20年6月の書籍雑誌推定販売金額は969億円で、前年比7.4%増。
書籍は489億円で、同9.3%増。
雑誌は480億円で、同5.5%増。
その内訳は月刊誌が395億円で、同5.7%増、週刊誌は84億円で、同4.6%増。
返品率は書籍が37.6%、雑誌は37.7%で、月刊誌は37.4%、週刊誌は39.2%。
総合、書籍、雑誌のいずれもが大幅増で、しかも返品率も大幅減という、かつてない数字となったが、これも先月と同様に、新型コロナウイルス下における送品、返品メカニズムによる「奇妙なプラス」というべきもので、残念ながら「出版状況が大きく改善したわけではない」(『出版月報』6月号)。
確かに本クロニクル144と145で示した「衣料品・靴専門店13社」の6月売上高は7社が増収となってきているけれど、書店状況とは異なることはいうまでもないだろう。
1.出版科学研究所による20年上半期の出版物推定販売金額を示す。
月 | 推定総販売金額 | 書籍 | 雑誌 | |||
(百万円) | 前年比(%) | (百万円) | 前年比(%) | (百万円) | 前年比(%) | |
2020年 1〜6月計 | 618,346 | ▲2.9 | 351,670 | ▲3.0 | 266,675 | ▲2.9 |
1月 | 86,584 | ▲0.6 | 49,583 | 0.6 | 37,002 | ▲2.2 |
2月 | 116,277 | ▲4.0 | 71,395 | ▲3.2 | 44,882 | ▲5.2 |
3月 | 143,626 | ▲5.6 | 91,649 | ▲4.1 | 51,977 | ▲8.1 |
4月 | 97,863 | ▲11.7 | 47,682 | ▲21.0 | 50,181 | ▲0.6 |
5月 | 77,013 | 1.9 | 42,383 | 9.1 | 34,630 | ▲5.7 |
6月 | 96,982 | 7.4 | 48,978 | 9.3 | 48,004 | 5.5 |
2020年上半期の出版物推定販売金額は6183億円で、前年比2.9%減。だが電子出版は1762億円で、同28.4%増となり、合わせると7945億円、同2.6%増となっている。
電子の内訳は電子コミックが1511億円、同33.4%増、電子書籍が191億円、同15.1%増、電子雑誌が60億円、同17.8%減。
2020年上半期シェアは書籍44.3%、雑誌33.6%、電子出版22.2%となり、電子コミックだけで19%に及んでいる。
それらのことから考えれば、20年の売上高は電子コミックの成長に左右されることになるけれど、それは書店売上とリンクしていない。このような電子コミックと書店状況はどのような関係で推移していくのか。
新型コロナウイルス影響下におけるこれらの行方はどうなるのか。これが20年下半期の問題となろう。
2.日販GHDと日販の決算が出された。
連結27社を含めた日販GHDの連結売上高は5159億円、前年比5.5%減。
取次事業は3年連続の営業赤字だが、それ以外の7事業がすべて黒字となり、営業、経営利益は大幅に伸張し、当期純利益は7億8100万円。
それらの8事業の内訳を示す。
内訳 | 売上高 | 前年比(%) |
取次事業 | 4,758億1500万円 | ▲5.7 |
小売事業 | 610億1,500万円 | ▲2.6 |
海外事業 | 68億5,500万円 | 9.3 |
雑貨事業 | 19億3,300万円 | 7.8 |
コンテンツ事業 | 17億3,000万円 | 22.5 |
エンタメ事業 | 17億4,000万円 | 8.7 |
不動産事業 | 29億4,700万円 | 12.7 |
その他 | 53億400万円 | 24.2 |
次の表は日販単体売上高である。
金額 | 増減額 | 増加率(%) | 返品率(%) | |
