出版・読書メモランダム

出版と近代出版文化史をめぐるブログ

古本夜話828 山田珠樹『フランス文学覚書』とユイスマン

 ずっと辰野隆にふれたからには、その盟友である山田珠樹を取り上げないわけにはいかないだろう。山田と結婚し、同じくフランス文学者の山田[ジャク]をもうけた森茉莉の証言によれば、二人の関係はホモソーシャルな秘密結社のようだったとされる。

 しかも山田も東京帝大文学部教授として仏文学講義も受け持ち、やはり白水社から『東門雑筆』『フランス文学覚書』を出している。昭和十五年刊行の後者は入手していて、その奥付裏広告を見ると、吉江喬松『仏蘭西文学談叢』、杉捷夫『フランス文学雑筆』、鈴木信太郎『文学附近』、渡辺一夫『ふらんす文学襍記』『筆記帖』などが挙がり、この時代にフランス文学の翻訳ばかりでなく、フランス文学にまつわるエッセイ集が多く出されていたことを教えてくれる。
f:id:OdaMitsuo:20180914110348j:plain:h110(『文学附近』)f:id:OdaMitsuo:20180914111315j:plain:h110(『ふらんす文学襍記』)

 山田の『フランス文学覚書』を通読すると、彼がジャンルを問わないフランス近代小説の読み巧者であることが伝わってくる。その「バルザックの巨きい味と写実味」は章タイトルにふたつの「味」が示されているように、文字どおりバルザックの「人間喜劇」全体を味読したものといえるだろう。ただそこに山田の好みもあって、本連載791の「セラフィタ」のようなスウェデンボルグの神秘的宗教に対しては「巨きい味」を認めていない。

 その代わりといっていいかもしれないが、バルザックが出てから、小説がそれまでの詩と劇と同様に、崇拝すべきものとなり、文芸殿堂の一神に出世し、フローベール、ゾラ、トルストイ、ドストエフスキーも啓発されたことに加え、「純芸術的な味」としての「写実味」を提出したことにあると山田はいう。バルザックの小説において、地理や人物、風景や衣服や室内なども、客観的描写法や感覚的描写法によって「写実味」が裏書きされ、山田のような「バルザックが大好き」な「玄人」は、この「写実身を玩味するやうになる」とも告白している。そしてこの「巨きい味」と「写実味」は、フランス文学伝統のゴーロウ精神とラテン精神のうちの前者を代表するものだとも。

 このような山田の読み巧者的立場から、スタンダールが「ペイリスム」、ゾラは「ゾラ論」として言及されていくのだが、出色なのはユイスマンで、『フランス文学覚書』では異色の三編「ユイスマン」「ユイスマンの神秘的自然主義」「ユイスマンの芸術」の収録が見られる。ここで付記しておけば、山田はHuysmans の読み方はユースマンスが正しいかもしれないが、「日本の読み習はし」に従って、ユイスマンとしたと述べている。確かに戦後になっても「日本の読み習はし」からユイスマンとされてきたが、昭和五十年代にになってユイスマンスに改称されたのである。だがここでは山田に従い、ユイスマンとする。

 このユイスマン論のうちの白眉は「ユイスマンの芸術」で、サブタイトルに「A Rebours に就いて」とあるように、『さかしま』の紹介となっている。ただこれは長いものなので、要約してみる。古い貴族の末裔のデ・ゼサントは長きにわたる血族結婚のためか、心身ともに少年時代から退廃し、美的感覚だけが鋭かった。成年に達して両親の莫大な遺産を受け継ぎ、歓楽にふけるが、文人や思想家たちと交わっても、彼らの名誉心と金銭欲も見せつけられるだけだった。そうしてついに彼は世を捨て、パリ郊外に金にあかせて好みのままの人工楽園を作る。それは日光を遮り、毎晩五時に起き、毎朝五時に夕食をして寝るという生活で、食堂の窓からは人工の鳥が泳ぐ水中が見え、照明の変化によって、異なる海を巡航するという気分をもたらすまったく「さかしま」の世界であった。ヴェルレーヌ、ボードレール、マラルメの詩、フローベール、ゴンクール、ゾラの小説だけが許される読書となった。だがデ・ゼサントは衰弱し、滋養灌腸を受け、その人工的な環境を歓ぶが、医者によってパリに戻される。
さかしま

 しかしこの「ユイスマンの芸術」の昭和五年における紹介時点で、ユイスマンの翻訳はまだ出されておらず、山田の『フランス文学覚書』と同年の昭和十五年における『彼方』(田辺貞之助訳、弘文堂)を待たなければならなかった。

 私たち戦後世代にしても、この『さかしま』を読めるようになったのは、昭和三十九年の澁澤龍彦訳『さかしま』が桃源社から刊行され、同四十一年に「世界異端の文学」として、『彼方』『大伽藍』(出口裕弘訳)とともに刊行されたからだ。それに続いて、『出発』(田辺貞之助訳、光風社)、『腐爛の華』(田辺貞之助訳)『ルルドの群集』(田辺保訳、いずれも国書刊行会)などが刊行され、『さかしま』とはことなるユイスマンの多面的な相貌が明らかにされていったといえよう。

彼方  f:id:OdaMitsuo:20180914000525j:plain:h111 出発 (『出発』) 腐爛の華 ルルドの群集

 よく知られているように、ユイスマンはモーパッサンと同様にゾラの影響下にあり、普仏戦争に題材をとった共作集『メダンの夕べ』から出発し、『さかしま』などを経て、神秘主義を経由し、『ルルドの群集』などのカトリックへの回帰という道筋をたどっていく。しかし日本での最初のまとまった紹介は山田によるもののように思われ、それはほぼ一世紀後に、大野英士『ユイスマンとオカルティズム』(新評論)が出されることで、ユイスマンス研究はひとつの頂点を極めたように思われる。

ユイスマンとオカルティズム


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出版状況クロニクル125(2018年9月1日~9月30日)

