21年8月の書籍雑誌推定販売金額は811億円で、前年比3.5%減。
書籍は433億円で、同0.1%減。
雑誌は377億円で、同7.2%減。
雑誌の内訳は月刊誌が314億円で、同6.1%減、週刊誌は62億円で、同12.2%減。
返品率は書籍が37.4%、雑誌は43.6%で、月刊誌は43.6%、週刊誌は43.7%。
書店売上も厳しく、書籍、文庫本、新書はいずれも10%減、ビジネス書は15%減、
雑誌も定期誌、ムックが10%減、コミックスも1%減で、『鬼滅の刃』ブームも終息しつつあるのだろう。
秋を迎え、出版業界はどこへ向かっていくのだろうか。
1.『日経MJ』(9/1)の2020年度「卸売業調査」が発表された。
そのうちの「書籍・CD・ビデオ部門」を示す。
順位 | 社名 | 売上高 (百万円) | 増減率 (%) | 営業利益 (百万円) | 増減率 (%) | 経常利益 (百万円) | 増減率 (%) | 税引後 利益 (百万円) | 利益率 (%) | 主商品 |
1 | 日版グループ ホールディングス | 521,010 | 1.0 | 4,151 | 67.8 | 4,420 | 81.1 | 2,439 | 13.2 | 書籍 |
2 | トーハン | 424,506 | 4.0 | 4,033 | 205.8 | 1,680 | ー | 576 | 14.9 | 書籍 |
3 | 図書館流通 センター | 49,781 | 7.6 | 2,155 | ▲0.4 | 2,332 | ▲1.6 | 1,463 | 18.7 | 書籍 |
4 | 日教販 | 27,681 | 3.9 | 503 | 39.3 | 351 | 53.3 | 294 | 10.9 | 書籍 |
8 | 春うららかな書房 | 3,075 | ▲19.0 | 51 | ▲66.2 | 20 | ▲82.5 | 12 | 27.3 | 書籍 |
ー | MPD | 166,849 | 6.1 | 91 | ▲53.3 | 93 | ▲54.2 | 10 | 3.4 | CD |
ー | 楽天BN | 51,991 | ー | ー | ー | ー | ー | ー | ー | 書籍 |
卸売業調査の全14業種合計は減収減益で、売上高と営業利益は02年以来、最大の落ちこみを示している。
それに対して、「書籍・CD・ビデオ・楽器」は巣ごもり需要によって、前年比2.2%増となったとされる。
確かに日販GHD,トーハン、TRC、日教販もTRCだけは減益だが、増収増益となっている。
しかしとりわけ日販とトーハンの数字は、コロナ禍と『鬼滅の刃』の神風的ベストセラーによって生み出されたもので、21年度も同様だとは考えられない。それに『出版状況クロニクルⅥ』で示しておいたように、19年度はトーハンにしても赤字だったのである。
20年度はランク外のMPDにしても、営業利益、経常利益ともに半減し、実質的に赤字と見ていいだろう。楽天BNに至っては、決算期変更ゆえにしても、160億円近い減少である。
さらに現在の楽天BNはネット書店専門取次へと転換し、600の帖合書店は日販へと移行するという。21年の「卸売業調査」の「書籍・CD・ビデオ部門」はどうなるだろうか。
2.講談社とアマゾンが取次と経由しない直接取引を開始。
当面の対象は「現代新書」「ブルーバックス」「学術文庫」の既刊本とされる。
大手出版社のアマゾンとの直接取引はKADOKAWAに続くものだが、すでに直接取引出版社は3600社に及んでいて、アマゾンの取次兼ネット書店のシェアは高まるばかりだ。
これは本クロニクル156でふれたトーハンのメディアドゥの筆頭株主化、同157の丸紅とのDXを通じてのコラボ化などを契機として進められてきたことであろう。
それは講談社にしても、大手取次や大手書店に対して、もはや遠慮も忖度もしないという立場を自ずと表明したことになる。いずれ小学館も集英社も続くはずだ。
日本通信販売協会によれば、2020年の国内通販市場規模は10兆6300億円、前年比20.7%増で、1982年の調査開始以来、初めて2割を超えたという。
