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古本夜話1541 金星堂『新文学研究』と『ジイド全集』

 『日本近代文学大事典』における辻野久憲の立項には、第一書房に在職し、『セルパン』編集長を務めたとあるけれど、本探索で指摘しておいたように、これは明らかに間違いで、『近代出版史探索Ⅴ』904の福田清人、もしくは拙稿「第一書房と『セルパン』」(『古雑誌探究』所収)の春山行夫と混同していると思われる。

古雑誌探究

 むしろ『詩・現実』以後の辻野の雑誌と出版社の関係をいうならば、『新文学研究』と金星堂を挙げるべきだろう。『新文学研究』は昭和六年から七年にかけて、金星堂から全六冊が刊行されている。編集者は伊藤整で、『日本近代文学大事典』にも主要論文や作品を含めて立項され、『詩と詩論』『詩・現実』『文学』と並んで二十世紀西欧文学の紹介、移入に大きな役割を果たしたとされる。未見だが、菊判アンカット、毎号四〇〇ページ前後の雑誌のようなので、『詩と詩論』や『詩・現実』を範としていることになる。

   

 『金星堂の百年』(平成三十年)が刊行され、そこには『新文学研究』創刊号の書影と伊藤整の写真なども添えられ、昭和六年からの金星堂とモダニズム系の代表的季刊文学雑誌『新文学研究』の関係に言及している。当時の金星堂は大正十三年に川端康成たちの『文芸時代』を創刊し、また川端の『感情装飾』『伊豆の踊子』も刊行され、文芸書出版として黄金時代を迎えていた。その系譜上にモダニズム系出版社としての金星堂が成立し、昭和六年に百田宗治の紹介で伊藤整が入社し、『新文学研究』も創刊されたのである。そしてブックレット版「別冊新文学研究」、『チェーホフ全集』や『ジイド全集』の編集にも携わり、七年には自らの処女小説集『生物祭』も上梓している。

 (『伊豆の踊子』)(『生物祭』)

 これらの金星堂のモダニズム系出版において、残念なことに社史には金星堂出版目録や『新文学研究』の内容明細が収録されていないので、辻野がどのように関わっていたのかは定かでない。それでも明らかなのは彼が『ジイド全集』の主要な訳者として加わっていたことで、その第三巻だけが手元にあり、そこには堀口大学訳『パリュウド』、辻野久憲訳『地の糧ひ』、青柳瑞穂訳『青春詩篇』の三作が収録されている。

(『ジイド全集』第三巻)

 『地の糧』を読んだのは半世紀前で、それは確か新潮文庫の今日出海訳だったはずだ。あらためて辻野訳の『地の糧(やしな)ひ』を読むと、そのエピグラフからこのタイトルが「これぞわれらが地の上にありて糧ひとなせる果実なり」という『コーラン』の一節を出典としていたとわかる。まったく忘れてしまっていたのである。それでも次のような序に当たる部分は記憶に残っていた。それを引いてみる。 

地の糧 (新潮文庫 シ 2-5)

 それから君は私を読んでしまつたなら、この本を捨ててくれー―さうして外へ出てくれ、私はこの本が君に、出て行くといふー―どこからでもかまはない、君の街から、君の家庭から、君の思想から、出て行くといふ欲求を起さしてくれればいいかと思つてゐる。私の本を携へて行つてはならぬ。(後略)

 どうしてこの部分を覚えているかというと、かつて寺山修司の『書を捨てよ、町へ出よう』を読み、このタイトルがジイドの『地の糧』に基づくとされていたので、それを確認するために目を通したことがあったからだ。ただこの一文を引きながら、ひょっとすると、寺山もこの辻野訳を読み、『書を捨てよ、町へ出よう』というタイトルを発想したのではないかとも思われた。なぜならば、今訳では少しニュアンスの異なる印象があり、寺山とのつながりが希薄な感じを受けたことを想起してしまったのである。

[初版復刻]書を捨てよ、町へ出よう (寺山修司没後40年記念)

 この昭和九年二月に予約出版で刊行された『ジイド全集』第三巻にはさみこまれた「月報」から判断すると、第一回配本に当たり、そこに『ジイド全集』第一期全十二巻、第二期全五巻の明細が示されている。それによれば、辻野は『地の糧ひ』の他に、『アミンタス』(第二巻)、『ジャック・リヴィエール』(第九巻)、『カンドール王』(第二期)の四作の訳者と表記され、最も多くを担っている。金星社の『ジイド全集』は最終的に全十八巻に及び、訳者変更も生じたようで、辻野はさらに『アーノルド・ベネット』(第九巻)、『背徳者』(第四巻)の翻訳も担当している。

 これらの『ジイド全集』の翻訳事情は詳らかでないけれど、やはり同年に刊行され始めた『近代出版史探索Ⅴ』817の建設社の『ジイド全集』との競合が影響しているはずだ。それが金星社の『ジイド全集』の主たる翻訳者の辻野にどのような影響を与えたのかはこれも明らかではないけれど、彼は『ジイド全集』完結後の昭和十二年に二十八歳の若さで亡くなっている。

 この昭和十年前後に日本におけるジイドブームは全盛を迎えたようで、それがフランス文学関係者を総動員させたといわれる二つの『ジイド全集』に象徴されているのだろう。山本夏彦は『無想庵物語』(文藝春秋)において、「無想庵が企画翻訳の『ゾラ全集』は見向きもされなかったが、『ジイド全集』は同じに金星堂建設社から出されたにもかかわらず、双方が完結したわけだから、いずれもそれなりに売れたにちかいない」と述べていた。確かに建設社のほうは昭和十一年にも普及版『ジイド全集』全十二巻別冊一を刊行しているので、ジイドブームが昭和十年代に入っても衰えていなかったことを示していよう。

無想庵物語  (建設社版) (新修普及版)


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