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古本夜話1082『東京書籍商組合員図書総目録』

『一誠堂古書籍目録』に続いて、やはり巌松堂の同じ目録『日本志篇』を取り上げてきたわけだが、これらには範があったと思われる。

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 それは『東京書籍商組合員図書総目録』(以下『図書総目録』)である。この目録は拙稿「図書総目録と書店」(『書店の近代』所収)でふれておいたように、明治二十六年から昭和十五年にかけて、九回にわたり、東京書籍商組合から発行されている。ただ私にしても、手元にあるのは明治三十九年、大正七年、昭和四年、同十一年、同十五年の五冊で、明治二十六年、同三十一年、同四十四年、大正十二年版は入手できていない。

f:id:OdaMitsuo:20201012103450j:plain:h110 (『東京書籍商組合員図書総目録』) 書店の近代

 この二十年間に古書目録で見かけるたびに購入してきただけだけれど、近年はまったく目にしていないので、もはや稀覯本に近いとも考えられる。かなり前に全冊の復刻の話も仄聞しているが、そちらにも出会っていない。ここでは本来ならば、先のふたつの古書目録の直近の大正十二年版を例にすべきであろう。しかしそうした事情もあり、大正七年版のほうに言及してみる。

 まず大正七年版『図書総目録』の判型と厚さから初めてみる。それは菊判で十センチを超え、それぞれの書名リストが「五十音別」で六一七ページ、「発行所別」で五二〇ページ、「類別」で六一〇ページ、「著作者別」で四〇〇ページ、著作権法や出版法などを含んだ「付録」が三三ページ、さらに四〇〇余の「東京書籍商組合員」リストが九ページで、合計で二二〇〇ページ近い大冊なのである。

 その結果、「緒言」によれば、「本著に収載したる図書数は約二万種、此冊数実に三万三千有余冊の多きに上れり」を誇ることになり、明治二十六年第一半の三倍以上に及んだ。それは本探索でも繰り返し記述しているように、明治二十年代からの出版社・取次・書店という近代出版流通システムの誕生と成長、明治末に三千店だった書店が昭和初期には一万店に達したことに支えられていたし、この『図書総目録』のボリュームこそはその成果だったといえるだろう。それにこれは「東京書籍商組合員」の刊行書だけで、さらに非組合員、京阪神の書籍商、主として『近代出版史探索Ⅱ』で見てきた赤本、特価本、造り本業界も含めれば、倍以上の点数に至るであろう。そうはいっても戦後になってようやく『日本書籍総目録』が編まれたのは昭和五十二年だから、この戦前の『図書総目録』の試みの重要性は特筆すべきだと思われる。
 
近代出版史探索Ⅱ
 また忘れてはならないのは近代出版流通システムの誕生と成長は、博文館に象徴されるように、何よりも雑誌を背景としたもので、書籍はそれに相乗するかたちで歩んできたといっていい。その意味において、この『図書総目録』の編輯兼発行者が『近代出版史探索Ⅴ』852の大倉書店の大倉保五郎、専売所が博文館であることは皮肉な組み合わせのように映る。なぜならば、大倉書店は芳賀矢一『言泉』などのロングセラー辞書、夏目漱石『吾輩は猫である』『漾虚集』『行人』を刊行した当時の大手書籍出版社で、東京書籍商組合組長の要職にあり、この「緒言」もその肩書でしたためている。だが関東大震災で罹災し、廃業に追いやられてしまったのである。その一方で雑誌をベースとする博文館のほうは本探索1078で見たように、大震災後も昭和円本時代もしぶとくくぐり抜けていた。

 この『図書総目録』に「序」を寄せているのは東京帝大図書館長の和田万吉で、「見よ此時代に著された書籍は人間の知識のあらゆる方面に亘つて殆ど漏れる所無く、且其数量の多いことも以往五十年乃至百年の間の一時期に於ては曾て無い所である」と述べている。そしてこの編纂者が小林鶯里で、「余は此好目録が出版業者の唯一の参考書たるに止まらず、汎く読書人机上の常什たらんことを切望」し、また「明治大正時代の文化推移の状を大観せんとする人々の為に絶好パノラマとして本編を薦めたい」と書き記している。

 古書ゆえに『一誠堂古書籍目録』『近代出版史探索Ⅳ』623の明治文化研究会の吉野作造、『日本志篇』が柳田国男などを寄り添わせていたように、『図書総目録』は和田という図書館長と同伴させていたのである。

近代出版史探索Ⅳ
 ところで編纂者の小林鶯里だが、彼は『出版人物事典』に小林善八として立項されているので、それを示す。

 [小林善八 こばやし・ぜんぱち]一八七八~没年不詳(明治一一~没年不詳)文芸社主宰者。一九二二年(大正一一)二月、東京牛込区新小川町に文芸社を創立。月刊『文芸』を創刊、文芸・歴史書の単行本、叢書類を発行。鶯里と号し、該博な知識とエネルギッシュな活動で、三〇〇余の著述をし、文芸社からも多数発行した。ことに書誌学に通じ、『出版の実際知識』『世界出版美術史』『日本出版文化史』『日本出版年表』『出版界三十年』『出版法規総攬』など多くの出版関係の著書がある。東京書籍商組合の主事として、多年にわたり組合行政につくした。

 小林の著書は『日本出版文化史』を読んでいるだけだが、ここでいわれている書誌学に通じ、東京書籍商組合の主事として云々は、主として『図書総目録』の編纂の仕事のことをいうのであろう。なお小林と文芸社に関しては稿をあらためたい。

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