出版・読書メモランダム

出版と近代出版文化史をめぐるブログ

出版状況クロニクル138(2019年10月1日~10月31日)

 19年9月の書籍雑誌推定販売金額は1177億円で、前年比3%減。
 書籍は683億円で、同0.2%増。
 雑誌は494億円で、同7.3%減。その内訳は月刊誌が409億円で、同8.4%減、週刊誌は85億円で、同1.5%減。
 書籍のプラスは4.7%という出回り平均価格の大幅な上昇によるもので、消費増税を前にした駆け込み需要などに基づくものではない。
 返品率は書籍が32.8%、雑誌は40.3%で、月刊誌は40.0%、週刊誌は41.8%。
 10月はその消費増税と台風19号などの影響が相乗し、どのような流通販売状況を招来しているのだろうか。
 大幅なマイナスが予測される。
 今年も余すところ2ヵ月となった。このまま新しい年を迎えることができるであろうか。


1.日販の『出版物販売額の実態2019』が出された。
 17年までは『出版ニュース』に発表されていたが、同誌の休刊により、18年の出版データの切断も生じる危惧もあるので、例年よりも簡略化するけれど、同じ表のかたちで掲載しておく。


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■販売ルート別推定出版物販売額2018年度
販売ルート推定販売額
(億円)
前年比
(%)
1. 書店9,455▲7.8
2. CVS1,445▲8.3
3. インターネット2,094▲5.3
4. その他取次経由528▲28.5
5. 出版社直販1,971▲18.0
合計15,493▲4.5

 出版科学研究所による18年の出版物販売金額は1兆2921億円、前年比5.7%減だったのに対し、こちらは出版社直販も含んで、1兆5493億円、同4.5%減である。
 本クロニクル127で予測しておいたように、18年はついに書店が1兆円、コンビニが1500億円を下回り、取次ルート販売額の落ちこみを示している。それはその他取次のマイナス28.5%にも明らかだ。
 本クロニクルでもふれてきたが、19年の書店閉店は多くのチェーン店や大型店にも及んでいる。またコンビニの場合もセブン-イレブンは1000店の閉店が伝えられているし、書店とコンビニの出版物販売額はさらなるマイナスが続いていくことが確実であろう。
 それらの事実は、取次と書店という流通販売市場がもはや臨界点に達してしまったことを告げていよう。それは生産を担う出版社にしても、インターネットや直販ルートは伸びているけれど、同様であることはいうまでもないだろう。
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2.出版科学研究所による19年1月から9月にかけての出版物販売金額音推移を示す。

■2019年上半期 推定販売金額
推定総販売金額書籍雑誌
(百万円)前年比(%)(百万円)前年比(%)(百万円)前年比(%)
2019年
1〜9月計
935,484▲4.2520,522▲3.8414,962▲4.6
1月87,120▲6.349,269▲4.837,850▲8.2
2月121,133▲3.273,772▲4.647,360▲0.9
3月152,170▲6.495,583▲6.056,587▲7.0
4月110,7948.860,32012.150,4745.1
5月75,576▲10.738,843▲10.336,733▲11.1
6月90,290▲12.344,795▲15.545,495▲8.9
7月95,6194.048,1059.647,514▲1.2
8月85,004▲8.241,478▲13.643,525▲2.4
9月117,778▲3.068,3560.249,422▲7.3

 19年9月までの書籍雑誌推定販売金額は9354億円、同4.2%減、前年比マイナス408億円である。
 この4.2%マイナスを18年の販売金額1兆2920億円に当てはめてみると、1兆2378億円となり、20年は1兆2000億円を割り込んでしまうだろう。そうなれば、1996年の2兆6980億円の半減どころか、1兆円を下回ってしまうことも考えられる。
 それに重なるように、19年の書店閉店は大型店が多く、その閉店坪数は最大に達すると予測される。例えば、9月のフタバ図書MEGA岡山青江店は1100坪で、在庫は軽くなったと見なしても、返品総量は途方もないだろう。19年はそうした大返品が出版社に逆流し、予想もしない大返品に見舞われている。それはいつまで続くのであろうか。