 18年8月の書籍雑誌推定販売金額は926億円で、前年比5.2%減。
 書籍は480億円で、同3.3%増。雑誌は446億円で、同12.8%減。
 雑誌の内訳は月刊誌が364億円で、同13.1%減、週刊誌は82億円で、同11.7%減。
 返品率は書籍が40.2%、雑誌が45.1%で、月刊誌は45.7%、週刊誌は42.4%。
 書籍の推定販売金額のプラスは7月の西日本豪雨により、広島、岡山、九州などの書店の返品入帖処理が8月になっても終わっていないことに起因している。
 出版輸送は運賃問題や人手不足に加え、西日本豪雨により、輸送遅延が長期化し、現在も続いているのである。それゆえに書籍は返品減となり、プラスになったわけで、その反動が必ず発生する。
 さらに9月は北海道胆振東部地震が起き、書店の被害とともに、北海道も返品や輸送遅延が生じていくであろう。このような災害状況の中で、これまで以上に露出してきたのは運送問題だとされている。出版輸送業界はまったく余裕がない状態で営まれてきたこともあり、今回のような立て続けの災害には対応できない現実に直面しているという。
 そのために新刊配本に関しても、雑誌が優先され、書籍のほうは大手出版社に新刊は受け入れられても、重版は配本できなくなっているようだ。
 それを背景にしてか、小出版社の新刊配本も当月のはずが、翌月にずれこむ事態となっているし、資金繰りにもダイレクトな影響が出始めている。また大量の返品が生じ、逆ザヤ状態となることも覚悟しなければならない出版状況を迎えていよう。
 今回のクロニクルは猛烈な台風24号襲来の中で、更新される。 
 


1.出版科学研究所による2018年8月までの書籍雑誌推定販売金額とマイナス金額を示す。

■2018年 推定販売金額
書籍雑誌合計金額(百万円)前年比
(%)
前年比金額(億円)
2018年
1〜8月計
854,746▲7.2▲658
1月92,974▲3.5▲33
2月125,162▲10.5▲147
3月162,585▲8.0▲140
4月101,854▲9.2▲102
5月84,623▲8.7▲80
6月102,952▲6.7▲74
7月91,980▲3.4▲32
8月92,617▲5.2▲50

 18年8月までの推定販売金額は8547億円で、前年比7.2%減、金額にして658億円のマイナスとなっている。
 この20年間の販売金額の推移と年毎のマイナス金額は本クロニクル118に掲載してあるので参照してほしいが、これまでの最大のマイナスは17年の1008億円である。9月からの返品の反動などを考慮すれば、さらなるマイナスも想定せざるをえない。
 このような出版状況の中で、18年の最後の四半期が進行していく。まさに奈落の底に沈んでいくような思いに捉われざるをえない。
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2.日本出版者協議会相談役である緑風出版の高須次郎が『出版ニュース』(9/中)に「出版はどうなるか」を寄稿している。彼は『再版/グーグル問題と流対協』(「出版人に聞く」シリーズ3)の著者である。
 この論稿は自社の書籍をめぐるアマゾンの電子書籍化の具体的な実例、2014年の著作権法改正の問題点、その見直しの必要性、電子書籍の再販に関わる失敗と出版危機、アマゾンのバックオーダー中止と直取引拡大戦略の成功、その影響を受けた日販決算の意味などに及んでいる。
 そして現在は「出版敗戦前夜」にあるとし、次のような結論に至る。

紙の市場規模の急速な縮小とアマゾンの躍進のなかで、問題は、大手取次店のダウンサイジングがうまくいくかどうかに懸かっている。仮にうまくいかなければ、大手取次店に莫大な売掛金をもつ出版社は、多くが資金繰りに詰まり、倒産・廃業の危機を迎えよう。まして「栗田出版販売再生スキーム」が適用されれば、膨大な返品を出版社は買うはめになり、さらに倒産・廃業に拍車がかかるといえる。

 また「出版敗戦を打開する道はあるのか?」として、7つの提案が挙げられ、「もはや手遅れの感もするが、こうした課題のいくつかを実現できなければ、出版敗戦の日を迎えるしかない。そこには戦後復興はない」と結ばれている。

再版/グーグル問題と流対協  『新潮45』(8月号)(8月号) 『新潮45』(10月号)(10月号)

 この高須の「出版はどうなるか」は数字データや資料として、本クロニクルが参照され、また「出版敗戦」のタームが使われていることからわかるように、高須から見た現在地点での出版状況論に他ならない。
 しかし高須がいうところの7つの提案は、どれひとつとしてスムースに実現することはないだろう。なぜならば高須もいうように、「敗戦の原因は、(中略)ほとんど戦わずして落城の危機をまねいた出版業界、出版社団体や出版社内部」に起因しているからだ。本クロニクルの言葉に言い換えれば、長期にわたる正確な出版状況分析の不在と錯誤によっている。
 それにこのような出版状況が、日本出版者協議会に属する小出版社だけに出来しているのではなく、さらに広範なかたちで「出版敗戦」は大手出版社に押し寄せていることを認識すべきであろう。もちろんそれは大手取次、大手書店とも連鎖していることはいうまでもあるまい。これらの論稿を一冊にまとめた高須の『出版界の崩壊とアマゾン』は10月に論創社から刊行される。

 それから『出版ニュース』の同じ号に、『新潮45』(8月号)の「『LGBT』支援の度が過ぎる」に対して、8月20日付の「杉田水脈衆議院議員の発言に抗議する出版社代表82社の共同声明」も掲載されていることを付け加えておこう。
 『新潮45』10月号の特別企画「そんなにおかしいか『杉田水脈』論文」をめぐって、新潮社の佐藤信隆社長や文芸部門から批判が出され、マスコミで取り上げられているが、いち早く緑風出版の高須たちを呼びかけ人とする「共同声明」が出されていたことも知ってほしいからだ。

 その後、月末になって、論議もほとんどなされない前に、新潮社は『新潮45』の休刊を発表した。高須の「敗戦前夜」ではないけれど、この杉田の言説が、かつて大東亜戦争下における「産めよ増やせよ」の大スローガンに通じていることは指摘しておかなければならない。それへの注視もなされないままの休刊は、雑誌にとっても忌わしい記憶を残すだけであろう。『新潮45』の創刊は1982年だった。



