出版・読書メモランダム

出版と近代出版文化史をめぐるブログ

出版状況クロニクル171(2022年7月1日~7月31日)

22年6月の書籍雑誌推定販売金額は861億円で、前年比10.8%減。
書籍は440億円で、同10.2%減。
雑誌は421億円で、同11.4%減。
雑誌の内訳は月刊誌が352億円で、同13.5%減、週刊誌は68億円で、同1.3%増。
これは刊行本数の増加と『an・an』のBTS特集の即日重版によっている。
返品率は書籍が40.6%、雑誌は41.1%で、月刊誌は40.2%、週刊誌は45.1%。
返品率が40%を超えるカルテットも1年ぶりだ。
売上のほうも全体、書籍、雑誌のトリプルの二ケタマイナスは近年でも初めてだと思われるし、今年の下半期を予兆するかのようでもある。
7月の取次POS調査もそれに見合う動向で、夏の只中へ向かおうとしている。

anan(アンアン)2022/6/22号 No.2303[今、世界に広がる、ボーダレスカルチャー/BTS]


1.出版科学研究所による22年上半期の出版物推定販売金額を示す。

 

■2022年上半期 推定販売金額
推定総販売金額書籍雑誌
(百万円)前年比(%)(百万円)前年比(%)(百万円)前年比(%)
2022年
1〜6月計
596,051▲7.5352,641▲4.3243,410▲11.8
1月85,315▲4.851,0020.934,313▲12.3
2月107,990▲10.367,725▲5.740,265▲17.0
3月143,878▲6.094,434▲2.749,444▲11.7
4月99,285▲7.554,709▲5.944,577▲9.5
5月73,400▲5.340,700▲3.132,700▲7.9
6月86,182▲10.844,071▲10.242,111▲11.4

 上半期の出版物販売推定金額は5960億円、前年比7.5%減、書籍は3526億円、同4.3%減、雑誌は2434億円、同11.8%減となっている。

 これは本クロニクル159で挙げておいたが、21年上半期がコロナ禍とコミック需要でトリプルプラスだったことに対して、22年上半期はトリプルマイナスに陥り、そのマイナス幅は19、20年に比べて最も大きい。
 再び『鬼滅の刃』のような神風的ベストセラーが現われないかぎり、下半期も同様に推移していくだろう。
 それは取次と書店の体力の限界へと誘っていくことになると推測される。
鬼滅の刃 1 (ジャンプコミックス)
odamitsuo.hatenablog.com



2.日版GHDの主要書店グループの決算が出された。
 リブロ、オリオン書房、文禄堂などのリブロプラスは1億3000万円の赤字。
 TSUTAYAを展開するプラスは1億9800万円の赤字で、前期の1億7000万円の赤字よりも拡大。
 名古屋のBOOKSえみたすを中心とするY・space は純利益2000万円で、前年比2000万円の減益。
 日版GHDの21年度小売事業は売上高616億1400万円(前年比0.8%減)、営業損失2億4600万円(前期は3億2000万円の黒字)。
 店舗数は234店で、前年比11店減。

 前回の本クロニクルでも日版GHDにふれ、その小売事業に関しても、その一部を既述しておいたが、取次の書店事業もすでに赤字となっていることが明白になった。それはさらに加速していくだろう。
 その事実はトーハンも同様で、取次の書店事業の実態も明らかになっていくはずだ。



3.CCCの決算は売上高717億円(前年は113億円)、営業利益は6億円(前年は15億円)、特別利益は231億円(前年は0)、当期純利益は128億円(前年は純損失121億円)。
 売上原価は268億円(前年は11億円)、売上総利益は448億円(前年は101億円)。

 グループ再編による大幅増収とされるが、チェーン店の大量閉店を背景としての売上高前年比6.3倍の決算は、そのまま信じるほうが難しいだろう。で日販の小売事業の赤字を見たばかりだ。
 これらの連結を含めての決算の詳細は、トップカルチャーの「非上場の親会社等の決算に関するお知らせ」でアクセスできるので、ぜひ見てほしい。
 前年のCCCの 決算公告は本クロニクル159でも掲載している。
 それこそ『選択』や『FACTA』による専門家の分析が必要とされていることは言うを俟たない。日販の動向と行方にこれもダイレクトに連結しているからだ。
moneyworld.jp



4.『日経MJ』(7/6)が実質的に「文喫」と「蔦屋書店」を一面特集している。
 そのリードは次のようなものだ。

 書店がすごいことになっている。入場料制を導入し、音楽が流れるおしゃれな空間では本は読み放題、コーヒーも飲み放題。友人同士でゆっくり半日ほど滞在できるのでコスパもいいと若者に人気だ。
イベントや有料の選書など、新しい何かと「出会う」知のエンターテインメント施設に進化している。
本を売るだけの従来像から脱皮し新たなモデルを再構築する。