3.文教堂GHDの事業再生ADR手続きが成立し、債務超過をめぐる上場廃止期間が1年延長される。
 筆頭株主の日販は5億円出資し、帳合変更時の在庫の一部支払いを再延長し、事業、人事面で支援する。アニメガ事業はソフマップの譲渡し、20年8月期に債務超過を解消予定。
 一定以上の債権を持つみずほ銀行などの金融機関6行は既存借入金の一部を第三者割当方式により、41億6000万円を株式化することで支援する。
 さらなる詳細は文教堂GHDのHP「事業再生ADR手続きの成立及び債務の株式化等の金融支援に関するお知らせ」を参照されたい。
 なお発表を控えていた文教堂GHDの3月期決算連結業績は売上高243億8800万円、前年比11.0%減、営業損失4億9700万円、経常損失6億1000万円、親会社株主に帰属する当期純損失39億7700万円。42億1200万円の債務超過。


 取次と銀行による46億円の債権の株式化という事業再生計画が提出されたことになる。だが肝心の書店事業に関しては返品率の減少や不採算店の閉鎖などが謳われているだけで、上場廃止猶予期間を1年間延長する先送り処置と判断するしかない。
 このような銀行の債権の株式化を含むスキームは、出版業界の内側から出されたものではなく、経産省などが絵を描いたと思わざるをえない。書店という業態がまさに崩壊しつつある現在、このような金融支援だけで再生するわけがないことは、出版業界の人間であれば、誰もが肌で感じていることだろう。折しも『創』(11月号)で、「書店が消えてゆく」特集が組まれているが、そこからは書店の悲鳴の声が聞こえてくる。
 
 本クロニクルから見れば、文教堂問題は、1980年代から形成され始めた郊外消費社会における出店のための不動産プロジェクトの帰結といっていい。チェーン店のための出店バブルは、書店という業態が成長しているうちは露呈しないが、衰退していくと必然的に崩壊していくプロセスをたどる。それは書店のみならず、コンビニやアパレルをも襲っている現実である。
 またレオパレス21問題とも共通している。レオパレス21はサブリースのアパート、マンション3万9000棟、その関連会社は4、5000社に及び、破綻した場合、その影響は多くのオーナーだけにとどまらない。そのために資産売却で特別利益を計上している。
 文教堂の場合も、上場廃止となれば、出版業界に与える影響が大きく、日販を直撃するし、このような先送り処置が選択されたのであろう。
創



4.精文館書店の売上高は194億200万円、前年比1.9%減、当期純利益2億7500万円、同7.8%増の減収減益決算。

 あまり遠くないところに精文館書店があるので、時々出かけているが、数年前からTSUTAYAの屋号となっている。
 それに期中の精文館は静岡のTSUTAYA佐鳴台店864坪を始めとして、出店を続けている。それは精文館もTSUTAYAのFCに組みこまれたことを示しているのだろう。日販、子会社書店、TSUTAYAの複雑な絡み合いの行方はどうなるのであろうか。
 精文館の書籍・雑誌売上は114億円、同1.4%増で、そのシェアは58%となり、DVD、CDなどのセル、レンタルは大きく減少し、出店しなければ、さらなる減収は明らかだ。そのようなメカニズムの中で、出店がなされ、閉店が続いているのである。



5.台風19号により、埼玉県の蔦屋書店東松山店は床上1.6メートルの浸水など、多くの書店で被害が生じたようだ。

 蔦屋書店東松山店の近くに住む出版関係者からの知らせによれば、浸水は深刻で、雑誌、書籍はすべてが水につかり、自然災害ゆえに、出版社は全部を返品入帳するしかない状況になるのではないかということだった。
 博文堂書店千間台店にしても、かなりの出版物にそのような処置をとらざるをえないだろう。それにまだ書店被害の全貌は明らかになっていないけれど、トータルとすれば、大きな返品となり、これも出版社へとはね返っていく。
 それに加えて、台風21号も千葉県や福島県などで河川が氾濫し、市街地や住宅地が冠水、浸水したとされるので、10月の台風による書店被害はさらに拡がり、閉店へと追いやられる書店も出てくるように思われる。



6.出版物貸与権センターは2018年度の貸与兼使用料を契約出版社48社に分配した。
 分配額は16億300万円で、レンタルブック店は1973店。
 17年度の分配額は21億1000万円だったから、5億円以上のマイナスとなった。

