出版・読書メモランダム

出版と近代出版文化史をめぐるブログ

出版状況クロニクル121(2018年5月1日~5月31日)

18年4月の書籍雑誌推定販売金額は1018億円で、前年比9.2%減。
書籍は538億円で、同2.3%減。
雑誌は480億円で、同15.8%減。
雑誌の内訳は月刊誌が393億円で、同15.7%減、週刊誌は87億円で、同16.2%減。
返品率は書籍が35.2%、雑誌が46.6%。
雑誌返品率の改善のためにコミックやムックの送品が大幅に抑制されていて、雑誌推定発行金額は2月が11.3%、3月12.1%、4月は14.0%、それぞれ減となっている。だが返品率は3ヵ月続けて40%を超え、4月までの平均返品率は44.7%に達している。
ちなみに15年は41.8%、16年は41.4%、17年は43.7%であるから、大幅な送品調整や抑制によっても、返品率は上がり続けているのだ。
その一方で、書籍返品率はまだ30%台にとどまっているが、それでも取次にとって赤字とされていることからすれば、雑誌も赤字へと追いやられていると考えられる。つまり書籍と雑誌という流通の両輪が、赤字に陥りながら作動していることにもなる。
4月の前年同月比マイナスが103億円で、18年1月からら4月にかけての累計が、すでに425億円減である。
このマイナスがさらに加速していくと推測されるし、そのことから判断すれば、18年の書籍雑誌推定販売金額は1兆2500億円ほどに落ちこんでしまうだろう。これが18年の出版業界の恐ろしい現実に他ならない。
本クロニクルで使用している数字は周知のように、出版科学研究所のデータであり、これは取次ルートの出荷金額から書店返品金額を引いたものによっている。すなわち取次売上がダイレクトに反映され、月を追うごとに深刻さを増していく取次の危機を伝えていることになる。


 
1.『文化通信』(5/21)などによれば、日販懇話会で日販の平林彰社長は、取次事業が5億円を超える赤字に転落し、「取次業は崩壊の危機にある」と報告した。
 商品別では雑誌の営業利益が5億円と、5年で6分の1となり、書籍は30年来の赤字が続いているとされ、取次業を作り直すための5つのキーワードを挙げている。それを要約して示す。

 * 書店を増やす。
 * マーケットインする。これを補足説明すれば、経営用語で、市場の要求に応じて製品やサービスを提供しようとすることをさす。
 * 返品を減らす。
 * 在庫の見える化と確約。
 * 物流コストの圧縮。

 これらに加え、出版社に対しては、書籍の定価値上げ要請とともに、仕入れ条件が70%を超えると黒字化できないことを挙げている。

 これは本クロニクル119の「日販非常事態宣言」後のさらなる具体的な方針の提言であり、取次事業とは別に小売事業も本業として前面に押し出されている。
 それは本クロニクル120でも記述しておいたように、CCC=TSUTAYAと「囲い込み」傘下書店の販売金額を合わせれば、日販の連結売上高の半分に達するからだ。しかも今期は小売事業が6年ぶりに10億円近い黒字に転換し、連結業績として減収増益になったとされる。

 しかしここに挙げられた5つのキーワードは目新しいものではないし、それに現在の出版状況において、最初の「書店を増やす」ことは、いうまでもなく本クロニクルの発信への対応だが、可能だとは思われない。書店のマージン増やし、出店を加速するとの言も、書店市場の現実との乖離は明らかだ。もしそれがCCC=TSUTAYAと「囲い込み」傘下書店を増やすのであれば、書店はさらに減っていくだろう。
 本気で「書店を増やす」ことを考えるのであれば、書籍の低正味買切制を提案実行し、保証金不要の書籍中心の中小書店の開店をアシストする方向しかない。

 それからこれは『出版状況クロニクルⅤ』でも示しておいたが、日販の粗利益率は12.1%、トーハンは13%であり、大手書店は出版物だけでも、歩戻しや報奨金も含めれば、粗利益率は30%を確保していると伝えられている。それゆえに日販の小売事業が黒字化したのかもしれない。とすれば、現在の返品率から見て、出版社が最も粗利率が低いという事態を迎えているとも考えられる。
 また前回のクロニクルで、「文庫マーケット」の17年の書籍推定販売金額シェアが14.7%であることを既述しておいた。この文庫マーケットは岩波文庫を除いて、大手出版社の文庫も出し正味は70%を超えていないはずだ。それに岩波文庫の場合、買切で返品がないことからすれば、70%以上でも黒字かもしれない。

 このように「書店を増やす」や出版業界のマージン問題に関しても、多様な視点の導入が必要であり、日販の5つのキーワードなども、出版社や書店を含めたオープンな論議が不可欠であることはいうまでないだろう。

odamitsuo.hatenablog.com
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2.『新文化』(4/26)などによれば、全国トーハン会代表者総会において、トーハンの藤井武彦社長は雑誌コミックスが急減し、「出版業界は未曽有の事態が起こりつつある」とし、今後の基本方針を提出。
 それは出版卸業を基軸とする出版総合商社としての様々な営業施策の実行と、新商品の開発によるエリア書店のサポートの強化、出版業界の構造変化に対応し、事業領域を拡大し、書店とともに勝ち残るというものだ。
 具体的には17年度物流増加分は13億円に及び、出版社に運賃の適正負担や条件の見直し、定価の引き上げなどを要請しているとされる。

 基本的には日販と変わらないが、トーハンは、日販におけるMPDとCCC=TSUTAYAのような存在がないこともあり、小売事業は前面に押し出されていない。簡略にいってしまえば、三洋堂のようなバラエティショップを推進していくとの表明であろう。
 に続いて、取次の動向に言及したのは、これらは取次マターではあるけれど、今後の出版業界の行方を占うものとして提出されているからで、それらの現在と今後の状況分析に関して、で示したように、疑念を拭いきれないことによっている。

 もはや前世紀の1989年のことになってしまうけれど、消費税導入時に「内税」方式を選択したことで、混乱と低迷の一年を体験しているからである。そのことによって、書籍の書店在庫がすべて返品され、出版社は新価格のためにカバーの取り替えやシール貼りに追われ、取次の検品の経費が増大した。そのために数百億円の在庫が絶版、断裁処分となり、出版業界全体で1千億円以上のロスが生じたと伝えられている。

 外税とすれば、このような混乱とロスは起きなかったはずで、その真相を書協の幹部に問いただしたことがあった。それは雑協が、外税として端数が出ることを回避するために、出版物の消費税はずっと3%で上がらず、そのまま軽減税が続くと主張し、書協がそれに同調したからだという。そこで雑協は何らかの証拠となる文書や資料を示してのことだったのかとも聞いたが、それらはまったくなく、単なる風評に基づくものだったとの返事だった。その元幹部も、あの時、外税にしていれば何の問題もなかったはずで、大失敗だったと語っていた。

 これは現代出版史のどこにも書かれていないと思われる。それゆえに、今回の取次の「非常事態宣言」の始まりと行方を記録し、検証するために本クロニクルは記されていることを付記しておく。



3.大阪屋栗田が、楽天と出版4社、DNPの増資を受け、楽天の出資比率が51%となり、楽天の子会社化。

 前回の本クロニクルで、その後の大阪屋栗田の動向を伝えられていないことに疑念を表明しておいたが、月末になってようやくこの「ニュースリリース」が出された。その代わりのように、本クロニクルに向けられた「当社に関する虚偽情報の発信に関して」という「ニュースリリース」は削除されている。

 もはや大阪屋栗田は出版業界の取次というよりも、楽天の子会社としての、出版物も含んだ物流会社へと向かっていくだろう。役員構成を見ると、前社長の大竹深夫は特別顧問に退き、会長、社長、専務は楽天出身のメンバーで占められ、取締役の一人として日販出身の金田徴が顔を見せているだけで、取次だった大阪屋や栗田の人たちは誰もいないことがそれを物語っている。

 それに加えて、増資がなければ、決算発表ができなかったと推測される。本クロニクル118の発信以来、取次状況は急変し、日販は「非常事態宣言」というべき声明を出し、続いてのような表明、それに合わせて、に見られるようにトーハンも同様に「出版業界は未曽有の事態が起こりつつある」と公表するに至った。
 わずか3ヵ月足らずの間に、日販とトーハンが「出版不況」ではなく、本クロニクルが指摘し続けてきた「出版危機」を、否応なく認めざるをえなかったことになる。しかもそれは先送りできる状況ではないのだ。



4.日書連加盟組合員数は4月1日現在で、前期比255減の3249となる。

 前回のクロニクルで、2017年の公共図書館数が3292であることを記しておいたが、ついに図書館数のほうが上回ってしまったことになる。
 これほどまでに民業を官業が圧迫し、このような事態まで追いやられてしまった例を他に知らない。来年の日書連加盟組合員数が3000を割ることは確実で、さらにその差は開くばかりだろう。
 1986年には1万3000店あったわけだから、何と1万店が消滅してしまったのである。出版物販売金額もこの20年間で半分になってしまった。最大の要因がそこに求められるのである。



5.『出版月報』(4月号)が特集「ムック市場2017」を組んでいる。そのデータを示す。
 

■ムック発行、販売データ
新刊点数平均価格販売金額返品率
(点)前年比(円)(億円)前年比(%)前年増減
20057,8590.9%9311,164▲4.0%44.01.7%
20067,8840.3%9291,093▲6.1%45.01.0%
20078,0662.3%9201,046▲4.3%46.11.1%
20088,3373.4%9231,0621.5%46.0▲0.1%
20098,5112.1%9261,0912.7%45.8▲0.2%
20108,7622.9%9231,0980.6%45.4▲0.4%
20118,751▲0.1%9341,051▲4.3%46.00.6%
20129,0673.6%9131,045▲0.6%46.80.8%
20139,4724.5%8841,025▲1.9%48.01.2%
20149,336▲1.4%869972▲5.2%49.31.3%
20159,230▲1.1%864917▲5.7%52.63.3%
20168,832▲4.3%884903▲1.5%50.8▲1.8%
20178,554▲3.1%900816▲9.6%53.02.2%