書籍 | 204,916 | -11,942 | 94.5 | 30.9 |
雑誌 | 123,462 | -14,141 | 89.7 | 47.4 |
コミックス | 67,401 | 2,264 | 103.5 | 25.8 |
開発品 | 26,909 | -6 | 100.0 | 40.8 |
合計 | 422,690 | -23,825 | 94.7 | 36.7 |
日販GHDの連結決算は、売上高の92%を占める取次事業の赤字を、8%弱の七事業の黒字で補い、営業経常利益を伸ばし、最終利益を黒字転換させたことになる。いびつな決算の印象を否めない。
前回の本クロニクルのトーハンの決算で見たように、単体、連結ともに経常赤字だったわけだから、日販GHDも無理をして黒字にすることもなかったように思われる。
それゆえに今期の黒字化にはどのような「忖度」がこめられているのだろうか。これからそれがどのように露出していくのか、問題はそこにあると思われる。
3.楽天ブックスネットワークは川村興市専務が代表取締役社長に就任。
その経歴を見ると、日本電気、CCC、MPD常務取締役を経て、16年楽天入社、大阪屋栗田取締役、18年同専務取締役とある。
『出版状況クロニクルⅤ』の2016年7月のところで、川村の大阪屋栗田の取締役就任を既述しておいた。その際に社長が講談社の大竹深夫、専務が元日販の加藤哲朗だったことも。
しかし楽天BNとなった現在、監査役などとして残っているにしても、もはや経営陣から出版社や取次の人間はいなくなったしまった。
そういえば、先月、旧知の元栗田の社員から電話があり、その後の栗田の人々の消息を尋ねたところ、ほとんどが音信不通で、行方も知れないということだった。
これも現在の出版業界を象徴していよう。
4.書協の新理事長に河出書房新社の小野寺優社長が就任。
それを機として、『文化通信』(7/20)が「本や読書の喜びを発信したい」との大見出しで、一面インタビューしている。そこでの「出版社で営業、編集を30年やってきて、この間、なにが一番変わったと感じていますか」の問いに対する発言を紹介したい。それは次のようなものである。
本の売れ方、読まれ方ですね。ネットが本格的に普及し始めてから、売れるものと売れないものが驚くほど二極化してきました。おそらく、人々が本を選ぶときに、ネット書店のランキングやレビューを手掛かりにするようになったからだと思います。
その結果、書店の平台からは買うけれど、棚から自分の目で丹念に選んで買うということが少なくなって、いわゆるロングセラーが激減した。中でも、実績のない新人作家の作品は、非常に売り出しにくくなりました。
これは書籍出版社にとって大変厳しいことです。ロングセラーが経営の基盤となって、その上に新刊がのるという本来の収益構造が逆転してしまった。
この傾向は、簡単には変わらないでしょうが、出版の多様性を考えると、今後の大きな課題だと思っています。
これは当たり前の発言のように思われるかもしれないが、13年間営業に携わり、書籍出版社の河出書房新社の社長も務め、これまでと異なり、初めて非オーナーの書協理事長となった小野寺ならではのものだと見なせよう。
しかし残念なことに、現在の最も深刻なコロナと出版状況に関しては語られていない。
5.日書連の加盟書店数は2986店、前年比126店減となり、3000店を割る。
東京書店組合も307店、同17店減。
これは4月1日現在のデータであり、まだコロナ禍による書店閉店は少ないと考えられる。だからそれが顕著になるのは5月以降と推測されていたが、6月は近年にない119店という三ケタの閉店となっている。
しかもこれまでの閉店はナショナルチェーンが目立っていたけれど、6月は中小書店が多い。東京だけでも10店を数え、6月時点で、東京書店組合も300店を割ったと思われる。東京の古本屋は600店とされるので、その半分以下になってしまった。