 本クロニクル126で、18年全国のCDレンタル店が2043店であることを既述しておいたが、定額聞き放題音楽サービスの広がりもあり、19年はさらに減少しているだろう。
 それはコミックレンタルも同様で、電子コミックの普及により、19年度は20億円を大きく割りこみ、レンタルブック店も減少していくことは確実だ。
 大型複合店の業態を支えてきたのはレンタル部門で、それがCD、DVD、コミックとトリプルの衰退に見舞われている。
 またこれらの水害の後始末はどのような経緯をたどるのであろうか。
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7.大阪屋栗田は楽天ブックスネットワーク株式会社へ社名変更。
 「親会社である楽天家牛木会社とのシナジーをより強固なものにするとともに、出版社等の株主の各社との連携のもと、書店へのサービスネットワークをさらに拡充することを目指す」と声明。
 その一方で、株式会社KRT(旧商号:栗田出版販売株式会社)から、「再生債権の追加弁済(最終弁済)のご連絡」が届いている。これは「50万円超部分」を対象債権額とし、その6.9%を追加弁済するというものである。

 これらのプロセスを経て、大阪屋と栗田の精算は終了し、楽天ブックスネットワーク株式会社へと移行していくのであろう。
 それとパラレルに、旧大阪屋と栗田を取次としていた書店はどのような回路をたどっていくのか。例えば、栗田をメインとしていた戸田書店は8月に2店、続けて9月には青森店350坪を閉店しているし、これから大阪屋栗田時代の書店の選別がさらに本格化するにちがいない。



8.『日経MJ』(10/25)が「シニアの市場 トーハン攻める」との見出しで、「出版不況受け、収益源開拓」として、「高齢者住宅10棟体制へ」をレポートしている。
 それによれば、トーハンはグループ会社のトーハン・コンサルティングを通じ、3月にサ高住「プライムライフ西新井」を開業した。今後の自社所有地の他にも用地を探し、中期的に10施設まで増やす計画で、トーハンの掲げる「事業領域の拡大」に当たる。

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 本クロニクル125などで、トーハンと学研の提携による「サ高住」事業進出にふれ、取次による不動産事業と介護事業の陥穽にふれておいた。
 それは出版社も同様で、『FACTA』(11月号)が「『冠心会』理事負債が10億円の不正流用!」という記事を発信している。これは同誌8月号の医療法人「冠心会」傘下の一成会の「さいたま記念病院」の破産レポートに続くものである。この冠心会の事業パートナーは小学館のグループ会社「オービービー」で、不動産投資して病院建物などを32億円で取得し、経営は冠心会に丸投げしていた。
 ところが冠心会は毎月の診療報酬債権を次々と売り払い、そのファクタリング代金を簿外に移し、一成会は経営不振に陥り、「オービービー」はさらに7億円を注ぎこみ、支援を余儀なくされていた。刑事事件化は必至で、「オービービー」は代理人弁護士を通じて、冠心会前理事夫妻に交渉を始めたが、もはや連絡が取れなくなっているという。
 「病院経営に明るくないオービービーは与しやすい相手」だったとされ、ここにその不動産投資の典型的陥穽が示されていることになる。
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9.能勢仁の『平成出版データブック―「出版年鑑」から読む30年史』(ミネルヴァ書房)が出された。

平成出版データブック―「出版年鑑」から読む30年史 出版の崩壊とアマゾン

 同書は出版ニュース社が刊行していた『出版年鑑』に基づく、平成時代の出版データで、「記録」の他に、「統計・資料」もコンパクトにまとめられ、まさに平成出版史を俯瞰する一冊といえよう。出版関係者は座右に置いてほしいと思う。
 これはと関連してだが、本クロニクル136で、能勢の「大阪屋栗田は情報発信を」という『新文化』(7/25)の投稿にふれておいた。しかしおそらく楽天ブックスネットワークへと移行したことで、出版業界に対する「情報発信」はさらに後退すると考えられる。
 またこちらは『出版の崩壊とアマゾン』(論創社)の高須次郎によれば、『出版ニュース』が休刊してから、一段と「情報発信」が少なくなったという。それは『出版ニュース』休刊だけでなく、肝心な情報、重要な問題への言及は極めて少なくなっており、そこには出版業界の行き詰った閉塞感がこめられていよう。
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10.東京・新宿区の和倉印刷が破産手続き決定。
 1963年創業で、パンフレット、マニュアルを主体とする書籍・雑誌などのオフセット印刷を手がけ、2010年には売上高3億5000万円を計上していたが、近年は売上が減少し、赤字決算を余儀なくなれていた。
 負債は5億8000万円。

11.東京・板橋区の倉田印刷が事業を停止し、破産申請予定。
 1966年設立で、法令関連の書籍や定期刊行物を主力としてきた。
 2013年には売上高8億円を計上していたが、インターネットにおける格安印刷業者の台頭などで、業者間の競合が激化し、売上減少と利益低迷が続いていた。

