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古本夜話1016 春山行夫『ジョイス中心の文学運動』とアーサー・シモンズ

 第一書房の『ユリシイズ』の翻訳出版にあって、春山行夫の介在した痕跡は感じられない。「訳者の序」において、謝辞を掲げているのは第一書房の長谷川巳之吉の他に、次のような人々である。『ユリシイズ』の初訳がこれらの人々の「不断の御助力と激励」によって支えられていたこと、及び翻訳環境を示す意味で、あえてそれらの全員の名前を挙げておく。
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 三浦逸雄、渡辺一夫、淀野隆三、曽根保、河原畑正行、渋谷太郎、瀬沼茂樹、高橋長太郎、山田吉彦、町野静雄をいった人々で、そこに春山の名前はない。それは春山の『詩と詩論』に対抗して創刊された『詩・現実』に『ユリシイズ』が連載されたことも作用しているのだろうか。

 同時代の春山の位置を確認すると、彼は厚生閣で季刊『詩と詩論』(後に『文学』と改題)を二十冊刊行し、『文学』第二冊では特集「ジョイスの研究」を組んでいる。そして昭和八年に独立し、同年十二月に第一書房から『ジョイス中心の文学運動』を上梓している。同書について、春山は「私の『セルパン』時代」(林達夫編『第一書房長谷川巳之吉』所収、日本エディタースクール出版部)で、次のように書いている。
第一書房長谷川巳之吉

 私は独立すると同時に、ヨーロッパの新しい知的な文学の発生と展開を、ジェームズ・ジョイスの「意識の流れ」を主軸にしてくわしく書きたいとおもい、上記の『ジョイス中心の文学運動』に取りかかった。
 私は本格的な著作は、勤めのために時間を拘束されず、同時に出版社の色いろな制約(とくに枚数)を受けず、全部書き上げてから出版社に渡すのが理想だとおもっているので、この本はそれの最初のアタックであった。書き上げたとき、枚数は四百字詰で千枚を越え、それが第一書房から出版されたときには、菊判四百八ページの本になった。

 かくして春山にとって、「最初のモミュメンタルな著書」である『ジョイス中心の文学運動』が刊行されたことになる。それは高見順が『昭和文学盛衰史』(文春文庫)でいっているように、『詩と詩論』と並んで、日本において二十世紀文学とは何かを考える触媒となった一冊であったろう。
f:id:OdaMitsuo:20200409144015j:plain:h117 昭和文学盛衰史

 前回既述しておいたように、伊藤整たちの『ユリシイズ』前編は昭和六年十二月、後編は九年五月、岩波文庫版第一巻は同七年二月、第五巻は十年十月に出版されているので、春山の著作は両者の刊行中に出されたリアルタイムの研究書に位置づけられる。しかも『ユリシイズ』がシェイクスピア・アンド・カンパニイ書店から出版されたのは一九二二年、つまり大正十一年である。それゆえに世界的に見ても、ジョイス研究書としての先行する一冊だった。

 手元にある菊判ハードカバーの奥付を見ると、初版千五百部、二円五十銭とあり、昭和十年にタイトルが『二十世紀英文学の新運動』に変更され、ソフトカバーの「略装廉価版」が一千部、一円五十銭で、実質的に重版となっていることからすれば、当時の外国文学研究書として、内容と定価から考えても、それなりに注目すべき売れ行きだったことになろう。後者の裏表紙には矢野峰人、斎藤勇、堀辰雄の「批評」というか、「感想」が寄せられているが、本格的な書評は出たのであろうか。

 しかし戦後における春山へのまとまった唯一の言及である小島輝正の『春山行夫ノート 』(蜘蛛出版社)、及び第一書房と春山の関係に一章を割いている長谷川郁夫の『美酒と革嚢 』(河出書房新社)にしても、『ジョイス中心の文学運動』にはふれていない。だからこそ、すでに一世紀近く経ってしまっているが、ここであらためてその内容を紹介しておきたいと思う。
f:id:OdaMitsuo:20200423162037j:plain:h110 美酒と革嚢 (『美酒と革嚢 』)

 だがこの浩瀚な一冊、エズラ・パウンドからヴァージニア・ウルフに至までの二十一人に及ぶ、同時代の文学者たちとジョイスとの関係に言及した大冊を、短文で論じることはできないので、その中に一人であるアーサー・シモンズに限定して書いてみたい。それは何よりも春山自身が「はしがき」において、『ジョイス中心の文学運動』のスタイルが、岩野泡鳴訳のシモンズの『表象派の文学運動 』によっていると述べているからだ。