そのうちのアマゾン売上高は2兆1848億円で、同25.2%増となっている。20年の取次経由の出版物推定販売金額は1兆2237億円だから、アマゾン市場のモンスターとしてのポジションがわかる。
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3.『週刊東洋経済』(8/28)が特集「物流頂上決戦」と題して、「アマゾンのヤマト外しで異次元突入」した物流状況をレポートしている。
そこでまずアマゾンジャパンのジェフ・ハヤシダ社長の退任が伝えられている。彼は2012年から「物流部門を直接統括してきた業界有数の実力者」で、そのナンバー2もすでに退任しているという。
それに伴い、「ヤマト外し」が進められ、「日本における物流・小売りの勢力図を一変させるきっかけになるかもしれない」として、「アマゾンが火をつけた物流の陣取り合戦」「“自前物流”を進める小売業界」チャートも提出されている。
最も教えられたのはアマゾンによる中小物流企業の囲い込みで、ファイズHD、遠州トラック、丸和運輸機関、ロジネットジャパン、SBS即配サポート、札幌通運、ヒップスタイル、若葉ネットワークなどが挙げられ、ファイズHDはアマゾン依存度が69.9%に及んでいる。
そうした「物流頂上作戦」をたどり、検証しながら、特集は「エピローグ」として、「アマゾン化」した世界に待っているものを問い、アマゾンは「あまたの競合を退け、圧倒的な支配力を獲得した。ただ、消費者や社員の幸せは保証されていない」と結ばれている。
4.集英社の決算は売上高2010億1400万円、前年比31.5%増の過去最高額を記録。
売上高のうちコミックスは617億1300万円、同43.1%増。
デジタル・版権などの事業収入は936億3900万円、同35.6%増。
書籍は178億円、同72.4%増、雑誌は199億8800万円、同3.8%減。
返品率はコミックス8.2%、書籍が18.7%、雑誌が38.1%となり、全体で17.7%。
『鬼滅の刃』『呪術廻戦』に象徴される、コロナ禍におけるすさまじいばかりのコミック景気による最高の決算というべきだろう。
コミックスの伸びもさることながら、突出しているのはデジタル・版権などの事業収入で、2011年には138億円だったので、10年で6倍になったことになり、全売上の46.6%と過半数に近づいている。
デジタルは449億円、同42.5%増、版権は367億円、同25.6%増で、電子コミックと映画関連の活況による。
それに対し、書籍と雑誌は合わせて377億円で、版権収入とほぼ同じ売上高である。これがコロナ禍と『鬼滅の刃』の神風的ベストセラーがもたらした大手出版社の現在の姿ということになろう。
おそらくそれを範として、講談社も小学館も続いていこうとしているのだろう。
5.文藝春秋のニュースサイト「文春オンライン」の8月の純PV(ページビュー)が月間6億3094万PVに達し、17年のサイト開設以来、最高となった。これまでの最高は21年6月の4億3117万PV だった。
また外部配信先での閲覧を含めた総PVは10億9187万PV、UV(ユニークユーザー)は月間5553 UVとなり、純PV、総PV、UVとも開設以来、最高の数字を記録した。
ケタが大きすぎて、ただちにそれらの最高の数字のイメージがわかないけれど、大手出版社の雑誌の世界も、こうしたデジタル分野へと限りなく接近していくであろう。
しかしアマゾンではないが、そこでは取次も書店も必要とされず、もはや従来の読者もおらず、ユーザーだけになってしまうのかもしれない。
だが出版業界は否応なく、そうした世界へと向かっていくしかないのだろう。
6.光文社の決算は売上高168億5100万円、前年比8.8%減。経常損失7億1600万円、当期純損失8億700万円。
2期連続の赤字決算。
内訳は雑誌・書籍が84億5100万円、同4.6%減、広告収入が36億1200万円、同36.6%減、電子書籍・版権事業その他が41億9900万円、同25.6%増となっている。