3.ジュンク堂書店旭川店から返品リストとともに、次のような「改装のご案内」が届いた。

 2011年6月にオープンいたしましたジュンク堂旭川店は、開店以来お客様に大変ご好評を頂いて参りました。 
 しかし来る2018年9月、館の大規模なリニューアルにともない、デベロッパーより強い要請があり、現在の4階5階2フロア営業から5階1フロアのみへと、規模を大幅に縮小することが決定し改装する運びとなりましたのでご案内申し上げます。
 従来の1257坪から600坪と大幅な縮小となりますが、弊社がこれまで培ってきた経験を踏まえてレイアウトを見直し、読者のニーズにお応えし、地域の皆様に愛されるような店舗づくりにこれからも努力する所存でございます。
 急な話でたいへん申し訳ございませんが、今回の改装に伴いまして返品が発生いたします。
 甚だ勝手なお願いではございますが、出版社様におかれましては、商品の返送につきましてご了解とご協力を賜りますよう何卒お願い申し上げます。


 1フロア、600坪で店としては半分に縮小だが、書籍を中心として多くが返品され、それは在庫全部の3分の2ほどに及ぶのではないだろうか。すなわち出版社に大量の返品が逆流してくる。
 「デベロッパー」云々との文言が見えているけれども、もはや書店の大型店が売上マイナスと家賃負担に耐え切れず、リストラに向かっていく流れを象徴していよう。
 本クロニクル123で、三洋堂書店の300坪ほどのバラエティショップの閉店を既述しておいたが、毎月のように大型店の閉店が起きていて、それがまったく改善されない高返品率へとリンクしていることになろう。
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4.『朝日新聞』(8/26)の「朝日歌壇」に次のような一首が掲載されていた。

 おおきくはしなくていいと祖父はいい 父もまもったちいさな書店 (東京都)高橋千絵

 これを読んでから、山口県と島根県を旅行してきた。主としてバスによる移動だったが、ロードサイドに書店を見かけたのは1店だけで、ホテルのある商店街には小書店が閉店したままで残されていた。
 翌朝、そのホテルで『山口新聞』(8/29)を読むと、周南市のツタヤ図書館の入館者が100万人を突破したとの報道がなされていた。本クロニクル119で、駅前ビルでのツタヤ図書館の開館による、地元老舗書店の閉店を伝えたばかりだ。
 ナショナルチェーンの大型書店の出店やCCCのツタヤ図書館の開館が、このような地方の書店が消えてしまった状況に反映されているだろうし、それが書店の半減という事実を裏づけていることになろう。
 先の一首で歌われている「父もまもったちいさな書店」は現在でも存続しているのだろうか。

 それに関して、鳥羽散歩という人が「詩歌句誌面」で次のような返歌を寄せているので、引いておこう。

 大きくはしなくていいと思ったが 私の代で潰れた書店

 旅行から帰った後、たまたま鈴木書店の元幹部と話す機会があり、取次にとっては中小書店が生命線で、大書店の場合はほとんど利益が出なかったという告白を聞いた。倒産してから、それを実感したという。これは大手取次にとっても中小書店が生命線だったことを告げていよう。
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5.ティーエス流通協同組合(TS)は9月30日で解散を決議。
 売上のピークは2005年の1億2000万円で、それ以後は会員や売上が減少し、負債が生じるようになったとされる。
 ブックスページワンの片岡隆理事長は「昨年の総会終了後、NET21や青年部などが声を上げてくれたが、事業としての実態は生まれ」ず、清算に取り組むことに決定したと説明している。

 TSに関しては『出版状況クロニクルⅤ』において、損失が組合出資金額を上回る債務超過に陥るので、解散の方向に進んでいくしかないように思われると記しておいたが、残念なことに本当にそのような事態になってしまった。出版社との直取引によるマージン確保が難しかったことになり、TS加盟の各書店の困難さも自ずと伝わってくる。
出版状況クロニクルⅤ



6.中央社の売上高は217億円、前年比4.6%減。当期純利益は8107万円、同30.7%減で減収減益の決算。
 その内訳は雑誌120億円、同6.9%減、書籍は82億円、同0.5%減。
 期中の新規店は8店(90坪)、閉店は18店(500坪)となり、名古屋・関西支店を廃止し、名阪支社に中部営業課と西部営業課を新設。

 『出版状況クロニクルⅣ』で、2010年代に中央社だけが取次として増収増益だったことにふれてきたが、その中央社にしても3年連続の減収減益の決算になってしまった。
 それはコミックも含めた雑誌の凋落、コラボしてきたアニメイトの売上の低迷、アニメイトがM&Aした書泉や芳林堂のその後の売上状況などが作用しているのだろう。
 これらの推移初めて『出版状況クロニクルⅤ』でたどっているが、海外展開などのアニメイト120店の現在はどうなっているのだろうか。期中の出店と閉店を見るかぎり、やはり店舗リストラの波が押し寄せているように思われるし、それは何よりもアニメイトが得意とするコミック特装版などの「特品等」が11億円、同8.6%減にもうかがわれる。中央社にとって、雑誌、書籍に告ぐ部門にして、その特色でもあったからだ。
 それを反映して、今期の中央社の決算も213億円、同1.1%減を売上目標としているが、さらなる減収減益は必至であろう。
出版状況クロニクルⅣ



7.学研HDは日本政策投資銀行と共同で、さいたま市の介護大手のメディカル・ケア・サービス(MCS)の全株式を取得。
 MCSは認知症患者グループホームを270棟運営し、売上高は265億円。
 学研HD傘下の学研ココファンはサービス付き高齢者向け住宅(サ高住)100棟を運営し、売上高は200億円。サ高住とグループホームの再編は初めての試みで、両社の複合開発にも進出するとされる。

 もはや学研は学参の出版社ではなく、塾などの教育事業と介護などの医療福祉事業をメインとする企業へと転身したと見なすべきだろう。
 ここに学研の介護事業を挿入したことに唐突な感を抱かれると思うが、トーハンの「事業領域の拡大」がこのような学研の動向と併走していると判断できるからだ。

