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古本夜話1339 紀田順一郎『日本語発掘図鑑』と「日本未曽有関東大震災実況絵葉書」

 前回の『我観』創刊号において、雑誌が「芸術品」か「商品」かの問題を提起しているように思われるけれど、一枚の写真も見当らないことは意図的な編集だと考えられる。それは『我観』のような言論誌にとって、写真はふさわしくないとの判断によっているのだろう。

(創刊号)

 しかし紀田順一郎は関東大震災をめぐる新聞や雑誌報道を取り上げた「災害を伝えることば」(『日本語発掘図鑑』、ジャストシステム)において、『我観』と対象的な写真をコアとする雑誌に関して書影を挙げている。それらの雑誌類は前回ふれた『大正大震災大火災』の他に、『大震災写真画報』(大阪朝日新聞社)、いずれも大震災の増刊特集を組んだ『太陽』(博文館)、『実業之日本』(実業之日本社)、『婦人画報』(東京社)である。

日本語発掘図鑑―ことばの年輪と変容

 そうした災害に道徳的教訓を見出そうとする論調に対し、紀田は日本人の悪癖だとして、緊急情報誌『震災画報』によった宮武外骨の言を引いている。

 自然に生じた吉凶禍福、これを道徳的に解釈するのは、原始民族の恐怖から起つた宗教心の遺伝で、要するに野蛮思想の発露である。・・・・・・生存者悉くが善人ではなく、罹災者悉く悪人ではない。然るにそれを一律に天罰なり天佑なりとするのは、自然の不公平を無視する善悪混合の大錯誤で、自然科学を解さない野蛮思想の有害論である。

 また喜田は『万朝報』における小学校での震災で覚えた語彙調査の答も挙げている。それらは「戒厳令、救護班、配給品、暴利取締、この際! 罹災民、流言蜚語、帝都復興、バラック、仮建築、玄米、すいとん、恩賜金、天幕村、焦土の都、被服廠跡、マーケット、アーケード、やっつけろ、不逞鮮人、九死一生などだった」のである。もちろんそれらは『我観』でも語られていたが、錯綜するどよめきは写真や絵を配した先の雑誌の増刊、特集号のほうに突出していたにちがいない。

 さらに紀田は関東大震災報道写真集『叙情日本大震災史』『東京府大正震災誌』から累々たる死体の写真も引き、続けて一ページを使い、「日本未曽有関東大震災実況絵葉書」を掲載し、次のようなキャプションを付している。「東京浅草仲見世の業者より発売された三〇枚の粗悪な絵葉書、おそらく見物客に売りさばいたものであろう。情報の過少な時代にはこのような商売も成立した」と。

(『叙情日本大震災史』)

 実は私もこの大震災絵葉書十数枚を所持している。これは家の古い小箪笥で見出されたもので、もちろん私が入手したのではないし、両親にしても大正十五年生まれであることを考えれば、リアルタイムで浅草の業者から購入したはずもない。もし両親が生きていて尋ねたとしても、明確なる答えは返ってこないであろうし、祖父母や伯父の世代へと回帰して問わなければならないだろう。

 そこで私の推理を披露すれば、関東大震災絵葉書は浅草仲見世の八木兄弟商会に象徴されるように、赤本業界によって一気に大量生産された。そのために赤本屋ルートや高町、露店で全国的に流通販売され、それらがソルドアウトとなるには十年ほどの年月を要したのではないだろうか。それこそ関東大震災を経て出された『近代出版史探索Ⅵ』1130の石井研堂『増訂明治事物起原』の「私製絵葉書の始」によれば、絵葉書が最も流行したのは明治三十七年の日露戦争時で、「好事者の間に絵葉書熱沸騰したりしが、戦局の終局と共にやゝすたれ」とある。その事実からして、関東大震災はその再来として、大量に生産されたはずだ。

 それゆえに関東大震災絵葉書は売れ残り、その後も長きにわたって、全国で流通販売され、それを私の一族の誰かが縁日などの露店で安く買い求め、時期を逸しているために未使用なままで残されていたように思われる。それもそのはずで、大震災絵葉書は時が過ぎてしまえば、情報写真としての価値はなくなってしまうし、被災現場と火事、避難民と散乱する死体の写真は悪夢のようでもあり、とても絵葉書として使用に耐えるものではない。一部の蒐集家は出現したかもしれないが、それは流行というよりも一過性のもであったと考えられる。

 それに加えて、紀田が掲載している「必死に機関車にしがみつき、郷里をめざす被災者」の写真は私の手元にある「避難民日暮里駅ニ殺到シ我レ先ニ乗車ス」の絵葉書とまったく同じで、絵葉書は大量生産され、売れ残って地方でも流通販売されていたが、それは多種多様というよりも、その種類は少なかったのではないだろうか。そのために紀田の示す写真と私の絵葉書が一致してしまうことになったと考えらえる。それは先の「日本未曽有関東大震災実況絵葉書」三〇枚一組を詳細に確認すれば、さらに明らかになるであろうが、残念ながら重なり合って全容が見えないので、断念するしかない。

(「日本未曽有関東大震災実況絵葉書」)

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