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古本夜話1446 星島二郎と『世帯』

 これも浜松の典昭堂で見つけたのだが、大正十二年に刊行された『世帯』という雑誌がある。本探索1436の文化生活研究会と連鎖していると思われる。そのフォーマットはA5判一二〇ページ前後、入手したのは四冊で、大正十二年三、六、七、八月号だが、三月号の表紙だけは他の号と異なる。裸の子供の顔をクローズアップした写真を用いて、戦地の報道写真のようなイメージが伝わり、『世帯』のタイトルにそぐわない。この雑誌は大正十一年似創刊されているようだが、三月号の写真のような表紙で始まっていたのだろうか。

 『世帯』というとどうしても『近代出版史探索Ⅶ』1380の徳田秋声の小説『新世帯(あらじよたい』を想起してしまうけれど、他の三冊の表紙には「THE HOME」の英語タイトルも示されているので、「せたい」と解すべきであろう。しかし私にしても初めて目にする雑誌で、『日本出版百年史年表』や『日本近代文学大事典』にも見当たらない。九月は関東大震災が起きていることからすれば、次の九月号は出されず、短命に終わった雑誌とも考えられる。

徳田秋声全集〈第7巻〉出産・新世帯 (『徳田秋声全集』第7巻「出産・新世帯」)

 三月号の記事を見てみると、小川大三郎「婦人解放運動の初一歩」、安部磯雄「宗教・道徳上より観たる産児制限問題」、武藤貞市一「上流婦人の非社会性」が並び、男の側からの婦人解放運動のニュアンスが感じられる。ところがそこに寄せられた広告は、御園白粉、化粧用ゴルフ石鹸、真空洗濯機、ピース印刃物、ライオン洗濯石鹸、家庭重寶器、万年流し、舶来台所道具、高等炊事台、各種調味料、裏表紙は流行衣裳の三越呉服店、松坂屋である。

 『近代出版史探索Ⅶ』1327で加藤シヅエとマーガレット・サンガーの女性解放と産児制限運動に言及しているが、それらは時代のトレンドであった。そしてさらに生活や家事の近代化が目ざされ、新たな台所用具などの導入が目的とされていた。それは「設計図と論文の懸賞募集」に象徴され、前者は「日本式戸棚台所の設計」、後者は「如何にして主婦は家庭生活の能率を増進すべきか」であって、「世帯の会」の名前で出され、それは東京女子高等師範学校桜蔭会内に置かれていたのである。

 また「世帯代理部通信」を見ると、醤油、味噌、漬物、飲料類、清酒、ビール、洋酒のアルコール類、ミルクや罐詰類、それから雑貨類と多くを販売していたとわかる。六、七月号には東京府だけで五百人を超える「世帯の会会員名簿」が掲載され、それが東京女子高等師範を始めとする女子学生をコアとしていることがうかがわれる。

 それに八月号表紙裏の三越呉服店の広告は日本においても、ゾラの『ボヌール・デ、ダム百貨店』(伊藤桂子訳、論創社)、初訳は『近代出版史探索Ⅶ』1211の三上於菟吉訳『貴女の楽園』が実現したことを物語っていよう。そこには「涼を趁ひつゝ……高山に海濱に温泉に高原に……」との見出しで、次のように続いている。

ボヌール・デ・ダム百貨店

 お旅行に必要な品々が悉く三越に取揃へてあります。写真機、罐詰、水筒は一回に。双眼鏡、鞄、旅行靴、旅行服、バスケット、信玄袋、膝掛は三階に、旅行案内書、地図、海水着、登山用具は四階に、その他旅行に必要で、便利な、低廉な品が沢山に、新着して居ります。

 あたかも百貨店は『世帯』の伴侶のようにも思える。

 『世帯』の編輯兼発行人星島二郎は、世帯発行所は京橋区南鍋町となっている。星島は『近代日本社会運動史人物大事典』に長い立項を見出せるので、それを要約してみる。彼は明治二十年岡山県生まれで、地方財界の大立者で貴族院議員だった父の影響を受け、早くから政治家を志す一方で、中学時代に受洗している。東京帝大法科在学中にユニテリアン教会に入会し、帝大学生基督教育会に加入し、理事となる。大正六年に月刊誌『大学評論』を創刊し、その表紙に「大学と社会の連鎖」なるサブタイトルを付した。それは大正デモクラシーの中での社会への大学開放を企図し、小山東助を主筆とし、吉野作造や大山郁夫たちが寄稿し、民本主義の普及に寄与し、大正九年まで続いた。

近代日本社会運動史人物大事典

 それに併走するかたちで、大正六年に弁護士を開業し、九年には中央法律相談所として独立し、法律の社会化、民衆化運動に貢献したとされる。さらに『近代出版史探索Ⅶ』1287の森戸辰男筆禍事件の弁護人となり、岡山二区から総選挙に立候補し、普通選挙実施、婦人参政権、公娼廃止を掲げて当選し、以後十七回連続当選している。十年には「法律の社会化」をスローガンとする『中央法律新報』を創刊に至る。このような星島の軌跡の中に、十一年の『世帯』を置いてみると、婦人参政権や公娼廃止の理念に寄り添うようにして創刊されたと考えられよう。だがこの星島の立項もそうだけれど、まだ『世帯』に関する言及に出合っていない。いずれどこかで出合うことに期待しよう。


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