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古本夜話1260 『岡本唐貴自傳的回想画集・岡本唐貴自選画集』

 前々回の『戦旗』創刊号に、プロレタリア美術運動に参加していた鈴木賢治が挿画、カット、漫画などを描いていたことを知り、岡本唐貴のことを想起してしまった。実は一年ほど前に、浜松の時代舎で『岡本唐貴自傳的回想画集・岡本唐貴自選画集』を購入していたからである。同書は昭和五十三年に東峰書房によってA4判変型の函入二冊として刊行されていて、以前から入手したいと思っていた作品集だった。

 鈴木の立項を見出した『近代日本社会運動史人物大事典』を繰ってみると、そこには岡本唐貴もあり、鈴木との関係も挙げられていた。しかしそれは一ページを超える立項であるけれど、岡本が『近代出版史探索Ⅱ』292の『忍者武芸帳』の白土三平の父だという言及はなされていなかった。その立項を要約してみる。

近代日本社会運動史人物大事典

 岡本は明治三十六年岡山県生まれ、大正時代に接した米騒動、労働争議に影響を受け、画家を志して浅野孟府とともに上京し、東京美術学校に入る。昭和三年から六年にかけてのプロレタリア美術大展覧会に「争議団の工場襲撃」「出発」「電産ストライキ」を出品する。昭和四年に日本プロレタリア美術同盟(PP)の結成に伴い、中央執行委員に選出されるが、「四・一六」で検挙拘留されてもいる。まだ同五年にはナップの『戦旗』に代わる機関誌として『ナップ』が創刊となり、編集局員として創刊号から表紙、挿絵、カットの他に「プロレタリア漫画の新しい任務」などの論文を寄せている。

 またさらにその後のナップ(全日本無産者芸術団体協議会)解体とコップ(日本プロレタリア文化連盟)の成立、PPを改称したヤップとコップへの弾圧の中での小林多喜二虐殺、それに際して油絵でデスマスクを写しとったこと、コップへの失望とヤップ解体へと続いていく。だが『ナップ』は未見だし、ナップ、コップ、ヤップの関係も錯綜しているので、ラフスケッチにとどめておくしかない。これらの事情は壺井繁治『激流の魚』でも同様であり、その時代の当事者においても、要領を得た説明は難しかったように思われる。

激流の魚―壷井繁治自伝 (1966年)

 そうしたプロレタリア美術運動と併走して、岡本の絵画は描き続けられてきたわけで、『岡本唐貴自選画集』のほうはその軌跡を鮮明に浮かび上がらせている。それに加えて『岡本唐貴自傳的回想画集』所収の「自伝走りがき」は知られざるプロレタリア芸術運動史を直截に物語り、ロシア革命を背景とする大正末期から昭和初期にかけての画家たちの動向を伝えていよう。そこで彼は書いている。

 私は神戸で、少年時代労働者街の近くに住み、又青年時代に神戸の東西にある工場地帯で、大きなストライキに出会い、身近な人達もそれらの動きとの関連があった。私は身をもって社会の底辺におかされたと覚悟したとき生きていく道は、階級闘争のあの生命力をつかむことだと深く感じた。私は三科運動(村山知義たちとのダダ的な作品と演劇の実践—引用者注)の崩壊を必然と受け止め、方向転換を志した。
 階級闘争による人間回復、個人主義から集団主義へ、ペシズムからオプチシズムへ、ダダ的な破壊から、絵画の新しい生命力の回復へ。ここで私は絵画をやめることは出来なかった。画家であることをもって新しい道に生きる。私にとって絵画は復活しなくてはならなかった。

 それらの作品を先述のプロレタリア芸術展覧会に出された「争議団の工場襲撃」「出発」「電産ストライキ」、及び「政治的集会」「防衛」に見ることができるし、それらに続言え「多喜二死面」も『岡本唐貴自選画集』に連なって収録されている。同書の巻頭に置かれた大正半ばの初期作品「夜の静物」「神戸灘風景」からダダ的な「失題」「ペシミストの祝祭」を経て、「絵画の新しい生命力の回復」をめざした先の一連の作品は、その時代に岡本が新たな「復活」を意図した力強さに充ちているといえよう。それらは『近代出版史探索Ⅴ』924の神原泰が「岡本唐貴君の絵画」(『同画集』所収)でいっているように、敗北主義的で陰惨になりがちな「日本のプロレタリア芸術に、明るい健康な面を寄与した」と確信できる。

 また戦中から戦後にかけての疎開した長野と思われる風景、それに「のぼる」と「てつ」の肖像画は白土三平と岡本鉄二の姿に他ならず、「兄弟」に描かれた二人の姿は後年の『カムイ伝』『カムイ外伝』の合作を暗示しているのではないかとも思われるのだ。それに『岡本唐貴自傳的回想画集』のほうには「疎開地にて」と題された昭和二十年の長女颯の誕生を雪の中で祝う一家を描いて、これも『忍者武芸帳』のヒロイン明美を彷彿とさせるのである。このように考えてみると、『忍者武芸帳』にしても、『カムイ伝』『カムイ外伝』にしても、白土一代にしてなったものではなく、岡本二代の家業によって成立したのではないかという思いも生じさせる。また昨年末に伝えられてきた二人の兄弟の相次ぐ死はそのことを強くイメージさせたのである。

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 版元の東峰書房も詳細は定かではないが、岡本の「自伝走りがき」によれば、発行者の三ツ木幹人は昭和四年第二回からのプロレタリア美術展の原色版マッペ、絵葉書製作者だったようで、それらの出版を目的として東峰書房は発足したと推測される。そうした意味において、この版元はプロレタリア美術運動とともに歩み、戦後の昭和三十八年に最初の『岡本唐貴画集』を刊行し、その二十年後に決定版とでもいうべき『岡本唐貴自傳的回想画集・岡本唐貴自選画集』に至ったことになろう。その三年後の昭和六十一年に岡本は鬼籍に入っている。

(『岡本唐貴画集』)

 なおこれも『近代日本社会運動史人物大事典』によれば、東峰書房の三ツ木は三ツ木金蔵で、共産党赤色ギャング事件の関係者とされ、戦後に幹人と改名したようだ。 


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