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古本夜話1036 協和書院「青年作家叢書」と福田清人「文学仲間」

 前回の永松定の単行本『万有引力』は所持していないけれど、やはり同じ昭和十二年に協和書院から出された大澤衛『日本文化と英文学』が手元にある。大澤は後にトマス・ハーディの翻訳や研究で知られることになる英文学者で、同書はタイトルからも推測できるように、エッセイと研究の中間のような一冊だが、ここでは言及しない。それよりも注目すべきは巻末広告にあるからだ。
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 そこには「青年作家叢書」の四冊が掲載されているので、それらを示す。

1 豊田三郎 『新しき軌道』
2 福田清人 『脱出』
3 荒木巍  『渦の中』
4 永松定  『万有引力』

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 これによって、協和書院が「青年作家叢書」を刊行し、永松の『万有引力』もその一冊だったとわかる。しかもこの「青年作家叢書」は『日本近代文学大事典』にそれらの明細とともに立項され、次のような解題が施されていた。

 神田神保町三ノ三にあった協和書院の中心人物は吉村清。この吉村が一面識もなかった豊田三郎の『新しき軌道』を読み、即座にこの叢書を企画したという。つづいて豊田の友人の福田清人、荒木巍などのものも刊行。広告では荒木の次に伊藤整の『転身』が告げられていたが、これが出ずに永松定のものとなった。協和書院は馬場孤蝶の『明治文壇回顧』なども刊行していた。

 実は本連載904、及び「同叢書」2の福田清人に協和書院と吉村、それにこれらの作家たちをモデルとした中編「文学仲間」(冬樹社版『福田清人著作集』第一巻所収)があり、先の解題もそれに基づいているように思われる。

 「文学仲間」は上野発の夜行・スキイ列車が雪にうずもれた高原の麓の臨時駅に到着するところから始まっている。大和書房主の吉川はスキイ書も出していて、この旅行とスキイ道具の手配は彼によるもので、「青年作家叢書」の岩木の出版記念も兼ねていた。それらは富田三吉の『新軌道』、田口一示『飛躍』、岩木毅『渦巻』が既刊、さらに得能五郎『変心』、長杉貞己の『万有流転』が予定されていた。
 
 「神田区神保町のとある裏町の小さなビルディングの一室をかりうけて、室の前に『大和書房』と標札をかかげたのが、吉川の経営する出版社」とあるが、大和書房=協和書院、吉川=吉村清、富田三吉=豊田三郎、田口一示=福田清人、得能五郎=伊藤整、長杉貞己=永松定であることはいうまでもないだろう。旅行に参加したのは吉川、田口、岩木、得能、長杉の五人で、富田は妻の病気のために不参加であった。

 作家たちは「ようやく原稿料で生活できるかできぬかの線」上にあり、岩木は私立中学教師、田口、得能、長杉は同じ私立大学文科の講師を務めていたが、後者の場合、その報酬は車代に過ぎなかった。大和書房の吉川にしても、「眼から鼻へぬける商才」と「なんと思っているのか分らぬ不逞さで、さかんに営業をつづけているように思われ」ていたが、「大和書房も苦しいらしく」、「相当苦しいやりくりをして」いたので、処女出版に近い「同叢書」の印税も支払われていなかった。それもあって、吉川はスキイ書を委託している運動具店からスキイ道具を安く調達し、作家たちはそれを印税代わりに手に入れ、今回の旅行となったのである。

 そこで描かれるスキイシーンは作家たちの性格を浮かび上がらせ、また言及される三人の大学講師の学生との接触も、「文学仲間」のそれぞれ異なる位相を伝えて興味深い。しかしこの作品の後半は田口=福田による長杉=永松論、及ぶもうひとつの「万有引力」として提出されているような思いを生じさせる。それは得能の『変心』に先んじる強引な長杉の『万物流転』の出版であり、それは次のように説明されている。「実際『青年作家叢書』は、かかる理由によって、第五編の『万物流転』が、第四篇の『変心』より早く市場へ出てしまった。そして『変心』はついに大和書房からは出なかった。それを出す前に大和書房はつぶれてしまったからである」と。しかも長杉は『万物流転』によって、文学四季社の文学賞=文芸春秋社の芥川賞を狙っているようなのだ。

 そしてさらに田口は自分の妻と長杉の細君との親しい往来についても言及し、二人とも九州の田舎育ちで、夫たちは結婚前には中学の教師や雑誌社の記者だったが、しばらくして想像さえもしなかった文学のほうに進んだことにより、だまされたような気になっていた。また「二人とも三、四年たっても子どもが生まれなかった。それが一層細君同志を仲良くさせた」とも書かれている。そうしているうちに、長杉の細君は洋裁店に勤め始め、「職業婦人」となり、逆に長杉のほうは意気消沈し、田舎へ帰ろうとし、妻に激まされているのを田口は聞いてしまう。

 この「文学仲間」は昭和十七年の『憧憬』(富士書店)に収録されているのだが、福田は永松の『万有引力』が両者の夫婦をモデルとし、デフォルメして書かれたと見なし、それに対する福田からの『万有引力』を提出したと思われる。

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