出版・読書メモランダム

出版と近代出版文化史をめぐるブログ

古本夜話1499 第一書房『パンテオン』の直接販売

 前回、城左門の詩集を取り上げたばかりだが、浜松の時代舎で『PAMTHÈON (汎天苑)』Ⅳを見つけた。以下『パンテオン』と表記する。B4判をひと回り小さくした判型で、表紙にはフランス語表記でタイトルと発行年月日が記されている 。確か城もこの詩誌の同人だったはずだと繰ってみると、彼の「月光」「草の賦」というふたつの詩が寄せられていた。これらは城の「第三期」の詩に当たるのだろうし、「第四期」の『終の栖』とまったく異なる詩であり、「月光」(An extravaganza)の第一連を引いてみる。

 (『PAMTHÈON (汎天苑)』Ⅳ)  (『終の栖』)

 白銀の 月魂石の彩(あいろ)に
 街衢(まち)は冷えびえと蒼く沈下(しづ)み
 大理石(ないし)の舗道に陰影(かげ)を落とす
 僧形(そうぎやう)のものがふたり 五人

 そして「僧形のもの」たちが夜の月の白光に包まれた街路を「青い神々の古(あや)怪い彌撒(みさ)」を求めて彷徨っている姿とイメージが提出されていくのである。この「月光」に北原白秋の『邪宗門』(易風社、明治四十二年)の影響をうかがうこともできる。だがそれだけでなく、日夏耿之介をメインとする『パンテオン』という特異な詩誌によるところも大きいと思われる。

(『邪宗門』)

 『パンテオン』『日本近代文学大事典』第五巻に解題があるので、まずそれを要約してみる。同誌は昭和三年四月に創刊され、翌年の十月までに全十冊が刊行された。裏表紙に第一書房刊行、編輯責任者長谷川巳之吉との記載が見えるが、実際には日夏耿之介、堀口大学、西條八十の三人による合同編輯だった。それは全体を四つのセクションに分け、日夏は「ヘルメスの領分」、堀口は「エロスの領分」、西條は「サントオルの領分」を受け持ち、もうひとつの「テゼウスの領分」は三つの領分に属さない詩人たちの寄稿によるものだった。
 
 手元にあるⅣを見てみると、確かに「ヘルメスの領分」「エロスの領分」「テゼウスの領分」はそのままだが、「サントオルの領分」はすでになく、これは西條が編集者を降りてしまったことを示しているのではないだろうか。先の城の詩は「ヘルメスの領分」に発表され、彼が日夏門下でにあったことを伝えている。それゆえに先の「月光」にしても、日夏の影響下で書かれたと考えられるし、思いがけないことに、『近代出版史探索』82の大槻憲二がクローチェの「詩歌の形式に就いて」という翻訳も寄せ、彼も日夏門下だったことを伝えていよう。

 それに「エロスの領分」には『近代出版史探索』54の西谷操が詩「括弧」、同57の矢野目源一が翻訳と思われる「紫摩黄金上人伝」を寄せ、また他の号には同63の平井功も寄稿している。先の編集者や執筆者たちのことを考えると、『パンテオン』は大正十三年に創刊され、昭和二年までに十三冊出された『奢灞都』の後継誌というべきであろう。したがってゴシック・ロマン主義の色彩が強かった。『奢灞都』ほどではないにしても、『パンテオン』も城の詩にうかがえるように、高踏的な詩誌であったことは言うまでもないだろう。だがⅩ号を出したところで、日夏と堀口の間に意見の相違が生じ、突然廃刊となってしまった。そのために堀口は『オルフェオン』、日夏は『近代出版史探索』62の『游牧記』、西條は『蠟人形』を創刊することになる。『游牧記』の一冊は親切な読者からコピーを恵送され、それが印刷造本において、『パンテオン』以上に画期的なものであったことを実感しているし、『蠟人形』に関しては後に取り上げるつもりでいる。

 日夏耿之介監修/平井功編 游牧記 全4冊揃 木炭紙刷本限定618のうち貮百捌拾漆(287)番(同番号揃い) 蔵印 (『游牧記』)

 第一書房が『パンテオン』の制作と発売を引き受けたのは、この時期に三人の詩集を刊行していたからであろう。ただ『パンテオン』は仔細に見てみると、表紙裏に小さく「此の雑誌は書店の店頭に出さず直接予約の愛好者にだけ配布いたします。従つて広告をしないので、内容の充実に努めたいと思ひます。どうぞ同好の方々に御伝へを希ひます」との文言が記されている。おそらく発行部数が千部に充たないであろう高等仕立て詩誌にもかわらず、表裏の片隅に小さく「第三種郵便物認可」との記載があるのはそのためだろう。

 簡略にいえば、「第三種郵便物」とは定期雑誌などの配送に通常より安い郵便料金が適用されるもので、なかなか「認可」されないはずだが、それが『パンテオン』に「認可」されたのは何らかの事情があったように思える。ちなみにやはり第一書房の昭和六年五月創刊の『セルパン』にはその記載が見当たらないのである。また『パンテオン』裏表紙には売価一円とされているのだが、「直接年ぎめの方に限り五十銭」という表示が見つかるし、これは『パンテオン』が先の文言に明らかなように、書店市場ではなく、「第三種郵便物認可」を得たことによって、読者への直販を意図していたことになろう。それは『パンテオン』本誌だけでなく、巻末には本探索1478の「野口米次郎ブックレット」も同様で、その全冊に近い三十一冊が挙げられ、「パンテオンの読者に限り/左の書籍定価半額特売」とのキャッチコピーが打たれている。

(「ブックレット」『愛蘭情調』)

 長谷川巳之吉のことであるから、『パンテオン』の発行と編輯責任者を任じた反面には「第三種郵便物」制度を利用した読者への直接販売と既刊書の半額セールの試みも意図されていたことになろう。


 [関連リンク]
 過去の[古本夜話]の記事一覧はこちら