 前回、本クロニクルで、「トーハンの課題と未来像」を取り上げ、グループ会社のトーハン・コンサルティングが実際に西新井に介護施設を建設中であることを既述しておいた。このパートナーは学研と考えてよかろう。
 そうした学研HDの、出版社から教育事業と介護事業への転身を範として、トーハンも介護事業も含めた不動産事業などの「事業の拡大」が構想されたのではないだろうか。
 しかし学研の転身にしても、古岡創業一族からの離脱、出版事業のドラスチックなリストラと改革、新たな事業ノウハウの蓄積など、一朝一夕になされたものではないし、それをトーハンが模倣できるとは思えない。
 それは介護事業にしても、不動産事業にしても、大いなる陥穽に満ちているし、コラボするゼネコンや官僚にしても、再販委託制に基づく出版社や書店を相手にするのとはまったく異なる相手であることを、冷静に自覚することから始めなければならない。だがそれはないものねだりであるかもしれない。



8.日販のグループ会社ダルトンは東京・武蔵村山市に、売場面積220坪で「DULTON FACTORY SERVICE MUSASHI-MURAYAMA」をオープン。
 郊外型大型店舗で倉庫を改装した7店目の直営店。
 創業以来、インテリア雑貨メーカーとして積み上げてきた商品群と空間創りのノウハウを投入した「人とモノを繋ぐ、日常彩るマーケット」とされる。

 これは前回のトーハンの近藤敏貴社長の言葉を借りれば、「事業領域の拡大」に属するのではなく、「カフェ、文具、雑貨は本を売るための取次事業」に当たるのかもしれないが、実際に見ていないので、判断を下せない。出版物はまったく売っていないのだろうか。
 しかしこのようなダルトンの展開にしても、本クロニクル121で引いておいた日販の平林社長がいう市場の要求に応じて商品やサービスを提供する「マーケットイン」の試みだとしても、「本業の回復」にただちに結び付くことはないだろう。
 7も含め、取次はどこに向かっているのか、それがどのような影響を出版社や書店にもたらすかを注視すべきであろう。



9.TSUTAYAは家具とホームセンターの島忠とFC契約し、家具と本を軸とする生活提案方店舗開発に着手。
 その第1号店として、島忠の「ホームズ新山下店」(横浜市中区)をリニューアルし、同店舗内にブック&カフェ「TSUTAYA BOOKSTORE 新山下店」を今冬に開店。
 島忠は家具とホームセンターの複合店舗を首都圏に59店を有し、今後「TSUTAYA BOOKSTORE」の展開を進める。

 これもCCC=TSUTAYAが行なってきた、他の物販やサービス業と本を結びつける試みであり、またしても委託制によって出版物が利用され、汚れて返品されるという悪循環が繰り返されていくだろう。
 日販にいわせれば、「マーケットイン」ということになろうが、日販にしても、CCC=TSUTAYAにしても、レンタルに代わるビジネスモデルとして成長させることは難しい。それに今期はFC店の問題が大きくせり上がり、日販へと逆流していくはずだ。
 代官山蔦屋書店や蔦屋家電も赤字だとされているし、やはりCCC=TSUTAYAはレンタルとFC事業を超えられないし、Tポイント事業にしても、すでに会社分割が想定されているのではないかと推測される。



10.大垣書店の決算は売上高112億8450万円、前年比3.5%増で、過去最高額となる見通し。
 その内訳は「CD/DVD」部門を除き、BOOK、文具、カフェ、カードBOXの4部門がプラスになったこと、出店に加え、イオンモール店や外商部門が好調であることなどが挙げられている。

 同時期に発表された三洋堂HDの第1四半期の連結決算は、売上高48億8400万円、前年比5.2%減で、書店部門は30億7000万円、同6.2%減である。
 複合店であることは大垣書店も三洋堂書店も共通していて、前者が後者と異なり、売上高を伸ばしているのは閉店がなく、出店攻勢を続けているからだと思われる。だが出版状況から考えると、その反動が生じることも推測できよう。



11.集英社の売上高は1164億円、前年比0.9%減で、営業損失は9億6000万円の赤字。
 だが不動産収入などの営業外収益により、純利益は25億2500万円、同52.9%減で黒字決算。
 売上高内訳は雑誌が501億円、同13.0%減、そのうちの「雑誌」は249億円、同11.0%減、「コミックス」は251億円、同14.9%減。書籍は108億円、同2.7%減。その他の「web」「版権」などは461億円、同21.1%増。


12.光文社の売上高は217億円、前年比1.9%減で、経常・当期純利益ベースで2年連続の赤字。当期純損失は1億8700万円。
 売上高内訳は雑誌が71億円、同7.3%減、書籍が35億円、同4.2%増、広告69億円、同6.0%減。

 いうまでもないことかもしれないが、集英社は小学館に代表される一ツ橋グループ、光文社は講談社に象徴される音羽グループの有力出版社である。
 戦後の出版業界のメインシステムは一ツ橋と音羽グループの雑誌の大量生産、大手取次の大量流通、商店街の中小書店による大量販売によって形成され、営まれてきたといっていい。だが中小書店は退場してしまい、取次も危機の中であえいでいる。

 その結果としてもたらされた今回の集英社と光文社の赤字は、そのシステムの終焉を物語っているように見える。それに何よりも驚かされるのは雑誌の返品率で、集英社は32.9%、光文社は49.2%に及んでいる。こうした事実に対しての説明は不要だろうし、ブックオフならぬマガジンオフの現在を突きつけているように思える。

 なお小学館の3期連続赤字は本クロニクル122、講談社の決算は同118で既述しているので、必要なら参照されたい。
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13.『日経MJ』(9/3)が「消え始めた短冊状伝票」という記事を発信し、「スリップを発行しない出版社」リストを挙げているので、それを示す。

■スリップを発行しない出版社
出版社時期対象
KADOKAWA4月角川文庫など
岩崎書店7月すべての書籍
金の星社7月すべての書籍
フレーベル館8月すべての書籍
一迅社8月すべての書籍と漫画
竹書房8月すべての書籍と漫画

