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出版と近代出版文化史をめぐるブログ

古本夜話1040 戸川秋骨『自然・気まぐれ・紀行』、郊外社、薔薇閑『煙草礼讃』

 本連載1037の戸川秋骨の随筆集『文鳥』『近代出版史探索』99で取り上げているが、もう一冊手元にあって、それはまさに昭和六年に第一書房から刊行された『自然・気まぐれ・紀行』である。フランス装アンカット版で、「序のつもり」である「遜辞傲語」を含めると、ちょうど六十編、五八四ページからなる随筆集ということになる。そこで秋骨は書いている。
近代出版史探索   f:id:OdaMitsuo:20200608162927j:plain:h100(『自然・気まぐれ・紀行』)

 この幾年かの間、折のある度に書きすてたものを集めたら、こんな大量になつてしまつた。塵も積れば山と云つたわけであるが、質では行けないから量で行くといつたところで、塵の山では困る。塵芥会社にでも頼んで、処分して貰はなければならないところであるが、幸いにして第一書房の長谷川さんに拾はれて、恁うして一巻にまとめられた事は、何ぼう冥加もなき事であらう。筆者はこれでもエッセイの真似と心得て居るのであるから。

 エッセイストとしての秋骨の面目躍如たる「序のつもり」といえるし、そこで「エッセイの真似」と称しているのは、エッセイストの条件として、小説も詩も可でなければならないのに、自分にはそれらの能力がないとの断わりを付しているからだ。さらに謙遜して「長谷川さんの好意」で集められた「似而非文学」で、「世間に公にするのは、少し躊躇される」が、「校正をしながら、再び読んでみると、いや、さう棄てたものばかりでもないやうな気がした」とも書きつけている。なるほど、それで「遜辞傲語」とあるのかと了解することになる。何とも見事な「序のつもり」で、長谷川の造本や編集ぶりとコレスポンダンスしていることがうかがわれる。

 これらの中からどのエッセイにふれようかと迷ったのであるが、すでに秋骨の芸の一端は紹介してしまったので、メインではない「自分の郊外生活」に言及してみる。それはまた私が『郊外の果てへの旅/郊外社会論』などの著者で、昭和初期の郊外にも注視したいし、さらにまたその次代の郊外にまつわる雑誌や出版に関しても書いておきたいからだ。
郊外の果てへの旅

 秋骨は親父が江戸っ児だったが、「不肖の子」で、「結局都ともつかず、田舎ともつかぬ、郊外なる所に住むわけである。文化住宅、郊外生活、それはお麁末な、間に合わせといふ意である」とし、その「間に合わせは、当代の流行」だし、「自分もその流行に後れない一人である」と書いている。そして決まりきった都への電車通勤の苦痛、それに対して自然には恵まれていることで、「自分は郊外の生活なるものを呪つて良いか、祝して良いか、甚だ迷ふ」とも告白している。

 実は秋骨のいうところの郊外の流行は出版社の命名にも反映されていて、大正後期だと思われるが、郊外という出版社が創業している。浜松の時代舎で、その郊外社の一冊を入手したばかりで、それは大正十四年刊行の薔薇閑著『煙草礼賛』である。四六判上製、函入のシックな一冊といっていい。内容はタイトルどおり、煙草の歴史、喫煙の流行、煙草と天才、葉巻やパイプなどの変遷を通じてのまさに礼讃に他ならず、著者にしても現在のような嫌煙時代が訪れるとは夢にも思っていなかったにちがいない。

 この著者の薔薇閑は奥付によれば、東京府下日暮里町の下田将美とあり、発行者は同じく府下浦野川町西ヶ原の大島貞吉、発行所の郊外社の住所も同様である。巻末広告には岡野知十『湯島法楽』『蕪村その他』、木川恵二郎『破れ暦』が掲載されているので、郊外社は俳人にして、俳書収集家として知られた岡野と関係が深かったと思われる。

 その岡野は『郊外』という雑誌を主宰していて、それも郊外社が発行していた。だがこの『郊外』は未見で、かろうじて紅野敏郎の『雑誌探索』(朝日書林)で、その表紙、及び改題と目次紹介を見ているだけである。その号は大正十三年六月号で、表紙には「政治と文芸」なる言葉が置かれているが、特集「タバコ号」が組まれ、「タバコ随筆」として十二人が寄稿し、その中には薔薇閑「パイプ考」も見えている。
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 その他に岡野「タバコにつきての古書籍」、馬場孤蝶「筆とパイプ」などもあり、「タバコ随筆」以外には中山太郎「後の治郎左衛門(考証)」などの文芸随筆が七本掲載され、「タバコ号」以外の『郊外』の編集内容を垣間見せている。そこには岡野かおるが「夢」を寄せているが、彼は岡野の息子で、フランス文学者である。紅野によれば、その弟が先の『破れ暦』の木川恵二郎で、これは彼の小説、俳句、戯曲などを収録した遺稿集だという。それらの事実は郊外社と『郊外』が岡野だけではなく、そのファミリーも含んで出版活動を営んできたとわかる。

 紅野の言によれば、「この『郊外』は東京人、いや江戸の名残への敬愛を持った人の古風さと、パイプに代表されるハイカラさが混住」しているとされる。いずれこの「タバコ号」以外の『郊外』を見てみたいと思う。

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