出版・読書メモランダム

出版と近代出版文化史をめぐるブログ

出版状況クロニクル149(2020年9月1日~9月30日)

 20年8月の書籍雑誌推定販売金額は840億円で、前年比1.1%減。
 書籍は433億円で、同4.6%増。
 雑誌は40億円で、同6.5%減。
 その内訳は月刊誌が335億円で、同6.8%減、週刊誌は71億円で、同5.1%減。
 返品率は書籍が37.2%、雑誌は40.1%で、月刊誌は39.9%、週刊誌は40.8%。
 書籍のプラスは前年が13.6%減だったことと、返品の改善によるが、雑誌のマイナスはコミックスの伸びが止まり始めたことや、女性誌部数減が大きな要因となっている。
 それらに加え、8月は土曜日がすべて休配、取次返品稼働日数が前年よりも5日少なかったことも影響している。

 *なお2021年3月31日に消費税転嫁特別措置法が失効し、出版物にも適用されていた消費税別価格表示の特別措置の終了が予定されている。それに伴い、総額表示義務が適用される。
 これをめぐって、書協、雑協は財務省に特別維持を求めているとされる。
 これは政治マターとなっているという話も伝えられ、様々に錯綜しているようなので、今回のクロニクルでは現段階でのコメントは付け加えないことを断っておく。


1.8月の書店閉店は49店で、7月の14店に比べ増加していく気配の中にある。

 本クロニクル137でも、19年同月のTSUTAYA、未来屋、フタバ図書、文教堂、戸田書店、くまざわ書店、とらのあなの複数の閉店を既述しておいた。
 それは今年も同様で、TSUTAYA(蔦屋書店)2店、未来屋3店、文教堂2店、くまざわ書店2店、とらのあな4店と続いている。フタバ図書は1店だが、GIGA本通店750坪、今月戸田書店はないが、7月に静岡本店850坪を閉店している。
 今後の動向として気になるのは未来屋で、イオンとマックスバリュー内書店を加えれば、6店となる。これはスーパーやショッピングセンターにおいても、もはや書店が必要とされなくなっていることを告げているのではないだろうか。それに前回示したように、未来屋も赤字である。またユニーのアピタ内書店も2店閉店している。
 前回の書店売上高ランキングを補足する意味で取り上げてみた。
odamitsuo.hatenablog.com



2.MPDのHP「決算情報」に「貸借対照表」「損益計算書」だけが公開されているので、それらを見てほしい。

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 本クロニクル147で、日販GHDと日販の決算に言及したが、MPDについては発表されていなかったので、ここに示しておく。
 MPDの20年度売上高は1572億円、前年比6.6%減である。個々の数字と内実についての言及は差し控えるが、この3年間のマイナスだけを見ても、売上減少はさらに続いていくだろうし、CCC=TSUTAYAの行方と併走するしかないと思われる。
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3.ゲオホールディングスの売上高は3050億円で、前年比4.3%増。
 グループ店舗数はゲオ、ジャンブルストア、セカンドストリートなど1938店。

 でふれなかったが、書店としてのゲオも多くはないが、コンスタントに閉店が続いていて、8月も群馬県の太田店343坪が閉店している。
 トーハンとのコラボレーションの内実は伝えられていないが、書籍、雑誌とDVDなどのレンタルというアイテムの書店出店は後退していくことは確実だ。
 レンタルを手がけているゲオ店舗は1100店に及ぶようだが、2015年に833億円あったレンタル売上は、20年には579億円まで減少し、ネットフリックスなどの配信市場の影響をもろに受けている。
 それに伴い、セカンドストリートなどのリユース事業は、15年の808億円が20年には1222億円と増加しているので、今期は70店の出店をめざすとされる。
 トーハンもゲオのリユース事業に関係しているのだろうか。



4.『日経MJ』(8/26)に「2019年度コンビニ調査」が掲載されている。
 店舗数は5万8250店で、前年比0.5%減となり、初めての店舗数減少。
 新規出店も1914店で、過去20年間で初めての2000店割れ。
 全店売上高は12兆円弱で、前年比1.3%増だが、1店当たりの1日の来客数は平均932人で、2.3%減となっている。