 この記事によれば、この1年間でリストを含む20社がスリップ廃止を決め、今後も1ヵ月に2~3社のペースで続くとされている。
 ひとえに書店現場での自動発注やオンライン化が整備され、スリップの重要性が薄れたことによっているが、スリップは長きにわたって、販売、注文、追加伝票とデータ作成資料、報奨金用として使用されてきた。その起源に関しては様々に伝えられているが、『出版事典』(出版ニュース社)によれば、戦後の1955年頃から広く普及するようになり、ほとんどの書籍の挿入されるようになったという。つまりスリップも戦後の出版流通システムの落とし子であり、それが消えていくことは11、12ではないけれど、戦後の出版流通システムの終わりを告げていることになるのだろう。
 また『本の雑誌』(9月号)も「特集スリップを救え!」を組んでいることを付記しておこう。

出版事典 本の雑誌



14.「地方・小出版流通センター通信」(No505)が、松村久の85歳の死を追悼している。彼はそれこそ、4の周南市駅前で古本屋のマツノ書店を営みながら、明治維新史を中心とする防長史資料280点余りの復刊と刊行に携わり、2007年には菊池寛賞を受賞している。
 そこには松村だけでなく、沖縄タイムス社出版部で『沖縄大百科事典』や『沖縄美術全集』を編集し、退職後も出版舎Mugenを立ち上げた上間常道の76歳の死も伝えられている。

 松村とは面識がなかったけれど、その出版記は『六時閉店』(マツノ書店)で読んでいるし、中村文孝『リブロが本屋であったころ』(「出版人に聞く」シリーズ4)にも登場してもらっている。だが申し訳ないことに、中村も私も版元名から松村でなく松野だと思いこんでいたので、松野と間違って記載してしまったことが本当に悔やまれる。
 上間のことは知らなかったが、前回取り上げた沖縄の同人誌『脈』に関係していたかもしれない。それらはともかく、このようにして、地方出版の時代も終わっていくのだろうか。
f:id:OdaMitsuo:20180926212922j:plain:h110 リブロが本屋であったころ



15.『FACTA』(10月号)が細野祐二の「会計スキャン」として「RIZAPグループ―損失先送り経営」を掲載している。
 ライザップは上場9会社を持ち、前期も23社を企業買収しているが、その当期利益は大半が「負ののれん」によって占められているというものだ。これは専門的論稿にして、「ライザップへの質問と回答」などの掲載もあることから、実際に読んでもらうしかない。
 それは次のように結ばれている。

 「負ののれん」が当期純利益の大半を占めるライザップの財務諸表は会社の財務状況と経営成績を適正に表示しておらず、その利用は危険極まりない。


 『出版状況クロニクルⅣ』で、ライザップによる日本文芸社、本クロニクル118で、CD/DVDショップのワンダーコーポレーションの買収を取り上げてきているが、これらも同様の「損実先送り経営」の一環なのであろうか。
 やはり本クロニクル122で、大阪屋栗田を買収した楽天に関しても、細野が「非上場株で『膨らし粉』経営」だと指摘していることにふれているが、トーハン、日販の書店買収、CCC=TSUTAYAの出版社買収なども、同じような危惧を孕んでいるのではないだろうか。
 いずれも非上場ゆえに詳細に分析されていないけれど、取次を通さない直販誌『FACTA』と細野に、それらの「会計スキャン」を期待したいところだ。



16.『ジャーナリズム』(9月号)が「先の見えない時代 読み解くカギは読書にある!」として、「現在地を知る100冊」特集を組んでいる。

ジャーナリズム 沖縄の市場〈マチグヮー〉文化誌

 「現在地を知る」とのタイトル名は卓抜で、それに見合う多くの未読の本を教えられた。
 読んでいるのは多くなく、与那原恵の「『今』照らす古琉球以来の歴史―現在の沖縄問題を理解するための10冊」では、小松かおり『沖縄の市場〈マチグヮー〉文化誌』(ボーダーインク)だけだった。
 これから気になる本は読んでいきたいと思うが、『ジャーナリズム』で恒例のように挙げられていた出版に関する「現在地」が見当らないことに気づいた。何か事情でもあるのだろうか。
 その代わりといっていいのか、川本裕司「接続遮断は通史の秘密を侵害か 大規模漢詩の指摘、運用拡大も」が寄せられていた。この「サイトブロッキング」、コミックの海賊版サイトの問題に関して、本クロニクル120、121などでもふれ、その「通信の秘密」を侵害する「超法規処置」に疑問を表してきた。川本文は、政府の知的戦略本部の検討会議において、法制化強行を危惧する複数委員の批判と、それに対する反論が繰り広げられ、決議に至らなかったプロセスと事情を報告している。これは詳細レポートであるので、ぜひ読んでほしいし、その論議の行方を見守りたいと思う。
 「サイトブロッキング」問題は、「表現の自由」や「知る権利」と合わせ鏡になっているからだ。



17.前田雅之『書物と権力』(吉川弘文館)を読了した。

書物と権力

 今回、繰り返しふれてきた戦後出版システムの終わりではないけれど、実用、趣味、娯楽ではなく、教養を身につけるための読書、自分の中身を高めるための読書も、1990年代に終焉したと前田は述べている。それは明治末期から1980年代までは確かに存在していた。
 その起源は、中世における権門体制(院・天皇―公家・武家・寺家)を相互につなぐ文化的要素が中世エリート公共圏で、同時に「古典的公共圏」を形成していた。それが近代まで続き、「教養のコンセプト」となっていたのである。
 「古典的公共圏」の成立とは、古典、和歌を抜きにしての人間関係は考えられず、それゆえに書物と権力の問題がせり上がり、サブタイトルにある「中世文化の政治学」がオーバーラップしていく。そして「書物・知」をめぐる権力のネットワークが描かれ、あらためて中世における書物の位相を教示してくれる。
 だがそのような「書物・知」をめぐる教養的読書は20世紀において終焉し、今世紀を迎え、インターネットに置き換えられたということになるのだろうか。