 出版業界の危機は当然のことながら、印刷業界にも及び、中小の印刷業者の破産となって表出している。その典型がこの2社ということになろう。
 それは製本業界も同様のようで、これらの中小企業、関係会社は相互保証し合っていることもあり、連鎖倒産している。
 これから年末にかけて、中小出版社、書店だけでなく、印刷、製本業界にもこうした倒産が否応なく起きていくだろう。



12.『ニューズウィーク日本版』(10/8)が水谷尚子明治大学准教授による「ウイグル文化が地上から消える日」を掲載している。
 リードは「元大学学長らに近づく死刑執行/出版・報道・学術界壊滅で共産党は何をもくろむ?」
 それによれば、地理学、地質学の専門家の新彊大学学長、ウイグル伝統医学の大家で、新彊医科大学元学長、新彊ウイグル自治区教育長の元庁長らが拘束され、その後の消息が不明で、死刑執行が懸念されている。
 中国共産党はウイグル人社会を担ってきた知識人を強制収容所送りとし、その収監者数は100万人を超すとされる。ウイグル語や文化の消滅を目的とするようで、この2年間で、知識人の社会からの「消失」とともに、ウイグル語の言語空間は消滅しつつある。
 それはウイグル語専門書店の相次ぐ閉鎖、経営者たちの強制収容所への収監、ウイグル語出版社の壊滅、出版社員、編集者、作家、ジャーナリストも同様である。
 「共産党によって押し込められた『ウイグル社会の宝』は今、劣悪な矯正収容所の中で消えようとしている」

 ニューズウィーク日本版 ウイグル人に何が起きているのか
 
 ひとつの民族迫害が起きる時、知識人のみならず、言語、書店、出版が壊滅的状況に追いやられ、かつてのソ連に代わって、あらたに中国が「収容所群島」と化していることを告げていよう。
 さらなる詳細なレポートとして、福島香織『ウイグル人に何が起きているのか』(PHP新書)も出されていることを付記しておこう。



13.アビール・ムカジー『カルカッタの殺人』(田村義道訳、ハヤカワ・ミステリ)を読了。

カルカッタの殺人

 1919年の英国当時下のインド帝国のカルカッタを舞台とするミステリで、著者は1974年生まれのインド系移民2世である。
 主人公はインド帝国警察の英国人警部だが、その存在と登場人物たちは植民地における帝国主義のメカニズムと葛藤を象徴的に浮かび上がらせ、事件もまたその渦中から発生したことを物語っていよう。
 このような帝国主義下の混住ミステリ小説を読むと、船戸与一の「ハードボイルド試論序の序―帝国主義下の小説について」における、次のような一節を想起してしまう。

 「ハードボイルド小説とは帝国主義がその本性を隠蔽しえない状況下で生まれた小説形式である。したがって、その作品は作者が右であれ左であれ、帝国主義のある断面を不可避的に描いてしまう。優れたハードボイルド小説とは帝国主義の断面を完膚なきまでに描いてみせた作品を言うのである。」

 今年ももはや2ヵ月しか残されていないし、多くを読めないだろう。そこでこの『カルカッタの殺人』を海外ミステリのベスト1に挙げておく。



14.下山進『2050年のメディア』(文藝春秋)を恵送された。

2050年のメディア
 これはタイトル、帯文に示されているように、インターネット出現後の読売、日経、ヤフーの三国志的ドラマ、「技術革新とメディア」の20年の物語と見なしていいし、それは本文中の次のような一節に端的に示されていよう。

 「既存の市場が技術革新によって他の市場に移ろうとする時、技術革新によって生まれる市場は最初小規模な市場として始まる。そうなると、大手企業は、わざわざそのゼロの市場に勢力をつぎこみ出て行こうとしないのだ。カニバリズムが恐れられる場合はなおさらだ。」


 この言はジャーナリズムのみならず、出版業界に当てはめることができる。
 だがそれらはともかく、同書からうかがえるのは、2019年まで下山が在籍していた文藝春秋の社内事情で、本クロニクルの立場からすれば、どうしてもそのような裏目読みに傾いてしまうのである。



15.拙著『近代出版史探索』(論創社)が10月25日に刊行された。

近代出版史探索

 今月の論創社HP「本を読む」㊺は「立風書房『現代怪奇小説集』と長田幹彦『死霊』」です。