日本のプロレタリア文学運動の雑誌の系譜をたどってみると、『近代出版史探索Ⅱ』210の大正十年創刊の『種蒔く人』から始まり、十三年の『文芸戦線』、昭和三年の『戦旗』へとリンクし、多くの作品が発表されていった。それと併走するように、多彩なプロレタリア文学書のシリーズも企画刊行されていったのである。
前々回でも改造社の円本『プロレタリア文学集』を取り上げたが、それらは予想以上に多いこともあり、ここでリストアップしてみる。
1 | 『年刊日本プロレタリア詩集』 | 全五巻 | マルクス書房、戦旗社、日本プロレタリア作家同盟出版部 |
2 | 『労農詩集第一輯』 | 全一巻 | 全日本無産者芸術連盟出版部 |
3 | 「労働ロシヤ文学叢書」 | 全五巻 | マルクス書房 |
4 | 「日本プロレタリア作家叢書」 | 全十二巻 | 戦旗社 |
5 | 『日本プロレタリア傑作選集』 | 全十二巻 | 日本評論社 |
6 | 「文芸戦線叢書」 | 全九巻 | 文芸戦線社出版部 |
7 | 『現代暴露文学選集』 | 全十冊 | 天人社 |
8 | 『プロレタリア前衛小説戯曲新選集』 | 全十巻 | 塩川書房 |
9 | 『戦旗36人集』 | 全一巻 | 改造社 |
10 | 『文戦1931年集』 | 全一巻 | 改造社 |
11 | 「ソヴエート作家叢書」 | 全六巻 | 鉄塔書院 |
12 | 『ナップ7人詩集』 | 全一巻 | 白揚社 |
13 | 『ナップ十人集』 | 全一巻 | 改造社 |
14 | 『詩・パンフレット』 | 全三巻 | 日本プロレタリア作家同盟出版部 |
15 | 『プロット小脚本集』 | 全一巻 | 日本プロレタリア演劇同盟出版部 |
16 | 「日本プロレタリア作家同盟叢書」 | 全三巻 | 日本プロレタリア作家同盟出版部 |
17 | 「プロレタリア戯曲叢書」 | 全六巻 | 日本プロレタリア演劇同盟出版部 |
18 | 『新選プロレタリア文学総輯』 | 全十巻 | ナウカ社 |
19 | 『われらの成果 新鋭傑作十七人集』 | 全一巻 | 三一書房 |
20 | 「リアリズム文学叢書」 | 全五巻 | 文学案内社 |
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5は本探索1253、4は同1255で既述している。これらは『日本近代文学大事典』第六巻の「叢書・文学全集・合著総覧」から拾ったものである。念のために『日本出版百年史年表』と『全集叢書総覧新訂版』を繰ってみたけれど、前者にはほとんど見当たらず、後者にしても、複刻シリーズを別にすると同様だ。私も5に関連しては徳永直『能率委員会』を入手しているが、4の徳永の『太陽のない街』と小林多喜二『蟹工船』はやはり近代文学館の複刻によっているし、古本屋でも原本に出会っていない。
ここで挙げたプロレタリア文学シリーズは昭和二年から十年にかけて刊行されたものだが、相次ぐ発禁処分と直接配付という特殊な流通販売によっているので、入手が難しいことを示しているのだろう。それに大衆文学の単行本と同じくよく読まれたことで、美本も少ないことも作用しているにちがいない。
そうしたプロレタリア文学出版状況と流通販売を考えると、9、10、13の改造社『戦旗36人集』『文戦1931年集』『ナップ十人集』、12の白揚社の『ナップ7人詩集』は通常の取次、書店ルートの流通販売であり、当時のプロレタリア文学アンソロジー一巻本として、売れ行きにしても、好調だったのではないだろうか。まして改造社は『現代日本文学全集』の版元であり、前々回の『『プロレタリア文学集』もそこに含まれていたからだ。それに『戦旗36人集』と『文戦1931年集』は『プロレタリア文学集』、白揚社の『ナップ7人詩集』と同じ六年、『ナップ十人集』は翌年だし、この時期がプロレタリア文学のディケードの最高潮だったのかもしれない。
それに改造社の『現代日本文学全集』の場合、39として『社会文学集』が昭和五年、50として『新興文学集』が同四年に刊行されていたのである。前者には中沢兆民、安部磯雄、幸徳秋水、堺利彦、大杉栄などの「吾邦社会文学中の重要なるものはほゞこの中に結晶してゐる」はずだとの言が「序」に見える。ただ奥付を見ると、編纂者、発行者は山本三生、山本美、検印の判は「山本」となっているので、『プロレタリア文学集』と同じく、収録作品は買切で、印税が発生しない出版だとわかる。
それに対して『新興文学全集』『新興文学全集』は前田河広一郎、岸田国士、横光利一、葉山嘉樹、片岡鉄兵たちの二十七の長短編を収録している。この時代にはプロレタリア文学の前田河、葉山、どちらかといえば、モダニストでもある岸田と横光が巻を同じくしているのは奇妙にも思われる。それに奥付には著者代表として、前田河の名前が記され、検印も同様なので、こちらは印税方式とわかるし、当代の人気もうかがわせ、それが昭和初期の「新興文学」のニュアンスでもあったのだろう。
それはやはり昭和三年から五年にかけて刊行された平凡社の『新興文学全集』全二十四巻へと結実していく。この全集に関しては拙稿「平凡社と円本時代」(『古本探究』所収)で既述しているし、『近代出版史探索Ⅵ』1182での伊佐襄訳『ジェルミナール』に言及している。これらのことから明らかなように、プロレタリア文学シリーズは先述のリストに挙げたものばかりでなく、『現代日本文学全集』や『新興文学全集』などの円本も含めれば、三十種近くが企画刊行されたのであり、まさにこの時代はプロレタリア文学のディケードと呼んでいいように思われる。
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