 そして「書店は様々な『出会い』の場に」として、店長が選書し、「自分と出会う」「人と出会う」「本に出会う」の3つのコンセプトを備える「文喫」と「蔦屋書店」のイベントが写真入りで紹介されている。

 こうした特集に言及するのは不毛で苦痛だが、本クロニクル以外では批判も出されないであろうから、ここで書いておく。
 私は消費社会の動向とデータを観測する必要もあって、20年以上『日経MJ』を購読しているけれど、ここまでひどいタイアップ「シロサギ」特集は見たことがない。
 現在の書店状況と書店の経済から遠く離れて、様々に群がるコンサルタントたちが組み立てたファンタジーを、まことしやかに特集することはジャーナリズムというよりも、翼賛新聞のでっち上げ記事だと断罪するしかない。

 街の書店の仕事は長時間労働で、その売上の半分以上は雑誌、コミック、文庫で占められ、それに外商や配達を加え、ようやく営まれてきたのである。ところがそれでも経済的にはもはや成り立たず、閉店に追いやられてしまったのである。
 その代わりに、リードで示された「書店がすごいことになっている」と誰が信じているのだろうか。それは日販にしても、CCCにしても同様だ。要するに『日経MJ』が信じていることはないだろうし、肥大化した大型複合店がレンタルの失墜によって生じた余剰面積の再利用の業態としての提案でしかない。
 契約期間のペナルティがあるので撤退もできないし、「文喫」が日販の事業としてのシェアはわずかで、その売上も発表されていない。

 それに入場料を払って「書店員による有料の選書」を望むリピーターが無数に存在するのであれば、書店が半減してしまうことなどなかったではないか。
 また読書の本質からいっても、「推薦図書」や「課題図書」はそれにふさわしくないし、そうした本ばかり読まされれば、読書嫌いになってしまうことは自明だ。だが小中学生の「推薦図書」や「課題図書」をビジネスモデルとして、このような書店コンセプトが提案されているのであれば、それは読者を愚弄している。
 それゆえにこのような特集は、従来の懸命に働いてきた書店の営為を侮辱するものだし、それらの書店をつぶしてきた一端の責任は日販と蔦屋書店=CCCにあることを自覚すべきだろう。



5.八重洲ブックセンターの最終損益は1億円の赤字で、4期連続の1億円以上の赤字となる。

6.フタバ図書の最終損益は3億5600万円の赤字(前年は3700万円の赤字)。

 前回の本クロニクルで、丸善ジュンク堂と未来屋書店の決算を取り上げ、それに今回の日販小売事業の実態、八重洲BCやフタバ図書の赤字を重ねてみれば、大手チェーングループの書店状況が浮かび上がってくるだろう。
 いってみれば、書店は大も小も、都市も地方も、もはや回復できないほどの状態に追いやられていることがわかるだろう。
 しかもそれは今年期後半にはさらに加速していくことが確実である。



7.語学書の第三書房が破産。
 1932年創業の老舗出版社で、フランス語、ドイツ語、スペイン語などの語学書を中心とする大学テキスト、ドイツ語検定参考書を刊行していた。

 それこそ半世紀前にフランス語の単語帳を買ったことは記憶しているけれど、それ以後はまったく無縁で、書店でも見たことがなかった。
 おそらく流通販売のメインは大学生協などで、一般書店はサブだったように思われる。そのために倒産しても、書店在庫問題はほとんど発生しないであろう。



8.ベースボール・マガジン社は『ボクシングマガジン』『近代柔道』『ソフトボールマガジン』『コーチング・クリニック』『テニスマガジン』を休刊。

ボクシングマガジン 2022年 8 月号 近代柔道 2022年 8 月号 ([特製ポスター]柔道の技名称100 NAMES OF JUDO TECHNIQUES) ソフトボールマガジン 2022年 08 月号 [特集]バッテリー強化! コーチングクリニック 2022年 8 月号 テニスマガジン 2022年 8 月号

 1990年代はスポーツ雑誌もバブル化したこともあり、ベースボール・マガジン社はその総本山の趣を呈していた。当時はパリ支局も設け、ありとあらゆるスポーツの雑誌化が試みられていた。
 そのバブルがはじけた今世紀になっても、ベースボール・マガジン社は「種目別スポーツ専門出版社」として多くの雑誌を刊行していた。
 たまたま手元にある日販の『雑誌のもくろく2013』を確認してみると、『週刊ベースボール』『週刊プロレス』『週刊サッカーマガジン』を始めとして、20誌が挙がっていて、そこには休刊となる5誌も並んでいた。
 スポーツ雑誌の時代も終わろうとしているのだろう。
 そういえば、ベースボール・マガジン社の子会社である恒文社はどうなっているのだろうか。この頃出版物を見かけない。
週刊ベースボール 2022年 7/25 号 週刊プロレス 2022年 6/29 号



