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古本夜話1294 日本評論社「社会科学叢書」、石川三四郎『社会主義運動史』、大鎧閣『改訂増補西洋社会運動史』

 前回のシンクレア『資本』の表紙カバーの裏面はめずらしいことに、日本評論社の一八〇冊に及ぶ出版目録となっていて、ここで初めて目にする書籍も多く、あらためて日本評論社も全出版目録を刊行していないことを残念に思う。それだけでなく、裏表紙は「社会科学叢書」三〇冊の広告で、これもほとんど未見であり、そのままリストアップしてみる。このアカデミズム的「叢書」も左翼文献の色彩が強く、時代のトレンドと水脈を伝えていよう。
 

第1編  本位田祥男  英国経済史要
第2編  土田杏村   社会哲学
第3編  石原 謙   ギリシヤ人の哲学思想
第4編  堀 経夫   リカード派社会主義
第5編  高柳賢三   法律哲学
第6編  山川 均   社会主義サヴエート共和国同盟の現勢
第7編  波多野 鼎  社会思想史概説
第8編  高田保馬   経済学
第9編  小松堅太郎  社会学概論
第10編  高畠素之  地代思想史
第11編  上田貞次郎  株式会社論
第12編  波多野 鼎  新カント派社会主義
第13編  蝋山政道  行政学総論
第14編  小林良正  独逸経済史要
第15編  藤井 俤  各国労働党・社会党・共産党
第16編  新明正道  独逸社会学
第17編 荒木光太郎  墺太利学派経済学
第18編  小野清一郎  法律思想史概説
第19編  三谷隆正   国家哲学
第20編  山川 均  インタナシヨナルの歴史
第21編  田邉忠男 労働組合運動
第22編  土田杏村  ユートピア社会主義
第23編  藤井 俤  フアツシズム
第24編  美濃部達吉  人権宣言論外三編
第25編  アルフレツド・アモン  正統派経済学
第26編  石川三四郎  社会主義運動史
第27編  瀧本誠一  日本経済思想史
第28編  本位田祥男  協同組合論
第29編  今中次麿  政治政策学
第30編  松平斎光  フランス政治思想史
第31編  汐見三郎  財政統計
第32編  橋爪明男  英国の株式銀行

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 最後の二冊はこちらで調べ、追加している。馴染みのないタイトルの中で、26の石川三四郎『社会主義運動史』だけは記憶にあったので探してみると出てきた。B6判の裸本で、「索引」も含めて二二八ページで、これが「社会科学叢書」のフォーマットだと思われる。巻頭には「同叢書刊行の趣旨」も置かれ、「必ずしも思想の傾向を同じくするものたるを要しない。唯各々が夫々独自の立場より、学界に寄与せんとする真剣さに於て共通の連鎖につながるのみ」との言が見える。

 石川の『自叙伝』(上下、理論社)を読んでみると、「大正末期の社会情勢」という一章があり、本探索1287で挙げた「森戸事件」は「日本の思想界、評論界に激甚なるショックを与えた」が、「これがためにかえってクロポトキンの研究が熱病の如く流行した」。そこでふれておいた『クロポトキンの片影』のたちまちの重版がそれを表象しているのだろう。そして続いて「マルクスの流行となり、更に進んでサンジカリズムやギルド社会主義まで紹介されて、社会思想の弘通は一般社会にまで及ぶに至った」と述べている。

 そのために本探索1286の聚英閣の「新人会叢書」も企画刊行され、日本評論社の「社会科学叢書」も、そうしたトレンド上に成立したことになろう。しかし「森戸事件」からは時が流れていたし、「新人会叢書」のような原典や専門書の翻訳や研究書でなく、日本のアカデミズムによる啓蒙性を帯びた「共通の連鎖」的叢書が求められるようになったのではないだろうか。石川の言葉を借りれば、一般社会への「社会思想の弘通」を目的とするもので、それが「社会科学叢書」のラインナップにも反映されているように思える。

 そのことは石川自身も承知していたようで、『社会主義運動史』の「序」にも述べられている。まず同書が大正十五年の「社会経済体系」に収録した『社会主義運動史』の修正増補版だとの断りが入っている。これは未見だが、『全集叢書総覧新訂版』で確認すると、大正十五年にA5判、全二〇冊が刊行されているので、「社会科学叢書」よりもひと回り大きく、所謂「講座物」的構成だったと考えられる。それをバージョンアップしたのが、「社会科学叢書」版ということになるし、それはこの「叢書」に共通しているのかもしれない。『社会主義運動史』は第一章「社会主義の起原」から始まって、第十二章「ボルシェヴスムとフアシズム」に至る「百四年間に於ける社会主義運動の諸相」に関する「素描」が提出されている。しかしそうした試みにはさらに前史があって、石川もそれにふれている。

全集叢書総覧 (1983年)

 私が初めて西洋社会運動史に執筆したのは明治四十年から同四十一年にかけて巣鴨監獄在囚中のことであつた。それは大正元年に出版して禁止され、大正十年に改訂版を出して関東大震災に遭ひ、更に大正十五年に復興増補版を出したが、其間に於て、私の読書の範囲が進むに連れて着眼点が変遷してゐる。(後略)

 その最初の『西洋社会運動史』からこの『社会主義運動史』を詳細にたどってみれば、石川の「着眼点が変遷してゐる」ことも判明するだろうが、私家版で出されたという初版、大正十年の改訂版は見ていないし、大澤正道編『石川三四郎著作集』(全八巻、青土社)にしても、それらは収録されていない。ただ私の手元に「復興増補版」だけはあり、それは『改訂増補西洋社会運動史』で、昭和二年に大鎧閣から刊行されている。この版元については拙稿「天佑社と大鎧閣」(『古本探究』所収)や本探索1221などでも大阪を出自とする出版社として言及しているが、関東大震災後の東京時代に関しては詳細がつかめていない。

石川三四郎著作集 全8巻(青土社) 古本探究

 昭和円本時代の中で刊行された『改訂増補西洋社会運動史』は菊判上製、本文だけで一一五〇ページという大冊で、定価六円となっている。「第一版の序」も収録され、興味深いのだが、ここでは版元のことに限りたい。発行所は東京神田今川小路、「合資会社」大鐙閣、代表者田中孝治とある。『近代出版史探索Ⅱ』で示しておいたように、大正時代には「株式会社」で社長は久世勇三だったことからすれば、大鐙閣はすでに別の「合資会社」として田中に引き継がれたと考えるべきかもしれない。それに加えて、『解放』の発行所であったためか、奥付裏の広告にはゲーバニツツ、佐野学訳『マルクスかカントか』、福田徳三『流通経済講話』、赤松克麿『社会革命史論』などが並び、石川の著作の他にも左翼文献版元の色彩を強くしていたことがうかがわれるのである。

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