 その前にシモンズを見ならって、同時代の英仏の「文学運動」を書くに至った春山のクリティックの位置をラフスケッチしておく。彼は「Contemporaryな文学」の「conception(概念)でなくて、sense(感覚)」のレポートを目的とし、具体的に批評や詩や小説の「sense」の秩序と変化に言及しようとしている。それはジョイスを中心とする文学環境と周辺グループ、その先行者たちとの関係までを含み、ここでの「批評システムは対角線的で、垂直線的でも水平線的でもない」と言明されている。

 このような春山の自負はシンボリズムとイマジズムから出発し、未来派やシュルレアリスムなどの二十世紀の新しい文学運動についても、リアルタイムで日本に入ってきた英仏のリトルマガジン、詩集、小説に触発され、自らも新しい詩人としての実績に基づいているのだろう。だがここではそのことに言及しない。

 つまり春山は同時代の英仏の文学運動を、自己の文学の展開の近傍に置き、垂直線的で水平線的な解説でも概論でもなく、広いパースペクティブの中での、対角線的な影響と関係を描き、新しい批評、すなわち「日本文学史上からも一つのエポック・メイキングなこと」を「天使のやうに大膽に」試みようとしたと判断できる。それはこの批評システムがヴァレリ、ジイド、プルーストにも応用できるはずだとの確信的記述にも表れていよう。

 そのモデルとしたのがシモンズの『表象派の文学運動 』だったことになる。といってシモンズに多くが割かれているわけではなく、彼の写真を入れても、十ページに充たないが、ここには岩野泡鳴によって大正二年に新潮社から出された『表象派の文学運動 』をめぐる小林秀雄との対立が、はっきり書きこまれているからだ。

 しかし今になってはシモンズも泡鳴も、文学史はともかく出版史からは忘却されていると思われるので、『増補改訂新潮世界文学辞典』における篠田一士によるシモンズの項を引いてみよう。
増補改訂新潮世界文学辞典

 シモンズ アーサー Arthur William Symons(一八六五~一九四五)イギリスの詩人、批評家。世紀末文学を代表する詩人として活躍し、耽美的な詩作品を多く書いており、時代に文学的嗜好を表現した点では意味があるが、詩作品としての独自の位置を今日要求することは無理だろう。彼の文学活動のなかで重要なのは、批評家としての仕事で、特に当時まだ一般に知られていなかったフランスの象徴主義文学を精力的に紹介したことは特筆すべきである。その成果は『象徴主義の文学運動』(九九)というエッセイ集で、この本によってイギリスの文学風土に初めて象徴主義の文学の種がまかれたことになった。イェイツ、それからT・S・エリオットなどの現代詩の革命はすべてこの胚珠から生まれた輝かしい偉業といっても過言ではあるまい。この本は日本でも岩野泡鳴の翻訳によって広く知られ、大正、昭和の文学の発展に多大の影響を与えた。(後略)

 戦前から戦後にかけてのいくつもの外国文学辞典を参照したが、現在から見れば、篠田の立項が最もふさわしいように映るし、シモンズの現在的評価は春山と通底しているようにも思われるからだ。それに篠田こそは春山から「多大な影響」を受けた外国文学研究者だったのではないだろうか。また春山が『ジョイス中心の文学運動』で取り上げている同時代の文学者たちの半分近くがシモンズと同様に、ほとんど読まれなくなっていることも記しておくべきだろう。おそらくそのようにして、「Contemporaryな文学」は風化していったが、ジョイスだけは「中心」のままであり続け、春山の『ジョイス中心の文学運動』が依然として「モニュメンタル」な、彼以外には書けなかった一冊であることを主張しているように思われる。

 そして春山のこのような仕事を可能ならしめたのは、明治時代と異なる欧米の洋書のタイムラグなき日本への流入であり、かつての丸善以外にも当時の円高を反映し、多くの洋書輸入書店が立ち上がりつつあった状況を示しているのだろう。このことは拙稿「春山行夫と『詩と詩論』(『古雑誌探究』所収)で指摘しておいた。
古雑誌探究

 前置きが長くなってしまったので、シモンズの泡鳴訳『表象派の文学運動 』は次回にゆずることにする。

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