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古本夜話1346 徳富蘇峰、民友社、『国民之友』

 本探索1343で引いた拙稿「正宗白鳥と『太陽』」において、白鳥の雑誌読書史が『国民之友』から始まっていたことにふれている。しかも岡山の読書少年だった白鳥は、雑誌や書籍を郵便通販で入手していたのであり、明治二十九年に東京専門学校に入るために上京し、神楽坂の盛文堂で、初めて『国民之友』を買い、記憶に残る体験だったと記している。

 『太陽』に先駆け、明治二十年に民友社から創刊された『国民之友』はその時代の思想界をリードし、知識階級に大きな影響を与えたとされる。民友社の徳富蘇峰は『出版人物事典』にも立項されている。

(創刊号)(創刊号)

 [徳富蘇峰 とくとみ・そほう、本名・猪一郎]一八六三~一九五七(文久三~昭和三二)民友社創業者。蘆花の兄。熊本県生れ。熊本洋学校から同志社に入学したが中退。熊本に帰り自由民権運動に参加。一八八六年(明治一九)『将来の日本』を出版、一躍文名を高め上京、八七年京橋区日吉町に民友社を創業、平民主義を標榜する雑誌『国民之友』を創刊、青年層の共感を集めた。民友社からは竹越与三郎『新日本史』、福地源一郎『幕府衰亡論』、山路愛山『読史論集』などの史論や、国木田独歩『武蔵野』、宮崎湖処子『帰省』、徳富蘆花『不如帰』『自然と人生』などの大ベストセラーが誕生した。著書に『近世日本国民史』『蘇峰自伝』などがある。

 本探索1334の政教社と異なり、民友社の書籍は近代文学館で複刻されているし、『自然と人生』は実物を入手し、拙稿の蘆花論「東京が日々攻め寄せる」(『郊外の果てへの旅/混住社会論』所収)でテキストとして使ってもいる。それにかつては高校の図書室などに『近世日本国民史』のセットがそなえられていたことを記憶しているし、数ヵ月前には浜松の典照堂で揃いを見ているが、売れてしまったようだ。

  郊外の果てへの旅/混住社会論

 ところで『国民之友』のほうだが、これは例によって創刊号が近代文学館の「複刻日本の雑誌」に含まれ、菊判の四二頁の一冊である。それは博文館の『太陽』が出版資本による日清戦争の勝利と国威昂揚の色彩に包まれ、写真や図版もふんだんにあしらった四六倍判、二〇四ページの帝国ぶりと比べ、ひっそりとした手づくりのリトルマガジンの典型のように映る。そのイメージはタイトルの『国民之友』にふさわしく、それでいて「政治社会経済及文学之評論」とあり、実際には判型、内容、ページ数にしても、『明六雑誌』に近かったとも考えられる。

(『明六雑誌』)

 創刊号は「時事評論」「国民之友」「論説」「雑録」「広告」からなり、その「国民之友」は蘇峰による社説と見なせるであろうし、「嗟呼国民之友生れたり」との見出しで、その創刊の目的を次のように述べている。

 日本国何くに在る、日本人民何くに在る、我が愛する日本は、不幸にして三百年来絶海の孤島に隠遁したるを以て、国家、人民の思想に到りては、何人の脳中と雖も殆んど之を尋る所なく、其の名義こそ日本国とも、国民とも云ひたり、其ノ実ハ荒々漠々たる無主人の空屋に類し、(後略)

 これはこの創刊号の半分以上を占める十三ページにわたり、日本と国民の存在理由とアイデンティティを問うていることになる。正宗白鳥にしても、この創刊号を読んでいたであろうし、『日本近代文学大事典』第五巻「新聞・雑誌」の解題によれば、創刊号は重版が続き、数万部を超え、第九号は八千八百部、第三七号は二万部に及んでいるという。それはおそらく蘇峰による「国民之友」社説の評判と反響を伝えているだろうし、「政治社会経済及文学之評論」という雑誌の形を標榜しながらも、どちらかといえば新聞的で、八銭という定価も時代のニーズにかなっていたはずだ。

 明治前半に本探索1343の『明治名著集』に象徴される出版があり、雑誌の時代も始まろうとしていたし、白鳥ではないけれど、全国各地に近代読者が多く生まれていたのである。

 しかもそれは近代郵便制度が整備され、『国民之友』も「本読代償ハ郵便小替ヲ以テ」と明記されているように、郵便で取り寄せることもできたし、それは雑誌だけでなく、書籍も同様だった。ちなみに手元に蘇峰の『好書品題』「蘇峰叢書」第四冊、昭和三年)があり、「民友社小史と出版の図書」という案内が付せられ、そこには次のように述べられている。

 

 其の出版した図書は、蘇峰学人等身の著作を中心とし、更に政治、文学、教育、経済等の各方面の名著を網羅し、其の種類千余種、刊行部数は無慮千万部にちかく、其の世教に裨益し、人文を開発したるの功績は、天下公論の存する所である。

 確かに筑摩書房の『明治文学全集』には『徳富蘇峰集』『徳富蘆花集』『徳富蘆花集』の他に『民友社文学集』も編まれていて、明六社や政教社をはるかに上回り、また長きにわたる大きな影響をうかがうことができよう。しかし一方で『明六雑誌』『国民之友』『太陽』が高級な思想的総合雑誌と見なされ、成功し評価されたことは、大正から昭和期にかけての総合雑誌の神話というトラウマを形成したと思われる。

明治文學全集 34 徳富蘇峰集 明治文學全集 42 徳富蘆花集 明治文學全集 36 民友社文學集


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