 2017年のムック市場の推定販売金額は816億円、前年比.6%減と7年連続のマイナスである。
 17年の販売部数は1992年以来25年ぶりに1億冊を割り込み、8873万冊、前年比12.5%減となった。
 しかしそれよりも問題なのは、返品率が3年連続で50%を超え、しかも17年は53%に達してしまったことだ。
 ムックは週刊誌や月刊誌と異なり、セット商品などとして再出荷され、ロングセラー的販売が可能であった分野だが、もはやそれも成立しなくなったことを、返品率は象徴しているのだろう。
 それに50%を超える3年連続の高返品率は、雑誌のうちのムックが取次にとって赤字となっていることを示唆している。

 に明らかなように、雑誌が黒字のうちに書籍にシフトしていくという取次提案にしても、コンビニ部門が大赤字のように、雑誌部門そのものも赤字になりつつある状況を迎えていると推測される。



6.『日経MJ』(4/30)が「縮むブックオフ」を特集している。
 それは「5年で200店減、3期連続最終赤字」という見出しに表象されている。
 ブックオフの創業地の相模原市で、30年の歴史を持つ「相模原駅前店」がこの2月に閉店したことに象徴されているように、ピーク時の2010年には1100店以上あったが、18年3月末時点で825店に減少した。
 それとパラレルにFC加盟企業も17年3月の77社と、5年前から22社も減り、3、4年前からFC加盟店の募集も打ち切り、直営店比率は47%と高まる一方である。
 ブックオフの古本ビジネスはジリ貧で、メルカリなどの競争相手が多く、市場環境も悪化し、仕入れの減少、在庫回転率の悪化、FC店舗の減少という三重苦に直面し、最終損益は9億円の赤字となったとされる。

 ブックオフの成長を支えたのは、簡単な仕入れと販売の均一システム化とFC展開であり、それが両輪となって大量仕入れと販売が可能となっていた。しかしFC加盟店募集停止と脱退によって、さらにチェーン店は減っていくばかりであろう。ブックオフビジネス創業から30年近くが経過し、すでにビジネスモデルとしての寿命が尽き始めたといっていい

 「相模原駅前店」の閉店の最後の数日は全商品が30円で販売されたというが、このゴールデンウィークには三洋堂がコミックと文庫を50円均一で売っていた。仕入れにしても、『日経MJ』が実例として挙げていたように、メルカリに大きく差をつけられてしまっている。

 それに関連して想起されるのは、『出版状況クロニクルⅤ』で示しておいた、CCCの地域FCのビッグワングループのことで、同グループはTSUTAYA26店、ブックオフ11店を経営しているという。レンタルの不振と縮むブックオフの双方を抱えていることになり、それでいて17年12月には800坪のTSUTAYA大型複合店を開店させている。
 これも日販がいうところの「出店を加速する方向」の一環なのであろうか。



7.青山ブックセンター六本木店が閉店。

  いうまでもなく、ブックオフの傘下にあったわけだから、4のような事情と関連しているのだろう。
 1980年のABC六本木店の開店は、中村文孝『リブロが本屋であったころ』(「出版人に聞く」4)でふれられているように、リブロの別働隊というか、サテライト店的発想で出店され、中村がマーケットリサーチを担当していた。
 初代店長を務めたのは吉祥寺の弘栄堂にいた鈴木邦夫で、その後はジュンク堂に移ったようだ。
 そうした意味で、ABCはそのバックヤードとともに、80年代には書店の黄金時代を体現していたといえるかもしれない。
 しかしそのような時代は一時的なもの、遠い過去であったことを、今回のABC六本木店の閉店が伝えていよう。
『リブロが本屋であったころ



8.『出版ニュース』(5/中・下)に「世界の出版統計」が掲載されている。
 そのうちのアメリカ、イギリス、ドイツ、フランスを示す。

アメリカ/アメリカ出版者協会1200社の16年売上高は143億ドルで、前年比6.6%減。
 1800社の場合は260億ドル前後とされる。
 15年出版総売上高は277億ドル、書店売上高は107億ドルで、同3.7%減。
 電子書籍も成長は止まり、マイナスに転じている。

イギリス/16年の出版社売上高は35億ポンドで、同5.9%増。
 17年の書籍市場は15億9000万ポンドで、0.09%増。
 電子書籍はやはり減少。

ドイツ/16年書籍販売業者総売上高は92億7600万ユーロで、同1.0%増。
 電子書籍伸び率鈍化。

フランス/16年出版総売上高は28億3790万ユーロで、同4.25%増。
 電子書籍は成長を続けている。

 これは日本の出版物販売金額が半減してしまったことと対照的に、書籍を売る欧米の出版業界は売上高が近年ほとんど微増、微減にとどまり、日本のような出版危機に陥っていないことを確認するために、恒例として挙げているものだ。
 それは今回も同様で、電子書籍は英語圏ではマイナスに転じ、ドイツ語圏では伸び率が止まり、フランスだけが成長していることになる。



9.日本ABC協会の2017年下半期「ABC雑誌販売部数表」が発表された。
 報告誌は40社152誌、週刊誌34誌、月刊誌118誌である。
 平均部数合計は1316万231部で、前年同期比6.4%減。
 内訳は週刊誌が367万部で、同10.0%減、月刊誌は948万部で、4.9%減。
 デジタル版報告誌94誌、総部数は12万9688部で、17年上半期同6.6%減。読み放題UU数は93誌で、971万555UUで、同245.6%増。

 単純な比較はできないにしても、月刊誌平均部数合計よりも、読み放題UU数のほうが上回ってしまったのである。
 それに対して、デジタル雑誌は『日経ビジネス』が3万6431部と群を抜いているものの、3.2%減、第2位の『日経TRENDY』は4737部、同17.9%減、第3位の『MAC Fan』は3430部で、同9.5%減である。
 でアメリカとイギリスの電子書籍が減少し始めていることを伝えたが、日本におけるデジタル雑誌も同様の過程を歩んでいるように思える。
 それに対して、18年上半期においては、読み放題UU数は確実に1000万を超えるだろうし、すでに実際に超えていると見なすしかない。それがどこまで伸びていくのかが、雑誌の行方とともにあるということになる。



10.『週刊東洋経済』(5/19)が「フェイスブック解体」特集を組んでいる。
 2004年に立ち上がったフェイスブックはSNSの代名詞となり、売上高は4兆4000億円、利益は1兆7000億円、世界の月間利用者は22億人に及んでいる。
 その8700万人の個人情報データがアメリカ大統領選挙の世論工作に流用され、またイギリスのEU離脱を問うブレグジット国民投票にも使われていたことが、英国データ分析会社の幹部の告発によって明らかになったのである。
 それはフェイスブックから得た情報によって、世論を扇動する方法が確立されていることを知らしめたといえる。

 そのフェイスブックに加えて、グーグル、アマゾン、アップルのIT企業4社を「GAFA(ガーファ)」と呼ぶようで、フェイスブックの解体を主張するスコート・ギャロウェイのThe Four が今夏に東洋経済新報社から刊行予定となっている。これらの4社は市場独占、租税回避、プライバシー問題をめぐって、監視体制が必要だし、説明責任を果たすべきだとの内容のようで、翻訳が待たれる。

 なおこの特集には横田増生「告発される過酷な労働 英議会がアマゾン批判」も掲載されている。

週刊東洋経済 The Four 週刊エコノミスト プライバシー・クライシス

 この特集でもうひとつの指摘は、これらのIT企業にとって「日本は草刈り場」になっているという事実で、CCC傘下のCCCマーケティングがフェイスブックに個人情報を提供してきたことも伝えている。
 それは『選択』(5月号)の「経済情報カプセル」での、「フェイスブック問題の余波を食らう『TSUTAYA』の甘い情報管理」という記事と通底している。それによれば、CCCは16年からフェイスブックと提携し、子会社を通じて、Tポイントの6000万人を超える購買データを情報提供してきたとされる。
 今回の事件を受け、フェイスブック側からの提携解消の申し入れがあり、先の「特集」でも触れられているが、ほとんどアナウンスされていない。

 CCCによる顧客情報データの他社提供は、斎藤貴男が『プライバシー・クライシス』(文春新書、1998年)でいち早く指摘していたが、Tポイントに移行してからも続いていたことになる。
 『選択』はCCCによる外部への情報提供は「ブラックボックスと化している」し、「知らず知らずのうちに、Tポイント利用情報をフェイスブックに横流しされ、危険にさらされた日本の消費者にとっても他人ごとではない」と警告している。それは日販も同様である。
 この事実はツタヤ図書館利用者も同様なことを意味しているし、地方自治体が市民情報の外部への横流しに加担していることになろう。
 「ブラックボックス」といえば、CCCはキタムラの全株式を取得し、上場廃止を発表している。
 また『週刊エコノミスト』(5/22)も「ネットの新覇者」特集を組んでいることを付記しておく。



11.『週刊ダイヤモンド』(5/26)ば「物流クライシス」特集を組み、そのリードは「ヤマトのアマゾン切りで始まった物流の混乱は、収まる気配がない」というものである。
 しかもこの特集の終章は「出版社、物流倒産の現実味」と題され、実際に同誌を例にして、ダイヤモンド社のことも語られ、「ビジネスモデルの激変に対応できない出版社は、座して死を待つのみ」と閉じられている。

週刊ダイヤモンド 週刊東洋経済

 確かに物流クライシスは個人も企業も巻きこむようなかたちで進行している。直販の場合、アマゾンのこともあり、送料をとれないことに加え、値上げ分を加えれば、どれだけの損失になるのか、またそれを含めた物流コスト問題を直視すべき時期に入っている。

 個人に近い小出版社ですらそうなのだから、取次の「物流クライシス」はとんでもないものだろうと、あらためて実感してしまう。
 なお『週刊東洋経済』(4/28、5/5)も「アマゾンの自社配送網 下請け頼みの過酷な現実」を発信している。



12.倉庫、書籍梱包会社の東京美装梱包が自己破産。
 2006年には年商5億3000万円だったが、12年には4億円に落ちこみ、今年の1月に事業を停止。負債は5億円。

  この出版物倉庫会社の自己破産も、出版危機と物流クライシスの双方の影響を受けたものであろう。
 これも表に出てこないけれども、出版業界周辺の企業もクライシスが多発しているはずで、これからも続出してくるように思われる。



