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古本夜話1282 『プロレタリア文化』、波多野一郎、寺島一夫

 もう一冊、近代文学館の「複刻 日本の雑誌」(講談社)にプロレタリア関係がある。それは『プロレタリア文化』で、これも『日本近代文学大事典』第五巻「新聞・雑誌」に解題が見出せる。その解題を繰ってみると、その前後に思いがけずにプロレタリアがタイトルに謳われている雑誌が目に入るので、まずそれらを創刊年と出版社を示しながら、リストアップしてみる。

1 『プロレタリア』 全二冊 プロレタリア社 昭和五年
2 『プロレタリア演劇』 第一期五冊 日本プロレタリア劇場同盟 昭和五年
3 『プロレタリア芸術』 全十冊 日本プロレタリア芸術連盟 昭和二年
4 『プロレタリア詩』 全十二冊 プロレタリア詩人会 昭和六年
5 『プロレタリア短歌』 不明 六和書房 昭和五年
6 『プロレタリア文化』 全十八冊 日本プロレタリア文化連盟(コップ) 昭和六年
7 『プロレタリア文学』 全十冊 日本プロレタリア作家同盟 昭和七年

 

 これらに加えて、『戦旗』『文芸戦線』『農民』なども刊行されているわけだから、昭和初期がプロレタリア雑誌の時代であったことを浮かび上がらせていよう。
【複刻日本の雑誌】D 創刊号 戦旗 1982年 講談社 [雑誌]
 このうちの6の『プロレタリア文化』は昭和六年に発足した日本プロレタリア文化連盟(コップ)の機関誌である。コップは共産主義文化運動の全領域を統一した中央集権組織をめざし、非合法の共産党に代わって合法面での啓蒙や情宣を担い、工場や農村の組織化を目的としていたので、『プロレタリア文化』も発禁処分、手入れ、押収が続き、活動家も大弾圧され、財政や定期的刊行も困難となり、昭和八年に終刊となっている。それらもあって、『プロレタリア文化』創刊号はその文化運動にとって貴重な雑誌であり、複刻のひとつに選ばれたとわかる。

 確かに「全日本の労働者農民諸君!」と始まる「創刊之辞」は、マルクス・レーニン主義の上に統一、組織化された「文化反動に対する闘争と、文化活動に対する闘争が、新しい任務となる」と宣言されている。巻頭の野崎雄三「プロレタリアートと文化の問題」はプロレタリア文化運動における歴史的論文とされ、野崎は蔵原惟人のペンネームである。これを簡略にいってしまえば、大正から昭和にかけて新聞や雑誌に「文化」というタームが氾濫し、それが「文化生活」「文化住宅」「文化史」「文化価値」などとして表出し、ブルジョワ文化を表象しているが、それらに対し、「物質文化」と「精神文化」を内包するマルクス主義に基づくプロレタリア文化を対置すべきだとする言説の提出である。

 しかしここではそうした言説に立ち入るよりも、発行編輯兼印刷人の波多野一郎にふれてみたい。同じく奥付に見える発行所の日本プロレタリア文化同盟の創立者である橋浦泰雄に関しては、すでにその自伝『五塵録』(創樹社)や鶴見太郎『橋浦泰雄伝』(晶文社)を参照し、拙稿「橋浦泰雄と『民間伝承』」(『古本探究Ⅲ』所収)で言及しているからだ。

 橋浦泰雄伝―柳田学の大いなる伴走者  古本探究〈3〉

 もちろん橋浦も『近代日本社会運動史人物大事典』に立項されているけれど、波多野のほうも、寺島一夫、本名佐藤一郎、旧名波多野一郎として見出される。寺島名の由来は東京帝大入学後、新人会指導下の社研に参加し、自己紹介の際に本名をいわないことから友人の名前を少し変え、寺島一夫と名乗ったことによる。実は『プロレタリア文化』に『プロレタリア科学』(プロレタリア科学研究所、昭和四年)十二月号の広告が出され、その「時事解説」などに寺嶋の名前があるので、彼がプロレタリア科学研究所の関係者だとわかる。

近代日本社会運動史人物大事典  

 『同大事典』をたどると、寺島は明治三十八年東京生まれ、クロポトキン『相互扶助論』への深い感銘、関東大震災における体験と弟の死に決定的な影響を受け、社研でのマルクス主義との出会いにより、無産者新聞に参加し、組織活動に従事する。寺島の名前で『新興科学の旗のもとに』(新興科学社、昭和三年)などに研究や翻訳を発表し、プロレタリア科学研究所の設立に参加し、中央委員となる。昭和六年にコップ結成準備会を経て、『プロレタリア文化』編集長、翌年には治安維持法違反容疑で、特高に検挙され、懲役三年に処せられた。以後妻の籍に入り、佐藤姓を名乗り、唯物論研究会にシンパとして参加し、『唯物論研究』に科学論を発表する。

 これは波多野、寺島に関するあくまでラフスケッチだが、ともにプロレタリア文化運動に参加しながらも、橋浦のほうが柳田国男に接近し、民間伝承の会創立に参加し、『民間伝承』の実質的な編集者となったことに対し、寺島が『唯物論研究』によっていたのは対照的であるようにも思える。それはプロレタリア文化運動がたどった後日譚ということになるのだろうか。


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