18.今月の論創社HP「本を読む」㉜は「森一祐、綜合社、集英社『世界の文学』」です。

古本夜話827 豊島与志雄訳『レ・ミゼラブル』と新潮社『世界文学全集』

 辰野隆は『仏蘭西文学』の中で、フランス文学の重要な訳業として、豊島与志雄によるヴィクトル・ユゴー『レ・ミゼラブル』を挙げているが、これがフランス語原書からの初めての大長編小説の翻訳だったからである。

 まず『レ・ミゼラブル』は大正七年から八年にかけて、新潮社から四巻本で刊行された。これは菊半截判上製の翻訳シリーズとしてで、『新潮社四十年』には、同じ装幀の大正五年のドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』などの書影が掲載されているけれど、直接の言及はない。それは河盛好蔵の手になる『新潮社七十年』も同様で、前者にはなかった「新潮社と翻訳文学」という一章が割かれ、本連載815のポール・モーラン『夜ひらく』が「現代仏蘭西文芸叢書」の一冊として出され、それが新感覚派文学を生んだとの記述はあるが、『レ・ミゼラブル』に関しては書かれていない。その代わりといっていいのか、巻末の「新潮社刊行図書年表」には「翻訳叢書」としての記載を見ることができる。先のドストエフスキーも売れたとされているが、手元にある『レ・ミゼラブル』は大正十年十四版で、定価二円の六八四ページの翻訳が、驚くほど版を重ねているとわかる。まさに大正は新潮社の翻訳文学出版の時代だったのだ。
f:id:OdaMitsuo:20180806153457j:plain:h120 f:id:OdaMitsuo:20180809114854j:plain:h120 

 しかし『レ・ミゼラブル』は「翻訳叢書」として終わったのではなく、昭和円本時代を迎え、『世界文学全集』の第一回配本にすえられ、しかもそのうちの三巻を占めることになった。それに当たって豊島は『レ・ミゼラブル(1)』(『世界文学全集』12)に「改訳の辞」を寄せ、次のように述べている。
f:id:OdaMitsuo:20180911142905j:plain:h120(昭和2年版)

 「レ・ミゼラブル」の翻訳を私が仕上げたのは、今から七年余り以前のことである。(中略)
 翻訳の仕事は実に難事である。語法から発想の順序形式まで凡てに於て異る外国文を、完全に邦文に移しかへるといふことは、全く至難の業である。殊に、雲の如く湧き起る思想観念に乗じて自由奔放にペンを走らしたと思へる「レ・ミゼラブル」のやうな作に対しては、而も邦文原稿紙四千枚に及ぶかゝる浩瀚なものに対しては、その感が強い。(中略)
 私は此の改訳を似て、自分の「レ・ミゼラブル」の翻訳の決定版としたい。他日なほ見直したならば、不満の点が多く出て来るだらうかも知れないけれど、私はもはや再訂の余暇を持たないだらう。

 『レ・ミゼラブル』の『世界文学全集』版は改訳ばかりでなく、「翻訳叢書」版どころではない売れ行きにつながる予約部数を獲得し、何とそれは五十八万部に及んだのである。『世界文学全集』全三十八巻は、改造社の円本の嚆矢としての改造社の『現代日本文学全集』に続くもので、その企画を決定すると、ただちに『東京朝日新聞』に二ページ広告を出した。これは石川弘義、尾崎秀樹の『出版広告の歴史』(出版ニュース社)において、『レ・ミゼラブル』の書影とともに、昭和二年一円から始まる新聞広告の推移も具体的に示し、三月の予約締切に至る流れがたどられている。その広告には「予約募集」「上製五百頁/一冊壹円/日本一の廉価版」「全訳定本」といったキャッチコピーが躍っているし、それが功を奏し、かつてないかたちで、広範に全国津々浦々へと外国文学が拡販されていったのである。

現代日本文学全集 (『現代日本文学全集』)f:id:OdaMitsuo:20180911113737j:plain:h120

 そのかつてないかたちのひとつは、河盛が忘れることなく『新潮社七十年』で指摘しているように、「この全集の成功によって、翻訳家も大いに潤うた。それは従来本来翻訳文学は請負制または買取制が通例であったのを、この全集の訳者の一人だった広津和郎の尽力で、印税が確立されたからである」。それの経緯と事情は拙稿「広津和郎と『改造』」(『古本探究』所収)などで論じているので、よろしければ参照されたい。『世界文学全集』のうちの一冊、フロオベル、モーパッサン『ボワ゛リイ夫人・女の一生』において、広津は後者の訳者だったのである。
古本探究

 昭和円本時代の出現に伴い、改造社の『現代日本文学全集』はそれまでの貧乏が売りものだった文士たち、『世界文学全集』は同様の翻訳家たちをして、初めて「大いに潤うた」事態をもたらしたのである。このような出版状況に関しては、これも拙稿「円本時代と書店」「円本・作家・書店」(いずれも『書店の近代』所収)で具体的にふれていることを記しておく。
 書店の近代

 そのことから考えても、『世界文学全集』のうちの『レ・ミゼラブル』三巻の翻訳を担った豊島与志雄が他の訳者よりも、群を抜いて「大いに潤うた」ことは想像に難くないだろう。しかし『レ・ミゼラブル』に続いて、大正九年から十二年に「翻訳叢書」として、これも全四巻が出されたロマン・ロランの『ジャン・クリストフ』は、それでも大正十三年の『世界文芸全集』には再録されたが、こちらは『レ・ミゼラブル』ほどの売れ行きが見込めなかったからだろう。その後は『レ・ミゼラブル』と同様に、昭和十年代初頭に岩波文庫化されている。これらのフランス文学翻訳書のベストセラー化や岩波文庫化は、フランス文学研究者たちの野望や出版社の射幸心をあおったに違いないし、これまで見てきたような昭和十年代におけるフランス文学翻訳書の隆盛は、それらと無縁でないように思われる。

f:id:OdaMitsuo:20180911113032j:plain:h120(『世界文芸全集』)


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古本夜話826 ゴンクウル『ジェルミニィ・ラセルトゥウ』