現在45都道府県に書店商業組合があるけれど、解散する組合も出てくるにちがいない。
6.京都の三月書店が閉店したようで、『朝日新聞』(7/12)の「歌壇」に次の一首があった。
毎日を定休日とするお知らせが貼られた朝の三月書房
(西宮市) 佐竹由利子
本クロニクル142で、三月書房の閉店は伝えておいたが、ついに「毎日を定休日とする」ことになってしまった。
この一首は永田和宏と佐佐木幸綱の二人の選者が挙げていて、詩集や歌集を多く売っていた三月書房への挽歌のようでもある。
そういえば、まだ三月書房は挙がっていないけれど、6月の京都の閉店は13店を数え、リーブル京都が5店にも及んでいることを付記しておく。
odamitsuo.hatenablog.com
7.能勢仁、八木壮一共著『平成の出版が歩んだ道』(出版メディアパル)が出された。
たまたま4、5、6を書いた後に届いたので、ここに挙げておく。サブタイトルに「激変する『出版業界の夢と冒険』30年史」とあるようにコンパクトな平成出版史である。
2013年刊行の『昭和の出版が歩んだ道』の続編で、両書を座右に置けば、昭和、平成を通じての出版業界の変容を学ぶことができる。
それは4の書協の小野寺発言、5の書店の激減、6の三月書房の閉店などの背景と事情を裏付けていよう。
8.7月の東京愛書会の古書目録『愛書』の新日本書籍コーナーに、おうふう(桜楓社)の日本文学研究書が3ページにわたり、120点ほどが掲載されていた。
本クロニクル144で、おうふう(前桜楓社)の破産を伝え、「大学における国文学や近代文学研究の衰退」を象徴していると既述したばかりだ。
このような高価な研究書の古書業界への流失もその破産を受けてのことだろう。だがいずこの学会にしても、出版社の出張販売すらも成立しないという現在の研究状況において、これらの読者はまだ存在しているのだろうか。
7の『平成の出版が歩んだ道』には第5章「昭和・平成の古書業界の歩んだ道」も収録されているので、続けて取り上げてみた。
odamitsuo.hatenablog.com
9.日本図書普及の図書カードNEXT発行高は375億4200万円、前年比5.6%減。回収高は379億7700万円、同5.9%減、図書券は3億4600万円。
加盟店法人は5655社、前年比190社減。それに伴いカード読取機設置店舗数は7973店、410店減。
発行高は2000年の771億円がピークであるから、まさに半減してしまった。それは5の日書連加盟書店の減少とパラレルで、しかも3年前から回収高が発行高を上回り、読者の利用の低下を示していよう。
『出版状況クロニクルⅤ』で、1997年からの「図書券、図書カード発行高、回収高」を掲載しておいたので、必要とあれば、参照してほしい。
10.学研プラスと日本創発グループの合弁会社ワン・パブリッシングが発足し、学研プラスの定期誌『GetNavi』『ムー』『歴史群像』など10誌の発行と発売、「FYTTE」「Mer」などのウェブメディア運営といった各事業を引き継ぐ。
これは学研プラスによるメディア事業の会社分割である。
日本創発グループは印刷会社東京リスマチックを母体とする持株会社で、学研プラスと同じく、ワン・パブリッシングの株式の49.5%を保有し、社員数は55人。
おそらく学研はメディア事業を切り離し、介護、医療、福祉といった分野へとさらなる進出をめざしているのだろう。
またそれは前回の本クロニクルでもふれておいたように、トーハンの不動産プロジェクトともリンクしているのである。
11.住宅設備、建築材料の大手LIXILグループの文化事業としてのLIXIL出版が終了。
LIXIL出版は1982年から「LIXIL BOOKLET」の刊行を始め、その他にも「第3空間叢書」「建築のちから」などの単行本シリーズ、建築や都市をテーマとする雑誌『10+1』も創刊し、ブックレットも含め、400点以上を刊行してきた。