9.日本漫画家協会は現行のインボイス制度導入に反対し、見直しを求める声明を発表しているので、それを要約してみる。

* 日本の漫画家は多くがフリーランスで、その中には前々年度の課税売上が1000万円以下の「免税事業者」に該当するものが多い。
* インボイスを発行できない場合、出版社と漫画家の関係の悪化、もしくは免税事業者であることを理由に取引中止のリスクも考えられる。
* また課税事業者へ変更したとしても、システム導入、専門的サポートがなければ、インボイス発行に伴う事業者の事務処理負担が増加すると懸念される。
* ペンネームで活動する漫画家にとって、インボイス発行事業者になると、「適格請求書発行事業者公表サイト」に本名が公表されるので、個人情報保護への懸念を抱く漫画家も少なからず存在する。
* 日本漫画家協会はこれらのいくつかの懸念事項を払拭できない限り、現行のままインボイス制度が導入されることは看過できない。


 このインボイス制度とは2023年10月から始まる複数税率に対応した消費税の資入り税額控除の方法として、適格請求書等保存方式が導入されることをさしている。
 そのために税務署長に申請し登録を受けた課税事業者である「適格請求書発行事業者」が発行する「適格請求書」の保存が仕入税額控除の要件となり、そのために「適格請求書発行事業者登録番号」を必要とするのである。
 このインボイス制度問題は出版業界においてだけでなく、日本文芸家協会なども含んで、広範に論議されるべきだと考えられる。だが日本漫画家協会の他には地方・小出版流通センターが取り上げているだけで、出版協にも取り組んでほしいと思う。
 前回の「国際卓越研究大学法」ではないけれど、このインボイス制度も密室で決められたという印象を拭えない。



10.海賊版サイト「漫画BANK」運営者が中国当局に摘発され、60万円の罰金刑となった。

 本クロニクル163で既述しておいたように、「漫画BANK」は日本の漫画の最大級海賊版サイトで、『鬼滅の刃』なども無料で読め、被害額は2000億円を超えるとされていた。
 講談社、小学館、集英社、KADOKAWAは21年11月にカリフォルニア州裁判所に運営者の情報開示命令を出すように請求し、それで運営者が中国重慶市にいることを突き止めた。
 そこで4社は中国に事務所をもつコンテンツ海外柳津促進機構(CODA)に対処を要請し、行政処罰を求め、今回の処置となったのである。
 だが報道では運営者のプロフィルは伝えられておらず、不明のままだし、海賊版サイトの多くはベトナムにあるとされているので、新たなサイトも出現してくることは確実であろう。
odamitsuo.hatenablog.com



11.21年の図書カード発行高は345億円で、前年比18.4%減。

 2003年には図書券と合わせて、726億円だったので、まさに半減してしまったことになる。
 かつて図書カード加盟書店数は1万1000店以上を数えたが、現在では5200店ほどになってしまった。
 図書カード発行高のマイナスも書店数の減少とパラレルであることは明らかで、いずれ発行元の日本図書普及も赤字となる日を迎えることになろう。



12.富山県中新川郡立山町が町内で書店を開業する個人事業者を公募。
 条件は富山地方鉄道立山線五百石駅から徒歩5分以内のテナント型店舗で、3年以上の営業の継続。
 出店の際には入居店舗の改修、備品費などの費用の3分の2(限度額200万円)、及び営業開始から3年間の家賃(限度月額8万円)を補助する。

 詳細は立山町のホームページと、産業カテゴリー「産業振興ページ」を見てほしいが、7月29日までの受付期間である。
 書店に関する「シロサギ」に幻惑され、このような公募がなされるに至ったと考えるしかない。だが少しでも書店業の経験があれば、この条件で引き受ける人間はいないはずだ。
 本当に「シロサギ」ごっこは止めてほしい。
https://www.town.tateyama.toyama.jp/soshikikarasagasu/shokokankoka/shokorodogakari/3/1/6862.htmlwww.town.tateyama.toyama.jp



13.映画プロデューサーの河村光庸の死と訃報記事から、彼が1994年の青山出版社、98年のアーティストハウスの創業者であることを知った。

 これは『キネマ旬報』(7/下)で教えられたのだが、その後、河村はアーティストフイルム、スターサンズを設立し、映画配給や制作の道へと歩んでいったようだ。
 河村は本クロニクル158でふれているが、同じく161で既述しておいたワイズ出版の岡田博の軌跡と重なるもので、いずれも72歳の死であった。
 いずれ二人のことも書く機会があろう。
キネマ旬報 2022年7月下旬号 No.1898
odamitsuo.hatenablog.com
odamitsuo.hatenablog.com



