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古本夜話1338 『我観』創刊号

 前回三宅雪嶺が創刊した『我観』第一号が手元にある。これは近代文学館の「複刻日本の雑誌」(講談社)の一冊で、当たり前だが、古本屋で入手した本探索1327の『日本及日本人』の実物よりもきれいであり、現存する最良の『我観』創刊号をもとにした複刻だとわかる。

(創刊号) (複刻版)

 『我観』については『日本近代文学大事典』第五巻「新聞・雑誌」に解題もあり、創刊号書影を示した上で、半ページ余にわたって、大正十三年の創刊から昭和二十年の廃刊に至るまでトレースされているので、詳細はそちらに譲り、ここではこの第一号に限りたい。判型は四六倍判、本文一六〇ページに、「創作」の九三ページが加わるので、『日本及日本人』よりも倍近く厚いし、それもあって、『日本及日本人』にはなかった背タイトルも見受けられる。表紙レイアウトは先行する本探索1277の『思想』の影響を受けてなのか、上部に横書きタイトル、下部に収録文と著者名が収録されているので、それらの内容を示しておく。そのフォーマットは本探索1276の大正十四年創刊の改造社『社会科学』も同様であった。

(終刊号)     

 * 灰燼中より出現《題言》
 * 三宅雪嶺「第二次山本内閣の性質」
 * 中野正剛「復興の経綸」
 * 杉森孝二郎「大震災の意義」
 * 福田徳三「経済復興は先づ半倒壊物の爆破から」
 * 桝本卯平「天は人為の差別を悪む」
 * 北昤吉「震災を機として」
 * 片上伸「エレメンタルな力の発動と文学」
 * 創作/尾崎士郎「凶夢」
 *  〃/正宗白鳥「彼女の生活」
 *  〃/水守亀之助「ある時代(戯曲)」
 *  〃/佐藤春夫「五分間」

 『我観』が大正十二年九月の関東大震災の直後に創刊されたことは表紙に見られる寄稿から明らかだし、拙稿「講談社と『大正大震災大火災』」(『古雑誌探究』所収)でふれておいたように、誠文堂を始めとして他社からも同類の大震災特集雑誌、書籍が出されていたはずだ。それもあって、『思想』の影響に加えて、創刊号と他誌との差別化のために、『日本及日本人』には見られなかった「創作」も組みこまれたと考えられる。

 古雑誌探究

 その露払いといっていいのか、「創作」ページの前に無署名の「文界雑俎」が置かれ、大震災下における文学者たちの消息が報告され、「麹町区の住民泉狂花君が推されて自警団の団長になつてゐる」などはここで初めて知る。また尾崎士郎「凶夢」はおそらく宇野千代との結婚に至る前の三角関係の渦中の起きた大震災を描いている。地震と火事、避難する群衆の混乱と暴行隊の幻影などが三角関係と重なり、二重の「凶夢」として浮かび上がる。この「大正十二年十月四日朝」と脱稿が記された作品はその後単行本に収録を見ているだろうか。

 それはひとまずおくとしても、この関東大震災の余燼覚めやらぬ中にあっての創刊で、「『我観』発行宣言」もなされたことは特筆すべきだろう。それは「本年九月初め、我が首都付近に大震災あり、続いて大火災あり、幾年かの東洋の誇りが一空に帰し、政教社及び東方時論社亦た災を免れず、曩に他を憐みし者が他に憐まるゝとは、抑ゝ何を暗示するか」と発し、続けている。

 欧州の神話に、鳳凰(フェニックス)は自らの身を祭壇に焼き、灰燼中より若かき姿を以て出現するとあり。幾多の言論機関が帝都の焦土とかすると共に、我らの思想発表機関は新基礎の上に出現するの適当なるを認む。新たなる雑誌は『我観』と称し、新たなる社は『我観社』と称し、日本国に生存する固有の日本人はもちろん、太陽の下に生存する全世界人類の協同し、造化の功を補ふを望む。
 十人十色といひ、各雑誌に特色あり、多く売りて称すべきあるも、我等の従事する所は、自ら商品とせず、主張し報道するが為めに発行し、出入相ひ償ふを得ば素なり。発売するを以て商品とするは、芸術品を商品とすると同様にして、芸術品に商品なるありとし、真の芸術家は決して之を商品とせず、日本人の立場に於て全人類は貢献すること、『我観社』より発行する雑誌『我観』を以て為し得ずと限るべからず。我等は二十世紀の文明文化が言論文芸に欺かる力を与へたるを思ひ、新雑誌『我観』発刊の主旨を述ぶ。

 これは大正十二年十月一日付で、我観社の名前で出されているけれど、「灰燼中より出現《題言》」と同様に、雪嶺による「宣言」と見なしていいだろう。少しばかり長く引用したのはここに関東大震災が雑誌にとってもターニングポイントで、雑誌も貌の見える読者に向けてのリトルマガジン的「芸術品」から、限りなく大量生産大量消費の「商品」へと向かっていく出版状況を暗示しているように思えてならないからだ。書籍に関しては円本以前と以後におけるパラダイムチェンジが語られているが、雑誌にあっては大震災をはさんでといっていいかもしれまい。

 なお編輯発行人兼印刷人は稲垣伸太郎とあるが、ここでしか見ていないし、どのような人物なのだろうか。



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