13.『FACTA』(6月号)が「『文春砲』が湿るか、文藝春秋で社長内紛劇」を掲載している。
 それによれば、松井清人社長が、次期社長に経理出身の中部常務を起用し、子飼いの石井取締役を副社長として、自らは会長に就任し、院政を敷こうとしたことに起因している。
 この動きに対し、次期社長と一時目されていた木俣常務など3人の役員が、編集経験のない中部社長では経営危機を乗り切れないと異議を唱え、人事撤回と退陣を迫ったとされる。

 その背景には、前社長時代まで250億円前後で推移してきた売上高が、松井社長となってから、4年で40億円ほど減少し、4億円の赤字となったこと、そのために編集予算が削られ、不動産売却などで出版赤字を埋める経営状況がある。
 それは5月30日の決算役員会と6月29日の株主総会で決着するが、日本のジャーナリズムの雄としての「文藝春秋」が鈍るような編集になり、「相次ぐスキャンダルに喘ぐ安倍官邸がほくそ笑むことにもなりかねない」内紛劇に、永田町も重大な関心を寄せているという。

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 本クロニクルにも、大手書店や出版社、取次に関する多くのリークが寄せられてくるが、不可避にして重要な事柄以外、ほとんど言及したことがない。『FACTA』の場合、文春にまつわる記事は関係者がリークしているか、書いているのであろう。
 おそらくこの出版状況下にあって、大手を中心にして、このような経営と人事をめぐる問題が起きていることは想像に難くない。果たして文春の決着はどのようなものになるのだろうか。

 その後『朝日新聞』(5/27)が、管理職11人による人事案再検討を求める要望書を提出したことを伝えている。
 また”連判状″とともに、文春の内紛については、「YAHOO!ニュース」(5/21)でも、ジャーナリスト山口一臣によって報じられていることを、読者より知らされた。



14.同じく『FACTA』(6月号)が「『漫画村』閉鎖指揮は『首相補佐官』」という記事を発信している。
 これはコミックの海賊版サイトの「ブロッキング」が憲法や電気通信事業法に明記された「通信の秘密」の侵害に当たり、「超法規措置」だとするもので、「危機感を抱いた出版社側が政府に泣きつき、今回の『緊急対策』となった」とされる。

 それを言い出したのはカドカワ社長の川上量生で、「海賊版にはブロッキングが有効」と主張し、小学館、集英社、講談社が加わり、コミック系5社が内閣府の知的財産戦略本部に申し入れた。そして官邸の意向を忖度した役人によって、この「前代未聞の超法規的施策」が実現したのである。
 これは「モリカケ問題と同質」で、「自助努力を行わず、旧態依然としたビジネスモデルにしがみつき、官邸に泣きつくだけの出版業界に明日はない」とまで断罪されている。

 この記事が13と同じ号に掲載されているのは偶然ではないだろうし、出版業界も危機下にあって、至るところで、いわば鼎の軽重を問われるシーンが頻繁に起きていることを想起させる。
 前回の本クロニクルでも、漫画村などへのサイトブロッキングは、「政府による検閲と事業者への圧力、議論なきサイトブロッキングの様相も帯びている」との疑念を表明しておいたが、図らずもそれが証明されたことになる。

 『FACTA』の今月号の1314の記事は、直販誌以外には書けないものだし、出版危機下における同誌の見識を讃えておこう。



15.山本芳明の『漱石の家計簿』(教育評論社)が出された。
 これはサブタイトルに「お金で読み解く生活と作品」とあるように、夏目漱石の文学活動を経済的視点から捉え直し、さらに死後に生じた経済的効果と文化的資産としての動向を明らかにすることを目的として書かれた一冊である。
 いうまでもなく、山本の『カネと文学』(新潮選書)の続編に当たる。

漱石の家計簿  カネと文学

 山本も書いているように、文学を経済活動として捉えることは重要だが、敬遠されがちなテーマとされるけれど、市場社会で活動せざるをえない文学者を考察すると、新たに見えてくる意義も大きい。
 本クロニクルもそのような視座から出版の問題に取り組んできたといえる。たまたま最近、本ブログ「古本夜話」の785「河出書房『短篇集叢書』」786「岸田国士『力としての文化』」を書き、そこで大東亜戦争下における河出書房と文学書の経済を論じている。それらを書くことで、昭和戦時下の出版と文学と経済の問題の一端にふれているはずなので、よろしければ参照されたい。



16.『出版状況クロニクルⅤ』は5月初旬に刊行されたが、当然のこととはいえ、取次によってはブロッキング化されたような扱いで、書店で見て、手にとる機会が少ないのではないかと推測される。
 そのような刊行状況なので、図書館にリクエストして頂けると有難い。
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 今月の論創社HP「本を読む」㉘は岡崎英生『劇画狂時代』と「シリーズ《現代まんがの挑戦》」です。
 本連載も多くの訪問者を得ているようで、論創社ともども多謝。

出版状況クロニクル120(2018年4月1日~4月30日)

18年3月の書籍雑誌推定販売金額は1625億円で、前年比8.0%減。
書籍は1017億円で、同3.2%減。
雑誌は608億円で、同15.0%減。
雑誌の内訳は月刊誌が507億円で、同15.9%減、週刊誌は101億円で、同10.2%減。
返品率は書籍が27.1%、雑誌が42.0%。
書店店頭売上は『漫画 君たちはどう生きるか』などのヒットがあり、書籍は前年比1%マイナスだが、雑誌は定期誌10%減、ムック11%減、コミック6%減で、17年以上にトータルとしての雑誌離れが進行している。
3月の前年同月比マイナスは141億円で、18年の1月から3月にかけての第1四半期は322億円減である。
詳細は『出版状況クロニクル4』の2014年のところを見てほしいが、破綻以前の取次のそれぞれの売上高は、大阪屋が766億円、栗田出版販売が371億円、太洋社が252億円であるから、いかにマイナスが大きいかわかるだろう。それが現在の取次を直撃している。
第2四半期も始まっていくが、現在の出版状況から考えれば、マイナスは加速していくと判断するしかない。

君たちはどう生きるか  出版状況クロニクル4


 
1.前回もふれたように、『日経新聞』(3/31)の発信によれば、楽天が大阪屋栗田に対し、20億円追加出資して子会社化し、社名も「楽天」を含む商号に変更するとのことだった。
 だが楽天は、それは自社からのリリースではないとし、コメントを拒否し、その後の動向も伝えられていない。

 結局のところ、『日経新聞』の発信は大阪屋栗田、もしくは株主出版社周辺からのリークと見なせるだろう。
 楽天は3月9日付プレスリリース「一部ウエブサイトについて」を出し、「楽天は、引き続き株式会社大阪屋栗田―OaK 出版流通―と連携し、出版業界の発展に取り組んでまいります」と宣言したばかりなので、どうなっているのか。リリースの注として、これは「発表日現在の情報」で、「最新の情報と異なる場合」があると付されているが、そういうことなのであろうか。
 それに関し、大阪屋栗田も「ニュースリリース」を出さず、マスコミや業界紙などでも続報は伝えられず、1ヵ月が過ぎたことになる。
 その一方で、大阪屋栗田の取引書店による18年「OaK友の会」連合大会は中止、新入社員も17年に引き続き、ゼロ採用となっている。



2.これも前回の本クロニクルで、日販の平林彰社長の出版社への取引条件変更要請について、「日販非常事態宣言」だとの判断を既述しておいた。

 しかしかつて取次史上なかった重要な発言であるにもかかわらず、と同様にマスコミや業界紙も、大問題として言及することを避けていると見なすしかない。大手新聞はいずれも出版部門を抱えているので、自らの問題へと跳ね返ってくるし、それは出版社系経済誌も同様であるからだ。
 だがこれは出版業界で最大の売上高6200億円を超える取次としての日販の発言、しかもこの出版危機状況における発信という事実からすれば、看過すべき問題ではない。正面から直視し、そこにこめられた意味を解読すべきだろう。

 そこから浮かび上がってくるのは、1990年以後の日販がたどってきたCCC=TSUTAYAとの癒着というしかない、複合大型店のフランチャイズ・ナショナルチェーン化の帰結である。それは取次戦争でもあり、鈴木書店、大阪屋、栗田、太洋社、日本地図共販を敗北へと追いやってきた。しかしそうしたプロセスは、流通業としての取次が自ら危機を招来したともいえる。
 流通業の原則からすれば、一定数の標準店をベースとして、取次システムは構築され、成立していたのである。その雑誌をメインとする標準店とは中小書店に他ならず、取次全体として2万店以上が不可欠だったと考えられる。丸善や紀伊國屋などの特販の大型店は統一正味、歩戻し、返品当月入帳などから利益は上がらず、大半を占める中小書店こそが取次にとっての安定した市場で、まさに生命線に他ならなかった。

 だが『出版業界の危機と社会構造』で詳細に記述しておいたように、1990年代半ばの改正大店法の規制緩和から2000年の大店立地法の施行により、大型店出店はフリーとなり、TSUTAYAを始めとするナショナルチェーンは、さらに複合大型店化を進めていった。それが中小書店を壊滅させることになったのはいうまでもあるまい。 
 それとパラレルに中小取次も退場に追いやられ、かくして日販とトーハンだけがサバイバルしてきたことになる。しかし雑誌とレンタルが凋落する中で、こちらもまた利益をもたらさないバブル出店的大型店、「囲い込み」傘下書店、大赤字のコンビニが残されたことになる。

 「日販非常事態宣言」はこのような取次と書店状況を背景として出されたものだと見なせよう。前回、の大阪屋栗田が株主にしか目が向いていないと指摘しておいたが、日販の場合は「囲い込み」傘下書店とCCC=TSUTAYAにあることが歴然としている。
 かつては大手出版社の雑誌をコアとし、その流通と金融を代行することが存在理由だったはずの大手取次は、初めて書店の側に立ったことになる。それは単純計算すると、「囲い込み」傘下書店とCCC=TSUTAYAの販売金額を合わせれば、日販の売上高の半分の3000億円に達するからだ。しかもそれらが危機に追いやられていることは間違いない。