14.『世界』(8月号)の特集「ジャーナリズムの活路」で、ジャーナリストの依光隆明が「ジャーナリズムはどこに息づくか」を寄せている。
 それは依光が朝日新聞諏訪支局長を辞めるに際し、数人の住民から発せられた「あんたがいなくなると、怖い」という言葉から始まっている。
 その言葉に続いて、諏訪バイパス問題が論じられていく。これは50年前の都市計画で、2016年になって、それは山すそを通るのではなく、山中をトンネルでくりぬくプランに変更され、浮上してきたのである。
 しかしバイパスに住民の賛成は少なく、疑問の声が大きく上がり始めた。だが2014年設立のバイパス促進期成同盟は市役所、町役場を事務局として、議員や町内会まで組織化され、大政翼賛会的に推進されていく。反対する住民の支えになったのが新聞だったのだが、諏訪支局もなくなってしまう。それが「あんたがいなくなると、怖い」という言葉にリンクしていくのである。


『世界』2022年8月号(Vo.960)

 これを読んで、やはり新聞記者の森薫樹の『発の町から—東海大地震帯上の浜岡原発』(田畑書店、1982年)を想起した。2011年の東日本大震災の原発事故の30年前にリアル極まりない原発の問題をすでにレポートしていた。それはその後再読して、思いを新たにした。
 それに加えて、昨年、中村文孝との対談『全国に30万ある「自治会」って何だ!』を上梓し、その大政翼賛会をルーツとする自治会を論じたが、書評はひとつも出なかったし、行政もジャーナリズムも揃って黙殺した。
 本当に地方において、書店もなくなっていくのと同時に、「ジャーナリズムはどこに息づくか」を問わなければならないのである。
 興味をもたれた読者はぜひ『世界』の依光文に直接当たってほしい。

 全国に30万ある「自治会」って何だ!



15.『近代出版史探索Ⅵ』は発売中。

近代出版史探索VI

 今月の論創社HP「本を読む」〈78〉はまたしても宮谷の死もあり、急遽差しかえて、「けいせい出版と宮谷一彦『孔雀風琴』」です。
ronso.co.jp

 中村文孝との対談『私たちが図書館について知っている二、三の事柄』は遅れてしまったが、8月中旬発売。

ronso.co.jp
 戦後の図書館の始まり、日本図書館協会との関係、1980年以後の図書館の増殖とそのメカニズム、図書館流通センターなどを総合的に論じた初めての図書館本で、図書館がもたらした出版業界への影響と今後の行方を問いかけている。
 これから図書館についてふれるのであれば、必読の一冊といえる。
 これを読まずして、図書館を語ることなかれ。

 その内容は以下のとおりです。

まえがき
1 1970年から2020年にかけての図書館の推移
2 小学校、図書室、児童文学全集
3 戦後ベビーブームと児童書出版史
4 こども図書館、石井桃子、松岡享子
5 私立図書館の時代と博文館、大橋図書館
6 GHQとCIE図書館
7 国会図書館発足と中井正一
8 慶応大学日本図書館学校、図書館職員養成所、司書課程
9 都道府県立図書館と市町村立図書館
10 『中小都市における公共図書館の運営』と『市民の図書館』
11 日本図書館協会と石井敦、前川恒雄『図書館の発見』
12 『図書館の発見』の再考と意味
13 石井桃子『子どもの図書館』
14 図書館と悪書追放運動
15 日野市立図書館と書店
16 戦後図書館史年表
17 1970年代における社会のパラダイムチェンジ
18 電子図書館チャート
19 図書館法制度と委託業務会社
20 官製ワークキングプアの実態
21 元図書館員へのヒアリング
22 竹内紀吉『図書館の街 浦安――新任館長奮戦記』
23 公共建築プロジェクトとしての図書館
24 浦安の地元書店との関係
25 マーク、取次、図書館
26 図書館流通センター(TRC)の出現
27 図書館と書店の基本的相違
28 岩崎徹太と岩崎書店
29 村上信明『出版流通とシステム』
30 尾下千秋『変わる出版流通と図書館』
31 TRCの現在図書館流通システム
32 図書館のロードサイドビジネス化
33 佐野眞一『だれが「本」を殺すのか』
34 『理想の図書館』と図書館営業
35 『図書館逍遥』と「図書館大会の風景」
36 鈴木書店での図書館状況報告会
37 國岡克知子と編書房
38 『季刊・本とコンピュータ』創刊
39 今井書店の「本の学校・大山緑陰シンポジウム」
40 『季刊・本とコンピュータ』の展開と座談会
41 「出版人に聞く」シリーズを立ち上げる
42 卸売業調査に見るTRC
43 本の生態系の変化
44 1970年以降の図書館をめぐる動向とその行方

あとがき

付録1 図書館の自由に関する宣言
付録2 図書館法 関係法令・規範等
関連書籍