書籍は巣ごもり需要で文庫が堅調で、33億2500万円、19.6%増だが、雑誌と広告は20年6月のコロナ禍による主要女性誌2誌の発売中止の影響を受け、マイナスを余儀なくされた。
しかし4の集英社と同じく、電子書籍・版権事業は大幅なプラスで、すでに書籍売上を超え、51億2500万円の雑誌にも迫っている。
おそらく来期は電子書籍・版権事業がトップに躍り出るだろう。
それでも赤字決算の中で、書籍が前年を上回ったことは慶賀で、まだ光文社新訳文庫も続けられていくだろう。
7.『新文化』(9/2)が「日本文芸社黒字体質転換への軌路」と題し、吉岡芳史社長に取材している。そのストーリーを要約してみる。
日本文芸社は1959年に夜久勉によって創業され、その死に伴い、1976年にADK(当時は旭通信社)の傘下に入った。2016年にADKは日本文芸社全株式を20億円でRIZAPグループへ売却した。そのためにグループ関連の実用書を刊行する一方で、神保町の自社ビルを売却し、錦糸町へと移転する。社員の反発は強く、退職者も出た。
そして今年3月RIZAPグループは全株式をメディアドゥに15億円で譲渡するに至り、日本文芸社は同じく子会社となったジャイブとともに、メディアドゥのインプリント事業の強化を担うことになった。
そのかたわらで、日本文芸社は編集・営業体制の変革によって、昨年は黒字決算、今年もそれを上回る数字で推移している。
メディアドゥが注目したのは日本文芸社の『週刊漫画ゴラク』を中心として生み出されたコミックコンテンツであろう。長編コミックとして永井豪『バイオレンスジャック』や雁屋哲作/由起賢二画『野望の王国』をただちに思い出す。
だがコミック関連で最も印象的なのは、1980年代に創刊された『COMIC ばく』、及びそこに連載されたつげ義春『無能の人』『隣りの女』、つげ忠男『ささくれた風景』、近藤ようこ『夕顔』『ラストダンス』、ユズキカズ『枇杷の樹の下で』などである。
これらも電子コミックとして配信されていくのだろうか。
8.三省堂書店は神保町本店がある本社・本社ビル、及び隣接する第2、3アネックスビルを建て替えると発表。
総敷地面積は530坪で、神保町本店は22年3月下旬に営業を停止し、4月から解体工事が始まる。神保町本店は仮店舗で営業予定。
現在の神保町本店は1050坪の店舗面積を持ち、1981年に竣工し、それに合わせ、『三省堂書店百年史』を刊行している。それから40年が経過し、設備などの老朽化が進んだことで建て替えになったと説明されている。
しかし真意は一等地にある530坪という所有不動産の有効活用であろう。だが1050坪の店舗面積の本店の仮店舗は周辺に見出すことはできないだろうし、相当量の返品が発生することになると、取次や出版社は覚悟すべきかもしれない。
それに新ビル竣工は25年から26年頃とされているので、4,5年先の出版や書店状況は予想もできない。新ビルが何階建てになるのか、書店坪数はどのくらいになるのか、何も決まっていないことはそうした事柄を象徴している。
9.東京都古書籍商業協同組合の『東京古書組合百年史』が届いた。
A5判682ページ+口絵写真16ページの大冊で、1974年の『東京古書組合五十年史』に続くものである。こちらはずっと座右に置き、拳々服膺させてもらってきたが、今後は『同百年史』も加わることになる。
理事長として、「刊行のことば」を記しているのは、駒場の河野書店の河野高孝で、20年ほど前に、彼と浜松の時代舎の田村和典と共著『古本屋サバイバル』(編書房)を刊行している。ちなみに付記すれば、田村も浜松で古書市を主催し、驚くほどの出来高になっているようだ。
第一章の鹿島茂による「鹿島流・古本屋はいかにして生き続けてきたか」を始めとして、「右肩上がりの時代」「全国古書籍商組合連合会の設立と活動」「見よ、古本屋の豊穣なる世界」「支部及び交換会の歴史」、それに「資料編」が続いている。
出版業界において、広く読まれてほしい一冊として推奨する次第だ。
10.海竜社は事業を停止し、自己破産。
