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古本夜話1483 今田謹吾『陶器の鑑賞』と『編輯著述便覧』

 前回、第一書房と花森安治の暮らしの手帖社が伊東胡蝶園と片山廣子を通じてリンクしているのではないかと既述しておいたが、花森に関してはもう一つのミッシングリンクとおぼしき人物もいるので、それも続けて書いておきたい。その人物は『近代出版史探索Ⅴ』952で取り上げた今田謹吾である。

 そこで今田が昭和十七年に生活社内「婦人の生活の研究部」から刊行された『くらしの工夫』の編輯人で、同書に花森がペンネームの安並半太郎名で、「きもの読本」を寄せていることにふれた。また『くらしの工夫』の装幀は佐野繁次郎で、彼は花森を伊東胡蝶園へと誘った画家である。そして『くらしの工夫』発行人の鐵村大二は東京社の『婦人画報』や『スタイルブック』の編集者だったと推測される。このような婦人生活雑誌の編集環境の中で、花森はそれらのノウハウを学び、会得し、戦後の『暮しの手帖』へと結実させていったと思われる。

 

 そしてそこにもう一人の編集者も加えられよう。それは厚生閣を経て第一書房に入り、『セルパン』の編集に携わった春山行夫に他ならない。しかも彼は厚生閣時代に今田の著書を二冊編集している。昭和五年の『陶器の鑑賞』は『日本近代文学大事典』の今田の立項にも見えていたけれど、同八年の『編輯著述便覧』は「非売品」扱いとされ、編輯研究会編としての刊行のために、今田と結びついていなかった。しかし奥付には編輯研究会代表としての今田の名前が表記されている。ただこれは入手するまではつかんでいなかった事実である。

 

 春山は昭和八年春に厚生閣を辞め、『セルパン』の十年一月号から編集に携わることになるのだが、昭和五年の『陶器の鑑賞』はもちろんのこと、昭和八年の『編輯著述便覧』にしても、春山が手がけ、刊行だけを後に託したと考えられよう。それはすでに『近代出版史探索』134の「日本現代文章講座」にも見たとおりだ。『陶器の鑑賞』の特色は今田自身が収集したのであろう二十五枚の口絵写真にあり、「緒言」に専門書でなく、主観的な「生活の中心に何かの役立つ問い頃まで深める美に向けて注意を用いたい」と述べられている。その言はモノクロの口絵写真の陶器の印象にも通じるものがあり、それらに「新しき村」の住人でもあった今田ならではの陶器に対する思いをこめているのだろう。

 『編輯著述便覧』は「序」に編者として、「本書は著述、編輯、執筆者の仕事に必要なる事項を、所謂字引にないことを中心としてほとんど洩れなくあつめ、つねに携へるべきものとして編纂したもの」とある。四六判二〇八ページの半分が出版法規、出版に関する取締諸法令、出版法などで占められ、大半が法令などをそのまま転載している。おそらくこれらはしかるべき関係者に教示を求め、収録となったかもしれないが、後の半分は具体的な編集技術と印刷を主としている。

 今田の編集者としての本質がうかがえるのは巻末の「編輯雑話」のうちの「編輯のコツ」で、次のようにしたためられている。

 編輯と云ふ仕事は料理と同じで、編輯のコツと料理のコツは相通ずる所がある。
 甘さ、辛さ、澁さなどの、さまゞゝの味をうまく作り合して客を喜ばす料理人は、その一品々々の料理を喜ばれ、さらに、全体を食べた時に、もつと喜ばれるものでなくてはならない。一つの品を甘く食べるためには必然的に辛さ澁さが必要で、辛さ澁さのない甘味は一番下等品で、いゝ料理になる程、この三つの味がよく調和されてゐる。
 料理がうまく出来たら、それを皿になり器物なりに入れる。これが大切なことで、何も皿や器物を食ふのではないが、気分として、目に入る感じとして、くちびるに接する、手に触わる感じが大切である。
 これが編輯noお精神と同じである。こゝにさまゞゝの内容を持つた幾種の原稿が机の上にある。甘いもの、辛いもの、渋いもの、これらの原稿をいかに取り合わせるか。さうして全体にどんな調子を出すか。またどんな組み方、目次、紙、活字にルビをつけるか否か、表紙を何うするか? そこが編輯者の腕前であり技術である。

 これは雑誌編集の心得というべきであり、このようなエディターシップによって『くらしの工夫』などが編まれることになる。それは『暮しの手帖』へと引き継がれ、料理の比喩で語られた雑誌編集は家庭の料理にも重きを置き、特集や誌面にも投影されていた。またここから生まれた『一皿の料理』『おそうざいふう外国料理』『おそうざい十二ヵ月』なども、そうしたエディターシップの表象だったといえよう。

     おそうざい十二カ月

 春山と第一書房、今田と生活社、花森と暮しの手帖社のつながりと関係はまだ定かではないけれど、錯綜しながら『暮しの手帖』を通じて開花していったように思われる。


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