出版・読書メモランダム

出版と近代出版文化史をめぐるブログ

古本夜話1442 資文堂と岩崎浩『花作り サツキとアザレア』

 文化生活研究会絡みで、釣りの本などの道草を食うことになったのだが、もう少し続けてみる。本探索1436で文化生活研究会の実用書として、上原静子『家庭園芸と庭園設計』、田村剛『庭園の知識』を挙げておいた。しかしこれらの大正時代の実用書の入手はほとんど期待できないと思っていた。

 ところがその後、やはり浜松の時代舎で、岩崎浩『花作り サツキとアザレア』を見つけたのである。これは四六判の実用書といっても、函入上製一五七ページ、本体の装幀は誰によるのか不明だが、花をあしらったアール・ヌーボー調のカラフルにしてエレガントなものである。カラーも含めた口絵写真は七ページに及び、園芸書よりも芸術書のような仕上がりになっている。昭和四年の出版だ。

 版元は『近代出版史探索Ⅱ』378の発行者を荻田卯一とする資文堂で、出版史には見出されないけれど、『年刊俳句集』などを始めとする俳句界の近傍にあった出版社ではないかと述べておいた。だが『花作り サツキとアザレア』を手にして、巻末広告とみると、まず「最新園芸叢書」が挙げられ、次のようなキャッチコピーが置かれていた。

  現代人の趣味生活に園芸はなくてはならない一つの要素となつて来た、殊に庭や空地を持つて居る人は、草花を作りたいとは思つても、どうして栽培するのかゞ分からなかつたり、たとへやつて見ても作り方が充分でない為めにうまく行かず、気を腐らして了ふ人が少くないのである。本叢書は今までの書物の如く外国の直訳書でなく飽くまでも読者の気持になつて著者の多年の実際的経験から手にとるやうに詳述したものである。本書に依れば誰人も容易に斯道の堂奥に達する事が出来る。本書出版以来已に十数版を重ね数万部を印刷し園芸書中本叢書の右に出るものがないのを見ても如何に社会に歓迎せられて居るかを知る事が出来る。

 そしてイシイナアセリー主の石井勇義を著者とする『西洋草花の知識』『温室園芸の知識』『花壇庭園の知識』『切花栽培の知識』という「叢書」に続いて、単著としての『趣味と実益草花の副業栽培』も挙がっている。ナアセリーとはnursery つまり植物園であり、石井はその園主ということになろう。

 (『西洋草花の知識』)(『温室園芸の知識』)(『花壇庭園の知識』)

 その他にも、浅川英一『園芸年中行事 四季の園芸』『草花のフレーム栽培』『実地栽培 菊と洋菊の作り方』、大橋昌夫『美しい実用的な蔬菜園の作り方』、高亀格三『実験マッシュルームの培養法』『日曜園芸』、井谷正巳『図解小温室とフレームの造り方並煖房法』、齋藤丈夫『植物害虫駆除の実際』、上原敬二『中流向和洋風庭園の作り方』などの園芸書が並んでいる。いずれも四六判で口絵写真、挿画は多くに及び、『花づくり サツキとアザレア』の編集と造本を想起させてくれる。それに岩崎や浅川のプロフィルは不明である。だが石井植物園の関係者だと思われる。それは農学博士の大橋、東京帝大農学部助手の高亀、東京高等造園学校講師の井谷、農学士の齋藤、林学博士の上原にしても、同様ではないだろうか。

  (『図解小温室とフレームの造り方並煖房法』)
(『中流向和洋風庭園の作り方』)

 資文堂も俳書出版のかたわらで、植物園を営む石井と知り合い、「最新園芸叢書」という園芸書シリーズを刊行し、「十数版を重ね数万部」に及ぶロングセラーとならしめたのである。それらに混じって山田醇『家を建てる人の為に』も見えていることからすれば、資文堂も関東大震災後に増え始めた郊外住宅と郊外生活者たちを読者とする住宅書や園芸書を刊行し、俳書出版と異なる分野へも進出していったことにもなろう。

 それから特筆すべきは印刷者の松岡虎王麿と京華社のことで、その住所は麹町区飯田町と同じであり、京華社は松岡が営む印刷所と見なせよう。高見順は『昭和文学盛衰史』(文春文庫)において、「松岡虎王麿―面白い名前なので今もって忘れない。この松岡のやっていた南天堂という本屋(出版社ではなく書籍販売の本屋)の二階はレストランになっていて」ダダイストやアナキスト詩人たちのたまり場であったと述べている。

 昭和文学盛衰史 (文春文庫)

 私もかつて「南天堂と詩人たち」(『書店の近代』所収)を書き、また『近代出版史探索Ⅱ』287で確認しておいたが、松岡にもふれ、京華社は南天堂の「近代名著文庫」の印刷所であったと書いている。そして寺島珠雄が『南天堂』(晧星社)で指摘しているように、昭和五年頃に経営困難となり、南天堂は他者へと譲渡された。そのかたわらで、松岡は印刷所の京華社のほうを継承し、それは十年代まで続いていくのである。

書店の近代―本が輝いていた時代 (平凡社新書)  南天堂 松岡虎王麿の大正・昭和


[関連リンク]
 過去の[古本夜話]の記事一覧はこちら