 それに「日販非常事態宣言」はすでに現在の取次システムが赤字だといっているに等しいことに注視しなければならない。これも流通業の原則だが、採算ベースを上回っていけば、利益率は上昇する一方だけれども、下回った場合、赤字が加速して増加していくという事実である。
 そのような取次の状況下においても、出版社との取引条件変更交渉はスムーズに進むはずもないし、出版社側から見れば、書店支援というよりも、レンタルその他部門へ補填流用されるのではないかと疑心暗鬼も生じるだろう。もはや出版社、取次、書店というコミュニティが崩壊してしまった中での交渉が難しいことはいうまでもない。

 これから否応なく焦眉の問題として、取次に関する事柄や情報が語られていくだろうが、その際には取次に関する基礎文献である、村上信明『出版流通とシステム』(新文化通信社、1984)、清水文吉『本は流れる』(日本エディタースクール出版部、1991)、西谷能雄『出版流通機構試論』(未来社、1981)などに目を通してからにしてほしい。
 村上がその著書でいっているように、出版社や書店以上に「一つ一つの事柄が体系的かつ全体的に把握されていなければ、取次を語ることは難しい」し、本クロニクルもそれを自戒の言葉としているからだ。

出版業界の危機と社会構造  f:id:OdaMitsuo:20180426175504j:plain:h110  f:id:OdaMitsuo:20180426175852j:plain:h110



3.有隣堂が東京ミッドタウン日比谷3階に「HIBIYA CENTRAL MARKET」237坪をオープン。
 これは居酒屋、理容室、アパレル、雑貨、メガネ、コーヒー、書籍雑誌、イベントスペースの8業種の新規店で、すべてを直営し、目標粗利益率は60%とされる。


4.今井書店グループが雑貨とカフェと本を融合させた「シマトリ」を本の学校今井ブックセンター内に150坪でオープン。

 これらふたつの新業態店の写真が「文化通信bBB」(4/23)に掲載され、もはや書店が単独店で生き残っていくことが不可能な時代に入ってしまったことを象徴しているかのようだ。
 そういえば、これもすでに20年近く前のことになってしまうけれど、本の学校今井ブックセンターに呼ばれたことがあった。その2階から書店の光景を眺め、感銘を受けたことを思い出す。その時会った人たちはお達者であろうか。



5.『出版月報』(3月号)が特集「文庫マーケットレポート2017」を組んでいるので、その「文庫マーケット推移」を示す。

■文庫マーケットの推移
新刊点数推定販売部数推定販売金額返品率
増減率万冊増減率億円増減率
19954,7392.6%26,847▲6.9%1,396▲4.0%36.5%
19964,718▲0.4%25,520▲4.9%1,355▲2.9%34.7%
19975,0577.2%25,159▲1.4%1,3590.3%39.2%
19985,3375.5%24,711▲1.8%1,3690.7%41.2%
19995,4612.3%23,649▲4.3%1,355▲1.0%43.4%
20006,09511.6%23,165▲2.0%1,327▲2.1%43.4%
20016,2412.4%22,045▲4.8%1,270▲4.3%41.8%
20026,155▲1.4%21,991▲0.2%1,293 1.8%40.4%
20036,3733.5%21,711▲1.3%1,281▲0.9%40.3%
20046,7415.8%22,1352.0%1,3132.5%39.3%
20056,7760.5%22,2000.3%1,3392.0%40.3%
20067,0253.7%23,7987.2%1,4165.8%39.1%
20077,3204.2%22,727▲4.5%1,371▲3.2%40.5%
20087,8096.7%22,341▲1.7%1,359▲0.9%41.9%
20098,1434.3%21,559▲3.5%1,322▲2.7%42.3%
20107,869▲3.4%21,210▲1.6%1,309▲1.0%40.0%
20118,0101.8%21,2290.1%1,3190.8%37.5%
20128,4525.5%21,2310.0%1,3260.5%38.1%
20138,4870.4%20,459▲3.6%1,293▲2.5%38.5%
20148,6181.5%18,901▲7.6%1,213▲6.2%39.0%
20158,514▲1.2%17,572▲7.0%1,140▲6.0%39.8%
20168,318▲2.3%16,302▲7.2%1,069▲6.2%39.9%
20178,136▲2.2%15,419▲5.4%1,015▲5.1%39.7%

 文庫販売金額はかろうじて1000億円を割りこまなかったけれど、5年連続マイナスで、下げ止まる気配はまったくない。17年の書籍推定販売金額のシェアは14.7%で、雑誌、コミックと並ぶ書店売上のベースを占めているが、前回のクロニクルで見たように、雑誌、コミック、文庫と、書店売上の柱が揃って落ちこむばかりである。

 しかも1990年代後半は新刊点数5000点台で、販売金額1300億円をキープしていたのに、それが6000点から8000点台に及びながら、16年に至っては1000億円、18年にはそれも割ってしまうことが確実である。
 それから返品率はこの4年間39%台で推移し、文庫の生産、流通も赤字になっているのではないかとも推測される。文庫は雑誌に最も近いかたちで発行されていることからすれば、雑誌と同じく返品の多くは断裁の憂き目にあっていることも考えられる。もはや文庫もロングセラーではなく、絶版の山を築きながら出されているのだろう。



6.『日本の図書館統計と名簿2017』も出されたので、公共図書館の推移を示す。

日本の図書館統計と名簿2017
 

■公共図書館の推移
    年    図書館数
専任
職員数
(人)
蔵書冊数
(千冊)
年間受入
図書冊数
(千冊)
個人貸出
登録者数
(千人)
個人貸出
総数
(千点)
資料費
当年度
予算
(万円)
1971 8855,69831,3652,5052,00724,190225,338
1980 1,3209,21472,3188,4667,633128,8981,050,825
1990 1,92813,381162,89714,56816,858263,0422,483,690
1997 2,45015,474249,64919,32030,608432,8743,494,209
1998 2,52415,535263,12119,31833,091453,3733,507,383
1999 2,58515,454276,57319,75735,755495,4603,479,268
2000 2,63915,276286,95019,34737,002523,5713,461,925
2001 2,68115,347299,13320,63339,670532,7033,423,836
2002 2,71115,284310,16519,61741,445546,2873,369,791
2003 2,75914,928321,81119,86742,705571,0643,248,000
2004 2,82514,664333,96220,46046,763609,6873,187,244
2005 2,95314,302344,85620,92547,022616,9573,073,408
2006 3,08214,070356,71018,97048,549618,2643,047,030
2007 3,11113,573365,71318,10448,089640,8602,996,510
2008 3,12613,103374,72918,58850,428656,5633,027,561
2009 3,16412,699386,00018,66151,377691,6842,893,203
2010 3,18812,114393,29218,09552,706711,7152,841,626
2011 3,21011,759400,11917,94953,444716,1812,786,075
2012 3,23411,652410,22418,95654,126714,9712,798,192
2013 3,24811,172417,54717,57754,792711,4942,793,171
20143,24610,933423,82817,28255,290695,2772,851,733
2015 3,26110,539430,99316,30855,726690,4802,812,894
20163,28010,443436,96116,46757,509703,5172,792,309
2017 3,29210,257442,82216,36157,323691,4712,792,514

 17年の個人貸出数は、16年に7億冊を回復していたが、14、15年と同様に6億冊台へと戻ってしまった。だが図書館数は19館の増加を見ているし、貸出登録者数もほぼ横ばいであることからすれば、基本的には2010年代は7億冊前後の貸出数で推移してきていると見るべきだろう。

 だが問題なのは書籍の推定販売部数が2011年から7億冊を下回り、図書館貸出数に抜かれてしまったことで、しかも17年にはついに6億冊を割り、5億9157万冊となり、両者の差は1億冊に及んでしまった。
 書籍推定販売冊数の推移をたどれば、1996年の9億冊から3億冊のマイナスとなっている。それに対し、図書館貸出冊数は97年の4.3億冊から、17年の6.9億冊と2.6億冊増加し、書籍販売冊数のマイナスと近い数字となる。
 もちろんこれがすべての図書館の影響だというつもりもないし、この20年間における出版物売上高と書店数の半減も作用していることは承知している。だが書店との棲み分けを考慮しない公共図書館の増加が、このような貸出冊数と販売冊数の逆転を生じさせたことは否定できないだろう。

 またしても、文春の松井清人社長たちと千代田区立図書館員たちによる「文庫貸し出しの議論」がもたれている。しかしそれよりも直視すべきはで示した日本の出版業界における文庫の位置づけ、出版経済も含めた文庫の意味、ここで挙げた図書館データ推移から浮かび上がる公共図書館における市民と読者、蔵書と貸出の関係、文庫で読むことの読書習慣などの根本的な問題ではないだろうか。



7.CCCの連結子会社で、コミックやライトノベルを発行するアース・スターエンターテイメントが泰文堂の全株式を取得し100%子会社化。


8.旭屋書店を運営する旭屋書店と東京旭屋書店は、それぞれ発行済み株式の30%強をCCCに売却。

 いずれもCCC傘下へということになるが、釈然としない印象がつきまとう。
 出版社としての泰文堂は語学や教科書がメインだったはずで、それがコミックやライトノベル版元による子会社化にどのような意味があるのか。考えられるのは、泰文堂が老舗出版社ゆえに高正味という理由だが、まだ他にも事情があるのかもしれない。
 旭屋書店の場合も、『出版状況クロニクル5』でふれておいたように、もはや書店売上ランキングからも姿を消していて、この出版状況下でのM&A案件にふさわしいとも思われない。とりあえず日販がCCC傘下に「囲い込み」させたということになろうか。
 まだ公表されていない出版社のM&Aも多くあり、語学書ということであれば、三修社も映像、ネット、モバイル、ゲームなどを媒体とするコンテンツ制作の総合メディアプロダクションのブレイングループの傘下入りしたようだ。
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9.京都府舞鶴市の書籍販売とCD・DVDレンタルのカルチャープレスが破産。
 2001年の年商4億4000万円が17年には1億6000万円に減少していた。負債は1億3500万円。

 『ブックストア全ガイド96年版』(アルメディア)で確認してみると、舞鶴市にもINDEXにもカルチャープレスは見当らない。
 96年以後の創業、もしくは社名変更も考えられるが、レンタルから始めて出版物も手がけるという複合店化をたどった業態のように思われる。そのようにカルチャープレスを位置づけてみると、レンタル事業の失墜は加速していることがうかがわれる。

