前回、黒田乙吉の『悩める露西亜』の『ソ連革命をその目で見た一日本人の記録』としての復刻に言及しておいた。だが富田武『日本人記者の観た赤いロシア』によれば、同時代の新聞記者のもたらした「記録」は予想以上に多いけれど、古本屋でも出会っていないし、一冊も入手していない。それらの主なものを出版社、刊行年も添え、挙げてみる。
1 | 大庭柯公 | 『露西亜に遊びて』 | 大阪屋号書店 | 大正六年 |
2 | 布施勝治 | 『露国革命記』 | 文雅堂 | 同七年 |
3 | 〃 | 『労農露国より帰りて』 | 大阪毎日新聞社 | 同十年 |
4 | 中平亮 | 『赤色露国の一年』 | 大阪朝日新聞社 | 同十年 |
5 | 大川博吉 | 『ソヴェト・ロシアの実相を語る』 | 平凡社 | 昭和八年 |
6 | 〃 | 『新露西亜風土記』 | 章華社 | 同九年 |
7 | 丸山政男 | 『ソヴェート通信』 | 羽田書店 | 同十六年 |
(『労農露国より帰りて』)
もちろんこのほかにもまだあるだろうし、国際的には第一次世界大戦とロシア革命の時代といえたし、出版企画としても多くが試みられたにちがいない。しかし前回の黒田の『悩める露西亜』がそうだったように、版元との関係がよくわからない。その大阪毎日新聞社や4の大阪朝日新聞社は布施や中平がそのロシア特派員であり、5の平凡社は『近代出版史探索Ⅱ』361の大竹と『ロシア大革命史』の関係だと思われるが、6の章華社のことは不明のままだ。
(『ロシア大革命史』第六巻、『二月革命』)
それでも章華社の書籍は角澄惣五郎『京都史話』の一冊を拾っていて、その巻末広告に6の『新露西亜風土記』を見出せる。大竹の肩書は露西亜問題研究所長で、菊判総布製、上製函入、本文三六〇ページ、写真七〇、地図二枚、定価二円五十銭の一冊は次のように謳われている。
(西田書店版)
世界注視の的―ソヴエト・ロシヤ、われらの隣国についてわれらは余りに何も知らなさ過ぎはしないだらうか。
それではいけない、われらは最も新しきロシヤを最も正しく知り之を理解しなければならない。かういふ目的のために書かれたのが本書である。即ち時を得、人を得た之ぞ今日の必読の書である。
著者は最も康平な立場に立ち常にソヴエト・ロシヤの事情を正しく紹介してゐる本邦ロシヤ通の第一人者、全体としてのロシヤを洩れるところなく平易に面白く書かれたもので、ソヴエトに対して何等の予備知識のない者にも、恰も彼地を踏んた(ママ)ほどによくわからせる親切さを多分に持つた著作である。ソヴエト・ロシヤ新風景以下歴史、地理、政治、天然資源、経済財政、工業と農業、運搬と商業、教育と社会施設、思想文学芸術、軍備、日ソ関係の全十二章に亙つて豊富な資料を駆使してソヴエト・ロシヤの現状を大観し、新鮮な筆致でその全貌を描いてある。(詳細内容目次進呈)
大竹のプロフィルは先の拙稿、そのナウカ社のことはやはり『近代出版史探索Ⅱ』362を参照してほしい。また『新露西亜風土記』の詳細な内容とその批判はこれも前述の富田武『日本人記者の観た赤いロシア』に譲りたい。それよりも大竹の著書の次ページには黒田の『悩める露西亜』の出版にも尽力したという昇曙夢の『露西亜縦横記』の広告も打たれ、「『新露西亜風土記』の姉妹篇、彼を知識の書とすれば、此は正しく趣味の書」と始まるコピーが目に入る。とすれば、この二冊は「姉妹篇」として企画編集され、出版されたことを物語っていよう。
それならば、この章華社なる版元にも言及すべきであろう。私もたまたま『京都史話』を手にするまで、この出版社のことは知らずにいた。この一冊は裸本で、背のタイトル部分は半分が欠落していたが、菊判総布製三〇〇ページに多く図版が挿入され、外見の疲れ具合とは対照的に贅沢な造本であることが伝わってくる。おそらく『新露西亜風土記』にしても、同じような造本だったと推測される。
巻末広告から、この三冊以外のものを挙げてみる。中山久四郎『読史広記』、内藤智秀『史学概説』、柳宗悦『美術と工芸の話』、西村真次『史的素描』、中村孝也『建武中興の回顧』、鼓常良『生活文化の東西』、同『日本芸術様式の研究』で、この二冊の「露西亜物」と異なり、アカデミズム出版の色彩が強い。
発行者は田中清之、章華社の住所は同じ目黒区中目黒で、田中の名前は初めて目にするし、それに奥付表記で留意すべきは取次のことである。それは東京が榊原文盛堂、大阪が柳原書店、名古屋が川瀬書店という書籍専門取次で、雑誌を中心とする四大取次の東京堂、北隆館、東海堂、大東館の名前は記載されていない。それは章華社が専門的人文書を刊行する目的で設立された書籍出版社であることを示し、この取次三社を通じての流通販売を目論んでいたことを物語っている。
章華社の創業年は不明だが、『京都史話』の刊行は昭和十一年であるので、その何年か前に出版を始めていたと思われる。しかしその後の章華社の書籍は目にしていない。
なおたまたま本稿を書いた後に、宮本立江・村野克明編『大竹博吉、大竹せい著作・翻訳目録 附・関連文献一覧』(同目録刊行委員会発行、ナウカ出版内)を恵送されたことを付記しておく。
(『大竹博吉、大竹せい著作・翻訳目録』)
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