 前回ふれたように、戦後を迎えての『ゴンクウルの日記』の翻訳刊行に伴い、ゴンクウル・ルネサンスというほどではないにしても、小説の『ジェルミニイ・ラセルトゥ』と『娼婦エリザ』が様々な版元から出されるに至った。前者は同タイトルで前田晃訳、平凡社、後に『ジェルミニィ・ラセルトゥウ』として大西克和訳、岩波文庫、『宿命の女』として久保伊平治訳、世界文学社、後者はやはり同タイトルで中西武夫訳、国際出版、田中栄一訳、大翠書院、『売笑婦エリザ』として桜井成雄訳、岡倉書房が相次いで刊行されている。それらはいずれも昭和二十三年から二十五年にかけてであり、近年の斎藤一郎編訳『ゴンクールの日記』の岩波文庫化は承知しているけれど、その後、フランスでのゴンクール賞の名声とは裏腹に、日本でのゴンクールのリバイバルは起きなかったように思える。

f:id:OdaMitsuo:20180908105644j:plain:h115(『ゴンクウルの日記』) ジェルミニィ・ラセルトゥウ(『ジェルミニィ・ラセルトゥウ』、岩波文庫)ゴンクールの日記

 しかし幸いにして、『ゴンクウルの日記』と同様に、大西克和訳による『ジェルミニィ・ラセルトゥウ』は平成五年に復刊されているので、ここで書いておきたい。この写実主義文学でも傑作とされる作品はゾラに引き継がれて自然主義へと発展し、「ルーゴン=マッカール叢書」の登場人物たちの造型にも影響を及ぼしていったし、私見によれば、『ごった煮』(拙訳、論創社)の女中たちの起源も、この作品に求められるような気がするからだ。

ごった煮

 『ジェルミニィ・ラセルトゥウ』はジェルミニィという女中を描いた作品で、彼女は長きにわたって老嬢に仕えた、忠実で善良な女と見られてきた。ところが一方で、激情的にして男に対する強烈な欲求を秘め、女主人に隠れて若い男に入れあげ、金品を貢ぎ、女の子をもうける。ところがその子も里親のところで病死し、男はジェルミニィの金はもちろんのこと、女主人のものまで盗み出させ、その挙げ句に捨ててしまう。彼女は強い酒をあおり、盗みをし、街の男を追うようになり、白痴化し、施療院で悲惨な死を遂げる。これらのことを老嬢はまったく知らず、女中の死後に次々と持ちこまれた借金の支払い要求で明らかになったのである。

 このジェルミニィのモデルは、ゴンクウル兄弟の母の存命中から二十五年にわたって仕えていたローズという女中で、鋭敏な感覚を有する心理学者とでもいうべき彼らにしても、ローズの隠れたる行状、及び彼らの金や酒や食料を盗み、男に貢いでいたことにまったく気づかなかった。それゆえに彼らはその「序」で、「此の小説は真実の小説」で、「《愛欲》の臨床講義」だとし、次のように述べている。

 此の十九世紀に、普通選挙、民主主義、自由主義の時代に生を受けて、私たちが不審に堪へなかつたのは、世上《下等社会》と呼ばれてゐるものは「小説」に書かるべき権利を要求することが出来ないものであるかどうか、或る一つの社会の下の此の社会は、下層社会の人たちは、文学的禁治産者と、彼等の有し得る心と情とに対して今日まで沈黙を守つてまた作者たちの軽蔑と威嚇との下に、なほ甘んじていなければならないものであるかどうか、と云ふことであつた。私たちが不審に堪へなかつたのは、作家にとつても、また読者にとつても、此の私たちの平等の時代に於て、資格のない階級とか、余りにも下品すぎる不幸とか、余りに気高くなさすぎる恐怖の悲惨な結末とかが果してあるものかどうか、と云ふことであつた。それで私たちは、忘れられた文学と消え去つた社会とに対する此の在来の形式が、《悲劇》が慥かに亡びてしまつたかどうか、姓階もなく、法定の貴族もない国に於て、下賤な者や貧しい者の不幸が、上流のひとや富裕なひとたちの不幸と同じやうに声高く、世人の興味や、感情や、憐憫に話しかけるものであるかどうか、詰り一口に言ふならば、下の方で泣く涙と云ふものが、上の方で泣く涙のやうに泣かせることが出来るであらうかどうか、を知りたいと云ふ好奇心が起つたのであつた。

 省略を施さなかったので長い引用になってしまったが、ここにフランスの十九世紀後半おける写実主義から自然主義文学の誕生の一端が語られているし、これが一世紀半前の文言であるにしても、中流階級が解体し、下流社会が喧伝されている現在と通底する問題が提起されているように思えるからだ。それはいうまでもなく、ゾラの「ルーゴン=マッカール叢書」が体現するものであった。

 『ゴンクウルの日記』の一八六四年五月のところには、『ジェルミニィ・ラセルトゥウ』の取材のために、パリの郊外の貧民窟に出かけ、その風景と貧民たちの行状が描かれている。それは「暴力に依る弱者に対する此の卑怯な屠殺」のようであり、「夢の中を夢魔が通り過ぎる」かの如くだった。その取材はジェルミニィが出かけていくクリニャンクウルの郊外の風景へと投影されていったのだろう。

 その他にも『日記』の中には、『ジェルミニィ・ラセルトゥウ』の抜き書き、及びそれへと転用されたと思われるシーンが見出され、十一月には校正が終わり、「おお! 此の小説は吾々の腹の底から正しくもれた悲痛な本だ」との言も見える。そして一八七五年一月、「吾々の『ジェルミニィ・ラセルトゥウ』が昨日出版された」という記述に出会う。ここに写実文学の傑作が送り出されたことになる。


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古本夜話825 大西克和訳『ゴンクウルの日記』と鎌倉文庫

 辰野隆は『仏蘭西文学』の中で、『ルナアル日記』とともに、『ゴンクウルの日記』を挙げ、フランス近代文学における「骨の髄まで文学者であつた人間のドキュマンとして、罕に見る宝庫」だと述べている。
ルナアル日記 f:id:OdaMitsuo:20180908105644j:plain:h112(『ゴンクウルの日記』)