 折しも2005年からスタートしたアマゾンのプライム会員数が初めて公表されたが、世界で1億人を突破している。またネットフリックス会員数も1億2500万人に及ぶという。見放題、聴き放題、動画配信のさらなる成長は、レンタル市場の凋落に拍車をかけていくであろう。



10.映画関連書や映画検定試験事業を手がけていたケージェイが破産。
 映画雑誌『キネマ旬報』を発行し、東京都中小企業再生支援協議会の支援を受け、私的整理を実施し、新会社に主力事業を移管し、第二会社方式による再建をめざしたが、解散となり、今回の措置に至った。負債は7億3300万円。

キネマ旬報

「旧」キネマ旬報社のたどった結末ということになる。
 『キネマ旬報』は1919年に創刊され、21年には現在まで続くキネマ旬報ベスト・テンを設け、映画評論誌としての地位を確立した。戦後の1951年に復刊し、2016年まで出されてきたが、17年「新」キネマ旬報社のもとに移されていた。
 映画を観る環境はDVD、動画配信、シネコンなどによって様変わりしてしまったといってもいいけれど、映画をめぐる出版はやせ細っていくばかりのように思える。一期一会のようにしか観られない時代は多くの映画書が出されていたのに、いつでも観られる時代になると、そうではなくなるというのは何という逆説であろうか。
 ケージェイ=「旧」キネマ旬報社のたどった結末は、それを象徴しているといっていい。



11.船井メディアが特別清算。
 同社は1995年船井総研グループの創設者船井幸雄によるプライベート・カンパニーとして設立され、月刊誌『ザ・フナイ』やCDマガジン『JUST』などの制作、販売、セミナー事業などを手がけていた。
 2008年には売上高8億円を計上していたが、14年の船井の死去に伴い、15年には3億円に落ちこみ、出版事業は15年に船井本社に譲渡されていた。負債は1億4800万円。

 船井メディアはバブル時代に設立された多くの出版社のひとつに挙げられるだろう。
 しかし創業者の知名度が高く、自らの名前を付した出版物はそれなりの売上高を確保できるにしても、その依存度が高く、亡くなってしまえば、効果は急速に希薄化していくことを示している。おそらくPHPを範として設立されたはずだが、ビジネス書出版社としての成長は難しかったのであろう。



12.政府は漫画を無料で読める海賊版サイト「漫画村」「Anitube」「MioMio」へのサイトブロッキングの「緊急対策」実施を決定。
 それを受けて、NTTグループは3つの海賊版サイトのサイトブロッキングを実施し、ソフトバンクとKDDIは検討中とされる。

 しかしこのような海賊版サイトは200以上あるとされ、誰がそのサイトブロッキングを決め、接続業者に要請するのか、具体的に明らかになっておらず、政府による検閲と事業者への圧力、議論なきサイトブロッキングの様相も帯びている。
 先に実施された児童ポルノサイトのサイトブロッキングは総務省、警察庁、事業者側が3年がかりの議論を経て決定したもので、今回の漫画の場合の「緊急対策」の内実が問われなければならないだろう。

 それは本クロニクルも、前回ふれたように、議論なきサイトブロッキング的対応に直面したからで、どのようなブログでもそうした事態に追いやられることもふまえるべきだと実感しているからだ。
 それに専門家からは、サイトブロッキングは技術的に簡単ではないし、有効性も理解されていないし、効果は疑問で、対象外サイトも見られなくなる可能性も挙げられている。また著作権被害額にしても、出されている3200億円は過大ではないかとの疑問も生じている。
 いずれにしても、議論なきサイトブロッキングは後に禍根を残すと考えざるをえない。



13.『日経MJ』(4/6)が「LINEに行列 漫画家争奪戦」と題して、スマートフォンによる漫画アプリをめぐる大手出版社とネット企業の特集を組んでいる。
 そのチャートは次のようなものである。

■大手出版社
出版社アプリ名サービス開始ダウンロード数
集英社少年ジャンプ+2014年9月900万件
小学館マンガワン2014年12月1250万件
講談社マガジンポケット2015年7月

■ネット企業
アプリ名サービス開始ダウンロード数
LINELINEマンガ2013年4月1900万件
ディー・エヌ・エーマンガボックス2013年12月1000万件
コミックスマートガンマ2013年12月950万件


 続けて大手出版社の漫画アプリ発ヒット作品も挙げてみる。ネット企業のほうでは、「ガンマ」連載のヒット作『外れたみんなの頭のネジ』の単行本発行はアース・スターエンターテイメントとあるので、7の泰文堂を子会社にしたのはネット企業系だとわかる。
外れたみんなの頭のネジ

■大手出版社漫画アプリ発ヒット作品
出版社タイトル発行部数(電子版含む)
講談社インフェクション
金田一少年の事件簿外伝 犯人たちの事件簿
DAYS外伝
127万部
55万部
21万部
小学館マギシンドバッドの冒険
モブサイコ100
ケンガンアシュラ
560万部
195万部
180万部
集英社終末のハーレム220万部

 トーハンの「LINEマンガ」や「ガンマ」など、ネット系のアプリ集計によれば、それらで連載単行本化された作品数は14年4点、15年67点、16年145点、17年151点と増えてきているが、ネットで人気を得ても、単行本でヒットするとは限らないようだ。

 現在マンガアプリは100以上あると見られるが、これからも単行本点数が増えていくかどうかはもう少し見極める必要があるだろう。
 ちなみに『創』(5、6月号)も「マンガ市場の変貌」を特集している。そこで、前回の本クロニクルでも伝えたが、初めて電子コミックスが紙のコミックスを上回ったことへの言及がなされ、その逆転に対する疑問も提起されている。
 それは大手出版社のマンガ編集者も同様の意見で、電子コミックデータ集計が簡単ではないという事情も浮かび上がってくる。そしてそのことが海賊版サイトによる著作権被害額の問題へとも結びついているのである。
創



14.北海道が稀見理都『エロマンガ表現史』(太田出版)、滋賀県が黒沢哲哉『全国版 あの日のエロ本自販機探訪記』(双葉社)を有害図書指定。
エロマンガ表現史 全国版 あの日のエロ本自販機探訪記

 12の検閲とサイトブロッキングではないけれど、東京オリンピックを控えてであろう検閲を、地方自治体も始めている。本クロニクル116で、イオングループのミニストップや未来屋書店からの成人向け雑誌の販売中止が、千葉市からの要望によることを既述しておいた

 それは前回の東京オリンピックと連動して起きた1963年の「悪書追放運動」を想起させるので、千葉市のイオンの例を、自治体と流通業者は見ならうべきではないと述べておいた。しかしこれらの有害図書指定に明らかなように、地方自治体のほうは見ならおうとしているのだろう。それも政府による海賊版サイトへの検閲とサイトブロッキングによって、さらに推進されていくのではないだろうか。
odamitsuo.hatenablog.com



15.『現代思想』(3月号)が「物流スタディーズ―ヒトとモノの新しい付き合い方を考える」を組んでいる。
現代思想

 本クロニクルでも、何度か『現代思想』の特集に言及してきたが、まさか物流問題までは想像していなかった。
 しかし本クロニクル113でふれているように、デパート、ショッピングセンターなどの「旧大陸」に対して、「新大陸」とされるアマゾンやメルカリを見れば、それがインターネットを通じての金融とロジスティクスを伴うグローバリゼーションであるばかりでなく、新たなテクノロジーによる物流革命だと認識できる。
 
 今回の特集では、田中浩也と若林恵の対談「グローバルとローカルをつなぐテクノロジーの編集力」、大黒岳彦「〈流通〉の社会哲学」にとても触発されたことを記しておこう。
odamitsuo.hatenablog.com



16.春秋社が創業100周年として、「年次別刊行書目(1919年~2017年)」を収録した図書目録を刊行。

 春秋社は昭和円本時代に、『世界大思想全集』第Ⅰ期78巻を刊行しているが、この企画編集と翻訳の全容がつかめていない。
 それから夢野久作の『ドグラ・マグラ』を始めとして、多くの探偵小説を、発行所春秋社、発売所松柏館として刊行している。こちらもその全貌が不明である。
 先日も同様にして、昭和12年刊行のトムソン『探偵作家論』(廣播洲訳)を入手したが、図書目録には同11年刊行とあった。
 春秋社の戦前のまとまった単行本リストを目にするのは初めてなので、とても参考になるし、貴重な書誌データとして有難い。
 なお世界思想社も創業70周年記念号として、『世界思想』(45号)が特集「メディア・リテラシー」を組んでいることを付記しておく。
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17.ロシア文学者の太田正一が亡くなった。

f:id:OdaMitsuo:20180428142400j:plain:h110 プリーシヴィンの日記 エマ・ゴールドマン自伝

 彼は小社のプリーシヴィン『ロシアの自然誌』『森のしずく』の訳者であり、私も『エマ・ゴールドマン自伝』(ぱる出版)の拙訳に際して、ロシア語関連のことで、ご教示を得ている。
 その死を追悼し、中村喜和による太田正一編訳『プリーシヴィンの日記』(成文社)の書評が『産経新聞』(4/1)に掲載された。
 プリーシヴィンはロシアの先駆的なエコロジストにして思想家であった。1990年代に、その初めてといっていい翻訳に際し、ロシア語版選集を彼にプレゼントできたことは本当によかったと思う。この『日記』の訳出もそれによっているのかもしれないからだ。
 しばらく会っていなかったのが残念だが、心からご冥福を祈る。



18.植田康夫の死が伝えられてきた。
『「週刊読書人」と戦後知識人』

 彼はいうまでもなく、『週刊読書人』編集長や上智大学教授、出版学会会長、の本の学校理事長も務め、出版業界でもよく知られていた人物であった。
 だが私にとっては何よりも、『「週刊読書人」と戦後知識人』(「出版人に聞く」17)の著者で、図らずも、これが実質的遺著となってしまった。そうした意味において、インタビューしておいてよかったと思う。とはいえ、このシリーズの著者の死は5人目である。
 外出が困難になってきたとは仄聞していたけれど、死に至るほどではないと考えていた。
 謹んでご冥福を祈ります。



