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古本夜話1200 メレジュコーフスキイ『神々の死』と折口信夫

人類最古の記録はすべて神話と歴史が区別されてゐないのが
実際でないか? 且、さういふ神話的歴史もしくは史詩に於
て、僕等は古代人の思想と生活とを窺ふことが出来るのだ。
岩野泡鳴『悲痛の哲理』(『泡鳴全集』
第十五巻所収、国民図書、大正十一年)


                    
 本探索1191などのダンヌンツィオではないけれど、大正時代にどうして彼が人気を集めていたのか、現在から見るとよくわからないところがある。それはメレジュコーフスキイも同じで、このロシア作家は前回の『世界文芸全集』のうちの三巻を占めている。それらは『神々の死』、『神々の復活』前後編で、「基督と反基督」三部作の第一、二部に当たる。

 f:id:OdaMitsuo:20210830102614j:plain:h120 f:id:OdaMitsuo:20210830102826j:plain:h120(『神々の死』)

 しかしダンヌンツィオの『死の勝利』は『世界文学全集』へと引き継がれ、戦後に至って、三島由紀夫訳『聖セバスチャンの殉教』の翻訳まで見ているが、メレジュコーフスキイは『世界文学全集』にも収録されず、大正時代だけで終わってしまったようにも映る。もちろん昭和十年代における『神々の死』の新潮文庫、『神々の復活』の岩波文庫化は承知しているけれど。

f:id:OdaMitsuo:20210816112415j:plain:h120 (『世界文学全集』) 聖セバスチャンの殉教 (クラテール叢書) (『聖セバスチャンの殉教』)
 f:id:OdaMitsuo:20210830105501p:plain:h120(『神々の死』)f:id:OdaMitsuo:20210830105024j:plain:h123(『神々の復活』)

 そこでメレジュコーフスキイ(メレジュコフスキー)を、その時代のニュアンスを反映させている『世界文芸大辞典』で引いてみた。すると写真、自筆原稿の掲載を含めて三段一ページに及び、重要な作家の位置づけにあるとわかる。ただ長いこともあり、引用できないので抽出し、新たなデータも補足してみる。彼は一八六五年貴族の家に生まれた文学者で、ペテルブルグ大学時代は実証主義に傾倒したが、家族の不幸も重なり、生来の神秘主義的傾向ゆえに芸術的意識と宗教的意識の相克に悩まされ、キリスト教と異教(ギリシア思想)の問題に取り組んだ。それが先述の三部作で、その第一部の『神々の死』はキリスト教と異教の闘争が最も激しく表出していた四世紀のローマを舞台としている。

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 主人公のジュリアンはローマ帝国の皇帝の家に生まれながら、背信と奸計に充ちた宮廷生活の犠牲となり、生への呪いと死の恐怖の中で過ごすばかりだった。そうした中でギリシア的な美と力と英智と悦びに包まれた世界を憧憬するようになった。その一方で、キリストの有する様々な偉大さにも心を惹かれたが、周囲の力は彼をキリストから離れさせ、古い神々のほうへと走らしめ、反キリストとして戦いを続けるが、破れ去る運命にあった。

 これは安藤礼二の『光の曼陀羅』(講談社)で教えられたのだが、この『神々の死』は明治四十三年一月の『ホトトギス』増刊第三冊に、島村苳三訳『背教者じゆりあの―神々の死』として刊行されていたのである。しかもエピグラフのように引いておいた泡鳴の『悲痛の哲理』も『文章世界』の同年一月号に発表されている。これらの双方をリアルタイムで読み、衝撃を受けたのは折口信夫であり、彼は昭和十三年の「寿詞をたてまつる心々」(『折口信夫全集』第二九巻所収、中公文庫)で、次のように書いていた。

光の曼陀羅 日本文学論 折口信夫全集 第29巻 雑纂篇 1 (中公文庫 Z 1-29)

 故人岩野泡鳴が『悲痛の哲理』を書いたと前後して、『背教者じゆりあの―神々の死』が初めて翻訳せられた。此の二つの書き物の私に与へた感激は、人に伝へることが出来ないほどである。私の民族主義・日本主義は凛としてきた。
 じゆりあん皇帝の一生を竟へて尚あとを引く悲劇精神は、単なる詩ではなかつた。古典になじんでも、古代人の哀しみに行き触れない限りは、其は享楽の徒に過ぎない。(後略)

 安藤はこの「寿詞をたてまつる心々」「死者の書 初稿」の「真の序文」と捉え、「じゆりあん皇帝」は「ローマの国教キリスト教を廃し、オリエント起源の『光の神』ミトラを崇拝し、わずか三十二歳で、戦いのなかに死んだ『背教』の皇帝」=「背教者ユリアヌス」と見なす。

 そしてメレジュコーフスキイがユリアヌスに仮託して求められた神の位相が語られている。

 古代の神々(「ギリシア」)と異教の神々(「ミトラ」)によって、キリスト教をまったく新しく甦らせることなのである。「古代」と「異教」は結合する。ペルシアの沙漠に生まれたゾロアスター教が発展し、戦闘的な太陽神ミトラへの信仰が生まれる。その沙漠の太陽神ミトラが、ユリアヌスにおいては、地中海の陶酔の神ディオニュソス、そして太陽神ヘリオスと固く結び合わされるのだ。ミトラ―ディオニュソス、そしてミトラ―ヘリオス、輝きわたる光となった猛きディオニュソス。この神々の結合によって、一神教は新たな局面を迎える。

 そして安藤は『背教者じゆりあの』における「神」への言及部分を六ヵ所挙げている。島村訳は未見なので、ここでは米川正夫訳からひとつだけ引いてみる。師の新プラトン主義者ヤムヴリコスとジュリアンの会話からである。

 思索は光の探究である。所が、『彼』は光を探究しやしない。何故と言つて『彼自身』光だからである。『彼』は人間の魂を滲透して、それを自分の中に摂取するのだ。其時人間の魂は一切の私情を離れて、理智も、善行も、思想の王国も、美も―すべての物を超越して只一人、『光の父』の無限無窮な懐の中に憩らふのだが。つまり魂が神となる—と云ふより寧ろ、魂が永劫に亘つて己れは神である(後略)。

 これがメレジュコーフスキイがたどりついたキリスト教とギリシア異教の神が一体化する地平、及び「神」の概念ということになる。そこに泡鳴が『悲劇の哲理』で示唆した日本の「神話的歴史もしくは史詩」もオーバーラップされ、折口は昭和十四年に『日本評論』で『死者の書 初稿』を連載し、同十八年に青磁社から『死者の書』を上梓に至るのである。

f:id:OdaMitsuo:20210830203542j:plain:h120(『死者の書』)

 その一方で、メレジュコーフスキイはロシア革命後の一九二〇年にパリに亡命し、反共主義者として活動し、晩年はファシズムを擁護し、ヒトラーのロシア侵攻までも歓迎するようになっていた。『世界文芸大辞典』がいうごとく、彼の神秘主義は「露西亜資本主義の急激な発達と、これに伴う労働運動の激化に怖れをなして、現実の世界を逃避し別の世界―基督と反基督の闘ひによつてもたらされる第三帝国を願望する崩壊貴族インテリゲンチャの心理」だったことになる。それは現実的にヒットラーの「第三帝国」として実現したのである。


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