同社は1976年に設立され、佐藤愛子や曽野綾子などのエッセイを始めとして、実用書や自己啓発書も及び、1600点の書籍を刊行してきた。
2013年のピーク時は売上高8億1000万円を計上していたが、今期は1億6000万円までに落ちこんでいた。
負債は2億2000万円。
佐藤愛子が200万を携え、支援に駆けつけたと伝えられているが、焼け石に水だったであろう。
1980年代に友人が海竜社の営業を手がけていて、人生論は本当によく売れると語っていたことを思い出す。
当時、人生論は大和書房や青春出版社も刊行していたけれど、海竜社は版元も含め、女性による女性のための人生論という趣があり、書店人気も高かった。
しかし本クロニクル159で既述しておいたように、今世紀にはいって、ビジネス書に至るまで、人生論的色彩が濃くなり、そうした中で、経営者の下村夫妻の80歳代後半という高齢とともに、海竜社のカラーが埋没していったと考えられる。それが今回の事態へと追いやられた一因でもあろう。
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11.看護の科学社が事業継続困難として、法的整理に入ると公表。
看護の科学社は1976年創業で、雑誌『看護実践の科学』を発行していた。
『出版状況クロニクルⅥ』で20年の医学書のベクトル・コアの破産を伝え、一般書と異なる流通販売の医学書の世界にも、近年危機がしのびよってきていていると記しておいた。
それが雑誌の世界に露呈してしまった例であろう。それも皮肉なことに、コロナ禍において、『看護実践の科学』の版元が破綻するわけだから。
12.『新文化』(9/2)に「50年を迎えた工作舎の歩み」が掲載され、「工作舎50周年記念出版」として、『最後に残るのは本』という一冊が出されている。これは工作舎の新刊案内「土星紀」に寄せられた67人の書物エッセイをまとめたものである。
いずれ工作舎のことも書くつもりでいるが、現在の編集長米澤敬の「土星と標本」によって、工作舎が1971年に雑誌『遊』のために設立され、その社名が谷川雁の『工作者宣言』と「ワークショップ」の和訳に由来することを知った。それに雑誌『室内』と単行本を刊行する山本夏彦の工作社もあって、当時はややこしかったのである。
また当初の発売元が仮面社だったことも初めて教えられた。どこで仮面社と工作舎が結びついたのかは何となく想像できる。だが私も『遊』に一文を寄せていることは想像できないだろう。そのことも含め、あらためて工作舎のことを書く機会を見つけよう。
(創刊号)
13.ワイズ出版の岡田博の72歳の死が伝えられてきた。
ワイズ出版は1989年に設立され、多くの映画書やコミックなども刊行し、岡田は映画プロデューサーも兼ねていた。
最初の出版物の石井輝男・福間健二『石井輝男映画魂』を、新潮社を通じて献本されたことはよく覚えている。そのカバー写真は『網走番外地・望郷編』で、高倉健が斬り込みにいくシーンを使っていたのである。
私は中学時代にいずれも石井監督の『網走番外地』『続網走番外地』『網走番外地・望郷編』を映画館でリアルタイムで観ていたので、そのシーンがすぐに思い出された。相手は「カラスなぜ鳴くの」を口笛で吹く杉浦直樹だった。
同時代の出版人が次々と亡くなり、ハーベスト社の小林達也も死んだという。ハーベスト社は社会学専門出版社で、同様にアンソニー・ギデンズの『社会学』などを刊行していた而立書房の宮永捷も引退してしまった。
それに『出版状況クロニクルⅥ』でふれたように、『マルセール・モース著作集』を企画していた平凡社の松井純も亡くなり、それらは社会学の翻訳に関係する編集者たちが不在となってしまった事実を伝えている。
そのようにして、ひとつの分野の出版が否応なく衰退していくのだろう。
14.『近代出版史探索外伝』は9月下旬に発売された。
異色の三本立て構成で、楽しめることは保証するけれど、例によって少部数で高価なために、図書館へリクエストをお願いできたら幸いだ。
論創社HP「本を読む」〈68〉は「アナイス・ニン『近親相姦の家』と太陽社」です。