19.『出版状況クロニクル5』は5月上旬発売となる。
 このような出版状況下で、スピルバーグの『ペンタゴン・ペーパーズ』を観たことを、そっと付け加えておこう。
 論創社HP「本を読む」㉗は「松田哲夫、筑摩書房『現代漫画』、『つげ義春集』」です。

f:id:OdaMitsuo:20180427150858j:plain:h120 f:id:OdaMitsuo:20180427170448j:plain:h120

出版状況クロニクル119(2018年3月1日~3月31日)

18年2月の書籍雑誌の推定販売金額は1251億円で、前年比10.5%減。
書籍は773億円で、同6.6%減。
雑誌は478億円で、同16.3%減。
書籍マイナスは前年同月の村上春樹『騎士団長殺し』100万部発行の影響とされる。
雑誌の内訳は月刊誌が390億円で、同17.1%減、週刊誌は87億円で、同12.4%減。
返品率は書籍が32.2%、雑誌が44.2%と、いずれも高くなっている。
前回のクロニクルで1月の前年同月比マイナスが34億円だったので、今後その反動が生じるはずだと記したが、2月は前年同月比147億円マイナスで、すでに18年は2ヵ月で181億円の推定販売金額を失ってしまった。
それを回復できるような出版状況ではまったくない。
出版状況と出版流通システムは完全に臨界点に達しているというしかない。


 
1.大阪屋栗田が3月6日付で「当社に関する虚偽情報の発信に関して」という「ニュースリリース」を出している。

 ここには大阪屋栗田の現在の実像がよく現われている。それは取引先の出版社や書店ではなく、株主にしか目が向いていない取次としての姿である。かつて街の中小書店と併走し、それなりの自負や矜持も備えた大阪屋や栗田の面影はない。それは取次が置かれている現在の状況を象徴していよう。

 出版業界は何よりも言論の自由を前提として成立しているし、その流通を担う取次がそれを知らぬはずもあるまい。まして社長は講談社出身ではないか。それにまったくの「虚偽情報」であれば、まずダイレクトに本クロニクルに抗議し、反証を示し、論議を交わし、謝罪を要求すべきではないか。言論に関しては言論でというのが言論の根幹であることは自明のことだ。もちろん本クロニクルにしても、納得できる反証が示され、論議を尽くすプロセスを経ていれば、訂正謝罪もしたであろう。

 しかし「一部のブログ」とされているだけで、本クロニクルにはまったく抗議も接触もなく、ここに示されているように、法的「恫喝」を加え、株主の大手会社と出版社名を並べ、出版業界における個人の言論を圧殺することに終始している。

 実際に「本クロニクル118付記2」のような事態が生じ、削除を強いられることになるのだが、これも法的規制から具体的に書くことができない。だがネット事情に通じた読者であれば、すぐに事情はおわかりだろう。

 本クロニクルがあえてこの情報を発信したのは、これが大手出版社に対する支払い条件改定とも考えられたが、この問題を通じて、現在の取次と大手出版社をめぐる金融問題が浮かび上がると想定したからだ。つまりそれは現在の正味と再販委託制に基づく出版流通システムがゾンビ化していることの証明になるはずだった。ところがそれは論議ともならず、とりあえずこのような経過をたどったことになる。

 これは断わるまでもないかもしれないが、本クロニクルは出版業界のリアルタイムでの状況分析を目的とし、出版業界内の個人の無償の行為として発信されている。それゆえに誰でもフリーアクセスできるし、誰も公言しないけれど、出版業界では多くの人たちが読んでいて、業界の様々なシーンにおいて参照されている。

 その一方で、私は『週刊エコノミスト』(3/27)が付している「出版評論家」を名乗ったこともないし、何の報酬も得ていない。しかし本クロニクルは10年間に及んだことで、紛れもない唯一の現代出版史を形成している。

 それにもうひとつ付け加えておけば、本クロニクルを始めた目的は、出版業界に何が起きているのかを定点観測して記録することにある。それは戦前の大東亜戦争下から敗戦と占領に至る10年間の出版史の詳細が記録に残されていないことに起因している。現在に至る10年間こそは第二の敗戦と占領だったと考えれば、後世において、本クロニクルは出版業界のみならず、歴史を検証する不可欠の資料となるであろう。

 かつて私は『ブックオフと出版業界』を上梓している。そこで街の中小書店を壊滅させたひとつの要因である、ブックオフ、CCC、日販、丸善の癒着と関係を明らかにしたが、著者にも発行出版社にも法的「恫喝」は加えられなかったことを記しておこう。もちろんブックオフが取材を拒否し、取次配本に問題が生じ、書店の一括返品などの話は伝えられてきたにしても。

 そうした意味においても、出版業界は解体の危機ばかりではなく、言論の自由の危機すらも露呈し始めているといえよう。
週刊エコノミスト ブックオフと出版業界

【付記】
 「日経新聞電子版」3月31日午後の発信によれば、楽天が大阪屋栗田に20億円を追加出資し、出資比率を5割超とする。大阪屋栗田の社名も「楽天」を含む商号に変更。



2.日販の平林彰社長が「出版社へ条件変更を求める」という見出しで、『文化通信』(3/19)のインタビューに応じている。それらをつぶさに要約してみる。

* 雑誌に関しては定価の0.55%だった出版社の「運賃協力金」を0.85%に上げてほしい。
輸送環境はこの数年急激に悪化しているし、20年以上「運賃協力金」も改定されていないからだ。対象出版社は現在100社だが、「運賃協力金」制度の改定なので、雑誌を発行するすべての出版社にお願いするつもりだ。

* 取次にとって書籍はずっと赤字で、雑誌で稼いだ利益で書籍への投資と赤字を補填してきたのが、取次の構造である。しかし雑誌の売上が減少する中で、遠くない将来、取次業が続けられないという危機感がある。だから書籍で利益を出し、書籍だけで食べられる構造にしなければならない。

* 書籍に関しては日販が営業赤字を算出し、対象出版社個別に赤字額を示し、話し合いをしたい。対象出版社は赤字金額が大きい100社で、最終的に200社になる。

* 書籍の赤字原因のひとつは文庫、新書、コミックの定価が低く、物流コスト負担が重いし、文庫は返品率が下がらない。
 二つ目は出版社の日販への出荷正味が高いケースである。書店へのマージンやリベートを上げていかなければならないし、書店マージンを30%にする必要がある。取次仕入れ正味が70%を越えている出版社は改善してほしい。
 三つ目は取次の場合、価格設定できないことと仕入れ商品を選ぶことができない構造で、赤字になる銘柄でも、消費者や書店に迷惑をかけるので、仕入れなければならない。そこに取次の社会的使命があるわけだが、経済活動としてはジレンマがある。

* 具体的に低価格書籍は価格帯別に1冊あたりの基準送料を負担してほしいし、それに高正味改定の両方が組み合わせのかたちになるだろう。それに書籍だけの流通を考えると、毎日出荷を1冊単位での配達が続けられるかという問題にも直面するだろう。

* 赤字幅の算出は出版共同流通の稼働により、単品返品データが取れるようになり、出版社個別の損益も把握できるようになっている。

* 出版社の出荷正味が高いと、取次から書店への出荷が「逆ざや」になるケースがあり、取次も書店も一定の利益を得る構造にしたい。

* 取次の現状は経営努力の範囲を超えた環境変化を受けていて、もし必要性がないのであれば、市場からの撤退も覚悟している。

* 今期決算の取次部門が黒字か赤字かのギリギリで、コンビニ部門はすでに大赤字、書籍部門も赤字で、雑誌の黒字がどこまで確保できるかという状況だ。会社全体としては不動産収入でようやく黒字を出しているだけで、経営的にはまったなしである。

* 出版社に負担を依頼するのは書店が減っている中で、書店に赤字補填を依頼すれば、さらに市場を縮小してしまうからだ。

* 出版社への依頼が実現すれば、書籍は安定した出版流通を維持できるし、販売努力でビジネスになる。
 だが一方で、雑誌は難しい。雑誌全体の売上がどうなっていくのか雑誌要素が絡んでいるし、先が見えないので、経営計画はさらに雑誌のボリュームが減ると考えている。それに書店が運賃を負担する「返品」処理のコストの問題、専門流通センターからの出荷による「週刊誌」問題がある。週刊誌もかつてのように業量バランスが崩れてしまったからだ。
 書籍モデルを確立し、そこに雑誌が載るという大転換により、マスの世界ではなく、個性化している書店に合うかたちで商品や企画の提案をしたい。

 これは日販非常事態宣言というべきものであり、前回の本クロニクルとタイムラグなきことを考えれば、取次からの返答と見なすこともできよう。
 実際にここまで踏みこんだ発言と危機状況を訴えたことは、管見の限り、取次史上でも初めてである。それにここでは言及されていないけれど、大手出版社に対する支払システムが限界に達していると推測される。

 さらにここからわかるのは、日販傘下の書店とTSUTAYAが置かれている出版物も含めた売上状況の悪化で、マージンアップが切迫した問題となっていることだ。もちろんこれは他の取次にしても同様である。

 だが出版社ももはや体力を失ってしまっていることからすれば、多くの出版社がさらなる赤字になってしまうし、これまでの出版業界の慣例から見て、そうしているうちに時間が経過していくばかりだろう。

 それにここでいわれている書籍をベースとする出版流通システムの確立は可能なのか。大手取次はその誕生以来、たえざる雑誌の成長とともに歩んできたのである。その雑誌すら売ることが難しくなっている現在において、TSUTAYAを始めとして、書籍販売へと転換するのは至難の業というしかない。またTSUTAYAがグロスで売っているように見えるが、大型店にしても驚くほど出版物販売額が少ないことは本クロニクルで指摘したとおりだ。

 さらに出店バブルの精算も待ち構えているし、アマゾンの出版社との直取引という「囲い込み」も加速していくにちがいない。将棋に例えれば、アマゾンによって出版社という角が取られ、取次と書店は王手飛車取りのような状況へと追いやられている。そうした中で、この日販非常事態宣言ともいうべきものが出されたことに留意すべきだろう。

