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古本夜話1359 大杉栄・伊藤野枝『二人の革命家』と娘たち

 もう一冊、大杉栄と伊藤野枝の共著があることを思い出したので、そちらも書いておきたい。それはアルスからか刊行された菊半截判、フランス装三三八ページの『二人の革命家』で、奥付には大正十二年六月初版、同十二年十二月十七版とあり、この版も前回の『乞食の名誉』と同じく、関東大震災における二人の虐殺後の重版だとわかる。

二人の革命家

 その事実を伝えているのは巻末の『日本脱出記』の一ページ広告で、「無政府主義の巨頭大杉栄氏の絶筆」との見出しコピーが付され、「未曽有の大震災の余波、遂に無惨の死を遂げし日本無政府党の巨頭大杉栄氏が」と始まる日本脱出からパリでの行動に至る内容紹介がなされ、次ページにはやはり「思想界の巨匠」と謳われている大杉の『正義を求める心』の掲載もある。大杉とアルスの関係は『近代出版史探索Ⅱ』330のロマン・ロラン『民衆芸術論』の翻訳から始まっている。

(『日本脱出記』) 

 そのような大杉と伊藤の虐殺は幼い甥も同様だったので、私たちがリアルタイムで知った昭和四十五年の三島由紀夫の自決ほどではないにしても、社会主義関係者や出版業界だけでなく、社会的にも広範な衝撃をもたらしたはずだ。それゆえに二人の共著や大杉の著書も重版され、かなりの売れ行きを示したのであろうし、それは先の重版表記が証明していよう。またこの時代に大杉は『日本脱出記』に象徴されるように、凱旋将軍のごとく書き立てられ、本も売れ、「無政府主義成金」と自嘲していたように、ジャーナリズムの売れっ子となっていったことも軍部の反感を募らせていたと思われる。

 私が『二人の革命家』を入手したのは二十年ほど前で、『エマ・ゴールドマン自伝』の翻訳に取りかかっていた際に、浜松の時代舎で、この一冊を見つけたのである。これは前編が大杉の「ミシェル・バクウニン其他」、後編が伊藤による「エマ・ゴオルドマン其他」で、つまり同書のタイトルはバクーニンとエマのことさしていることになる。後編にはエマの「婦人解放の悲劇」などの翻訳が収録され、これらは前回も挙げた『婦人解放の悲劇』(東雲堂書店、大正三年)からの再録であろう。

エマ・ゴールドマン自伝〈上〉 エマ・ゴールドマン自伝〈下〉

 また『二人の革命家』には大杉のいう「琉球の新進画家」「親しい同志」である伊是名朝義によるバクーニンとエマの「肖像」が寄せられている。伊是名は『日本アナキズム運動人名事典』に立項され、労働運動社に出入りしていたようで、その関係からイラストを依頼されたと推測される。彼は琉球で社会主義関係の書籍や雑誌を扱う書店を開き、『近代出版史探索Ⅴ』961の比嘉春潮などとも交流があったとされる。

日本アナキズム運動人名事典

 ただここでは伊藤や伊是名のことはさておき、大杉の「序」にふれてみたい。それは前回記述しておいたように、『乞食の名誉』の初版は大正九年刊行なので、共著としての「序」は『二人の革命家』のほうが絶筆ということになる。またその内容も二人にふさわしいものであり、私にしても『エマ・ゴールドマン自伝』の訳者ゆえに、引いてみる。大杉は伊藤が十年前からエマ・ゴールドマンにずっと私淑していると述べ、続けている。

 これは余りに僕等の個人的の事にわたるやうだが、彼女と僕との間に出来た第一の子は、僕等があんまり世間から悪魔! 悪魔!と罵られたもんだから、つい其の気になつて、悪魔の子なら魔子だと云ふので魔子と名づけて了つた。そして第二の女の子は、其の母親によつてエマと呼はれた。が、此の子は、生れると直ぐに、僕の妹の一人に殆ど掻つさらはれて行つて、さち子と云ふ飛んでもない名に変へられて了つた。間もなく又第三の子が生れた。これが又先のエマの名を継いだ。伊藤は其の思想の母であるエマの名を飽くまで、其の肉体の子に負はせようとしたのだ。果して此のエマがあのエマにあやかるかどうか。
 伊藤は今第四の女子を生んで産褥にある。僕が伊藤の代理までして、この序文を一人で書いて了つたのは其のわけだ。今度の子は、僕の発意で、ルイズと名づけた。フランスの無政府主義者ルイズ・ミシエルの名を思ひ出したのだ。彼女はパリ・コムユンの際に銃を執つて起つた程勇敢であつたが、しかし又道に棄てゝある犬や猫の子を其儘見棄てゝ行く事のどうしても出来なかつた程の慈愛の持主であつた。が、うちのルイズはどうなるか。

 大杉はこの「序」に「ルイズが此の世に出てから一週間目に」と記しているのだが、そのほぼ一年後に虐殺されてしまったことになる。

 その後の魔子のことは本探索1243でふれているが、大杉と伊藤の娘たちの行方は松下竜一『ルイズ―父に貰いし名は』(講談社、昭和五十七年)において、戦後の昭和までたどられていくのである。

ルイズ―父に貰いし名は

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