(『奇跡の住宅』「LIXIL BOOKLET」)
近年LIXILは経営権や中国での事業をめぐる問題で、経済誌などでスポットを当てられていたが、このような出版事業を営んでいたのである。
その終了もこれらの動向と無縁ではないはずだ。
LIXILの前身は伊奈製陶で、INAX出版として始まり、それを範としてTOTOもTOTO出版を始め、やはりブックレットなども出していたことを思いだす。
企業の文化事業としての出版活動も、今世紀に入って、姿を消していったのではないだろうか。
12.『月刊ラティーナ』(ラティーナ)が休刊。
同誌は1952年に『中南米音楽』として創刊され、83年から現在の誌名に変更され、68年にわたって刊行されてきたことになる。
私は不勉強で、この雑誌の存在を知らずにいた。その休刊を教えられたのは、私の編集担当者から、発行人の本田健治が休刊号に書いた「私の思い出のラティーナ」を送られたことによっている。
この5ページに及ぶ回想は、まさに日本の戦後に始まるタンゴなど中南米音楽の普及の歴史で、趣味の雑誌がマニアたちで創刊され、定着、成長していった事実を教えてくれる。
だが時代は趣味と雑誌の共立を崩壊させてしまったことを告げている。それを示すように、『月刊ラティーナ』もweb 版へと移行することが伝えられている。
13.村上春樹『猫を棄てる』を読了。
とてもいい本だった。このような小さな本を出すことができるのは村上ならではで、「小さな歴史のかけら」を、身をもって示しているといえよう。
かつて『日本古書通信』(2016年6月号~8月号)で、西田元次「村上千秋と春樹 父と子のきずな――村上春樹の原点」が連載されたことがあった。
村上が『猫を棄てる』を書くきっかけは、この西田文であったかもしれないので、興味ある読者には一読を勧めたい。
14.三浦雅士『石坂洋次郎の逆襲』(講談社)を読んだ。
戦後から高度成長期にかけて、ベストセラー作家にして、多くの映画の原作者だった人たちがいる。しかしそれらは松本清張を除き、ほとんどが読まれなくなっている。
あらためてそれらを再読し、高度成長期の社会史を考えてみたいと思っているし、私も様々に試みているし、「改造社と石坂洋次郎『若い人』」(『古本探究Ⅱ』所収)なども書いている。
三浦がいうように、石坂も「忘れてはならない作家」なのだ。その石坂が現在の社会に突きつけている「逆襲」とは何なのか。ずっと疑問に思っていた晩年の『水で書かれた物語』以後の作品の内実が明らかにされていくのである。
15.坪内祐三の遺稿集『みんなみんな逝ってしまった、けれど文学は死なない。』が幻戯書房から刊行された。
幻戯書房からは生前に『東京タワーならこう言うぜ』『右であれ、左であれ、思想はネットでは伝わらない。』が出ているので、三冊目ということになる。これらは同じ名嘉真春紀の編集によるものであろう。
この本の圧巻は第3章の「福田章二と庄司薫」で、そのうちの「福田章二論」はかつて『新潮』連載で読んでいたけれど、これまで単行本未収録であったことを知らされた。
私見によれば、福田にとって重要なのは、丸山真男、及び塩野七生との関係ではないかと考えてきた。だが前者に関しては言及されているが、後者にはふれていない。どうしてなのであろうか。
16.「TATSUMIMOOK」の一冊として、『日本昭和エロ大全』(辰巳出版)が出された。
本クロニクル135でも、『日本昭和エロ大全』の筆者の一人の安田理央の『日本エロ本全史』を取り上げているので、屋上屋を架すように思われるかもしれないが、こちらは終わってしまった「昭和エロカルチャー」をピクチャレスクに、バラエティ豊かに総攬している。
そこでパロディ的一句を。
エロ本や昭和は遠くなりにけり
odamitsuo.hatenablog.com
17.論創社HP「本を読む」〈54〉は「ロジェ・カイヨワ『戦争論』と『人間と聖なるもの』」です。
『近代出版史探索Ⅲ』は7月末に刊行。