 またアマゾンの出版社「囲い込み」の資料として、本クロニクルのデータが使われていたように、取次と出版社の正味攻防にしても、双方が本クロニクルのデータと状況分析を正味戦争の武器として援用していると思われる。



3.『FACTA』(4月号)がジャーナリストの大西康之の「恐るべきアマゾン『異次元商法』」を掲載している。
 それはアマゾンのジェフ・ベゾスの「あなたの利益は私のチャンスなのです」という言葉から始まっている。彼こそは「あらゆる市場を侵食している男」であり、「アマゾンとのビジネスは引くも地獄、進むも地獄」の例として、「トイザラスの悲劇」がまず引かれている。

 トイザラスはこの12年から5年間、アマゾンで玩具を売ってきたことで、売上データを吸い上げられ、それを使ってアマゾン自身が本気で玩具を売り始めると、17年に経営破綻してしまった。
 そして次なるターゲットはテレビかもしれないとされている。映画や音楽の見放題、聴き放題サービスの「アマゾン・プライム」、それに向けたスポーツイベント放映権の獲得やオリジナルコンテンツへのテレビをはるかに超える投資は、「世界の民放とメーカーが過去100年以上かけて形成してきた消費社会を打ち壊す革命」となるかもしれないとも述べられている。なぜなら「アマゾン・プライム」でドラマを観る人々はCMを見ないし、「アマゾン・ダッシュ」という小さなリモコンで商品も買われていくからだ。

 このアマゾンの世界は「消費者にとっては天国だが、スーパーや民放、メーカーにとっては地獄」という事態を迎えつつある。


 まさに「あらゆる市場を浸食している男」の体現としてのアマゾンは、テレビをも飲みこんでいくのかもしれない。それに考えてみれば、私たちのテレビの歴史にしても、半世紀ほどのものでしかないのである。
 出版業界にしても、このようなアマゾンと対峙していかなければならないのだ。いみじくもでいわれていた「消費者」の争奪戦となる。

 3900円の年会費を払って「アマゾン・プライム」会員になれば、映画や音楽の見放題、聴き放題はもちろんのこと、配送費無料で、しかも翌日に届き、「プライム・ステューデント」ならば、さらに書籍に定価の1割のポイントがつく。それは高定価の書籍ほどメリットが生じる。書店にしてみれば、安さと便利さと早さでは太刀打ちできないし、複合店の映画や音楽のレンタルも同様である。

 前回のクロニクルで、出版社が雪崩を打ったように、アマゾンとの直取引に向かっていることを既述しておいたが、その果てには何が待っているのだろうか。



4.丸善CHIホールディングスの29社からなる連結決算予想は1783億円だが、3億2500万円の赤字の見通し。
 それは主として丸善ジュンク堂の退店費用の見直しから、減損損失17億7500万円を特別損失に計上したことによっている。
 丸善ジュンク堂を中心とする店舗、ネット販売事業は売上高756億8300万円、前年比0.9%減、営業の損失3億2600万円。店舗数は93店。
 
 また丸善ジュンク堂書店は退店時の撤退費用などの見積り変更と、将来の収益計画への見直しによる減損損失を計上したことで、財政状態が悪化。丸善CHIホールディングス保有の同社株式の実質的価値が低下したため、関係会社株式評価損として、23億4000万円の特別損失を計上。


 この決算予想を取り上げたのは、ここで丸善ジュンク堂の退店時の撤退費用への言及がなされていたからである。
 で日販のバブル出店の清算がついていないことにふれたが、それはこの退店時の撤退費用の問題が大きく絡んでいる。これは出店メカニズムにつきまとう問題ではあるけれど、広く知られていないと思われし、私は郊外消費社会論の専門家でもあるので、少しばかり解説しておこう。

 アパートやマンションなどの住居系契約と異なり、商業施設の場合、短期間で閉店すると貸す側の投資コストを回収できないことが生じてしまう。それは1980年代からのロードサイドビジネスの建物に顕著で、テナント側の要求に基づいて建築されるために、汎用性のないもので、撤退してしまうと次のテナントが容易に見つからないことが多く生じるようになった。それゆえに賃貸契約に撤退ペナルティが加えられるようになり、契約期間を待たずしての退店は、残存家賃の支払いといった項目がつけられるようになった。

 それは次第にロードサイドビジネス以外にも及んでいき、広く商業施設の賃貸契約にも応用されていったのである。しかしこれはテナント側の売上が順調であれば、家賃を払うことができるけれど、売上が落ち、採算を割ってしまうと、営業を続けていくことも困難になる。しかし退店すると、先述したようなペナルティが生じるし、しかも原状回復という条件も重なり、退店時の撤退費用は大きな負担になってしまうのである。しかもかつてのその個々の契約内容の詳細は、開発担当者だけが把握しているケースも多く見受けられた。ハウスメーカーなどによるサブリースにしても同様である。
 
 それゆえにとりわけ大型店の閉店の場合、予想以上のコストがかかってしまうし、まさに閉めるに閉められないケースも多くあると推測される。

 このような出店と閉店の契約をめぐるメカニズムを、現在のナショナルチェーンと書店市場に当てはめれば、どのような事態が進行しているのか、想像がつくだろう。
 だがこれが出店と閉店の現実に他ならないのだ。



5.『出版月報』(2月号)が特集「紙&電子コミック市場2017」を組んでいる。
 17年のコミック市場全体の販売金額は4330億円、前年比2.8%減。
 その内訳は紙が1666億円で、同4.4%減、電子が1711億円で同17.2%増。
 そのうちの「コミック市場全体(紙版&電子)販売金額推移」と「コミック・コミック誌推定販売金額」を示す。


■コミック市場全体(紙版&電子)販売金額推移(単位:億円)
電子合計
コミックスコミック誌小計コミックスコミック誌小計
20142,2561,3133,56988258874,456
20152,1021,1663,2681,149201,1694,437
20161,9471,0162,9631,460311,4914,454
20171,6669172,5831,711361,7474,330
前年比(%)85.690.387.2117.2116.1117.297.2


■コミックス・コミック誌の推定販売金額(単位:億円)
コミックス前年比(%)コミック誌前年比(%)コミックス
コミック誌合計
前年比(%)出版総売上に
占めるコミックの
シェア(%)
19972,421▲4.5%3,279▲1.0%5,700▲2.5%21.6%
19982,4732.1%3,207▲2.2%5,680▲0.4%22.3%
19992,302▲7.0%3,041▲5.2%5,343▲5.9%21.8%
20002,3723.0%2,861▲5.9%5,233▲2.1%21.8%
20012,4804.6%2,837▲0.8%5,3171.6%22.9%
20022,4820.1%2,748▲3.1%5,230▲1.6%22.6%
20032,5492.7%2,611▲5.0%5,160▲1.3%23.2%
20042,498▲2.0%2,549▲2.4%5,047▲2.2%22.5%
20052,6024.2%2,421▲5.0%5,023▲0.5%22.8%
20062,533▲2.7%2,277▲5.9%4,810▲4.2%22.4%
20072,495▲1.5%2,204▲3.2%4,699▲2.3%22.5%
20082,372▲4.9%2,111▲4.2%4,483▲4.6%22.2%
20092,274▲4.1%1,913▲9.4%4,187▲6.6%21.6%
20102,3151.8%1,776▲7.2%4,091▲2.3%21.8%
20112,253▲2.7%1,650▲7.1%3,903▲4.6%21.6%
20122,202▲2.3%1,564▲5.2%3,766▲3.5%21.6%
20132,2311.3%1,438▲8.0%3,669▲2.6%21.8%
20142,2561.1%1,313▲8.7%3,569▲2.7%22.2%
20152,102▲6.8%1,166▲11.2%3,268▲8.4%21.5%
20161,947▲7.4%1,016▲12.9%2,963▲9.3%20.1%
20171,666▲14.4%917▲9.7%2,583▲12.8%18.9%

 16年までコミック市場全体の販売金額は4400億円台の横ばいで、紙が落ちこみ、電子が伸びるという回路をたどってきた。それは17年も変わっていないが、紙のコミックスは1666億円で、前年比14.4%の減となり、一方で電子コミックスは1711億円で、同17.2%増であるから、初めて電子コミックスが紙のコミックスを上回ったことになる。

 しかしコミック全体では1995年の5864億円をピークとして、2005年まで5000億円台が保たれていたことからすれば、電子を合わせても26%マイナスとなっている。やはり17年も紙のコミックス全体の落ちこみは深刻で、推定販売金額は2583億円で、同12.8%減。これは統計を開始してからの初めての2ケタ減とされる。

 それがとりわけ顕著なのはコミック誌で、ついに1000億円を割りこみ、917億円、同9.7%減である。その内訳を見てみると、月刊誌の子どもが155億円、同11.4%減、大人が313億円、同5.2%減、週刊誌の子どもが297億円、同14.1%減、大人が152億円、同6.7%減で、コミックス誌全体の凋落が浮かび上がってくる。1997年の3279億円に対し、3分の1以下になってしまい、それは推定販売部数も同様なのである。

 それに紙のコミックスの場合、電子コミックスが成長することでバランスがとれているにしても、コミックス誌の場合、電子は36億円、16.1%増でしかなく、伸びてはいるが、そのシェアはわずか3.8%にすぎない。

 ここで明らかなのは、紙のコミックスもそうであるように、電子コミック市場は、あくまで紙のコミックス誌が母胎となって出現しているという事実だ。その母胎としてのコミックス誌の凋落は、電子コミックスにしても、旧作の電子化が一巡してしまえば、それほど成長を見こめない分野と化してしまうかもしれない。



6.講談社は青年・女性コミック6誌を月額720円での定期購読サービス「コミックDAYS」、それに紐付けたマンガ投稿サイト「DAYSNEO」を開設。
 「コミックDAYS」で配信されるのは、『ヤングマガジン』『モーニング』『アフタヌーン』『イブニング』『Kiss』『BE・LOVE』のコンテンツで、月刊ユニークユーザーは3月1日開始から13日現在で、30万人に達している。20代から40代をターゲットに、書店に足を運ばない読者にコミックを読んでもらうことをコンセプトとする。
 「DAYSNEO」はウェブを通じての編集者と漫画家志望者の出会える場を想定し、開発された。

