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古本夜話1276 改造社と『社会科学』創刊号

 手元に大正十四年六月と日付入りの『社会科学』創刊号があって、これは前々回の『我等』と異なり、近代文学館の「複刻日本の雑誌」の一冊ではなく、実物を入手している。

(『社会科学』) (『我等』創刊号)

 この『社会科学』は『日本近代文学大事典』第五巻「新聞・雑誌」にも立項されておらず、索引にも見出されない。また改造社は社史も出されなかったし、創業者の山本実彦や改造社編集者の証言などでも『社会科学』のことは語られていなかったと思う。そこで『日本出版百年史年表』を繰ってみると、大正十四年六月のところに創刊誌として、「《社会科学》月刊、改造社(昭和2年から季刊、4年9月、第4巻2号を発行)」とあった。ということは二十号ほどが刊行されたことになる。

 念のために後に改造社に移る木佐木勝の『木佐木日記(一)』(現代史出版会)を確認してみた。これは木佐木の大正八年から十四年にかけての日記で、彼が中央公論社に入社し、『中央公論』の編集に携わっていた時代の詳細なクロニクルといっていい。改造社とは印刷所が同じ秀英舎だったことから、『社会科学』に関してもふれているのではないかと考えたのである。

 ところが大正十四年は『中央公論』編集長の滝田樗陰の病気と死、続くその葬儀と『中央公論』編集合議制への移行に終始し、『社会科学』創刊への言及は見当らなかった。それでも樗陰の死に関連して、以前は『中央公論』の前で、『改造』は微力だが、今では「並び称される誌界の両横綱のような印象を世間に与えている」という記述に出会った。

 これが大正十四年における総合雑誌の見取り図だとすれば、いずれも大正八年創刊の『社会問題研究』『我等』『先駆』『改造』『解放』の群雄割拠状況から、『改造』だけが急成長し、『中央公論』と相並ぶ勢力となったことを意味していよう。木佐木の視座からすると、『中央公論』は吉野作造たちの大正ジャーナリズムの本流、『改造』などは山川均、堺利彦、高畠素之などのマルキシズム陣営の活躍の舞台で、それにギルド社会主義、サンジカリズム、アナキズムの多彩な主張が加わっていたとされる。

 そうした総合雑誌状況の中で、どちらかといえば、思想誌として『社会科学』は創刊されたことになろう。とりあえずA5判本文一九八ページの一冊だが、まずは表紙に示された創刊号のコンテンツを挙げてみよう。

 *高田保馬「結合の上位」
 *平野義太郎「マツクス・アドラー『唯物史観に於けるテレオロギー』」
 *鈴木義男「三権分立の時代に於ける意義」
 *ヴィルブラント「社会的及び経済的状態の反映として見たる社会主義」
 *二木保幾「アインスタイン相対性原理と客観性」
 *猪谷善一「ロバートオウエンとシモンド・ド・シスモンデイの比較」
 *本庄栄治郎「我が国近世の農村問題」
 *高柳賢三「社会科学より見たる法律と道徳との関係」
 *野村兼太郎「中世英国都市研究資料」
 *最近社会科学界主要論文及び著書解題

 寄稿者のうちの平野義太郎は『近代出版史探索』120で論じているけれど、他の人々はほとんど知らないし、著書や論文にしても読んでいない。だが「編輯後記」に「本誌は経済、政治、哲学、法律、社会諸科学の研究のために発刊するもの」で、「本誌の執筆者には全国の各大学の若手の教授、助教授、の殆んど全部が承諾して戴いたことは本社の栄誉とする所です。かやうなことは雑誌界に於て空前の事です」との断わりが見えることからすれば、この表紙に掲載された名前と論考は当時の社会科学アカデミズムの誇るべきラインナップと目されよう。

 それに合わせて、巻末の「最近社会科学界主要論文及び著書解題」は哲学、政治学、経済学に関する原著と邦語論文情報、「学界消息」は各人の大学赴任、留学、帰朝などを伝えるもので、まさに社会科学の学界誌というべき編集方針によっている。ただ巻末広告には高田保馬『階級及第三史観』、平野義太郎『法律における階級闘争』『法律における階級闘争を始めとして』、末弘厳太郎『農村法律問題』、河田嗣郎『農村問題と対策』、福田徳三『社会政策と階級闘争』などが並んでいる。彼らは『改造』が召喚した著者たちであるにしても、ここでは新たな創刊誌『社会科学』の主要な関係者として位置づけられているのだろう。

階級及第三史観

 木佐木の言ではないけれど、大正十四年段階において、『改造』は哲学、政治、経済の分野で『中央公論』を上回る執筆者と論考を確保することができるようになり、それらの社会科学だけの専門誌の創刊を迫られ、それが『社会科学』として結実したと推測される。

 だが編輯発行兼印刷人は山本三生、すなわち山本実彦の弟となっていることから考えれば、実質的編輯者は他にいたはずだが、それは判明していない。


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