だが『ルナアル日記』と異なり、『ゴンクウルの日記』のほうは戦前に出されておらず、戦後を待たなければならなかった。しかもその版元は鎌倉文庫で、昭和二十二年から二十四年にかけて三冊が出されている。鎌倉文庫は大東亜戦争末期に鎌倉在住の作家の川端康成、高見順、中山義秀、久米正雄たちによる貸本屋として始まり、敗戦後の昭和二十年九月に出版社として発足し、彼らの作品を始めとして、多くの小説を刊行し、二十一年には文芸雑誌『人間』を創刊している。『人間』は『日本近代文学大事典』にも立項され、その豪華メンバーによる寄稿作品掲載内容が紹介されていて、三島由紀夫の実質的な戦後デビューも同誌であった。だが二十四年に鎌倉文庫は倒産し、本連載788の目黒書店へ移行している。したがって、このような鎌倉文庫の出版活動の中で、『ゴンクウルの日記』も刊行されたことになる。

 この『ゴンクウルの日記』はエドモンとジュールの兄弟が一八五一年からつけ始めたもので、私的な生活と内心の吐露というよりも、現実の観察記録と見なしていいし、ここに文学のひとつの形式として、日記を書くことが創始されたのである。永井荷風の『断腸亭日乗』にしても、江戸文人の日乗録を範としているように見えるけれど、『ゴンクウルの日記』からその発想を得たように思えてならない。
断腸亭日乗

 それはともかく、ゴンクウル兄弟は『日記』にも記されているように、一八五四年に『革命時代の社会史』などの歴史書を著わし、六〇年には小説『文士』を上梓し、六五年の『ヂェルミニイ・ラセルトゥウ』は写実主義文学の傑作とされている。それらと併行して『日記』は書かれ、弟のジュールは七〇年に亡くなるが、兄のエドモンはそれを単独で九六年まで書き継いだのである。そしてエドモンの遺産を基金として、本連載768のゴンクウル賞が創設されたことはよく知られた事柄であろう。

 手元にある鎌倉文庫の『ゴンクウルの日記』は三冊のうちの第一、二巻で、A5判上製だが、裸本で疲れが目立ち、表紙も剥がれかけている状態にある。装幀はそのまま原書を踏襲し、六隅許六かもと思われたが、吉村力郎とあった。その序文は他ならぬ辰野隆が寄せ、「これは兄弟の日記でもあれば、文壇の日記でもあり、また近代文学の日記」で、『ルナアル日記』とともに「我等の書架になくてはならぬ尚友の書」と記している。

 訳者の大西克和は「訳者の言葉」から、辰野が恩師で、この翻訳に多大の援助を受けたこと、鎌倉文庫の巌谷大四の尽力を得たことが記されている。それは巖谷が鎌倉文庫出版部長だったことによっている。続けて大西は先述の『ヂェルミニイ・ラセルトゥウ』(岩波文庫、昭和二十五年)も翻訳している。同年にはその他にも三つの訳が出され、また『売笑婦エリザ』(桜井成夫訳、岡倉書房)も刊行されている。これは『ゴンクウルの日記』の出版によって、この時期にゴングウルの小説が再発見されたことを意味している。

ヂェルミニイ・ラセルトゥウ (『ヂェルミニイ・ラセルトゥウ』)

 それらはともかく、『ゴンクウルの日記』が一八五一年十二月二日のルイ=ナポレオンのクーデタによる第二共和制の終わりから始まっているのは象徴的で、日本の敗戦後の読者にとって無縁のように思われなかったのかもしれない。もっともフランスの場合は逆コースで、ここからナポレオン三世による第二帝政が始まっていくのである。それとともにゾラの「ルーゴン=マッカール叢書」も始まり、第一巻の『ルーゴン家の誕生』(伊藤桂子訳、論創社)はそのクーデタを背景としてスタートしていく。それゆえに『ゴンクウルの日記』もまた第二帝政の社会と凋落を必然的に描いていくことになる。それらは興味深く、言及したいのだが、やはりここでは『ゴンクウルの日記』の何よりの特色でもある同時代の文学者たちのポルトレを挙げるべきだろう。フランソワ・ドーデ、テオフィル・ゴーチェ、フローベール、ボードレールたちがリアルに描かれ、フランス文壇史を目撃しているような気になる。

ルーゴン家の誕生

 その中でもとりわけ印象的なのはフローベールで、ゴンクウルもそれを意識してか、フローベールに関する言及部分はとても生々しい。ゴンクウルは辻馬車でフローベールのいるクロワッセを尋ね、『ボヴァリイ夫人』『サランボオ』を書いた部屋に入る。ゴンクウルはその部屋の光景を一ページ以上にわたって描写する。東洋=オリエントの色々な古道具が飾られている。それらは緑青色の錆に覆われたエジプトの護符、原始民族の楽器、銅皿、ガラス玉の首飾り、アフリカの枕や腰掛けや俎も兼ねる台、フローベールが文鎮として使っているサムワンの洞窟から盗みとってきたミイラの二本の足。そしてゴンクウルは次のように書いている。
サランボオ

 此の室内こそは―此の人、彼の趣味、彼の才能そのものである。東洋の一つの粗い姿が充ち満ちてゐる室内、そして此処では、野蛮人の或る素地が芸術家の本性の中に顕われている。

 また続けてフローベールの母親の言葉も記している。

 母堂は吾々に、彼がルウアンで半日過して帰つて来ると、同じ場所に、同じ姿勢でぢつとしてゐるのを見る事が屢々であり、息子の余りにも動かない様子に殆んど怖ろしくなると語つた。外には絶対出ず、彼は原稿と仕事部屋の中で暮してゐる。馬に乗ることもなく、ボオトで遊ぶこともない……

 フローベールは前年に五年かけて『サランボー』を完成したばかりだったし、次の『感情教育』に取りかかろうとしていたのかもしれない。

 なお近年になって、『ゴンクウルの日記』は斎藤一郎訳で岩波文庫化されている。
ゴンクールの日記


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