 前回の本クロニクルで、講談社の電子・版権サービス部門の「事業収入」が357億円で、総収入の30%を超えたことを既述しておいた。
 その電子版路線としての企画がこの「コミックDAYS」などのような具体的なかたちとなって現実化していく。
 その一方で、集英社も「週刊少年ジャンプ50周年」キャンペーンとして、マンガアプリ「少年ジャンプ+」の無料配信、「ジャンプPARTY」で100作品の無料公開を発表している。
 これはで記したことに関連するが、こうした試みが紙のコミックス誌のような読者を生み出せるかどうかは未知数で、まだ時間を必要とすることは確かであろう。



7.主婦の友社の月刊誌『S Cawaii !』は6月号をもって季刊ムックに変更。
 2001年創刊だが、急速なデジタル化と読者の思考の多様性を鑑みてのリニューアルとされる。

S Cawaii !
8.枻出版社の月刊メンズファッション誌『2nd(セカンド)』は紙版の発行を休止し、デジタル版へ移行。2007年創刊で、30代から40代の男性読者を対象とするカジュアルファッション情報誌だったが、電子講読数のほうが上回ったことによる。
2nd(セカンド)

 本クロニクル114などで、2016年はついに雑誌銘柄数が3000点を下回ってしまったことを既述しているが、17年も同様に減少し、18年も続いていくことは確実であろう。
 その中でもファッション関係はデジタル環境の急速な変化によって、多大な影響を受けている。それはコミックにおける紙と電子の関係に似ているかもしれない。
odamitsuo.hatenablog.com



9.『選択』(3月号)の「社会文化情報カプセル」がヤマト運輸の料金値上げが経済誌に波及していることを報じている。
 ヤマトは東洋経済新報社の『週刊東洋経済』とダイヤモンド社の『週刊ダイヤモンド』に定期購読者の配送料の抜本的値上げを要請。
 前者の場合、それは倍となり、総額では六千万円近くで、年間売上20億円の利益が飛びかねないとされる。
 日本郵便へ切り替えると、同誌の4割を占める定期購読者に土曜日に届けられず、店頭発売と同日の月曜日にずれこんでしまい、そのメリットがなくなってしまう。それは『週刊ダイヤモンド』も同様で、ヤマトに配達を依存していた出版社は深刻な問題に直面していくことになる。

週刊東洋経済 週刊ダイヤモンド

 両社だけでなく、定期購読者を多く抱えている雑誌出版社は同じ事態を迎えているはずだ。ここではヤマトだけが取り上げられているが、日本郵便のゆうメールの値上がりも深刻で、アマゾンのこともあり、送料を出版が社負担すると、安い本では利益が出ないといった状況となっている。
 この数年、中小出版社の書籍通販状況をヒアリングしていないが、今後そのことに関して聞いてみようと思っている。



10.『朝日新聞』(3/25)に「夢枕獏の変態的長編愛」と題する全面広告が掲載されている。
 そこには『大江戸恐龍伝』(小学館)、『東天の獅子』(双葉社)、『陰陽師』(文春)の広告に加え、積み重ねた自筆原稿の山と自身のポートレート、「虫に生れかわっても」という一文、しかもそれは「物語作家として生きたい」と続いていくのである。

大江戸恐龍伝 東天の獅子 陰陽師

 これだけ見ると、出版社の広告だと思われるだろうが、実は夢枕が自費掲載料を負担したものである。作品の書店店頭での寿命の短命化、歯止めがかからない書店の廃業の中で、「忘れかけている過去の作品をもう一度、多くの人に読んでほしい」との思いからで、230書店でのフェアも連動している。

 自費出版ならぬ「自費広告」の時代に入ってきているのかもしれない。それにきっと夢枕も「物語」を求め、小田原の書店や貸本屋や古本屋をさまよって時代を思い浮かべているのだろう。そういえば、高野肇が『貸本屋、古本屋、高野書店』(「出版人に聞く」シリーズ8)において、夢枕が常連客だったと語っていたことを思い出した。
貸本屋、古本屋、高野書店



11.日本出版社協議会理事で、リベルタ出版の田悟恒雄が『出版ニュース』(3/中)の「ブックストリート」において、「紙と共に去る」ことを告白している。

 田悟によれば、リベルタ出版を立ち上げたのは1987年のことで、86年のチェルノブイリ原発事故をきっかけとし、処女出版は『石棺 チェルノブイリの黙示録』だった。それを彼は無謀な起業に踏み切ったのは、まだ若さとエネルギーを持ち合わせていたからだと回想している。
 それから30年が経ち、田悟とリベルタ出版は「シューカツ」の時期を迎えざるをえなかったことになる。そしてこの一文は次のように結ばれている。
それにしても、店をたたむというのは容易なことではない。いま零細出版人の脳裏には、むかし耳にした「通りゃんせ」の一節がしきりに去来している。『ゆきはよいよい、かえりはこわいー』」と。
 よくわかります。傷が浅からんことを祈る。
石棺 チェルノブイリの黙示録



12.『FACTA』(4月号)が「コメを売る『ベースボール・マガジン』の落日」を伝えている。
 ベースボール・マガジン社は1946年創業で、『週刊ベースボール』『週刊プロレス』の看板雑誌を中心とし、様々なジャンルのスポーツ雑誌を発行する老舗出版社で、2004年には売上高120億円を計上していた。
 しかしその後は業績が低迷し、売上高が100億円を割りこみ、連続減収で、メーンバンクもメガバンクから地銀、信金と二度も替えている。それに加え、栗田と太洋社の破産により、焦げ付きが発生し、16年には本社ビル不動産を売却し、現在では南魚沼産コシヒカリ「ベーマガ米」の販売も手がけるに至ったとされる。

週刊ベースボール 週刊プロレス

 ベースボール・マガジン社で思い出されるのは、子会社の恒文社のことで、1960年代には『現代東欧文学全集』が出された。それは画期的な企画で、映画化されたカザンザキス『その男ゾルバ』やイヴァシュキェヴィッチ『尼僧ヨアンナ』などの収録もみられた。
 だが当然のことながら、東欧文学が売れるはずもなく、恒文社は資金繰りに行き詰まり、67年にベースボール・マガジン社も会社更生法申請に至った。
 それもあって、当時はこの『現代東欧文学全集』がどこの古本屋でも安く売られていたので、1冊ずつ買って読んだものだった。だがそれもすでに半世紀前のことだったのである。
現代東欧文学全集 (第2巻『その男ゾルバ』)尼僧ヨアンナ



13.『出版ニュース』(3/中)に鈴木久美子「『東京都公立小・中学校司書配置状況』調査を続けて」と、菊池保夫「都立高校図書館の民間委託の問題点」が掲載されている。
 前者では具体的にそれらの職名、身分、資格要件、契約期間、報酬などがリストアップされ、小中の学校司書の実情が示されている。
 後者ではこれも民間委託業者名が挙げられ、それらに図書館関係の会社は1社もなく、ビル管理会社や清掃などの会社が多いとされる。そして学校司書は神奈川県や埼玉県では新規採用が行なわれているのに、「このまま委託が進めば一番の富裕自治体である東京都は、一番貧しい学校図書館をもつ恥ずかしい自治体となるであろう」と結ばれている。

 これらを取り上げたのは、最近地方自治体の公立図書館関係者から委託業者が代わってしまったことで、司書や職員が減ってしまい、困っているとの相談を受けたからである。
 それによれば、委託業者はTRCなどではなく、これも多くが生まれているようで、そのキャパシティと実力はそれぞれに差異があり、先に上げた事態は全国で様々に起きていることが確認できた。
 やはり公共図書館の現場においても、都立高校図書館のような民間委託、同じく小中学校状況のような司書と職員の配置が進行しているのだろう。
 私の場合は門外漢なので、知り合いの大学図書館関係者を紹介しただけで終わってしまったが、日本図書館協会こそはこのような図書館状況をレポートすべきだろう。



14.『出版ニュース』(3/上)の「図書館ウォッチング」28が、「ツタヤ図書館は準備中も営業開始後も、張りぼて様の華やかさと、それとは裏腹の危うさがあります」と始め、その2月の動向を報告している。

 それによれば、「和歌山市ツタヤ図書館談合疑惑」を始めとして、問題は続出しているようだ。
 しかし驚いたのは周南市の新徳山ビルのツタヤ図書館の開館によって、駅前の徳山銀座商店街の老舗地元書店の鳳鳴館が「閉店を決断」したというニュースだった。ツタヤ図書館開館による地元書店の閉店は初めて伝えられるものだったからだ。
 『出版状況クロニクル4』において、その始まりだった武雄図書館に関してはかなり詳細に記しておいたし、地元の書店が影響を受け、売上が悪化していることにもふれておいた。だが地元書店の閉店までは追跡できていなかった。
 アルメディアの『ブックストア全ガイド96年版』で確認してみると、鳳鳴館は徳山市銀座の本店の他に、本部、営業部、山口県だけでも10店近い郊外店を展開していたとわかる。所謂典型的な老舗書店だったが、TSUTAYAを始めとするナショナルチェーンによって、郊外店をすべて失い、最後の本店もツタヤ図書館によって閉店に至ったことになる。おそらく他にもそのようなケースが多発していると推測される。
出版状況クロニクル4



15.このような出版状況を背景にして、『出版状況クロニクル5』は4月下旬に刊行される。
 ゲラを校正していて確認したが、2016年から17年にかけての出版シーンは、これまで以上に深刻で生々しい。
 1冊になったクロニクルを読むことは、ネットとは異なるものであることを付記しておこう。

 なお今月の論創社HP「本を読む」㉖は「エパーヴ、白倉敬彦『même/borges』」です。

【出版状況クロニクル118】付記

  明らかに本クロニクルに対する3月6日付の大阪屋栗田の「ニュースリリース」に関して、それへの批判と懸念の問い合わせが相次いでいる。
 これには出版業界の言論をめぐる重大な問題も含まれるし、また出版状況の流動性を見極める必要もあるので、次回のクロニクルにおいて、正面から反論していくことを約束しておこう。それまでしばらくお待ち頂きたい。
 なお大阪屋栗田からは本クロニクルに対する質疑や接触はまったくなく、3月6日になって、いきなり「ニュースリリース」が出されたのである。その後も同様であることを記しておく。