 コンビニ数の推移と書籍雑誌販売金額に関しては、本クロニクル141を見てほしいが、コンビニもフランチャイズシステム、大量出店、24時間営業というビジネスモデルが飽和状態に達したことを告げているのだろう。
 それはともかく、1980年代から90年代にかけてはコンビニの雑誌売上の増加が出版社の成長を支えていたのであり、まさにコンビニバブル出版経済といってもよかった。
 しかもそれは取次と書店の関係をモデルとして構築されたもので、『出版状況クロニクル』シリーズにおいても、しばしば言及してきている。
 ただ21世紀に入って、コンビニと雑誌の蜜月は明らかに低迷し始めていた。それは本クロニクル141の売上高推移に示しておいたように、2005年は5059億円だったのに、2018年には1445億円と3分の1を下回ってしまった。19年度の数字はまだ出されていないけれど、18年をさらに割ることは確実で、雑誌の凋落もコンビニ売上の減少とパラレルだとわかるであろう。
 それに1におけるスーパーやショッピングセンターに書店がなくなっているように、いずれコンビニからも雑誌が不要のものとなっていくかもしれない。
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5.アマゾンジャパンは府中、上尾、久喜、坂戸に4つの物流拠点のフルフィルメントセンター(FC)を開設し、合わせてFCは21拠点となる。
 久喜はすでに稼働し、4万5800坪、府中は9400坪、坂戸は2万3500坪、上尾は2万2600坪で、それらはいずれも10月から稼働予定。

 たまたま『文化通信』(9/14)で、「出版倉庫ガイド特集」が組まれ、その物流チャートと昭和図書などの出版物流などが紹介されている。
 おそらく想像する以上に近年、倉庫と出版流通は進化したと思われるし、それはアマゾンの存在を抜きにして語れないのではないか。
 それらを含めて、この10年はアマゾンが一人勝ちのディケードだったと見なすしかない。
 だがそのかたわらに、本クロニクル139でふれた横田増生『潜入ルポamazon帝国』(小学館)を必読の一冊としておかなければならない。
 幸いなことに横田のこの一冊は今年の新潮ドキュメント賞を受賞した。さらなるルポを続けてほしい。
潜入ルポamazon帝国
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6.集英社の決算が出された。
 売上高は1529億400万円、前年比14.7%増、営業利益は243億200万円、同175.7%増。当期純利益は209億4000万円、同112.0%増。
 その内訳は雑誌が638億9700万円、同24.4%増、書籍は103億2300万円、同16.4%減、広告は96億800万円、同0.7%減、その他は690億7600万円、同15.2%増。

 売上高や純利益は近来にない数字で、まず『鬼滅の刃』の大ヒットを挙げなければならない。20巻で5000万部を発行し、シリーズ物のコミックスの威力を見せつけた。
 そのことで、雑誌の内の「雑誌」は207億8300万円、同9.8%減にもかかわらず、「コミックス」はその倍の431億1400万円、同52.3%増となり、コロナ禍を物ともしない好決算の原動力となっている。新人の作品であっても、コミックスは当たれば大きいことを実証したことになろう。
 だが問題なのは『鬼滅の刃』のような大ヒットが来期も出るかであろう。
鬼滅の刃



7.光文社の決算も出された。
 総売上高は184億7700万円、前年比9.0%減、経常損失は13億9900万円(前年は7億6500万円の損失)、当期純損失は24億200万円(前年は36億2400万円の利益)となった。
 販売部門のうちの雑誌は60億7900万円、同8.1%減、書籍は27億7800万円、同9.3減、広告は56億9600万円、同11.3%減となっている。

  光文社は6の集英社と異なり、コロナ禍による多大な影響を受け、2年ぶりの損失となった。
 とりわけ『HERS』『美ST』『JJ』『Mart』『CLASSY』の5月号の発売ができず、合併号に加えて書店休業も相乗し、出広も減少してしまったのである。『HERS』は8月号で月刊発行終了となっている。
 コロナ禍の決算において、集英社と明暗を分けてしまったことになろう。
HERS 美ST JJ Mart CLASSY



8.『出版月報』(8月号)が特集「パズル誌大研究」を組んでいて、その市場規模が113億円であることをレポートしている。

 20年5月の週刊誌販売金額は59億円だから、パズル誌はその倍近い市場ということになり、週刊誌の編集コストに比べれば、利益率の高い雑誌に分類されるだろう。
 ちなみに5月の週刊誌販売部数1598万冊に対し、パズル誌の19年発行銘柄数は158、発行部数は3442万冊とされる。
 ピーク時は2006年の130億円だったが、コロナ禍の中にあって、発行銘柄は過去最高となり、定期誌刊行出版社は19社に上るという。
 とても参考になったのは、1980年から現在までのチャート「パズル誌の動き」で、80年の『パズル通信ニコリ』(魔法塵)から始まっていることだった。これは確か、最初は地方・小出版流通センターを経由して流通販売されていたはずだ。83年の『パズラー』(世界文化社)は記憶にないが、これが最初の雑誌コード付きパズル誌だった。
 パズルは雑誌の巻末や新聞の片隅の懸賞に使われていたが、80年代を迎えて、市場を形成していったことは興味深い。それは日本の消費社会の成熟と見合っているからだ。
パズル通信ニコリ



