経る」の連載が始まった。脳内出血から軌跡的に回復に至る日記でもある]

16.『風船舎 古書目録』第12号、特集は「マッカーサーがやってきた1945−1952(1972)」である。


[もう忘れてしまったかもしれないが、団塊の世代を中心とする、この時代に生まれた子どもたちはオキュパイド・ジャパン・ベイビーズなのだ。
そしてこの目録を繰っていると、このような敗戦後のGHQ占領下の社会状況の中で生まれてきたのだとあらためて思う。
A5判300ページ、3000点近くに及ぶ様々な出版物はその時代へと戻るタイムマシンのような思いをもたらしてくれる。
目録は風船舎HPから入手可能]

17.遅ればせながら、ヴォルフガング・シュトレークの『時間かせぎの資本主義』(鈴木直訳、みすず書房)を読了した。

 同書のサブタイトルは「いつまで危機を先送りできるか」とあり、その「危機」の由来と先送りの構造に言及している。先進国は1970年代に高度成長期は終わり、成長に基づく完全雇用と賃上げは危機を迎えていたが、実質的成長ではなく、インフレによる名目成長に肩代わりさせて、それを先送りした。

 80年代には新自由主義が稼働し、規制緩和と民営化によって、国の負担は減り、資本の収益は上がる。

 しかしそれは今世紀に入り、巨額の債務となって顕在化し、その危機は2008年のリーマンショックでひとつの頂点を迎えた。

 そして今や世界は銀行危機、国家債務の危機、実体経済危機という三重の危機の渦中にあるというものだ。

時間かせぎの資本主義
[この『時間かせぎの資本主義』のチャートには日本の出版業界の危機の進行をなぞっているようでもある。

70年代を迎え、出版業界も書籍と雑誌の売上が逆転し、雑誌とコミックの成長が支えとなるとともに、郊外店出店が始まり、書籍の再販委託制の改革が先送りされた。

70年代は出店規制緩和とともに、郊外店と複合店の出店ラッシュとなり、90年代半ばまでの出版物売上高を成長させたかのように見えたが、それは見せかけに他ならず、書店のバブル出店であり、出版社のバブル新刊発行とともに出版危機を露わにしていった。

そして今世紀に入り、出版社、取次、書店の危機という三重の危機を迎えたことになる。かくして日本の出版業界もまた「いつまで危機を先送りできるか」という問題と向き合ってきたことになる]

18.「出版人に聞く」シリーズ〈20〉、河津一哉、北村正之『「暮しの手帖」と花森安治の素顔』 は10月初旬発売。

 今月の論創社HP連載「本を読む」8 は「中島河太郎と柳田国男」です。