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古本夜話1528 三省堂『日本百科大辞典』

 かつて拙稿「三省堂『ウェブスター氏新刊大辞書和訳字彙』と教科書流通ルート」(『古本屋散策』所収)において、三省堂の『日本百科大辞典』はそれとは別の物語になると記したことがあった。だが本探索で平凡社の『大百科事典』を取り上げたし、『近代出版史探索Ⅱ』238で、冨山房の『国民百科大辞典』に言及してきたこともあり、ここで三省堂の『日本百科大辞典』にもふれておくべきだろう。

   (『国民百科大辞典』) 古本屋散策

 明治時代の事柄に関しては最初にできるだけ『日本百科大辞典』を引くことにしていたこともあり、第一巻などは背の部分が剥がれ始めている。この全十巻を入手したのは昭和の終わりの頃で、筑摩書房の『明治文学全集』を読むためには必要だろうと考えたからだ。確か古書価は三万円で、全巻揃いをよく見かけたものだが、現在はどうなっているのだろうか。

 (『日本百科大辞典』)明治文學全集 1 明治開化期文學集(一)

 『三省堂書店百年史』はその一章を「日本百科大辞典刊行の記録」に当て、「出版から蹉跌 ・復活から完成」までをトレースしていて、次のように始まっている。

 三省堂出版史の中で、最もドラマ的経緯をたどった出版物は、やはり『日本百科大辞典』全十巻である。その感銘に値する記録をここにつづっておく。
 これは不運にも中途で蹉跌し、爾後幾多の困難に遭遇するもそれを耐え抜き、約二十年の歳月を費やした後に完成を遂げたからである。(中略)
 とにかく、この出版事業は、日本においては本格的百科辞典の最初のものであり、最終的には全十巻、総ページ一万五千余の膨大な内容になったが、その実体は最初の計画からすると、全く桁外れの分量となったことになる。

 これを補足すると、先の『ウェブスター氏新刊大辞書和訳字彙』の編集の際に、専門語の解明に困難を生じ、近い将来に多くの専門語を網羅する百科的辞書一巻を刊行できればと考えたのである。それは明治三十一年のことだった。しかしそれから巻数が増え、四十一年の第一巻を刊行時には全六巻、索引一巻となり、その第一巻が予想外に好評を博したこともあり、さらに大規模な百科辞典へと至り、第十巻完結は大正八年を待たなければならなかった。
 
第一巻に「編修総裁」として、「序」を寄せているのは大隈重信で、それは三省堂創業者の亀井忠一との関係からである。二人は明治維新の元勲と旧幕臣の立場にあったけれど、双方の夫人が親類だったこともあり、お互いに認め合い、評価する関係になったとされる。そこで亀井の三省堂創業以来の大事業としての百科辞典刊行に際しても、大隈は協力を惜しまなかった。明治四十一年十一月の第一巻刊行に際して、早稲田大学の大隈邸で祝賀の園遊会が開かれ、その二千人に及ぶ壮観さは「顔ぶれの方が百科辞典のようであった」と新聞で評されたという。その苦労を重ねてきた三省堂の人々にとっては「わが世の春」にも思われた。

 しかし出版大事業に悲劇はつきもので、その数年後の第六巻まで刊行した大正元年に資金繰りが困難となり、近代出版史にも伝えられる「三省堂の百科」倒産が起きてしまう。それでも同年末には日本百科大辞典完成会が発足し、編纂主任の斎藤精輔も理事の一人となった。その完成会発足とほぼ同時に日本百科大辞典普及会も成立している。私の所持する第一巻は大正三年五月第三版で、配本所が日本百科大辞典普及会とあるのは、発売が三省堂ではなく、そちらに委託されていたことを示している。

 しかもこれも偶然の暗合というしかないが、二つの会に尽力したのは『近代出版史探索Ⅳ』665などの佐伯好郎で、大隈と亀井ではないけれど、それは斎藤と親友の関係にあったからだという。佐伯の「景教碑」研究にしても、斎藤の『日本百科大辞典』とどこかでリンクしていたといっていいかもしれない。斎藤は『三省堂書店百年史』でもプロフィルが紹介され、「斎藤精輔、百科大辞典を語る」という小項目もあり、また『辞書生活五十年史』(図書新聞社)の刊行も承知しているが、ここでは『出版人物事典』のコンパクトな立項を引いてみる。

 出版人物事典: 明治-平成物故出版人

[斎藤精輔 さいとう・せいすけ]一八六八~一九三七(慶応四~昭和一二)三省堂編輯所長。山口県生れ。岩国中卒。一八八六年(明治一九)上京、三省堂創業者亀井忠一と出会い三省堂に入社、辞書編纂に従事。まず、『ウェブスター氏新刊大辞書和訳字彙』を初仕事に、各種の辞典、中等教科書、さらに畢生の大事業『日本百科大辞典』へと続く。『日本百科大辞典』の編集長として一九〇八年(明治四一)第一巻を刊行、大好評を博したが、三省堂は資金が続かず、第六巻を刊行して破産した。しかし斎藤の奔走により完成会が組織され一九年(大正八)全一〇巻が完成した。現在もその歴史的意義は高く評価され、苦労が偲ばれている。自叙伝『辞書生活五十年史』(昭和一三年刊)が九一年(平成三)再刊された。

 

 この斎藤の『日本百科大辞典』の特色は先の「記録」にも第一巻の図版「鳶尾科植物」が示されているように、ただこれはモノクロ写真ではわからないが、カラー図版で、その美しさはまさに百科大辞典に華を添えている。それは他の「有毒植物」「薔薇か植物」にしても同様である。ただ私としては最初のカラー図版「アイヌの服飾及日用品」が興味深いし、これが『近代出版史探索Ⅲ』418などの坪井正五郎撰によることを付記しておこう。


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