9.三省堂書店が子会社の創英社を吸収合併。
 創英社は出版事業と出版営業の代行業務を手がけていた。

 かつての岩波ブックセンターも出版事業=自費出版を手がけ、書店業の一助にもなっていた時代もあったと仄聞しているが、書店と自費出版のコラボも終わったと考えるべきだろう。
 そういえば、ブランド力を冠として大手出版社、老舗出版社がこぞって自費出版部門を立ち上げた時期があったけれど、それらはどうなっているのだろうか。



10.あさひ産業が自主廃業。同社は1993年に元太洋社の南外茂が創業し、書店のブックカバーや雑誌袋などの備品や出版社の販促物などを扱ってきた。
 2008年からは書店用品オンラインショップも開設していたという 。

 あさひ産業のことは私も知らず、業界紙の報道で教えられたが、レジ袋廃止も影響しているのだろう。それでも同種のビジネスが出版業界関係者によって営まれていたことは想像できる。
 それと9の創英社のことで連想されたが、やはり1990年代から元出版社や書店の人たちによって、出版営業代行会社がいくつも設立されたことがあった。それらも創英社ではないが、コロナ禍の中にあって、どのような状況に置かれているのだろうか。



11.楽譜出版の企画、編集、印刷製本のアルスノヴァが破産。
 同社は1982年創業で、楽譜の浄出、採譜、出版企画、編集業務に携わり、小学校音楽の文科省指定教科書の楽譜制作の受託や大手音楽教室の教本を引き受けていた。
 2009年には年商3億1600万円を計上していたが、楽譜出版社からの受注が減少し、資金繰りが悪化し、15年には事業を停止していた。負債は3億7800万円。

 本クロニクル147で、中南米音楽誌の『ラティーナ』の休刊にふれたばかりだが、一部を除き、音楽書の世界にも危機は押し寄せているのだろう。
 そういえば、現在はどうかわからないけれど、かつて春秋社は楽譜出版社の大手だったはずで、アルスノヴァの楽譜出版社からの受注の減少も、それらの動向と関係しているのであろうか。
ラティーナ



12.展望社から、市原徳郎『雑誌王は不動産王 講談社野間清治の不動産経営法』を恵送された。

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 野間清治が小原国芳の玉川学園開発のスポンサーであったことは承知していたけれど、このような「不動産王」の実態は初めて知らされたといっていい。
 戦前の出版史を調べていくと、見え隠れするのは出版社、取次、書店を問わず、不動産取得の問題で、それは野間清治だけでなく、岩波茂雄などにもうかがわれる。
 また出版社の場合、成長するにしたがって、在庫と返品のための倉庫を必須とするので、利益が上がれば、まずは不動産取得と自社ビルの建築へと向かったのであろう。
 また高度成長期まではベストセラーを一冊出せばビルが建ったといわれていたことも、そうした出版伝承から引き継がれてきたのであろう。
 最後の例のようにして、竹書房本社が「フリテンくんビル」と呼ばれていたことを思い出す。



13.ぱる出版の常塚嘉明社長が67歳で急逝した。

 実は拙著『ブックオフと出版業界』(現論創社)の企画は、当時の常塚営業部長から出されたもので、ぱる出版から刊行されたのは2000年のことだった。
 それから20年が過ぎ、この10年は会うこともなく、突然死を知らされた次第だ。
 謹んでご冥福を祈る。
ブックオフと出版業界(ぱる出版)  ブックオフと出版業界(論創社)



14.ヤン・ストックラーサ『スティーグ・ラーソン 最後の事件』(品川亮+下倉亮一訳、ハーパーBOOKS)を読了。

スティーグ・ラーソン 最後の事件』( ミレニアム

 これは出版情報を得ていなかったし、書評も見ていなかったので、書店の文庫コーナーで翻訳刊行を知り、購入してきた一冊である。
 帯文にあるように、まさに「もうひとつの『ミレニアム』」とよんでいいし、著者はラーソンの残した未公開資料のアーカイヴと出合うことで、1986年のスウェーデンのパルメ首相暗殺事件の謎が追跡され、暴かれていく。
 ラーソンが急逝し、『ミレニアム』(ハヤカワ文庫)連作において、首相暗殺事件の解明は途絶えたかに思えたが、ラーソンの遺志はここにその一端が実現されたことになろう。



15.論創社HP「本を読む」〈56〉は「クロソウスキー『ロベルトは今夜』」です。
 『近代出版史探索Ⅳ』は10月上旬発売となります。
近代出版史探索Ⅳ

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